太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その 30 〜 傘 〜
ふいに、雨がやんだ。
自分が濡れちゃうじゃない。
「傘は?」
紺色の天井と、傘にあたる雨音と、そしてなによりとつぜん隣に現れた正太郎くんにびっくりしたけど、驚いた顔なんか見せず、頭のうえの鞄をおろしてそのまま歩き続ける。
「雨だなんて、朝ぜんぜん言ってなかったじゃない。正太郎くんは、いつも用意がいいわねえ」
「折りたたみくらい、いつでも持ってるよ」
あたりまえだろって口ぶりより、もっと気に入らないのは、すぐ横にある傘を持つ手も、ネクタイを締めた首元も、私の目線より上にあるってことなのよね。
「なんか、怒ってる?」
軽い調子だから、別に、で済ませてもよかったけど、言われたらつい口をとがらせてしまった。
「また、伸びたわけ?」
正太郎くんは一瞬、意味がわからないような顔をして、私を見た。
「背?」
テニスプレイヤーたるもの身長はいくらあってもいいのに、この三月というもの延びしろがまったくない。このところの正太郎くんの伸びっぷりは、内心うらやましくて仕方がないのよ。クラスで大きい方ってわけじゃないけど、ちょっと前までほとんど一番前だったのに。
「このまえ博士と測ったら、160越えてたっけ」
「ふーん。睡眠不足なのに、よく伸びるわねえ」
嫌味を言ったのに、正太郎くんは、おかしそうに笑った。
「きっと、マッキーが知らないとこで、よく寝てるからだよ」
ピンときて、正太郎くんをにらむ。
「また学校で居眠りしたの? それで呼び出しくらってたのね」
「……まあ、先生が、すごく心配してくれてさ」
2年になって、はじめて正太郎くんと別のクラスになった。それで動向がわからなかったけど、夜中の出動が続いてたから、またいただけない授業態度になっちゃってるのね。せめて昼間に少し寝ておかないと体がもたないのは事実なんだから、私からも先生に云っておこうかしら。
それはそうと、そういえば校門のところで恵子と話してたから、けっきょく正太郎くんは次のバスだったってこと? やっぱり待ってればよかった。
前髪からしたたる雨のしずくが、まだ頬に落ちてくる。
「マッキー、風邪ひくなよ」
「あら、私が風邪ひいたことあった?」
ちょっと考えて、正太郎くんは驚いた顔をした。
「ないや」
「でしょ。私は風邪なんかひかないの。だから大丈夫」
云ったとたん、正太郎くんは吹き出した。
「マッキー、けーぶと同じこと云ってる」
「なによ、乙女と大塚警部を同列にあつかうなんて大々ダイ失礼!」
「ごめんごめん」
おかしそうにまだ笑ってる、笑顔の近さに、はっとして目をそらす。
そういえば……、これって、アイアイアガサってやつになるの?
「マッキー」
呼ばれて、なんだかドキッとして正太郎くんを見る。
「ほら」
差しだされた傘の柄を反射的に握る。正太郎くんは、雨の中に飛びだした。
「ほんとに、風邪ひくなよ!」
駆けていく後ろ姿を、立ちつくして見送る。
気づけばもう、母屋と小屋の分岐点だった。
風邪をひいて困るのは、だんぜんそっちでしょ。
カッコ……、つけちゃって。
そう思ってはみたけど、本当にカッコいいから、溜め息がでた。 折りたたみくらい、いつでも持ってるよ。 それもまた、体調管理のうちなのよね。
そんなことにいまさら気づいて、また、今日も負けた、と思った。
(おわり)
■あとがき■
13歳(中2)の梅雨。律儀に学校へ通う正太郎くんシリーズです(笑)。
中学に入るとバス通学。敷島山のふもとから徒歩のお二人です。
さばさばしてるマッキーも、そろそろ正太郎くんファンクラブに入会しそうな雰囲気ですね♪
2019.6.28 WebUP / 2020.9.29 こばなし集へ移動