豺 狼 4
斎藤の視点 もしくはナイーブな中年男の愁嘆

緋向子




俺は性悪女というやつが嫌いだ。そして俺は長いこと、それは女と玄人の男のなかにしかいないの
だと思い込んでいたんだが、どうやらそれは俺の認識不足だったらしい。この間、そういう男に出くわ
した。正真正銘、素人の男だ。
月岡克浩。あのくそガキ!

事の始まりは、あのとり頭が抜刀斎を追って京都へ行こうとするのを阻止しようと俺があいつの長屋へ
行ったことに始まる。年がら年中文無しのとり頭があいつに路銀を借りに行ったからだ。俺はとり頭をと
めるための機会をうかがうため、あいつを尾行していた。
その男のことを、俺は全く耳にしたことがなかったわけではない。この京都での騒ぎが始まるずっと以
前から俺は抜刀斎周辺の情報を集めていて、その中にこの男の情報もあった。だがそのほかにも二つ
の情報ソースから、この男のことは俺の目に触れている。人気絵師。そして反政府勢力に与する、ブラ
ックリストに載っているテロリスト。
とり頭があいつの部屋へ入って行き、俺は外であいつがでてくるのを待った。それは短い間ではなかっ
たが、俺は退屈しなかった。中で派手な別れの愁嘆場が繰り広げられており、それが外に筒抜けだった
からだ。せめてそういうのは声を潜めてやればいいものを、とり頭はよほど頭に血が上っていたらしい。
「俺、お前に惚れてんだよ、克浩!」
・・・そのとり頭の張り上げられた声に、たまたま通りかかった近所のおかみらしい女が振り返り「まあ、月
岡さんとこがお盛んだねえ。」と、一言つぶやいて去っていった。とりあえず俺は他人の振りをする。
しかしあのとり頭が惚れている相手か。俺は自分の顔に笑いが浮かぶのを止めることができない。どんな
やつかしらんが、俺はそいつの面を、是非ともおがんでやりたくなった。俺は情報としてその男を知って
はいても、その現物をまだ見たことがない。絵師でテロリストでとり頭の幼なじみだ何て、想像するだけで
おもしろい。
消していた気配を表に出し、わざと殺気を放ってやる。さすがにとり頭もそれに気づき、少しこっちの様子
をうかがっている気配がすると、あいつは戸を開けて表にでてくる。
「斎藤・・・!」
とり頭は俺を真っ直ぐに睨んだ。
そしてその後ろから、あいつが姿を現した。俺の想像を全く裏切る容姿で、立って俺を見つめる。俺はそ
れにあっけにとられた。俺はもっと歳のいった、ごつい男を想像していたのだ。俺たちは、視線を交わら
せた。あいつはそうやって少し霞がかかったような目付きで俺を見つめていたが、やがて誘うように笑うと
意味ありげな目付きを送って寄越したのだった。
・・・おとなしそうな顔をして、たいした玉だ。他の男にあんな場面を繰り広げさせたそのすぐ後で・・・俺を
挑発してやがる。
とり頭は俺の視線があいつに向いていることに気付き、あいつを庇うように俺の視線からあいつを遮った。
あいつを背中にかくまい、俺が行動を起こしたら真っ先にあいつを守るよう身構えている。俺はあきれたよ
うな、感心したような気分になってしまった。とり頭でも、あんな神経の細かい行動を起こすことがあるのか。
どうやらよっぽどあいつにいかれているらしい。
そしてあいつと京都へ行くな、俺は行くという押し問答になった後、必然的に拳を交えることになった。あ
いつは惚れた相手の前で足手まといと罵られ、激昂している。俺は内心、せせら笑った。そうやってプラ
イドを疵付けられたぐらいで動揺するやつなんていうのは、俺にとっては赤子みたいなものだ。
「左之、気をつけてくれ。」
あいつはそうやって心配そうな潤んだ目をとり頭に向け、とり頭はそれをうれしそうに見返し、笑っている。
それを見て、俺はなんだかおもしろくない気分になった。あいつの目の前で、とり頭を簡単にのしてやる。
いい気味だ。これでこのくそ生意気な思い上がったガキも、少しは自分を見直すという事をするだろう。俺
は苛立ちながらも半ば満足してその場を去った。

―*―

京都から戻ってきた俺は、張にあいつを張らせた。あいつは危険人物としてブラックリストに載っている男
だ。張はそれとは違う俺の思惑に薄々気が付いてはいたが、俺はそ知らぬ振りを決め込んだ。張はあら
かじめ京都でとり頭と面識をつくっていたので都合が良かった。
とり頭は京都からかえって以来、毎晩あいつのところへ通っている。
俺はある晩、張にとり頭を誘いだし、足止めしろと命令した。張はぶつくさいったが俺は無視した。
そうやって邪魔を取り除くと、俺はあいつのところに出かけた。あいつの部屋の前に立ち、中の気配を探
っているとあいつがでてきて少し驚きながら俺を見た。
「斎藤、一」あいつは目を見開いて俺を見つめながら俺の名を呼んだ。
「俺を、覚えていたか」俺は笑った。
「ちょっと付き合え」
「どこへ?」
あいつは少し笑いながら俺をじっと見た。内心、俺が誘いをかけるのを自信たっぷりに待ち受けている。
お座なりにそれを隠し、あの誘い掛けるような目付きで俺を見る。
「酒でも。話がある」
あいつは形だけの抵抗を見せ、俺の後についてくる。連れ込み宿の入り口で絶対に本気ではない躊躇
を見せたが、俺に肩を抱かれて引かれると、それ以上抵抗しなかった。

部屋に通され、あいつはひいてある夜具を横目でちらと見ると、俺に続いて座る。酒を飲ませると、すす
められるだけいくらでもその体の中へ流し込んだ。確実に酔うだけの量を飲んでもこいつは顔が赤くなら
ない。ただ目が潤んでくるので、酔いがまわっているのがわかる。
そのうち言葉がとぎれ、俺は黙った。あいつも口をつぐんでいる。そしてけだるそうな、押し倒してくれと
いわんばかりの態度であいつは意味ありげに俺を見た。俺はあいつの片手をつかむと、俺の方へ引き寄
せた。あいつがその手に持っていた杯が床に転がり、あいつは力なく身を俺にまかせる。右手であいつの
体を支え、左手をその後頭部に回すと、俺はあいつに口づけた。だがあいつは軽くもがき、俺から体を引
き離そうとあがいた。俺は少し不機嫌になりながら体をはなす。こっちを焦らしてやがるのか?
「今更、いやだというつもりか?」
「そんな風にされると、息が苦しい。」あいつは笑いながらそう言った。
「もっと、いいことをしてやるよ。」あいつはそういって艶然と微笑むと、手を俺の服にかけ、俺のものを取り
出すと頭を下げてそれを飲み込んだ。
・・・俺は理解した。このガキ、これであのとり頭に操を立てているつもりらしい。俺は苛立ちながら蠢いて
いるあいつの頭を見下ろした。こいつがそういうつもりなら、こっちも遠慮なく楽しませてもらうことにする。
俺はあいつの髪をつかむと、強い力でぐいと引いた。あいつは濡れて半分開かれた自分の唇を舌先で
少し舐めると、ぼんやりとした目で俺を見た。
「もういい。着物を脱げ」俺がそう命令すると、あいつはゆっくりと自分の帯に手をかけた。そしてあいつが
一つ残らず体から取り去ってしまうと、俺はあいつをうつぶせにさせた。手首を掴み、俺のベルトで後ろ
手にしっかりと縛ってやる。腰を引き上げさせ、脚を開かせる。
「いやだ・・・やめてくれよ・・・」
あいつは弱々しく抵抗して見せたが、声がうわずっている。こういうやり方がお気に召したらしい。俺があい
つの中に指を突っ込むと、あいつは挑発するように自分から腰を突き上げてくる。他の指をさらに加えて突
っ込んでやるとあいつは悲鳴を上げたが、その声には快楽が滲んでいる。俺が指を引き抜き、俺自身をか
わりに埋めていくと、あいつは自分からそれを深く飲み込もうと、腰を上の方に突き出してきた。俺がこれ以
上できないくらいに深く突き上げてやると、あいつはうめき、悲鳴のような声を上げた。
「なあ、縛めを解いてくれよ。俺自分でやるからさ・・・」
俺は動きを中断すると、その手の縛めを解いてやった。
あいつがそうやって達すると、俺を飲み込んでいる中は痙攣を起こし、締め付けては緩めて、奥の方へ俺
を飲み込んでいこうとする。その快感に俺はあいつの体を掴んでいる手で、思わず爪を立てたぐらいだ。

事が終わってお互い気分が落ち着いても、あいつは全く悪ぶれるそぶりをしない。堂にいった遊び人の女
みたいな態度で、あいつを揶揄ってやろうとした俺を軽く受け流す。
・・・かわいげのないガキだ。一見、何も知らないような顔をしている分よけいにたちが悪い。それにとり頭
の様子から見て、こいつはとり頭の前ではとんでもなく猫をかぶっているに違いない。たいした男だ。こい
つがもし密偵になりたいと言い出したら、俺は推薦状をかいてやるだろう。

「さっきみたいに俺を縛ってくれよ。」
俺が再びあいつにのし掛かろうとすると、あいつはそういって自分から手を差し出した。期待にぞくぞくして
いるような眼をしている。あのやり方がよっぽど気に入ったらしい。お望み通りに縛ってやることにする。た
だし今度は、あいつの腰紐使って手首を両方ともそれぞれの足首に縛り付けてやった。そして仰向けに
なったあいつの口に、右手の人指し指と中指を突っ込み、左手で髪を引っ掴んで動けないように固定す
ると、そうやってあいつの口をこじ開けたまま覆い被さって口づけてやった。あいつはいやがってもがいた
が、この状態で逃げるのは不可能だ。俺は舌を差し入れて、盛大に中を舐め回してやる。俺が体をはな
すとあいつは涙ぐんだ目で俺を見上げた。俺はあいつの体を掴むと乱暴に転がしてうつぶせにさせた。
「お前みたいなやつは、少し躾ける必要がある。」
「何をする気だよ?」
「ガキの躾といえば決まっているだろうが。」
俺はさっきあいつを縛り上げたベルトを拾うと、その先端の平たい部分を、自分の右の掌に軽く当ててみ
た。なかなか具合いが良さそうだ。
「やめろ!」あいつが抗議の声を上げる。俺はそれを無視すると、それをあいつの尻の上に振り下ろした。
俺の手に叩く手応えが伝わり、鋭い音が部屋に響く。
「痛い・・・!」
「これでもまだ手加減しているんだがな。」俺はそういって笑うと、再びそれをあいつの上に振り下ろした。
そうやって続けざまに何度も打ち据えてやると、あいつは悲鳴を上げながらもがいた。
俺は手にしているベルトをほおり出すと、再びあいつの体を掴んで仰向けに転がした。
あいつはこうされながら涙ぐみ、そして期待に満ちた眼差しでうっすらと微かに笑っている。こいつは根っ
からの淫乱らしい。俺は自分の刀を取り上げ、その下げ緒をとった。あいつは訝しげにそうしている俺を
見ている。俺は黙ってあいつのを掴んだ。それはすでに欲望で張り詰めていて、俺が愛撫する必要も
なかった。
「おい!」あいつが目を見開いて叫ぶ。俺は何も答えずにそのままあいつの先端をその下げ緒で縛り上げ
た。
「やめろ、いやだ・・・!」
「縛られるのが、好きなんだろう?」俺は頭を下げ、唇をあいつの脚の付け根の柔らかい皮膚に当てると、
そこを強く吸った。
「なにすんだよ!やめろ!」あいつはそういってもがくが、ちょっとやそっとでは解けないようにしっかりと縛り
上げてある。俺は唇を離した。そこの皮膚が紅く染まっている。
「ひどい。」あいつは言った。
「可哀想に、しばらく他の男の前で脚を開けないか。」
俺はあいつの先端をくわえ込むと、濡れた唇と舌で散々愛撫してやった。あいつはそれに圧し殺したよう
なため息を漏らす。そうやって先をくわえ込んだまま、舌を裂目に滑り込ませて蠢かしてやる。体を起こし
あいつを見下ろすと、あいつは泣いていた。俺はせせら笑った。
「どうした。まだこれからだぞ。」
あいつは黙ったままじっと耐えている。俺はあいつの脚のあいだに自分を押し当てると、ゆっくりとそれを
押し込んだ。自分の手に油薬をたっぷりと塗り付け、縛られたあいつのを優しく、じっくりと愛撫してやる。
思い切り情愛を込めてやってやった。
「頼むから許してくれよ・・・」あいつはとうとうすすり泣き始めた。
大の大人を玩具にしてやろうなんて了見を持つからこんな目にあうんだ。少しは懲りたか、この性悪が。
俺はあいつから手を離すと、今度はあいつの中をかき回し、楽しんだ。俺が深く突き上げる度、あいつは
悲鳴のような呻き声をあげる。
「な、頼むからほどいてくれよ。お願いだ。」
俺はそれには答えず、あいつを見下ろしたままいっそう動きを激しくしてやる。あいつは本気で泣き出し
た。そろそろ終りにしようと思っていたのだが、そのあいつの様子を見て俺は気を変えた。動きを止め体
をあいつの上に倒すと手であいつの顔に触れ、頬の上に優しく口付けた。唇を耳の方へ移動させ、耳朶
を口に含むと舌先で嬲ってやりながら体を押し付けあいつのを擦るように圧迫してやる。あいつは視線を
天井に向けながら、苦しそうな泣き声を上げた。
「もう、許してくれよ・・・たのむ・・・」
俺はそうやって体を密着させたまま、ゆっくりと蠢かせた。あいつのが脈打って、爆発しそうになっている
のがわかる。俺は体を起こし、下げ緒をほどいた。あいつはそれに悲鳴を上げた。俺が手で少し可愛がっ
てやるとほとんどすぐさまあいつは達してしまい、あいつの中に入っている俺のはあいつの中が脈動する
動きに飲み込まれた。俺は顔を顰め、呻き声を殺した。俺はそのとき、持ち堪えることなどできなかった。
それから俺は体をあいつから離し、夜具の上に転がってしばらくそこから動くことができなかった。そうや
って終わってからも、あいつはしばらくうつぶせになって泣いていた。

次の日の朝、俺たちは身支度を整えながらお互いを見た。あいつは何もなかったような顔をして、例の
不遜さを取り戻している。あいつは支度を整えてしまうと、ちょっと疲れたように腰を下ろし、俺もその前
に座った。
「左之が知ったら、やっかいなことになるだろうな。揉め事は避けようぜ、お互いのためにさ。」あいつは
膝を抱えてすねるような顔でそういった。
「当然だな。」俺はそういって少々不愉快になりながら煙草に火を付けた。あいつは俺に向かってにや
りと笑って見せる。
「あんたって、ひどい奴だよなあ。」
「お互い様だ。」
「なんで昨日、左之が俺のところへ来ないって、わかったんだよ。」
俺は煙草の煙を空中に向けて吐き出すと、その質問を無視した。
「あんた、俺たちが初めて会ったとき、左之の目を盗んで俺を舐めるように見てたよな。まるで餓えた狼
みたいだったぜ。」そういってあいつは俺の方に体をのりだし、至近距離でうっとりと俺を見つめる。
「お前こそ、あの初めて俺と顔を合わせたとき、自分を喰らってくれとでもいいたげな顔で俺を見ていた
ぞ。」
あいつはそれを聞いてふふんと笑った。
「なあ、あんたのその眼って、いいよなあ。その眼で見つめられると、それだけであんたにやられているよ
うな気分になるんだ。」あいつはそう言って笑い、そして俺の口に加えている煙草をすっと掠め取ると、そ
れをくわえて戸口の方へ歩いて行く。
「さようなら、斎藤。またな」あいつは出ていく前に俺を振り返って明るい顔でそう言い、そして満足そうな
表情で、機嫌良さそうに部屋を出ていった。
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・・・そしてそれから、俺のつけた痣が消える頃、あいつはとり頭とよりを戻した。その前に俺ともう一度、
一晩中床の中で散々楽しんでからだ。

あの、腐れ性悪猫が。