太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その 22   〜 ま も る 〜

「まいったなあ」
 立ちあがって、溜息をつく。
 ここに残していくか、押して帰るか……。
 迷っているうちに、頬にポツリと冷たいものが当たった。
 見あげると、どんよりとした空はますます暗くなっていた。とにかく早く帰ったほうがよさそうだ。
 山側に少し入ったところのブナの幹に自転車をたてかけて、折りたたみ傘をひらく。
 このまま森を抜ければ近道だけど、ひょっとしたら博士が迎えにきてくれるかもしれない。車道を行った方がいいだろう。
 歩きだすと、雨はすぐ本降りになった。
 こんな日にパンクだなんて、ついてないや。
 また思わず溜息をついてから、傘を打つ雨音に混じって、ふと何かきこえるような気がして立ち止まる。
 エンジンの音だ。
 上じゃない。下から。
 山側に寄ると、細い車道を一台のタクシーがゆっくりあがってくる。
 フロントガラスには“迎車”の表示。
 立ち止まって道を譲ったぼくの前で、タクシーは停車した。
 窓をあけ、若い運転手さんが腕をついて乗り出してくる。
「金田、正太郎くん?」
「はい」
「これから敷島邸まで行くんです。どうぞ乗ってください」
 もちろんこの先には敷島邸しかない。
 お客さんが来てて、このタクシーを待ってるなら、じゃあ博士が迎えに来てくれる線はなさそうだ。
 内心がっかりしながら、首をふってみせる。
「いえ、ぼくは大丈夫ですから」
「遠慮しないでどうぞ。予報ではこの雨、もっとひどくなるそうですよ」
「雨の日に歩くの、好きなんです。どうぞ、かまわず行ってください」
「そうですか? では、お気をつけて」
 変な子だ、って顔をされてしまった。
 雨のなかに消えていくテールランプを見送りながら、ちょっと後悔する。親切で云ってくれたのに。
 知らない人の車に乗るわけにはいかないので、なんて云うのは、でももっと失礼だろう。
 仕方ない。気をとりなおして歩きだす。
 雨はたしかに、どんどん強くなってきた。
 アスファルトの上は小川みたいになってきて、傘がしょっちゅう風にあおられる。
 車だったらすぐ着いたのになあと、つい考えながら先をいそぐ。
 あれ?
 立ち止まって耳をすますと、地面をたたく雨音に混じって、……エンジンの音がきこえてくる。
 もうタクシーが戻ってきた、わけじゃない。また下からだ。
 タクシーが二台なら腑に落ちる。
 敷島邸には決まった人しか配車されないはずなのに、さっきの人ははじめて見る顔だったから。
 お客さん、何人いるのかな。
 また山側に寄って、寝坊して大あわてだった朝食の記憶をたどってみる。
 博士、そんな話してたっけ?
 思考が、エンジンの轟音に吹き飛ばされる。
 猛スピードで登ってきたのは、黒のベンツだった。
 鋭いブレーキ音に振り向くと、さっきのタクシーが、上からすごい速さでバックしてくる。
 傘と鞄を捨てて森へ走り込み、斜面を登る。
 振り向くと、ベンツから黒スーツの男が……、三人。
 タクシーの運転手も降りてきて、こっちを指さし何か叫んでいる。
 四人が追ってくるのを視界の端で確認しながら、急勾配をどんどん登る。
 よかった。
 うかうかとあのタクシーに乗ってたら、大塚警部のカミナリが落ちるとこだった。
 追っ手はかなり下のほうにみえたから、ちょっと余裕のある思考が浮かぶ。
 足跡が残るし、少し霧もあって視界が悪い。まだ油断はできないけど、この分なら逃げ切れるだろう。
 すべらないよう下生えの草のあるところを選びながらジグザグに進む。
 しばらく全力で登ると、目指していたシイの大木にたどり着いた。
 山側の幹に大きいくびれがある。そのうろに身を隠し、呼吸をととのえながらポケットをさぐる。
「警部、大塚警部」
 通信機をひらいて小声で呼びかけると、すぐ応答のランプがついた。
『どうした、正太郎くん』
 こちらから連絡を入れることはめったにない。大塚警部も緊張したような、押さえた声で答えてくれた。
「学校の帰りに、襲われました」
『なにい?』
「車が二台。男四人に追われています。裏山に逃げ込んで、いまは森の中腹です。警部、敷島博士のほうも心配なので……」
『わかった、わしから連絡する。じゃが君は、麻酔銃も持っとらんだろう?』
「ここは庭みたいなものですから、ぼくは大丈夫ですよ」
『油断大敵だぞ。とにかく自分の身を守ってくれ。いいな?』
 返事を待たずに無線が切れる。
 警部の声がきけて、正直すごくほっとした。落ちついたら、少し頭がまわりだす。
 敷島邸の警備は固い。博士たちは無事だと思うけど、とにかくそっちは警部にまかせよう。
 ここから敷島邸までは、まっすぐ急げば10分もかからない。よく隠れんぼや鬼ごっこをしてた山だ。逃げるルートはいくらでも考えられる。
 ゆっくり息を吐きだして、幹に手をつき立ちあがった、とたん左腕が、つかまれた。
 日本語じゃない意味不明の言葉。ぼくにじゃなく、仲間を呼んでるような。この大声なら、まだ遠い……? いまなら、こいつひとりだ。
 勝手に身体が動いた。
 ネクタイをつかみ、思いきり足をはらう。
 博士よりひとまわりは大きい男が、あっさり地面に倒れた。
 すぐまた全力で走る。
 びっくりした。それに急勾配とで、頭に血がのぼってくるような感覚のなか、できるかぎりの早足で、直線にはならないよう、息があがらないよう呼吸をおさえながら、草木をかきわけとにかく登る。
 はじめて実戦でひとを投げた。
 警部が見てたら誉めてくれたかも、ってくらい、きれいに背負い投げが決まったけど、子どもだと思って油断してたんだろう。あんな大きな人とまともにやりあったら勝ち目がない。
 いつも稽古をつけてくれている警部に、心から感謝する。
 倒れた黒スーツの男をみた一瞬の記憶をたどる。
 黒い帽子とサングラスで顔はよくみえなかったけど、白人だった。
 さっきのは英語じゃなかったみたいだけど……。
 耳に、イヤホンみたいなものをしてた。
 警部と連絡した無線で、位置をつかまれたんだろうか。
 あの耳のやつで仲間と連絡をとりあえるとしたら、なのに大声で叫んだってことは、案外近くに仲間がいたのかもしれない。
 追っ手がすぐそこにいるんじゃないかと、ふり向きふり向き登る。
 気配はない。けどさっきの男だって、まるで気配を感じなかった。
 相手にしたら負けだと、とにかく逃げろと大塚警部が云っていた“その道のプロ”。そういう人たちかもしれない。ひょっとしたら自転車のパンクも、奴らの仕業だったのかも……。
 だとしたら、もっと仲間がいる可能性だってある。
 博士は大丈夫だろうか……。
「!」
 大きく踏み込んだ足元が、下生えの草木ごといきなり崩れる。つかんだ草も抜けた。
 投げ出されるように転がり落ち、窪地で止まる。
 ほんの四、五メートルだったと思うけど、かなりの音が響いてしまった。
 腕をついて、荒い呼吸を必死でおさえ、あたりを伺う。
 おちつけ。
 怪我はない。たぶん。
 白い長袖のシャツが泥だらけだ。目立たなくなっていいや。
 ゆっくり息を吐ききって、ふかく吸い込む。
 耳をすますと、雨があたる葉音に重なって、ふもとの方からかすかにサイレンの音がきこえてきた。警部がパトカーを集めてくれたんだろう。
 もう、あきらめて車にもどってくれないかな。
 そもそも一本道に車を乗り捨てて、あいつら、どうやって逃げるつもりなんだろう。
 ここでこのまま助けを待つべきか、それとも逃げるべきか。あたりの気配をさぐりながら迷う。
 ここは下からは身を隠せるけど、ひらけているから上からは丸見えだ。
 すぐうしろに誰かが立っているような気がして、とにかく走りだしたい衝動に駆られる。
 そっと身を起こしてみる。
 ちいさく。
 枝が踏み折れるような音がきこえた。
 暗がりに一瞬、何かが反射する。伏せた途端、銃声が響きわたった。
 下だ。
 草のあいだからのぞくと、銃を構えながら登ってくるのはタクシーの運転手だ。
 距離は二十メートル強。
 もっと下に黒スーツの男がふたり。いや三人いる。
 じゃあ上からってことはないか?
 タクシーに乗せようとしたんだから、目的は誘拐かな。だったら威嚇しかしないかもしれない。視界も悪い。いちかばちか走ってみようか……。
 飛び出すタイミングを計っていたとき、とつぜん頭上から突風が吹きつけた。
 一面まぶしいライトに照らされる。
 敵の援軍だったら。
 あせりながら、腕で影を作って見あげると、白い大きな機体が、ゆっくり降りてくる。
『そこまでだ! 銃を捨てて投降しろ。一発でも撃ったら、ただじゃあおかんぞ!』
 大塚警部の、耳をふさぎたくなるほどの大喝がヘリから響きわたる。
 男たちの足元に威嚇射撃が線を引くように落とされた。
「正太郎くん!」
 ぼうぜんと立ちあがった腕をつかまれたかと思うと、大きな背中が目の前に立ちふさがる。
「……はかせ」
「無事で、よかった」
 息をきらせて、確認するようにぼくを振り返った真剣な瞳を見てはじめて、いま置かれている状況に、身体がこわばる。
 肩越しに、機動隊の人がヘリからロープで降りてくるのがみえる。
 ヘリの風で霧がはらわれ、遠くまで視界がひろがる。
 下の方から、おまわりさんたちが大挙して登ってきていて、黒スーツの男たちをとり囲む塊がいくつもできつつあった。
 それでも、タクシーの運転手の男の銃口は、もう十数メートルの距離で、こちらに向けられたままだった。
 ぼくに声をかけてきたあのときの笑顔はみる影もない。無表情の鋭い視線と目が合う。
 後ろ手に押さえられている腕をつかんでも、敷島博士の身体はまったく揺るがない。
 こんな可能性を、ぼくはまったく考えもせず、警部に連絡を……。
 プロペラの轟音が頭のなかでわんわん響いている。どうしたらいいのか、わからなくて。
 すべてがスローモーションのように、のろのろと変わらなかった。
 けどそれは一瞬のことだったと思う。
 男は、ゆっくりと、銃を降ろした。
 銃を地面に投げ、手をあげたのと同時に、あっという間に取り押さえられ表情もみえなくなる。
「正太郎くん!?」
 地面に座り込んでしまったぼくを、博士が支えてくれた。
 ふるえているのが伝わってしまったんだろう。ものすごく心配そうにもう一度呼ばれて、あわてて笑顔をつくってみせる。
「いえ、大丈夫です」
「怪我は?」
「ない、と思います」
「ほんとうに? しかし……」
「これは、転んじゃっただけですから」
 泥まみれの全身を見て、なんだか無性におかしくなってくる。これ、おばさんに嘆かれるだろうなあ。
「それなら良かった」
 敷島博士のほっとしたような表情に、じわりと現実感がもどってくる。
 いそいで森を下ってきてくれたんだろう。博士も髪からシャツからずぶ濡れで、それに一緒に座り込んでくれてズボンも泥だらけだ。
「正太郎くーん!」
 見あげると、大塚警部がかかんにヘリからロープで降りようとしている。
「無事なのかーっ? 大丈夫かーっ!?」
 雨ですべりそうなのに、こっちを見ながらでさらに危なっかしい。
 あわてて立ちあがって手を振る。
「ぼくは大丈夫ですから! けーぶ、落ちないでくださいよ!」
 手がすべったのか、それとも飛び降りるのに失敗したのか、最後二、三メートルくらいのところから落下して尻餅をついてしまった警部に、悪いけど、思わず笑ってしまう。
 はかせも笑っている。その笑顔を見あげて。
 助かった。
 ほんとうに、やっと、そう心から思えた。

  * * *

「もー。そんな大捕物、あたしもぜったい見たかったわ。けっきょく部活は雨で中止だったし。あーあ。あたしも一緒に帰ればよかった」
 マッキーは本気でくやしそうだ。
「マッキーがいなくて、ほんと助かったよ」
「なによその言いぐさは」
 軽口を、云ってから想像して、内心ぞっとする。
 あの場にもしマッキーがいたら、どうなっていただろうか。
 それとも、狙われたのがぼくじゃなく、マッキーだったとしたら……。
 ぼくたちの通学に護衛をつけてはどうかとか、麻酔銃をいつも携帯してはどうかとか、勧められたことはあったけど、そんな必要はいままで感じなかったから、ふかく考えもしなかった。
 自分の身は自分で守れる、とはぜんぜん云えないってことを、今日はじめて自覚させられた。
 こんな大騒ぎになって大勢の人に迷惑をかける前に、もっとちゃんと真剣に考えなきゃいけなかったんだ。
 思わず、ため息がでる。
 はっとして博士を見ると、ずっとぼくを見ていたらしい心配そうな顔が、すっと微笑んだ。
「正太郎くん。そろそろ休んだらどうだい?」
「はい」
 ぜんぜん眠れそうにないけど、全身がなんだか重くてだるい。確かに、風邪でもひいたらたいへんだ。
 立ちあがると、博士もゆっくり立ちあがった。
「送っていこうか」
「ありがとうございます」
「正太郎くん、しっかり寝ときなさいよ。明日は朝イチで体育よ」
 敵をちぎって投げられると思っていそうなマッキーも、ぼくを心配してくれてることだけは間違いないみたいだった。
「うん。おやすみ」

 庭にでると、すぐゼロハチがやってきた。
 サーチライトで足元を照らしてくれながら、ゼロハチはぼくたちの後ろからぴったりついてくる。
「はかせ。ゼロハチ、なんか変じゃないですか?」
「ん? ああ。ゼロハチには、しばらく、きみのことをとても心配してもらうことにしたんだよ」
 いつのまにそんな命令をプログラムしたんだろう。
 はかせの素早さに、思わず笑ってしまう。
「じゃあ、ずっとぼくにくっついてるんですか? ほかの警備は大丈夫なんですか?」
「もちろん心配ないよ。まあ、わたしが安心するため、というのが本当のところかな。わずらわしかったら戻すから、云ってくれたまえ」
「はあ……。じゃあ、しばらく心配されてみます」
 笑ったら、すこし気がぬけた。
 雨雲はもうぜんぜん残っていない。ゼロハチのサービスでずいぶん明るいけど、それでも星がきれいだった。
 空を眺めながら、なんとなく会話もなく、小屋の前までくる。
「ゼロハチ、ありがとう」
 声をかけると、ゼロハチはくるりと半回転して小屋の裏手へぬけていった。今夜はこのあたりにずっといてくれるんだろうか。
「正太郎くん。今日はもうあれこれ考えず、ゆっくり休みなさい」
「はい。……はかせ。今日は、ありがとうございました」
 ちゃんと向きなおって頭をさげると、博士はおだやかな笑顔でうなずいた。
「きみが無事で、ほんとうに良かった」
「……はい」
「正太郎くん」
 とつぜん、あらたまった調子で呼ばれ、博士は考えるように少し黙ってから、また口をひらいた。
「きみが、学校での時間を大切にしているのはわかっている。そこだけは切り離しておきたい気持ちも、よくわかる」
 そんなふうに考えたことはない、って。
 云おうとしたけど、云われてみると、そうだったのかもしれないと思う。
「はかせ。すみませんでした」
「ん? なにがだい?」
「その、切り離しておきたいっていう気持ちは、確かにあったのかもしれません。深く考えていませんでした。でもそれは、ぼくのわがままだって、今日気づきました」
「わがままだなどと、わたしは考えていないよ。きみが望むのなら、わたしも、大塚警部も、それを全力でサポートするつもりだ」
「いいえ。ぼくが、鉄人と一緒にいたいんです。だから、ちゃんと考えます。警部の稽古も、楽しくて頑張ってましたけど、これからはもっと真剣に、必死にやります」
 鉄人を守ること。
 そして、大切なひとたちを守ること。
 それより大事なことなんか、なにもない。
 博士はなぜか困ったような表情になった。
「正太郎くん。こんなことは今まで一度もなかったわけだし、あわててそう深刻に考えなくてもいいんだよ。今日だって、きみの行動は的確だった。あちらが雨を計算に入れていたのかどうかはわからないが、悪条件が重ならなければ、きみはきっと無事に自力でここまで帰ってこれただろう」
「でも、たどり着けませんでした」
「しかし」
「博士」
 ぼくが危険になれば、まわりの人を危険にさらしてしまう。
 わかってるつもりだったけど、ぜんぜん、ぼくはわかってなかった。
 あいつが投降しないで、撃っていたら。
 目の前にある背中を思いだすと、また息が苦しくなってくる。
「正太郎くん?」
 思わずうつ向いてしまったぼくに、心配そうな声がふってくる。
「……博士が、ぼくをかばってくれて。……あのとき、もし博士が撃たれたら、って、すごく怖かったです。もう、あんな思いは、したくありません」
「怖かった?」
 自分で云った言葉だけれど、恥ずかしいけど、繰り返されてみると、本当にあのときぼくは、怖くて仕方がなかったんだってわかる。
「……はい」
「それは、よかった」
 おどろいて顔をあげると、はかせはなんだか愉快そうに……、微笑っている。
「正太郎くん。きみの身になにかあったらと、わたしはいつも、とても怖い思いをしているんだよ」
 頭のうえに、あたたかい手のひらが乗せられた。
「きみはひとりで頑張りすぎる。もっとまわりを頼りなさい。それに、そうだね。これからひとりで無茶をするときには、わたしが目の前にいると思って、無茶をひかえてくれたら嬉しいねえ」
「え……」
 あの瞬間の気持ちと、いままであった、ちょっとひやりとした体験の数々とが頭のなかで交差して……。
「……はい」
 もう、涙がこぼれてしまって、あわててうつむく。
 いっぱい心配をかけてきたのは自覚してる。
 でもそのひとつひとつが、こんな痛いほどの気持ちだったなら。
 ぼくは本当に、もっと、もっと……。
「ふむ。こんなに弱気なきみはめずらしいね」
 あやすような声で、優しく髪をくしゃくしゃされて。
 めちゃくちゃ照れくさくなって、あわてて頬をぬぐうと、怒った顔を作って博士の腕をつかむ。
「心の底から反省してるんです。からかわないでください」
 この優しい笑顔が、いまぼくの目の前にふつうにあること。
 それだけのことに、誰にともなく感謝の気持ちがあふれてくる。
「眠れそうかい?」
「はい。ちゃんと寝ます。そして、明日からまた、頑張ります」
「おいおい。わたしの話をきいていたのかい? ひとりで……」
「頑張ります。ぼくができることを、せいいっぱい頑張ります。おやすみなさい!」
 デッキの階段を駆けあがって、ドアの前で振り向くと、はかせは溜息をつきながら、でも優しく笑ってくれた。
「おやすみ」
 考えることが多すぎて、もう今夜は何を考えても無駄な気がする。とにかく寝ようって、なんだかさばさばした気分になっていた。
「おやすみなさい」
 もう一度云うと、うなずいて、ドアを閉めるまで、はかせはそのまま立っていた。
 ドアを閉めて、ひとりになる。
 とたんにいろいろな思いがやっぱりぐるぐる回りだしたけど、座り込みたいようなたまらない気怠さも一気に襲ってきた。
 もうお風呂も入って着替えてるし、面倒だから、このまま寝てしまおう。
 ベッドにもぐり込み、毛布をかぶる。
 いい具合に枕に落ちつくと、シンと静まりかえったなか、裏のほうから小さく、ゼロハチの駆動音がきこえてきた。
 ゼロハチと、はかせに心から感謝して、安心して目を閉じる。
 不規則な駆動音が、子守唄みたいだ。
 そんなことを考えて、おかしくて、くすくす笑ったのが、その夜の最後の記憶だった。

 

     (おわり)

 


 ■あとがき■
 正太郎くん11歳(小6)。秋の雨の日の出来事でした。
 正太郎くんは自転車で学校に通っています(27話を考察してみても、そういう結論になりました!)。
 事件のとき警部がVコンをパトカーに積んで学校までお迎えにきてたので、Vコンも、麻酔銃を入れたICPOの上着も、普段は正太郎くんの小屋に置いてある……、つまり学校には銃を携帯したりはせず空身で通学してるのではないかと推察できたので、わるものに襲っていただきました(笑)。

 いつも研究に打ち込んでお忙しそうなのに意外とスポーツ万能で俊敏な敷島大次郎さんの頼もしさも、今回ちょっと焦点を当ててみました

 でその後、敷島邸を囲む森にはあらゆる罠がしかけられ、非常用シェルターや秘密の地下道が張り巡らされ、正太郎くんは安心して学校に通えるようになったのでした。あ。鉛筆型の麻酔銃も携帯してま〜す♪
 めでたしめでたし(笑)。

      2017.02.14 WebUP   2017.08.20 こばなし集へ移動

 

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