太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その 27 〜 のぼる 〜
「マッキー、とまって!」
正太郎くんの声に、驚いて足をとめる。
有無をいわせない鋭い口調だった。
あやしい人影でも?
木漏れ日がゆれる、あたりを見回してみる。
きこえるのは風がそよぐ音と、小鳥の鳴き声くらい。
いったいなにが……。
ふり向こうとしたら、正太郎くんは私の前にかがみこんだ。
やさしい笑顔で。
「なんだ。びっくりした」
私もしゃがみこむ。
正太郎くんの指差した赤は、きれいな斑点のてんとう虫だった。
かわいい!
「ごめん。踏まれそうだったから」
てんとう虫はちっとも逃げないで、正太郎くんのひとさし指に登りはじめた。
くすぐったそうに笑って、正太郎くんが立ちあがる。
指を空へさしだすと、てんとう虫は飛んだ。
それを目で追う横顔から、笑顔が消える。
なにを考えてるか、想像がつく。
いま正太郎くんが救った、ちいさな命。
きのう救えなかった、たくさんの、たくさんの命。
見てはいけないものを見てしまった感にあせって目をそらし、この場を離れる理由をさがしてみる。
「あっ、あそこにとまったわよ!」
私は声をあげて、手近な樹の幹に手をあて上を見あげた。
「よーし。あそこまで登ってやる」
「マッキー、やめとけよ。スカートだぞ」
さっそうと木登りをはじめた私に、正太郎くんのあきれたような声がかかる。
「こっち見たら絶交だから! ひさしぶりに登りたくなっちゃったの。正太郎くんは先に行ってていいわよ」
「りょーかい」
マッキーって変わってるよなあ、とでも思ってるに違いない声色の返事を残して、正太郎くんは歩きだした。
まったく。木登りなんて、ひさしぶりだわ。
枝の選択に頭を集中させて、ひたすら登っていく。
「落ちるなよー」
かなり遠くなった声がきこえて、はっと手をとめると、新記録って高さまできていた。
足元の枝が、ちょうど椅子とテーブルみたいな配置になっている。
椅子に腰をおろし、テーブルによりかかって母屋方面をながめてみる。
見えてるのかしら。とりあえず手をふってみせる。
目がいい正太郎くんでも、表情まではわからないわよね。
私は思わず、ため息をついた。
気持ちのいい風がふきぬけていく。
ひとりになりたいかなって思ったから。
それは、こんなとき気のきいた言葉も云えない言い訳かもしれない。
正太郎くんが味わっている、たいへんな思い。
ちょっと想像しただけでほら、自分が泣けてきちゃうんだから、なぐさめるなんてぜったい無理。
だから、普通でいいのよ。
ここにいれば、いつもと変わらない。
なにがあっても変わらない家族がいるって、正太郎くんが、せめてそう思えるように。
テーブルにふせて、しばらくそのまま風を感じる。
梅……。
ジンチョウゲ?
春のにおいがする。
ふと腕に違和感を感じて、顔をあげると、てんとう虫がとまっていた。
さっきの子かしら。
息をそっとふきかける。
てんとう虫は、風にのって母屋のほうへ飛んでいった。
「正太郎くんのところに行ってね!」
思わず呼びかける。
また、正太郎くんが笑顔になれるように。
ゆっくりでいいから。
また、元気になれますように。
(おわり)
■あとがき■
正太郎くんにとって、家族同様の敷島家の存在って、すごくおおきいだろうなあと思います。
マッキーだって、いろいろ頑張ってるんでしょうね!2018.3.14 WebUP / 2019.1.28 こばなし集へ移動