太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その 31   〜 苦手 〜

「苦手なもの?」
 紅茶のカップを置いて、聞き返す。
「そうじゃ。正太郎くんの苦手なこと、苦手なもの。なんでもいいぞ」
 大塚警部のニヤニヤ笑いにピンときた。パパが帰ってくるまで一時間はかかるとわかって、警部ってば、正太郎くんで遊ぶ気なのね。
「なんで、ぼくなんですか」
 さっそく正太郎くんが口をとがらせ割り込んでくる。
「そりゃあ、君をよく知っとるマッキーの視点は、これからの訓練の参考になるかもしれんだろう」
「え〜?」
 正太郎くんの、あからさまに疑わしそうな目で、わたしはがぜんやる気になってソファーから立ちあがった。
「そういうことなら、まかせてちょうだい!」
「こわいなあ」
 大袈裟にのけぞる正太郎くんを、腕を組んで見降ろす。
「そうねえ……」
 正太郎くんの、苦手なこと。
 苦手な…………、もの?
 はたと考え込む。
 うそ。なんにも浮かんでこないじゃない。
「えーと、警部より射撃はうまいし、警部よりだんぜん足がはやいし、警部よりぜんぜん身軽だし……」
「マッキー、マッキー、別にわしと比べんでいいから」
 正太郎くんがふきだす。
「ぼく、柔道はまだまだ警部にはかないませんよ」
「それはこうして毎週稽古しとるだろう」
「あ。体重もかなわないわよね!」
 わたしと正太郎くんで笑いころげる。
「マッキ〜。真剣に考えてくれんか」
「はーい。ごめんなさい」
 あら。警部はわりと真面目に云ったのかしら。
 ソファーに座って、気をとりなおして考えてみる。
「正太郎くんの苦手なこと、ねえ……。高いところはへっちゃらよね。木登りだって得意だし」
「マッキーにはかなわないけどね」
「あら、乙女は木登りなんてしないわよ」
「そうだっけ?」
 くすくす笑って、正太郎くんがティーカップを傾ける。
「水泳も、がんばったら得意になったわよね。野球もサッカーも、そこそこいけちゃうし……。テニスは、まだまだわたしの方がだんぜん上だけど」
「はいはい」
「そりゃあ、マッキーがすごすぎるからじゃろう」
 運動神経はまあいいほうなのよ。じゃあスポーツから離れるか。
 なにも出てこなそうだと正太郎くんは安心しきってクッキーに手をのばしている。
 なんか、すっごいくやしいわ。
 さらに気合いを入れて考えてみる。
 甘いものが大好き。でも辛いのが苦手ってわけじゃない。
 ……そうだ。
「エビフライ!」
 わたしが叫ぶと、クッキーがつかえたのか正太郎くんが咳き込みだす。
「エビフライ?」
「そう。正太郎くん、苦手なのよねー」
「……けーぶ。エビフライの山を食べる特訓なんて、ぼく嫌ですよ」
 胸をとんとんやりながら本当に嫌そうに云う正太郎くんに、今度はわたしと警部が笑いころげる。
 思いついたらポロポロでてきた。
「正太郎くんは、勉強も苦手よね」
「日々精進してるだろ」
「掃除も苦手!」
「精進します」
「早起きも苦手だわ」
「それは……、いろいろあるからだよ」
 正太郎くんの渋〜い顔がおかしい。
 ……あ。
 正太郎くんの表情で思い出した。
「そうだ」
「なんだねマッキー」
「正太郎くんて、感謝されるのが苦手よね」
「おお、そうじゃなあ」
 頑張ったのは自分じゃなくて鉄人、とか思っちゃってるから、そういうのが苦手。祝賀会なんて、すぐ抜け出して帰ってきちゃう。
「それは関係ないだろ」
 正太郎くんがまた口をとがらせる。
「あら、感謝しまくる人に囲まれても逃げ出さない訓練でもしてみたら?」
「ほう」
「けーぶ。それが何の役にたつんですか」
「平常心じゃよ、常に平常心を保つ訓練になるかもしれんな」
「ええ〜?」
 あと、ひとつ思い出した。
 正太郎くんの、幽霊嫌い。
 それは、武士の情けで口にしないであげる。
 頑張ってたし、もうへっちゃらかもしれないわよね。
「あ」
「なんだ? まだあるのかマッキー」
「……なんでもない」
「なんだなんだ。気になるから云ってみなさい」
「なんでもないったら」
「よほどの妙案じゃな?」
「ぜんぜん違います!」
 あわててよそを向く。
 正太郎くんは……、女の子が苦手かもしれない。
 もう。そんなこと云ったら、どんな訓練になっちゃうのよ。ぜったい云わないんだから!
「マッキー、顔が赤いぞ」
「そんなことありません!」
「なんだい、楽しそうだねえ」
「パパ! お帰りなさい、早かったのね」
 パパの登場で、正太郎くんの苦手なもの談義はうやむやのまま終わるかと思ったら、パパも参入してきて、さらにはママも!
 警部は夕食までご馳走になりながら、正太郎くんの好きなもの談義にも発展して大いに盛り上がったんだけど、結局、これからの特訓の参考にはぜんぜんならなかったみたい。

 大塚警部が帰って、台所で跡片付けを手伝いながら、わたしはしみじみ思って隣の幼馴染みを見た。
「正太郎くんって、本当にみんなから愛されてるわよねえ」
「どこがだよ」
 ぶっきらぼうに云う正太郎くんはでも、ちょっと照れたような顔で、そっぽを向いた。
 なにもないことが嬉しい。
 こんなおだやかな日に、家族と警部と笑って過ごせる時間は、それだけで、すごくしあわせなことよね。
 正太郎くんも、きっとそう思ってる。
 そしてきっと、こんな時間が、頑張らなきゃいけないとき、正太郎くんを支えてくれる。

 なんだそれ。

 口にだしたら、たぶんそう返ってくるから、私は黙っておくことにした。

 

     (おわり)

 


 ■あとがき■

 マッキー視点が続きました(…と云っても半年ぶりですが!)。

 みんなに愛されイジられる正太郎くん(笑)。
 敷島家の日常のひとコマでした♪

     2020.1.28 WebUP   /  2021.1.3 こばなし集へ移動

 

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