がんばれ!キッカーズ 〜 ショートSS 〜

 ■ さ ん ぽ ■   本郷真砂也


「ビクトリー!」
 とつぜん猛然と引かれたリードを、あわててつかみなおす。
 こんな暗い海岸で離してしまったら、あとが面倒だ。
 なにを興奮しているのかと思えば、暗がりからあらわれた柴犬が原因のようだ。身軽にリードをひきずって、ビクトリーに鼻をこすりつけている犬の、飼い主は見あたらない。
 ちょっと間をおいて、規則正しい、空気がはじけるような音が近づいてくる。
「待ってよ、マラドーナ!」
 暗くてよく顔はみえないが、犬の散歩をしながらサッカーボールを蹴っているやつなど、俺はひとりしか知らない。マラドーナが足元に戻ったところで赤いリードを拾いあげ、それから、大地翔はやっと俺に気がついた。
「あっ、上杉さん。こんばんは!」
「こんな時間に散歩か」
「今日は練習終わるのが遅くなっちゃって。上杉さんも?」
「まあな」
 マラドーナはまたビクトリーにしきりとなついている。犬は飼い主に似るという。大地翔もはじめて会ったときから、やたらと人なつこいやつだった。
「ほら行くよ、マラドーナ」
 小柄な柴犬は、足をふんばり動こうとしない。
「あーあ。ほんと、ビクトリーが大好きなんだからなあ」
 そう云うと、大地翔はまたリードを手離してしまう。
「しばらく遊んだら、気がすむと思いますから」
 悪びれない笑顔に思わず息をつきながら、ビクトリーのリードを外してやる。2匹は吠えながら波のほうへ駆けていった。リードをまとめ、リフティングをはじめた大地翔を見る。
「どうだ。キッカーズは変わりないか」
「え、……いいえ」
 ただ時候の挨拶だった。高く蹴り上げたボールを両手で受けとめ、俺を見たひどく沈んだ表情に肝が冷える。
「なにかあったのか」
「はい。キャプテンが……、学校、休んでるんです」
「なにっ、本郷が!?」
「はい」
「なぜだ。いつから!? 怪我か!? サッカーはできるのか!?」
「いまは、駄目みたいです。それがいつまでか、まだわからなくて……」
「どうして学校まで休む」
「健太くんが云うには、キャプテン、……あの、妖怪に襲われちゃったんですって」
「……?」
 いま、こいつはヨウカイと云ったのか? ヨウカイとは、あの妖怪のことか。
「この世界の、どこに行けば妖怪がいる」
 低い声で、おもいきり怒気を込めて云う。南陽のやつらなら間違いなくこれでふるえあがる。なのに大地翔はくすくす笑いだした。
「そうですよねえ。まあ、あと2、3日もすれば、きっと会えますよ」
 まったくわけがわからんが、とにかく、本郷をいたく慕っている目の前の男が、無理してはしゃいでいることだけはわかった。
「よし。行くぞ」
「え? 上杉さん、どこへ……」
「決まっている。本郷のところだ」
「ええーっ、駄目ですよ。会っちゃいけないって、よくわからないけど先生が……」
「俺は会いたいときに会いたいやつに会う。それも、よくわからないような理由で、おまえも納得するな」
「でも。それに上杉さん、こんな時間に薬局まで往復してたら遅くなっちゃいますよ」
「かまわん」
 指笛ひとつで、ビクトリーがこちらへ駆けてくる。
「おまえもつれてこい。行くぞ」
 手早くリードを戻して、俺はさっさと歩きだした。
「でも……。マラドーナ! おいで、マラドーナ」
 柴犬を呼ぶ声は、たしかにはずんだ調子だったので、俺は自分の素晴らしい行動力に、つい微笑んでしまった。



 本郷薬局に着いたのは、もう9時をまわった頃だろう。店はもちろん閉まっていて、2階の部屋も灯りが消えていた。
 大地翔が息をつく。
「寝てるみたいですね」
「あきらめるな。こういうときは、窓に小石をぶつけるものと相場が決まっている」
「えっ、でも……」
「病気でも怪我でも一日中寝ていればあきる。起きてるかもしれんぞ」
「でも寝てたら起こしちゃうじゃないですか」
 声をひそめて話している飼い主たちの様子が可笑しかったのか、犬どもがだしぬけに吠えはじめる。あわててそれぞれ口をふさぎ、背中をさすっておちつかせていると、ガラリと目当ての窓が開いた。
「翔?」
 水色の寝間着姿が、2階からのぞく。
「キャプテン!」
 叫んだあとで、大地翔が口をふさぐ。まだ夜中とは呼べないような時間だが、あたりは普通の声が響きわたるくらい静かなのだ。
 本郷は別段やつれた様子もなく、危なげなく身を乗りだしている様子は、怪我をしているようでもない。とりあえず安心する。
「こんな時間にどうした。それに上杉まで……」
「仲良く犬の散歩だ。いいだろう」
 あきらかに疑わしそうに本郷の眉があがる。
「本郷。おまえ、妖怪に襲われたそうだな」
「はあ?」
「石井健太がそう噂してるそうだ」
「妖怪じゃなくて、ヨウレンキン。風邪みたいなものだけど、菌が他のひとにうつるから、熱が下がって医者の許可をもらわないと学校へ行けないんだよ。でも今朝から熱ももうない。……翔。4日も休んですまなかったな。俺、明日から行けることになったから」
「ほんとですか!?」
 また叫んでは口をふさいでいる翔の頭に、かるくひとつ拳をくれてやる。
「よかったあ」
 息をついて、今度こそ小声で云って、2階をまっすぐ見あげる。
 その姿は、見ている者を微笑まさずにはおかないほど、心底嬉しそうだった。
 みれば本郷も、とてもやさしい目をしている。
「心配かけたな、翔。様子を見にきてくれたんだろう? ありがとう」
「いえ、ぼく、マラドーナの散歩のついでで……。あ、あの、キャプテン、朝練から来れますか? みんなに、そうだ、太一くんに知らせなきゃ。太一くん、ずっとキーパーをやってくれてたんですけど、ほとんどボールにさわれなくって、もうキーパーは嫌だって云って今日は早くあがっちゃったんです」
「太一にも云った」
「え?」
 本郷が、苦笑めいた笑みを浮かべて窓枠に両腕をつく。
「翔。おまえで最後だ。俺、今夜、キッカーズ全員に会ったよ」
「……ええーっ!?」
「今日はみんな何故か次々と薬を買いにきてくれてさ。ついでだって、見舞ってってくれた」
 くすくす笑って、本郷は俺をみた。
「上杉も、わざわざありがとう」
 おこぼれという感じではあったが、素直な笑顔をもらって、感慨深くうなってしまう。
( 俺はキーパーなんだ。 )
 負けてばかりのチームで、ただ負けるだけじゃない、1点々々、自分のゴールに刻みつけられるゴールキーパーを何故つづけていられるのか、俺は不思議だった。
 おまえは南陽に来るべきだった。いつかそんな軽口をたたいたとき、こいつは云った。
 ゴールキーパー以外、考えられない。上杉のいる南陽SCでサッカーはできない、と。
 キッカーズがすっかり “おんぼろ” として有名になった頃には、本郷はたまに見かければ真面目がたたったような渋顔ばかりで、ろくに目も合わそうとしなかった。
 それがどうだ。
 信頼する仲間がいて、そのみんなに信頼され。
 キャプテンらしい、いい顔つきになったものだ。
 そう。こいつがこんなふうに笑うようになったのは、大地翔があらわれてからだった。
 サッカーはひとりでできるものではない。ただ好きなだけでも続かない。苦しい練習に立ち向かう仲間がそろい、チームがひとつになって、はじめてサッカーは面白くなる。そんなあたりまえのことを、あたりまえにさせたのは……。
 大地翔。こいつが、この町に来なかったとしたら。
 そう考えると、ぞっとする。いいライバルを得て、この俺も、サッカーの楽しさを倍増させてもらった口なのだから。
「翔。明日は朝練から行くよ。ほら、もう帰って休め。ひさしぶりにおまえのシュートを受けたくって、うずうずしてるんだから。寝不足でへろへろだったり、寝坊して休んだりするなよ」
「はいっ」
 大地翔がしゃきんと背筋をのばす。
「よし。行くぞ」
 静かに声をかけたビクトリーは、散歩の再開に嬉しそうに尻尾をふっている。
「キャプテン、じゃあ、おやすみなさい!」
 もう遠慮なく元気な声をあげて、大地翔がドリブルで駆けだした。
 ああ。あいつの尻尾がみえる気がする。
「上杉さんも、ありがとうございましたーっ」
 界隈中に響き渡るような大声がつぼに入ったようで、本郷が2階で笑いこけている。
「じゃあな」
 声をかけると、涙をふきながら本郷が手をあげる。
「ああ、おやすみ。気をつけて」
「……この上杉光、しかも勇猛な犬連れの俺を誰がねらう」
「それもそうだな。失礼」
「そっちこそ、もう妖怪なんかに襲われるなよ」
 またふきだした本郷に軽く右手をあげて、リードを引く。
 角を曲がる前に一度ふりむくと、窓はまだ開いていて、暗がりでなんとなく本郷が手をふっているのがわかった。
 キッカーズは、まだまだ強くなる。
 それは予感ではなく、確信だった。
 あんなサッカー馬鹿ばかり集まったチームはめずらしい。ひとたび面白さに気づけば、ひとの何倍もの練習に平気でついてくる。
 そんなチームを率いている本郷は、ほんとうに、しあわせものだ。それまでの苦労が大きかっただけに、俺と違わぬサッカー馬鹿の喜びようは手にとるようにわかる。
 やっと元の海岸へ戻り、砂浜でピッチをあげる。
 本郷勝。そして大地翔。ゴールキーパーとストライカーがそろって互いの力を引きだし、まわりの力も引きあげる。キッカーズは今や理想的なチームだ。南陽といえど、次は全力以上の力をださなければ万が一ということもあるだろう。
 自分が、笑っているのに気づく。
 こういうのを、武者ぶるいというのだろうか。
 望むところだ。
 そんなわくわくするような感情に心が満たされる。
 俺の速度にぴたりとついてきているビクトリーが、ひとつ吠えた。
 灯台のあかりを合図に波音から離れ、俺たちは家路へつづく石段を駆けあがっていった。



 (おわり)   2005.06.24 WebUP / 2006.7.16 キッカーズ頁へ移行






 ■あとがき■

 おまたせしました。やっと、やっとキッカーズのSSが、まとまりました。5000ヒットで「まるひ」にキリ番リクエストをしてもらったのは、…ええと、2月です(爆)。おかげさまでカウンターは6000越えちゃってますが、かろうじて半年はかからなかったよ〜(^_^;;; 
 それにしても。最初っから最後まで、イ○が出ずっぱりで、ほんとゴメン!(←まるひは○ヌが大の苦手。この言葉を極力避けたので、アニメ観てない方にはさっぱりわからないかも(^_^;;; ) 明菜ちゃんも出てきてくれませんでした。ゴメン〜!!

 主に発熱とノドがやられる溶連菌(ヨウレンキン)感染症。小学生に多く、飛沫感染・接触感染するため出席停止扱いになっちゃう病気です。
 2〜5日潜伏期があるので、その間にキッカーズのみんな、うつってないといいんですが…(^_^;;;

 翔くんは、ちゃんと歩ちゃんから病気のことを聞いてたけれど、4日もキャプテンがいなくて淋しかったのです。

 とにかく上様から見た本郷くんと翔くんという図。ものめずらしくて楽しかったです。
 アニメ本編のはじめで、上杉さんが翔くんの手をにべもなく振り払ったのは、キャプテンとして、今のキッカーズとの試合などごめんだと拒絶したのであって、いざ試合となればしょっぱなから本郷くんを挑発していたように(←「本郷、きみにこのシュートがとめられるかな」)、GK志望で南陽SC選抜テストに参加し、(DF要員としてだったかもしれないけど)合格したにもかかわらず入部を断った本郷くんの存在には、上様はずっと一目置いていたに違いない、と思うのです。本郷くんも本郷くんで、あの冷静な子が、「おまえだけには負けられない!」と叫んでしまうのですから、まあいろいろあったのではないかと。そんなあたりを、つついてみた…、つもりなのですが。へへ……
 ここまでおつきあいくださいまして、ありがとうございました!

 
   本郷真砂也拝






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