太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その 24   〜 まちぼうけ 〜

「あ、警部」
 エレベーターから降りたところで声をかけられ、面食らって振り向くと、正太郎くんが立っていた。
「正太郎くん? どうした」
 ここは、……12階、だったな。
 ならそこの会議室で別れて……。あれから、一時間は経っとるはずだが。
 それに……。
「敷島博士はどこだ?」
「ええと……、どこでしょう」
「どこでしょう、って……」
 正太郎くんは少し首をかしげ、肩をすくめた。
「帰ろうとしたら、ここで知らない男のひとが声をかけてきて、はかせを連れて行っちゃったんです。すぐ終わるから、って云ってたんですけど」
「それで、ずっと待っとるのか」
 博士が断れないようなおエラ方が来とったかな?
 覚えがないが、正太郎くんを待たせたまま戻ってこれないところをみると、そうとう面倒な輩とたまたま鉢合わせてしまったんだろう。例の鉄人がらみの話とかか……?
 それにしても、あきれた。
「正太郎くん。とにかく、わしの部屋に来なさい」
「でも、博士が捜しちゃいますし」
「ここに居なけりゃ絶対わしのところへ来る。心配するな」
 返事もきかずエレベーターのボタンを押す。
「警部、この階に用があったんじゃないんですか?」
「ないない」
「でも……」
 扉が開いた。しぶる正太郎くんの背中をエレベーターに押し込む。
 上昇する軽い圧が、いつもより重く感じるような気がした。
「正太郎くん」
 つい、ため息がでる。
 どうせ、わしは忙しいと思って遠慮したんだろう。
「こういうときは、すぐわしのところへ来なさい」
「……はあ」
 なんだか叱っているような口調になってしまった。エレベーターから降りて、さっさとフロアに先導する。
「あら? 大塚警部、会議は……。あらあら、正太郎くん?」
「こんにちは」
「中村君。すまんが、正太郎くんにお茶を入れてやってくれ」
「いえ、おかまいなく」
「まあ、紅茶がいいかしら。ううん、もう夕方だからハーブティーがいいわね」
 喜々として廊下へ消えていった中村君を見やってから、奥の扉をあけ、正太郎くんを促す。
 ソファーの長椅子に腰掛けると、正太郎くんは、思わずといった感じで息をついた。
 あのエレベーターは一般の職員は使わんから、そうそう人は通らなかったかもしれないが、正太郎くんの姿を見たら、あれこれ声をかける者だっていただろう。だいたいかれこれ二時間は打合せにかかったあとだというのに。
「くたびれただろう。そこで横になったらどうだ」
「だいじょうぶですよ」
 くすっと笑って、正太郎くんはそれから、うかがうようにわしを見た。
「警部、ありがとうございます。あの、やっぱり会議だったんでしょう?」
「ん? ああ、どうでもいい部類のやつだ。気にするな」
「でも……」
 向かいのソファーにどさりと腰掛け、腕を組んで、また思わず正太郎くんをにらんでしまう。
「正太郎くん。君は遠慮がすぎるぞ。ここで困ったら、とにかくわしの所へ来んか」
「……はい」
 正太郎くんは笑って、いちおう、といった調子で答えた。
 何でも楽しんでしまうようなところがあるから、のんびり窓の外でも眺めて、案外、困ったとも思っていなかったかもしれんが、とにかく一時間もつっ立っとったら疲れただろうに。
「しかし、博士もそうとう困っとるだろうな。ひとつ館内放送でもしてやろうか。金田正太郎くんがお待ちです、とな」
「あ、いいですね」
 正太郎くんがふきだす。そこへ扉がノックされ、中村君が入ってきた。
「お待たせしました」
 テーブルの上に、ティーカップがふたつと、ケーキの皿がひとつ置かれる。
「お土産でいただいた余りものだから、遠慮なくどうぞ」
「ありがとうございます」
 甘い物好きの正太郎くんの嬉しそうな笑顔を、じつに満足げに見守っていた中村君が、わしを見て、あ、と口に手をあてる。
「警部、すみません。数が半端だったので、さっき女子でいただいちゃって、これが最後なんです」
「かまわんよ。ありがとう」
 もういいから、と手を振ると、中村君はお盆を抱いて、名残惜しそうに出ていった。
「半分こしましょうか?」
「いいから食え。今日あと一度でも遠慮したら、本気で怒るぞ」
「じゃあ、いただきます」
 正太郎くんは笑って、手をあわせた。
 会議はあとで報告をきけば済むだろう。サボる言い訳も立つ。
 ひさしぶりに、のんびり正太郎くんと話す時間がとれて、敷島博士には申し訳ないが感謝したいくらいだった。
「柔道部?」
「ええ。中学は部活が必須なんです。だから……」
「君はただでさえ忙しいのに。免除してもらえんのか」
「してもらってますよ。週3日のところを、週2日に。水曜が、警部の稽古と重なるので」
「ふむ。じゃあ、月金は帰りが遅くなるわけだな」
 もっとラクなところを選べばと思わなくもなかったが、嬉しくもあった。
 それに成長期のいま、体を鍛えるのにもいいだろう。
「よし。なら一度、学校で出稽古をしてやろうか」
「えっ、いいですよ、そんな……」
「ぬ。また遠慮したな」
「いえ、遠慮とかじゃなくて……」
 正太郎くんが笑う。
 中坊の部活にわしが出て行ったら、かえって迷惑か。それは後々、機会をみてということになった。
 柔道の話で盛り上がっていると、扉がばんとあいて、敷島博士が飛び込んできた。
「しょ……、正太郎くん、すまなかったね」
 走ってきたんだろう。息をきらせている博士に、正太郎くんがあわてて立ちあがる。
「だいじょうぶですか? すみません、勝手に移動してしまって」
「いいや。ここだと思ったからね」
「ほらみろ。博士も一服していってください」
「警部も、すみませんでした」
「いやいや。正太郎くん、あそこでずっと待っとったんですよ。わしが保護したのはつい半時前のことでして」
 正太郎くんには聞かせたくないかもしれない。中座して声をかけにくることもできなかった相手との話の内容については、あえて触れないことにした。
「そうですか。正太郎くん、本当にすまなかったね」
「いいえ。おかげでケーキをいただいちゃいました」
「そうか。……ああ、もうこんな時間だ。帰らないと夕飯に遅れてしまうな」
「博士もおつかれでしょう。ご自宅まで送りましょうか?」
「とんでもない。警部、ありがとうございます。ほんとうに助かりました」
 もう誰にもつかまらないよう、地下の駐車場まで見送ることにする。
 助手席で手をふる正太郎くんに応えて手をあげながら、あらためて感慨深い思いが湧きあがってきた。
 やっと、中学か……。
 正太郎くんの変わらなさには、本当に救われる。
 ひとりとり残されてから、息をつく。
 このところめまぐるしく情勢が変化して、水面下でもいろいろとあるらしい。余計な地雷を踏むことにならんよう、博士たちに警視庁までご足労願うのは、しばらく極力控えなければいかんか。
 大きくのびをして、きびすを返し、歩きだす。
 さて。
 わしも、頑張らんといかん、な。

 

     (おわり)

 


 ■あとがき■

 正太郎くん12歳。中学にあがった春。
 大塚警部の仕事部屋で、ティータイム♪

 警視庁本部の現庁舎は1980年にできあがったんですね!
 放映当時はばりばりの最新庁舎が、築30年以上経って、いま大規模改修工事中です。
 時の流れを感じますねえ……。

      2017.08.20 WebUP / 2018.2.14 こばなし集へ移動

 

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