太陽の使者 鉄人28号 こばなし・その 20  〜 改 良 〜

 カーテンが引かれていて、くらい部屋の中で、正面の壁だけが明るく光っている。
 書斎机の椅子に座って壁を見あげている後ろ姿は、廊下の灯りが差し込んでもぜんぜん動かなかった。
 閉めた扉に背中をあずけて、思わずぼくも壁を見あげる。
 設計図、というもの、だろうか。
 白い壁に大きく映されているのは、前からと、横からと、並んだふたつの断面図。
 甲冑頭の、ヒト型の。
 組んでいた腕をとき、また組みなおして、その一点をじっとみつめる張りつめた雰囲気に、とても声をかけられない。
 改良の余地は、まだまだある。
 鉄人をはじめて動かしたあの日、敷島博士はそう云った。
 大切なことなんだろうけど、あれから書斎にこもってばかりで、食事も忘れて。はかせの身体のほうが心配になってしまう。
 動かない白衣の背中に、ふと、もうひとつ浮かんだ。
 こんなふうに、お父さんも、ここでいろいろな考えをめぐらせていたのかな、って。
 この部屋は、むかしお父さんが使っていたのだときいた。
 写真の顔しか知らなくて、だから想像の背中を重ねてみる。
 お父さん。
 いま会えたら、話したいことがいっぱいある。
 なぜ鉄人を作ったのか、とか。
 どうしてぼくなのか、とか。
 いまは目の前のことをこなすだけで精一杯で、博士にはきけないままでいる。
 それに、こんなに一所懸命な姿を見ていると、それどころじゃないって、どうしようもなくあせってくる。
 まだ数えられるほどの機会しかないのに、ああしていれば、こうしてたら、ってことが、数えられないほどたくさんあるから。
 知らず溜息がでて、博士が振り向いた。
 目が合ってから、はたと気づく。
 設計図。
 これって、気軽に見ていいものだったんだろうか。
「あ。あの……」
「正太郎くん。いつからそこに?」
「すみません。ノックしたんですけど、返事がなかったので……」
 ゆっくりと立ちあがった敷島博士が、目の前まで来る。
 思わず肩をすくめてうつ向くと、頭をなでられた。
「気づかなくて悪かったね。もうこんな時間か。朝食に、呼びにきてくれたんだろう?」
 ほっとして見あげたら、やっぱりすこし疲れたような表情があった。
 ちゃんと寝てるのかな……。
 ふいに背中をぐいと押されて、ぼくは壁の真正面に立たされた。
「正太郎くん。これが、鉄人の設計図だよ」
 しずかな声に、頭がしびれるような感覚のなか、まぶしい光をあらためて見あげる。
 もちろん何が何だかさっぱりわからないけど、この全身にぎっしり詰まったものをすべて造りあげ動かしてしまった敷島博士は、ほんとうにすごいって思う。
「はかせ」
「なんだい?」
「鉄人は、強いです」
「うん?」
「だから……。もしも、鉄人に問題があるとしたら、それは、ぼくの腕がまだ未熟だってことなんじゃないですか? 改良って、必要なんでしょうか」
 懸命に考えている博士に何を云ってるんだろう。口にしてから思ってあわてる。
「す、すみません。あの……、ぼくのせいで、はかせが根を詰めすぎて、身体でもこわしちゃったら申し訳ないって、思って……」
 博士は、まばたきをして、それから笑いだした。
「はかせ?」
「正太郎くん。鉄人に問題などないよ。実戦で動かしてみたら、あらたに必要なものが見えてきた。改良というのは、そういうことなんだ」
「でも……」
「すまない」
「え?」
 カーテンが引き開けられる。
 まぶしくて、陽射しのなかにやっとみつけた博士が、目の前までもどってきて、いきなりひざまづいたので驚いてしまう。
 両手でぼくの右手を握って、見あげてくる、眼鏡の奥の優しい瞳の近さにも。
「すまなかったね。きみを少しでも助けられればと思って没頭してしまったが、きみを不安にさせてしまったなら本末転倒だ」
「いえ、そんな……」
「正太郎くん。わたしはね、きみに鉄人を預けて、本当によかったと、心の底から思っているんだよ。きみはもっと自信を持ってくれていい」
 励ましてくれてるんだとわかってるけど、はかせの言葉が、ただ嬉しい。
 そして、もっともっと頑張らなくちゃって思う。
「ありがとうございます」
「お礼を云うのは、わたしのほうだよ」
 はかせは微笑って、軽く息をついた。
「まあ、改良点はいろいろ考えられるんだが、それを実現させるとなると、どうも袋小路に迷い込んでしまってねえ……。ああ、とりあえず、まずは朝食にするとしようか」
「はい」
 ゆっくり立ちあがって、投影のスイッチを切ってから敷島博士が振り向く。
「そうだ。正太郎くん。ひさしぶりに、今夜は一緒に星を眺めないかい?」
「え……。はい!」
「ついでに、と云ってはなんだが、きみに少し相談にのってもらえたら嬉しいんだが」
「相談……って、鉄人のことですか?」
 また驚いて、笑ってしまった。
「はかせ。ぼくの意見なんか参考にしたら、フクロコウジが、もっと複雑になっちゃいますよ、きっと」
「いやいや」
 冗談かと思ったら、博士は真面目らしい。
「きみが感じたことを教えてくれるだけでいいんだ。案外それがいい手がかりになるかもしれない。もちろん、あくまでも星を見るついでに、だよ」
 一緒に星を見るのも、それに、はかせのゆったりとした明るい笑顔もなんだかひさしぶりで、すっかり嬉しくなる。
「わかりました。じゃあ、はかせ。ぼくもひとつ、お願いがあります」
「なんだい?」
「夜更かしするなら、少し休んでください。あんまり寝てないんじゃないですか?」
 びっくりしたような顔をしてから、博士は笑いだした。
「だいぶ心配させてしまったんだね。わかった。朝食がすんだら、少し休ませてもらおう」
「はい」
「よし。では、ふたつ約束したよ。……さあ、いそごうか」
「ええ。待ちくたびれて、そろそろマッキーにツノがはえてますよ」
「それはたいへんだ」
 笑って、一緒に歩きだす。
 部屋いっぱいにあふれる太陽の光。
 窓からみえる空には雲ひとつない。
 ぜったい今夜もいい天気だぞ、って。
 嬉しい予感がした。

 

     (おわり)

 


■正太郎くん11歳(小5)冬。
 敷島博士が一所懸命なのは、正太郎くんを守るためですよね♪
 こうして音声操作システムとか緊急帰巣システムとかマグネットシューズとかが、次々産みだされるのですね〜(笑)

      2015.8.8 WebUP   2017.2.14 こばなし集へ移動   2017.12.12 ちょこっと訂正

 

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