太陽の使者 鉄人28号 〜 SS 〜

  ふたつならんだ星


 −1−

 真夜中の遊園地を歩くというのは、妙な心地がするものだ。
 通路沿いのあかりはほとんどが灯されていたが、昼間は華やかにみえるだろう色とりどりの乗り物が暗がりにうっすらと浮かびあがる様は、あまり気持ちの良いものではない。
 中央広場へ抜けたとたん、敷島大次郎は思わず足を止めた。
 惨状は、今朝ザンビア空港のテレビで目にしている。だが、巨大な陥没と幾重にも重なった鉄骨の山に圧倒される。
 ここのシンボル的存在だったゴシック建築の大聖堂が跡形もなくなっているかわりに、巨大な藍色のロボット・鉄人28号の姿が、何本ものサーチライトに照らしだされ浮かびあがっている。
 方々に置かれたドラム缶のかがり火から、ときおりはじけるような音が響く以外、事故現場にはほとんど物音がなかった。
 鉄人は、巨大な鉄板をわずかに持ち上げたところで静止している。そのあちら側に、半壊状態の遊覧ロボットが野ざらしになっていた。
 遊覧ロボットは今年になってあたらしく登場したばかりのアトラクションだ。50人乗りの大型で、園内一周どころか、高度1千メートルまで上昇し、はるか下方に箱庭のようにみえる園めがけ急降下するスリルが評判だった。目撃者によれば、その降下中、ジェット機がとつぜん火をふき、もげたという。慣性で落下した先が、中央広場の大聖堂だった。建物を突き崩したことが緩衝となって、ロボットは炎上をとりとめた。しかしパイロット1名と乗客7名が死亡。重傷者も数十名におよぶ大惨事となった。さらには、大聖堂の地下施設部分に、ジェットコースターが1台、閉じこめられてしまった。
 大次郎が耳にした情報はここまでだ。
 鉄人の手元には、かなりの数のレスキューが集まっている。ロボットの回収と乗客救出のあとは、破片を地下へ落としこまぬよう指示をうけながら、延々と地下内部への活路を捜し鉄骨を溶きほぐしてきたのだろう。待機している救急車はみな赤色灯を消していた。
 現場をとり囲むように、瓦礫を重ね布をかぶせただけの足場がいくつも作られている。
 その一角に、ちいさな背中をみつける。
 足元を確かめながら登り、頂上に立つと、なるほど鉄人の手元がちょうど見下ろせる。操作のためにその場その場でこしらえてきたのだろう。連なる足場の数だけみても、気が遠くなるような作業だったことがわかる。
 膨大な冷気に吸いとられ、ほとんど意味をなしてはいなかったが、傍らに灯油ストーブがひとつ置かれていた。
 すぐ後ろに立っても、少年はまったく気づかない。よほど集中しなければならない場面らしかった。
「よし、持ちあげろ!」
 とつぜん、下で大声があがった。少年が大きくレバーを動かす。
 かなり厚みのある鉄板は見事にひきゆがんでいる。鉄人28号がそれを軽々と抱えあげるのを、大次郎はそのまま見守っていた。
 かつてこの遊園地で、この子もただ楽しく過ごした一日があった。やっと中学にあがった子どもが、今は大人に混じって救助活動の中心を担っている。そんな感傷的な気分が胸の奥をちりちりさせる。
 まだ2月はじめの真夜中だ。吐く息の白さに、大次郎はコートのえりをたぐり寄せ天をあおいだ。月が細い。北東の夜空にくっきりと、昇ったばかりの白鳥座。時計は既に2時をまわっている。
 無事くず山の上に鉄板が追加されると、大人たちの、ため息のような声が漏れた。
「正太郎くん」
 そっと名前を呼ぶと、心底驚いたような顔がふりむく。
「はかせ……?」
 弱々しい声だ。大次郎はすぐそばに片膝をついた。
「おつかれさま。大丈夫かい」
 正太郎はまた学校から連れだされたようで、学生服にマフラーといつものコート、そのうえに大塚のものだろうか、ずいぶん大きな黒いコートをはおっている。
「どうして、ここに……。大塚警部が?」
「ああ。まだ先は長いようだね。きみはすこし休みなさい」
「でも……」
「しばらくの交代だよ。わたしに対処できないことがあれば必ずすぐ呼ぶ。約束するよ」
 正太郎は困惑した表情で首をふった。小さく横に。
「ぼくは、大丈夫ですから」
 やはり声に力がない。
「正太郎くん、しかしもうきみは……」
「いたいた!」
 大声に振り向くと、大塚茂が、たしか先ほど大次郎を先導していた警官と一緒に走ってくるところだった。あたふたと足場へ登ってきた大塚が冬空の下、大粒の汗をぬぐう。
「……は、博士、捜しましたよ」
「すみません。勝手に来てしまいました」
「いえ、それはいいんですが。おい、5分休憩たのむ!」
 下の者に声をかけてから、大塚はうかがうように正太郎を見た。
「それで……?」
 ふたりの視線にさらされて、正太郎は観念したように息をつき、ビジョン・コントローラーから革手袋の両手を離した。
「わかりました。じゃ、すこしだけ」
「おお、休んでくれるか」
 大塚が安堵したように息をつく。
 立ち上がろうとした正太郎の身体が、ぐらりと揺れた。
「正太郎……」
 支えた身体の冷たさに、大次郎の眉がよる。
「正太郎くん、どうした!?」
 悲壮な表情でつめよってきた大塚に、大次郎がすこし微笑ってみせながら、膝と腕のなかで少年を横たえる。
「眠ってしまっただけのようです」
 特に熱もないようだ。つめたい頬を手のひらで包みこんでも、正太郎はもう目を開けない。大次郎が短く息をつく。
「警部。お願いできますか」
「もちろんです」
 よっこらせと掛け声をかけ正太郎を抱えあげた大塚茂が、盛大にため息をついた。
「すみませんねえ。仮設テントも用意したんですが、いろいろ移動するもんで役に立たんのですよ。こんなところで長時間……、正太郎くんはろくに休みもとらんし、まことにもって……」
「とても休んでいられなかったんでしょう」
「博士が成田でつかまって、ほんと助かりましたよ。日本へ戻ったばかりでお疲れでしょうが、どうかたのみます。あ、正太郎くんはゲート近くの救護室へ。ここから離れた方がいいでしょうし、ベッドで休ませてやれますから」
「ええ。目が醒めるまで寝かせておいてやれればいいのですが。わたしでできる限りのことはします」
「たのみましたぞ」
 丘を下っていった大塚が声をかけ、警官が走っていく。すぐに、がっしりとした体格の中年男が足場を登ってきた。
「ここの指揮をとっています、レスキューの平沼です。よろしくお願いします」
「お手数をおかけしますが、現状をお聞かせ願いますか」
「はい。上ものの大きな残骸はほぼ撤去し終えました。現在は通路が確保できないか、あちこちさぐっている段階です。とにかく下が滅茶苦茶でして」
「地下には何人が?」
「定員26名の乗り物に、実際24名が乗車した記録があります。この施設の地下は約200メートルとかなり深い多重構造になっていますので、コースターが底のほうで止まっていれば、まだ生存者がいる確率はかなり高いと思われます」
「わかりました」
 作業の進め方を2、3説明したあと、平沼はすこし表情をやわらげた。
「敷島博士。あなたが来てくださって、ほんとうによかった。われわれは交代が効きますが、あの子はそうはいきませんからね」
 大きな口元から息が漏れる。
「彼は、ほとんど休みをとらなかったんですよ。こっちが恥ずかしくなるくらい頑張ってくれました。まったく、たいした子ですね」

 −2−

 暗い廊下のつきあたりに立っていた若い警官が、こちらに気づいて敬礼する。
「敷島です」
「ご苦労さまでした」
 ドアの前から退きながら、警官が笑みを浮かべる。
「ずっと眠っていらっしゃるようですよ。目が醒めましたら、念のため医者を呼びますので云ってください」
 大次郎は軽く頭を下げ、そっとノブをまわした。
 廊下同様、室内はよくあたためられている。
 ドアを後手で閉めながら薄暗い室内を見渡し、10ほど並んだベッドの、カーテンが半分引かれている一番奥の一角へと、しずかに近づく。
 毛布に丸くくるまるようにして、正太郎は眠っていた。
 しずかな息づかいと、おだやかな寝顔を確かめ、大次郎がちいさく息をつく。
 あちら側の壁に、コートと制服の上着、ネクタイが掛けられている。
 水差しが置かれたサイドテーブルにVコンを置いて、物音をたてぬよう、大次郎はゆっくりと向かいのベッドに腰掛けた。
 座ったとたん、口元をおさえ、また息をもらす。
 乾季のアフリカから戻ったばかりだったというのは言い訳にならないだろう。
 およそ2時間。たったそれだけで、このまま自分も横になってしまいたいほどぐったりと疲れた。
 内部がどうなっているかわからない地下への影響をさぐりながらの作業だ。万が一のことがあれば、自分の手で乗客の命を奪うことにもなりかねない。あれだけ神経を使う作業を、あの環境で、正太郎は15時間近く続けていたことになる。驚嘆の念にとらわれると同時に、大次郎はどうにもやるせない気分になるのだった。
(たいした子ですね)
 平沼の声が耳に残っている。
 おそらく自分だったら、同じ時間をかけたとしても正太郎の半分も役には立たなかっただろう。鉄人の設計は熟知していても、その操縦に関して大次郎はもう正太郎の足元にもおよばないとわかっている。
 鉄人のビジョン・コントローラーは極力単純に設計された。Vコンさえあれば、鉄人はだれにでも操縦ができる。だがそれは、鉄人の重量や馬力に頼った範囲までのことだ。鉄人のほんとうの力は、巨大なパワーを持ちつつ人間のように精密に動けるところにある。腕の角度ひとつで破壊力も格段にちがってくるのだ。鉄人を自分の手足のように操る技術は、あのコントローラーだからこそ、そうやすやすとは会得できない。そういう意味でいまや正太郎にかなう者はないし、これから学ぶ者があったとしても決して追いつけはすまい。それは経験の長さでというより、はじめて鉄人と出会ったときの若さが、口では説明しがたいほど微妙な操作を可能にしていると思われるからだ。
 おそらく金田博士は、はじめからそれを予見していたのだろう。
 あどけない寝顔をみつめながら、大次郎がすこし眉をよせる。
 鉄人28号の構想がほぼかたまったとき、金田博士は、完成した鉄人をできるだけ早期に息子へ託すと決めた。当時、正太郎はまだ母親の腹のなかだった。大次郎はもちろん反対したが彼はゆずらず、それは遺言となってしまったのだった。
 金田博士の死後、大次郎はずっと正太郎を見守ってきた。
 彼は、主にやんちゃな方面にのみ発揮されていたが好奇心が旺盛で、こうと決めたら必ずやりとげる粘り強さを持っていた。まわりの物事をひじょうによく観察しており、教えずとも察して動き、その判断はよく的をえていた。なによりまっすぐで、やさしい子だ。大次郎は、将来、彼に鉄人を託すことには、まったく異存はなかった。
 正太郎が小学校4年のときだ。七夕の短冊へ未来の夢を書くという宿題に、彼は『おまわりさんになりたい』と書いた。敷島邸にひんぱんに出入りし、事件の顛末を面白おかしく話してくれる大塚茂の影響なのだろうと、べつだん不思議には思わなかった。だから、どうしてなのかと、大次郎は気軽に尋ねたのだった。
「頑張りがいがありそうだから」
 正太郎がそう答えたので驚いた。かっこいいからとか面白そうだからとか、そんな答えを想像していたからだ。この歳で真剣に将来を思い描いているのだろうか。感心しつつも、たいへんな仕事だよと大次郎が云うと、正太郎は、とても嬉しそうに笑ったのだった。
「ぼく、せっかく生まれたんだから、だれかひとの役に立ちたいんです」
 父も母もないことが、彼にそんなふうに思わせたのだろうか。まっすぐな瞳は、亡き金田博士にとてもよく似ていた。あのときだ。大次郎は、必要ならば今の正太郎に鉄人をまかせても大丈夫なのではないかと、はじめて考えたのだった。
 大きな力を使うことは、大きな責任を背負うことでもある。子どもがそれに耐えられるのか、駄目ならそれまでのことと、必要にせまられ鉄人を世に出す決意をしたときも、そんな見切り発車だった。だが正太郎は投げださなかった。たび重なる出動要請をまわりの期待以上に見事にこなし、命を落としかねない危険に幾度あっても、不安や不満をもらしたことさえない。
 金田博士の遺志とはいえ、鉄人を子どもにまかせるなど無謀、といった声は当初かなりあったが、正太郎の働きから彼を支持する世論が生まれ、うやむやな特例を許されてきた。地球規模の危機を救ったあと批判は皆無となったが、鉄人は国が管理するべきだという強制に近い要請は続いており、そういったこまごましたことに関して一切話したことはないが、彼はどことなく察していて、だから懸命に頑張っているような気がする。鉄人を守るという観点からも、正太郎の存在はとても重要なのだ。
 だがそれは、大人の都合だ。
 鉄人をまかせたことが正太郎自身のためによかったのかどうか、大次郎はいまだに結論がだせない。
 普段は箸が転げても笑うような年相応のほがらかな子が、鉄人とともにあるときは、ひどく大人びた言動をみせる。その大きな落差を見るたび心が揺れる。ふつうの子なら味あわずにすむような辛い経験が、そんなふうに彼を変えてしまったのだろう。昨日も、おそらく正太郎は、犠牲者の遺体をみせつけられたはずだ。
 天井を仰ぎ、胸の奥にわだかまるものを吐き出すように、大きく息をつく。
 しまったと思ったときには遅かった。
 ゆっくり身じろいで、正太郎が目を開ける。とたんに起きあがり、めまいでもするのか額を押さえている。
 大次郎はあわてて立ち上がりカーテンを引きあけた。
「正太郎くん、大丈夫かい」
 呆然とした顔が大次郎を見あげる。
「はかせ……、あれ?」
「おぼえていないか。きみは倒れるように眠ってしまったんだよ」
 とたんに、正太郎はけわしい表情になった。
「博士、乗客は?」
 声が、すこしかすれている。
「終わったよ。みんな、無事だ」
 ゆっくりと云って、コップに水をくみ、渡してやる。
「体調を崩した方も何人かいたようだが、もう病院で診てもらっているころだろう」
「……よかった」
 やっと表情をやわらげて、息をつくような声がもれる。
「さあ、まだ休んでいなさい」
「もう大丈夫です」
 正太郎は一気に水を飲みほした。
「無理しなくていいんだよ」
「ほんとに平気です。博士、ありがとうございました」
 ふわりとした笑顔に張りつめていた気持ちが解けるようで、大次郎は力なくまたベットに腰掛けた。
 そして、なぜこの子は礼など云うのだろうかとあきれる。
「あれからしばらくして、きみが開いた北側のくぼみのすぐ近くまで、若い男性が自力で登ってきたんだよ。そこからは内部の様子を直接聞きながらの作業だったから、ずいぶん楽だった」
「そうですか」
 両手でにぎったコップへ、正太郎が視線を落とす。
「すみません」
「なにがだね」
「ぼく、最後まで頑張れなくて」
 ぽつりと云った言葉の意味がはじめわからず、大次郎がまばたく。
「なにを云ってるんだ。きみは無茶なくらい頑張っただろう。乗客が無事だったのは、きみのおかげだよ」
「それは、博士が来てくれたからです」
「わたしはほんの少し手伝っただけだ。だがね。……きみは、あのまま最後まで続けるつもりだったのかい。ろくに休みもとらなかったそうじゃないか。どうしてそんな、」
「いえ。何度もあたたかいものを警部がさし入れしてくれましたし。なんか申し訳ないくらい気を使ってもらって……」
 つらくとも周りにそれをさとられまいと平気なふりをする。驚くほどの負けず嫌いだと、鉄人を託してから大次郎は気づいた。子どもであるがゆえの体力の限界がくやしいのはわかる。だがそれは実際そうなのだ。風邪もめったにひかない健康優良児が、たびたび怪我で病院の世話になっているのは、そのほとんどが周囲の気遣いをとりあわず無理をした結果でだった。正太郎のそうしたところを、大次郎はこれまで何度も諫めてきた。
「どうしてきみは、そうなんだ」
 疲れていることを頭の隅で認識してはいたが、泡立つような感情がわきあがる。
「倒れるまで無理をしろと、だれがきみに云った」
 強まった声に、正太郎が驚いたように顔をあげる。
「わたしが来る前にきみがもし倒れていたらどうなっていたか、よく考えなさい。鉄人が動かせなくなれば、作業は大幅に遅れていただろう。長時間の作業のなかでは、自分の体調を把握して、ときにはしっかり休むという判断が必要なんだよ」
「でも、ぼくにしかできないから」
 おだやかな、しかしきっぱりとした声に、大次郎がはっと我に返る。
「だから続けなくちゃ、って。博士だったら、やっぱり同じことをしたんじゃないですか」
「わたしは、そんな無茶は……」
 嘘をつくのは卑怯に思えた。正太郎の言葉は、おごりではなく真実だ。作業を止めることは、冬のさなか真昼の軽装で閉じこめられた人々の生存率を削っていくに等しい。懸命に頑張るしかなかった正太郎の気持ちが、大次郎にはよくわかっていた。だが自分の身をかえりみない正太郎がもどかしく、万が一のことを考えれば恐ろしくさえあり、だから怒っていうことを聞かせようなどと、子ども扱いをしたのだ。
 いくぶん恥じながら正太郎を見る。ろくに助けてもやれなかった者が、あとから諭すような言葉を吐くなどおこがましいことだ。大次郎はずっと帰国の途にあった。彼は自分がやるしかないと判断し、行動しただけなのだ。
 ふかく息をつき、大次郎は眼鏡の下から目頭をおさえた。
「すまない。さんざん頑張って怒られたのでは割にあわないな。いや、すまなかった。……ただ、わたしは、きみのことが心配なんだよ」
 コップを置くと、正太郎は止めるまもなくベッドから降り、大次郎のとなりに腰かけた。
「博士」
「……なんだい」
 靴下のままの足をゆらして、悪戯をみつけられたときのような笑顔で、正太郎がのぞきこんでくる。
「じつは、夜中くらいからちょっとくらくらしてて、ぼくもまずいかなあって思ってはいたんです。でもあとすこし、もうすこし……、って。つい」
 口元に、ちいさな舌がのぞく。
 気まずい思いをいたわるようなタイミングに、これではどちらが大人かわからないと大次郎が苦笑する。
 ひとの役に立ちたい。そんな思いを抱いたときに、この子はもう子どもではなくなっていたのかもしれない。子離れできない親のように、両腕で軽々と抱え上げたあの幼い子どもの頃のまま守るべき存在にとどめておきたがっているのは自分の方なのだと、大次郎は痛感した。正太郎がどれだけともにあることを望んでいるのかよく知っていながら、鉄人を託してよかったかどうかなどと迷うのは、自分が弱いからだ。この子は迷ってなどいない。
 じっと自分をみつめている大次郎に、正太郎が首をかしげる。
「はかせ?」
 どんな選択肢があったにしろ、鉄人にとっても、この子の手にあることが一番しあわせだろう。それは確信している。
 大次郎は微笑って、もつれた前髪をすいてやった。
「正太郎くん、ありがとう。よく頑張ってくれたね」
 まばたいて、照れたような笑顔が浮かぶ。
「ぼくが頑張れるのは、博士がいてくれるからですよ」
「わたしなど、たいして役に立たないだろう」
「そんなことありませんよ。ほら、鉄人の腕がもげたって、すぐに博士がなおしてくれるって思うから、安心して無茶できるんですから」
 自分で云った言葉がおかしかったのか、正太郎がくすくす笑いだす。
「おい正太郎くん」
「冗談です」
 くったくのない子どもらしい笑みが、急にあらたまる。
「博士。ぼくは、よく、博士だったらどうするかなって考えて行動するんです」
「わたし、だったら……?」
「博士なら、もっと頑張るだろうなあ、とか」
「おいおい。きみの無鉄砲をわたしのせいにする気かい」
 まだ冗談のつづきなのかといぶかしむ大次郎を、正太郎がまっすぐ見あげる。
「あと、どっちを優先させるか迷ったときなんかも、そうです」
 大次郎は眉をしかめた。
「なにを優先するというんだね」
「え。おおざっぱに云えば……、強いものより弱いものを。大きいものより小さなものを、とか」
「わたしはそんな正義漢じゃないよ」
 どうやら正太郎は真面目に云っているらしく、冷や汗がでてくる。いったいなぜそんな人物像ができあがっているのだろうか。自分のほうこそ彼に見習うべきことが多いと我が身を叱咤する日々だというのに。
「博士は、よく海外でロボット工学を教えてますよね」
「ああ……?」
「お金も技術もない小さな国ばかり無償で助けているんだって、大塚警部がおしえてくれました」
「………」
「博士は、どうしてそんなことするんですか?」
 真剣な表情がくるりと、おかしそうな笑みに変わる。どうやらさきほどの仕返しのつもりらしい。
 しばらく言葉につまっていた大次郎は、困ったように息をついた。
「それは……、わたしにしかできないことだからだろうね」
 正太郎がふきだす。
 ため息と同時に笑いがこみあげてきて、大次郎も笑ってしまう。
 窓辺の光が強まり、スズメが鳴きだした。
 どうやら、夜が明けたらしい。

 −3−

 解体作業に入った中央広場は、救助の折とはうって変わって活気があふれていた。おそらく数日は休園になるのだろう。大型トラックがしきりと行き来している。
 広場の奥に、鉄人28号が立っていた。その足元のオレンジ色に、大次郎がおやと思う。
 間違いなくレスキューの隊服だ。まだかなりの人数が残っている。
 鉄人にできることを終え、全員が救助されるのを見届けると、大次郎は現場から立ち去った。正太郎が気がかりだったこともあるが、なによりも自分がそこにいるのは違う気がしたからだった。しかしなにか不慮の事態が起きたなら救護室に声がかかっただろう。不審に思いながら近づくと、思い思いに地面に座り込んでいる隊員たちの表情は明るく、ただ休んでいるようだった。
 ふたりに気づいて次々と立ち上がった人々から、拍手がわきおこる。
 平沼が、日に焼けた顔に晴れ晴れとした笑顔を浮かべてやってくる。大次郎は安堵して、ただ驚いている正太郎の背中をそっと押してやった。
 正太郎の手をつかむようにして、握手が交わされる。
「24名全員、負傷者もなしだ。ありがとう、正太郎くん」
「いえ、ぼくは……」
「鉄人28号が強いのは、君が操縦しているからなんだね。それがよくわかったよ。ほんとうにありがとう」
 命懸けの現場ばかり手がけているはずの平沼の讃辞は、最高の誉め言葉だったろう。正太郎のはにかむような笑顔をみて、大次郎は心から平沼に感謝した。
 隊員たちが次々と声をかけ、その場にそぐわない学生服はたちまち精悍な男たちにのみこまれていく。それをながめつつ、平沼が大次郎のところへやってくる。
「彼、大丈夫みたいですね」
「はい。ご心配をおかけしました」
「帰るばかりのところを引きとめてしまってすいません。みんなどうしても彼に礼を云いたいと云うもんですから。私ら全員もう今日は休みなんで、なんだかんだと残ってたんですよ」
「ありがとうございます」
「いや、ですから礼を云うのはこっちです。今回は、たぶん鉄人がいなければ危ないところでしたよ。しかし驚きました。あんな大きなロボットが、じつに繊細に動くんですから。正太郎くん、鉄人と一緒にレスキューにもらえませんかねえ」
 平沼が豪快に笑った。
 名前を呼ばれて振り向くと、大塚茂がいつものようにあたふたと駆けてくる。
 捜査に入ってインターポールはこれからが忙しいところだろう。大塚もろくに休んでいないだろうに元気なことこのうえない。平沼が会釈して離れていく。
「は、博士……。正太郎くん、ちゃんと医者に診せましたか」
「はい。どこも異常はありませんでした。帰ったら今日はもう休ませますよ」
「ああ、よかった」
 ズボンのポケットから引っ張るように取りだしたハンカチで汗をぬぐい、大きく息をついてから、大塚が急に表情をあらためる。
「ところで博士」
 一歩近づき、声をひそめて。
「例の遊覧ロボのメーカーですが、技術開発に関わったという者が匿名で、ロボットの欠陥を指摘する設計図を送ってよこしたんですわ。これが写しです。博士、帰って分析してみてくれませんかね」
「わかりました」
 茶封筒の書類の束をのぞいて、大次郎が眉をよせる。
「つまり、これだけの事故を起こして、メーカーはこれを隠そうとしていたということですか」
「うちのウエにも圧力がかかったそうで、そういうことなんでしょうな。そこはこれからきっちり追います。なにしろ8人死んでるんですから」
「警部!」
 正太郎が笑顔でかけてくる。大塚が、やさしい笑みで迎える。
「こらこら走らんでいい。今日はゆっくり休んでくれよ」
「ほら、もういつも通り元気ですよ」
「ならいいがなあ」
「警部。ご心配をおかけしました」
「きみの無茶にももう慣れたよ。じゃが、もうすこしまともに休みながら頑張ってくれると、こっちは安心して見ていられるんだがねえ」
「すみません」
 正太郎が肩をすくめて笑う。
 レスキュー隊の車列が動きだした。窓から手をふる男たちに、正太郎も嬉しそうに答えている。
 仕事をやりとげた者の誇らしげな笑顔に救われる心地で、大次郎が息をつく。
「さあ、われわれも帰ろうか」
 肩をたたくと、元気な笑顔が返る。
「はい」
 この笑顔を曇らすような書類をつかんでいる指に力がこもる。
 大人社会の卑劣な保身論理を、みせずにすむものならそうしてやりたいと、彼もまた同じように考えているのだろう。天をあおぎ、大塚茂がふかく息をついた。
 すいこまれそうな青空だ。
 きっと今夜も、星がよくみえるだろう。
 あの寒さが嘘のように、心地よい陽射しが身体中を包み込んでいる。
 太陽をあびて、鉄人28号が、まぶしいほど輝いていた。

 

     (おわり)

 


 ■あとがき■

 正太郎くん13歳(中一)の冬。
 「なぜ正太郎くんが鉄人の操縦者なのか」疑惑編(←解決編はない…/笑)。
 敷島博士がぶつぶつ云ってるばっかりの話になってしまいましたが。

 『太陽の使者』では、敷島博士は鉄人の完成者ですから、試運転などそうとうやり込んでいたはず(←いったいあんなものを秘密裡にどこで動かしてみたのか!? という疑問はさておきまして。/笑)。
 アニメで見るかぎり博士は正太郎くんがくじけても励まし、あくまでも彼に操縦させていましたが、いくら元気印の正太郎くんといえど、長丁場や連日の出動要請が重なったりしたら、たまには博士が手を貸したりするんでしょう。
 『太陽の使者』のビジョン・コントローラーは原作のリモコンと比べるとかなり複雑ですが、悪者がVコンを奪えばすぐさま鉄人で街を破壊して高笑いできるくらい余裕があるところをみると、操縦はやっぱり簡単そうです。でもそうした悪の手先の鉄人の動きは、よく正太郎くんの手にあるときとはあきらかに違って大振りに描かれていたりして、ロボット作画さんたちの愛情あふれた心くばりに感動した記憶が深いので、そんなあたりもつついてみました。

 未成年の長時間労働に深夜労働が問題にならんのか!?
 これも正太郎くんの七不思議のひとつですね。

 それにしても、やはり正太郎くんの学生服といえば、ブレザーにネクタイでしょう!
 そういうとこから、じつは生まれたお話しだったのですが、それはもはやどうでもいいような展開になってしまいました〜(^^;;)

   2005.03.03 WebUP / 2005.05.16 鉄人頁へ移行 / 2012.08.03 体裁修正 / 2015.01.05 少々修正

 

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