何故だ?勝浦沖アオリイカ

またシケでした


  1. 日時:2001年4月17日(土)
  2. 場所:勝浦沖
  3. 参加メンバー:鯛介
  4. 時間:午後1時00分〜午後6時00分頃
  5. 潮時:中潮


釣行記

例によって勝浦イサキの後は午後アオリイカである。今日は午後からMLの西さんまでも偶然に合流。親子連れなども乗船し船中14名とこれまた大盛況で午後1時に出船となった。

●トモ有利のはず・・・?
午前中の感じからトモ有利と判断し、私が右舷ミヨシ、井上さんらが左舷のミヨシから2つ。そして西さんがその横、という布陣。思えばこれが運命の分かれ道であった。

港にいるときからかなり強い風を感じていたが、沖に出ると白波にウネリが待っていた。前回は3mのウネリでもアオリイカは釣れていたし、潮さえ流れれば問題ないであろう、と出船を待つ間に船長と話をしていたところだ。

いつものように勝浦湾を出て北へ少し行った沖で開始。今日は試しに1.8mの柔らかめのキス竿でやってみることにする。中錘は10号、ハリスは4号5mである。まずは定番アオリQピンク4号でしゃくってみる。

そしてイサキ釣りと同じように船中沈黙。潮は流れてないでもないが、澄潮は相変わらず。アジカラーやブラウンの餌木を試してみるが音沙汰はない。そして2時間があっというまに経過した。

●まずはミヨシ
井上さんが「ミヨシの方で乗った」と教えてくれた。左舷を覗くとミヨシの釣り人がヤリトリ中。今日は船長の弟さんが中乗りで乗り込んでいて、彼がタモアミアシスト。遠目に見て1kg級が上がった様子。次の流しでは左舷ミヨシ2番がゲット。

しまった、今日はさっきまでいた左舷ミヨシが有利なのか。いや、ヤマを見ても船はトモ方向に流れている。トモが有利なはず。辛抱強くしゃくっていればきっとチャンスが巡ってくるはずだ。

●海中公園沖も×
4時過ぎ、船長は大きく移動。場所を海中公園に移す。私はあまりのアタリの遠さからか、睡魔に耐えきれず座席に横になりこの流しをパス。次は起きたが、しばらくして今度は寒さと空腹に眠くなる。またも1流しパスしてキャビンに入り持参のカップラーメンのおやつ。その間も10m前後の浅場も攻めたようだが、結局アオリイカは上がらなかったようだ。

●夕マズメ勝負
辺りもだいぶ暗くなり、船はもとの場所へ。風波はかなり強くなってきて最後まで出来るかが懸念される。早いうちに型をみなくては。暗くなったので錘を金、餌木もオレンジ、ピンク系の暗い海に強いものを中心に攻めることにする。



5時を回った。そろそろ勝負の時間である。と、またも左舷ミヨシ、そして2番、なんと続いて3番と順番に竿が曲がる。いずれも取り込まれたのは1kg級。そしてしばらくして右舷ミヨシでも。おかしい、確かに船はトモが潮先なのに・・・いったいどういうことなのだろうか。頭はパニック状態である。いま流行りの餌木添加剤などに手を出してももみるが効果無し。

●ミヨシばかりが・・・
さらにミヨシの好調さは続く。左舷ミヨシは3尾目。2番目はバラシ。右舷ミヨシでもあがった。しかしどうしても、この4人にしかアタリが出ないのだ。
そして18時頃、「この流しが最後になります」というアナウンス。右舷ミヨシの竿が曲がり、今度はアカイカが取り込まれた。ここで無情の終了の合図となった。

●ダメダメ・・・
結局仲間内4名が全員ボウズ。船中15名で9尾だが釣ったのは4名。おそらくアタリが訪れたのも4名のみであろう。

何故こんなに釣果が偏ったのか。親父船長に聞いてみたが「それは、潮の加減だろう」とのこと。確かに上の潮が流れていたが、錘がタナに落ちると今度は仕掛けが右舷方向に流れていっていた。2枚潮だったわけだが、どうも納得がいかない。船長のも首を傾げていたが、船長弟によれば、ヒラメでもよくあるが、潮先では食わず、潮下で食うことがある。今回もそれと同じではないか、とのこと。つまり潮先の我々の餌木を見て段々とイカが興奮し、潮下の餌木に乗った、ということではないか、ということである。もしそうであっても、こんなことを事前に予測することは不可能である。

ということで、今回は運がなかった、ということで諦め。帰りは井上さん一行と御宿の温泉に浸かりラーメンを食いつつ反省会。来週は土肥と石廊崎のマダイ連荘です、というと、井上さんも興味を示していた。きっとこの週末も伊豆で会うのではないか、と思っている。


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