太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その 28 〜 日 常 〜
「ただいま!」
飛び込むように台所に入ってきた正太郎くんは、明るい表情をさらにパッと輝かせた。
「わあ。いい匂いだ……。なになに?」
「正太郎くん、手は洗ったの?」
牧子がぴしゃりと云う。さっきまで正太郎くんはまだかしらと心配していたのに、姿を見たとたん、いつもの牧子に戻ったのがおかしくて、つい笑ってしまう。
「なに? ママ」
「いいえ。……正太郎くん、おかえりなさい。疲れたでしょう。とにかく座ったらどう?」
「飛行機のなかも車でも、ずっと寝てたから大丈夫です。それよりおなかがすいちゃって」
「朝食、まだ残してあるわよ」
「やったー」
「用意してあげるから、手を、洗ってらっしゃい」
ひとさし指を目前につきつけられて、正太郎くんが牧子に降参する。
「わかったよ」
出て行きかけた正太郎くんが、ふりむく。
「……で、なに焼いてるって?」
「アップルケーキよ。食べ終わるころには出来るわ。いいタイミングだったわね」
「やった」
ガッツポーズと笑顔を残して、正太郎くんがバタバタ駆けて行く。
「牧子の読みが当たったわねえ」
「でしょ」
肩をすくめて、牧子がトースターをあける。
明日はぜったい帰ってくる。牧子の主張で、願掛けのように昨日はたくさんリンゴを買い込んだ。
そして朝、ケーキ作りをはじめたところに電話が入ったものだから、びっくり。
出発するときこちらは夜中だったからと、もう日本に着いているという電話だった。
声を聞けてほっとしたけれど、目の前で元気な姿を見て、やっと本当に安心できた。
牧子も同じだったようで、がぜんくるくる働きだす。
「ねえママ。パパも夜にはもどるんでしょ?」
「そうね。夕食には間に合うと思うわ」
「後始末なんて大塚警部にまかせとけばいいのに」
「現場では正太郎くんが頑張ったから、あとは大人が引き受けるのよ。さあ、夕飯の支度も考えないといけないわ。今夜は御馳走にしましょうね」
「よーし、わたしも頑張るわ」
「なにを頑張るって?」
「正太郎くん? その上着、ちょっと汚れてない?」
「え。そうかな」
「もう、ぬいでぬいで。食卓を汚さないでちょうだい」
にぎやかな子どもたちの声に、あたたかなしあわせをかみしめる。
この日常を返してくださったすべてのことに、感謝します。
リンゴの華やかな香りに包まれて、ほっとひとつ息をつき、私はお皿の準備にとりかかった。
(おわり)
■あとがき■
敷島歌子さん視点の、敷島家の1ページでした。
2018.9.17 WebUP / 2019.6.28 こばなし集へ移動