続 豺狼 
 

緋向子
 
その夜、俺は自分の部屋に一人でいた。左之は下諏訪へ隊長を訪ねに行っている。彼の
一緒に行こうという誘いを、俺が断ったことに左之は少しばかり傷付いていたが、俺はどうし
ても行きたくなかった。俺は隊長が幼かった俺にしてくれた仕打ちのことで、かなり彼に複
雑な感情を持っている。俺は左之には隠しているそれらの感情を、彼の前で呼び起こしたく
なかった。それらがよみがえったとき、左之の前でも自分を完全に制御できるかどうか自信が
なかったからだ。
 
だからその夜、暗くなってから俺は一人、自分の部屋で飲み始めた。そうやって俺は俺なり
に、隊長を弔うつもりだった。
 
それからどのくらいたった頃だろうか?誰か、俺の部屋の戸を叩く者があった。
'もしかして、斎藤か?'
俺はそう思い、その訪問者を無視した。こんな時間に俺を訪ねてくる奴は、左之か斎藤しか
いない。あいつとは二度ほど寝たが、それが左之にばれて俺はひどい目にあったのだ。だが
俺と左之はそのあとなんとか和解した。だがそのあとが、俺にとっては悪夢のようだった。左之
の奴、俺を布団に引っ張り込んで、その晩、七回もやっていきやがった。七回目は朝の明るい
さわやかな陽の光の中で、
"もう、たのむからやめてくれ、これ以上、やりたいんだったら金やるから女でも買いに行け!"
と、泣き叫ぶ俺を押さえ付けてあいつはのし掛かってきたのだ。その日一日中、俺は早足で
歩けなかった。・・・その晩の、俺の抗議はすべて左之に無視された。俺をお仕置きしてやろ
うという気もあったのだろうが、そこら辺のあいつの勝手さは、形は違うにしろ斎藤といい勝負だ
と俺は思った。まったく。
 
とにかく、そのとき俺は居留守を決め込んだ。左之を、また傷付けたくなんか、無かった。確か
に俺はそういうところがいい加減でだらしないが、別に悪気があってやってるわけじゃない。な
んだかんだ言っても、俺は左之が好きなんだよ。
 
「月岡殿、いないでござるか?」
その声に、俺はひどく驚いた。抜刀斎だ。俺は立ち上がり、戸を開けに行った。外に、彼が酒
の瓶を下げて立っている。彼は俺を見ると、にっこりと笑った。
「ああ、よかった、いたでござるか。今晩は。」
「・・・今晩は。」
俺は戸惑いながら挨拶を返した。
「入ってもいいでござるか?」
「あ・・・、ああ、どうぞ。」
俺は体をどけ、彼を部屋に招き入れた。戸締まりをする。
「左之がおらんでな・・・酒でも付き合ってくれぬか?」
 
何か話でもあるのだろうか?なんだろうと俺は思いながら頷いた。彼を上がらせ、差し向かいで
酒を飲む。彼は実に大量の酒を持参していた。でも彼は別に何か特別な話がある様子でもな
い。ただ、話題が左之のことに及ぶと・・・彼はあまりそのことを話したくないようだった。
 
彼が来る以前に、すでに結構酒が入っていた俺はすぐに酔いが回ってしまった。ちょっとふら
ついている俺を見て、抜刀斎が聞く。
「大丈夫でござるか?」
「ああ・・・ちょっと酔ったみたいだ。」
「それはいけない。少し休むでござるよ。」
抜刀斎は立ち上がり、押し入れから夜具を引っ張り出した。世話好きな男だな、俺は思った。
彼は俺に手を貸し、俺を布団の上に横たわらせた。
「すっかり付き合わせてしまって・・・済まなかったでござる。」
抜刀斎はそういって、俺の着物に手をかけた。
「緩めると、楽になるでござるよ。」
なんか妙だと思ったものの、俺は酔いが回っていて、何となくどうでもいいや、という気分で、目
を閉じて彼が俺の着物に手をかけるのを黙って好きなようにさせておいた。隊長が昔、俺に酷
いをして、そのことで俺がどれだけ苦しんだかも知らず、俺が彼の誘いを断ったことで能天気に
傷付いている左之への半ば自棄な気持も手伝っていたかもしれない。
 
抜刀斎の髪の結び紐がほどけて、彼の赤い髪が俺の剥き出しにされた胸をくすぐった。
「あ・・・」
俺は少し苦しそうに呻くと、目をあけて抜刀斎を見た。彼は俺の胸に口をつけていて、俺の目の
前に彼の赤い髪が広がって見えていた。彼は俺の耳元に口をよせて囁いた。
「大丈夫だ。躯に痕をつけるようなへまはやらぬから。」
「ちが・・・」
俺が何かを言う前に、俺の唇は奴の口で塞がれた。奴は俺のを優しく吸って、自分の唇で撫で
回してから離れると、俺の耳の中に舌を突っ込んだ。そのぞくぞくするような感覚に俺は呻いた。
こんなこと、今までされたことがない。彼の舌が引き抜かれるとき、俺は快感に身震いした。あい
つの手が、俺の脚の間に伸ばされ、さすがの俺はそれを押し止めようと、自分の手をあいつの手
にかけた。だがあいつは俺のその手を取って、自分の口元に持っていくと、俺の人指し指を暖か
く濡れた口に含んで舌を絡ませると、軽く吸った。直接的な快感とはまた違う、痺れるような感覚
が、俺の下半身を覆った。
'もう、だめだ。'
俺は思った。抵抗できない。あいつは、素早く、滑らかな動きで自分の身に付けている物を取り
去った。俺はあいつの、すでに欲望に膨らんでいるのをじっと見つめた。けっこう、でかい。左之
よりも大きいだろう。彼の体躯が小柄なぶん、余計それが際立って見える。あれを口に突っ込ま
れたら、きっと顎が疲れるだろうなと俺は思った。
 
だが、あいつが俺の脚の間に体躯を割り込ませたとき、俺はさすがに我にかえって抵抗した。
「ちょっと待てよ、お前、俺と左之のこと知っているだろう?!」
抜刀斎は、くっくっと笑った。
「そうでござるな・・・もし左之がこのことを知ったら、拙者、あやつに殺されるかも知れぬ・・・」
あいつは、俺のに片手をかけると軽く撫でた。
「だが、口でやるぐらいならいいでござろ。」
そういって、あいつは頭を下ろして俺のに口をつけた。その、濡れて蠢く柔らかいものにのみ込
まれる感触に、俺は声を上げた。・・・さっきから思っていたけど、こいつって、うまいよなあ。俺は
内心感嘆した。斎藤より上手だ。斎藤も、あれでけっこうなものだったけど。俺がくだらないことを
考えていると、抜刀斎が口を離して体を起こし、俺を見た。
「お主は感じやすいでござるなあ。それに肌がそこらの女なんかよりずっと滑らかで、触ると気持
いいでござる。」
そういってあいつは右手で俺の上肢の内側を撫で回した。もう俺は、後のことなど完全にどうでも
良くなっていた。あいつは自分の手を唾液で濡らすと、それを自分のに塗り付け、そしてそいつを
俺の脚の間に押し付けた。
「あ・・・だめだよ、抜刀斎。」
「ほんの少しだけならいいでござろう。」
あいつは、少しそれに力を込めて押した。そいつが俺の内部に入ってくる感触に、俺は呻いた。
「ちょっと、もの足りぬな。どれ、もう少し。」
そういって、彼はまた少し俺の内部に入ってくる。
「だめ、だったら。」
俺はそう言ったが、我ながら声が嫌がっていない。
「こんなの、やったうちに入らないでござるよ。」
その浅く繋がった状態で、彼は軽く揺すって見せた。俺は体を起こすと、座り込んでいる彼に乗り
掛かり、彼のを手で掴んで自分のなかに導いた。ゆっくりと腰を下ろし、より深く彼を飲み込もうと、
腰を彼にすり付ける。
「ああ・・・すごいよ、あんたのが、奥まであたってるんだ。」
俺は彼にしがみついて呻いた。
「気持いいでござるか?」
「すごく・・・いいよ、抜刀斎。」
彼は俺を乗せたままで仰向けに横たわった。俺は彼の上で躯を動かし、あいつは俺のを愛撫し
始めた。
「だめだ・・・ああ、こんなことが左之にばれたら・・・」
「大丈夫だ。あいつはいま、下諏訪で、まず帰ってくる気づかいはない。」
ああ、左之。彼に隠れて彼の親友とこんなことをしているんだと思うと、俺はすごく気分が高まって
しまい、躯を彼の上で激しく動かし、快感に喚いた。
「あ、俺いっちまうよお。」
「堪えないで、楽しめよ。」
俺は呻き声を上げ、彼の腹の上に、出した。その瞬間、俺のなかで彼も終わったようだった。彼は
苦しんでいるような顔をして、腰を何度も激しい勢いで突き上げると突然、動きを止め、弛緩した。
 
暫く俺達は夜具の上に黙って横たわっていたが、やがて彼は立ち上がると身支度を整え始めた。
準備ができると横たわったままの俺に顔を近づけ、俺の頬に軽く口付けた。
「楽しかったでござるよ。左之がさっさと帰ってきてしまうのが残念だ。」
俺は彼の頭に手を回してしがみつき、あいつは俺の頭を撫でた。
 
彼がでていっても暫く、俺は余韻にひたっていた。
 
ー*ー
 
もちろん、左之は帰ってきた。俺の部屋に押し掛けてきて俺を腕に抱くと、道中の様子を熱っぽく
語った。俺は彼が帰ってきてくれたのが嬉しかった。俺は本当にこいつが好きなんだ。
 
それから何週間もたった、ある日の夕暮れ、街を一人出歩いていた俺は抜刀斎を見掛けた。あい
つの方が先に俺を見つけ、笑いながら俺の方へ歩いてくる。
「久しぶりでござるな、月岡殿。元気だったか。」
「ああ、あんたも元気そうで何よりだ。」
そうやって二人で何気ない風に挨拶を交すと、彼は時間があるなら酒でも付き合わないかと言っ
た。俺は一瞬、躊躇い、だが結局、彼についていった。
 
彼は俺を宿の一室につれていった。酒を注文し、暫く二人で話した。もっぱら世相やら、そんなこ
とだ。彼の視点はなかなか面白いものがある。そういうことを話す俺の交友関係はかなり限られて
いたから、彼と話すのは新鮮で面白かった。暫くそうやって話し込み、酒が進んだ。話がとぎれ、
彼が俺を思わせ振りな目付きで見た。俺の方に体を乗り出す。
「・・・あんた、罪悪感とか持たないのか?」
俺はあいつに向かって悪戯っぽい笑いを向けた。
「お主が悪い。」
あいつも、何やら俺が向けているような笑いを俺に返している。
「俺、あんたに何もしてないぜ。」
「拙者にこうさせる、お主が悪い。」
「ひどい、いいぐさだぜ、それ。」
俺は声を立てて笑った。
「ほめているつもりだがな。」
笑いながら何食わぬ顔でそう言う抜刀斎を見て、こいつって、外見は人畜無害なくせに、中身は
とんでもないくわせ者だよなあ、と、俺は内心、おかしくなった。ある意味、斎藤よりたちが悪い。
あいつはさらに身を乗り出し、俺を壁に追い詰めると、俺の口を自分ので塞いだ。体躯を押し付け、
胸元に手をいれてくる。
 
あいかわらず・・・なんというか、こいつって、うまいよなあ、と、思う。たったこれだけで、俺はもうそ
の気になっていた。まあ、俺の頭が前回のことを思い出していたせいもあるのだが。体躯を押し付
けている、抜刀斎もそれに気付いたようだった。
「そんなに拙者が欲しいのか?」
俺は頷いた。
「ずーっと、あんたを忘れられなかったよ。」
・・・俺は地獄へ行ったら、きっと舌が何本あっても足りないだろうと思う。
「可愛い奴だなあ。」
抜刀斎は、俺に回している腕にぎゅっと力を込めた。・・・なんで、俺は左之に対してこういう風に
できないのだろう。あいつがいないと、俺は寂しい。でもあいつがどこかに出かけて、俺の元に帰
ってきても、俺はあいつにそっけなくするだけだ。俺はあいつが側にいてくれて、たとえどんなに
嬉しくても、その感情を俺はだせない。
 
抜刀斎が、俺を夜具の上に引っ張っていった。彼は小柄なくせに、腕力はあるのだ。俺はなされる
がままになって、彼が俺に覆い被さった。着物の上から脚の間を撫で回され、俺は呻いた。
 
そのとき、いきなり襖が開けられた。抜刀斎は振り向き、そこに立っていた人物を見て、俺から飛ぶ
ように離れた。俺は、血の気が引き、上半身を起こしてから動けなくなった。
「左之・・・」
俺達は同時に彼の名を呼んだ。彼は仁王立ちになり、青ざめた顔で無言のまま、こちらを見下ろし
ている。彼は暫くその姿でじっとしていたが、やがてゆっくりと部屋のなかに踏み入れてきた。
「剣心。」
彼は抜刀斎を見て、怒りを圧し殺した声で言った。
「でていって、くれねえか、剣心。お前とも後で話すことがあるが、とりあえず俺はこいつと話がした
い。」
「左之、一つだけ言わせてくれ。彼にこの責はない。これは・・・」
「黙って、くれねえか、剣心。」
二人とも少し黙った。抜刀斎は立ち上がり、部屋をでていく。戸口で、俺を心配そうに少しだけ振り
返り、そして左之の方を見た。左之はその抜刀斎には目もくれず、黙って俺を見下ろしている。彼
がでていってしまうと、左之は戸を閉め、無言で俺に近づいて、俺の前に片膝を立てた。
「左之・・・」
彼は乱暴に俺の襟元を掴んだ。唇を引き締め、目を見開いて開いた右手を上げる。
'ぶたれる!'
俺は脅え、顔をそむけると固く目をつぶった。だが、左之がそれから動く気配はない。俺は恐る恐
る、目を開けて彼を見た。彼は、無言でその手を、何もしないままに下ろした。
「何でだよ。」
俺の襟元を掴んでいる、彼の手が震えている。彼は悲痛な声を出した。
「なんで、こんなことするんだ。お前はそんなに、俺が嫌いなのか・・・?」
「俺、お前が好きなんだよ、左之。」
俺は左之を真っ直ぐに見て言った。それは、心から俺の本音だった。だが、それがどれほど残酷な
言葉だったのか、そのときの俺は全くわかっていなかった。
「愛しているんだ、左之。誰よりも、どんなものより、お前が大切なんだ。お前は、俺の命なんだよ。」
「・・・長年の付き合いだからな・・・わかるんだよ、俺。お前、今、嘘ついていない・・・」
左之が切なそうに言った。彼の目から、大粒の涙がぼろぼろこぼれ始め、俺は驚いて何も言えなく
なった。
「だったらなんで・・・」
彼は声を詰まらせ、顔を俺の肩に埋めた。
「なんで他の男と寝たりするんだよ。なんで俺だけを見てくれないんだ?・・・俺には、お前しかいな
いのに・・・」
「ごめん、左之。」
俺のその言葉は、まるでたちの悪い冗談のように響いた。左之は俺にしがみつき、子供のように声
を張り上げて泣き始めた。俺はそうやって力無く座ったまま、ぼんやりと天井の隅を眺めた。
「俺だけを見てくれよ、克宏、なあ・・・」
左之の泣き声が、俺の耳に響く。
 
'ごめんなさい隊長。昔、あなたがそう言ったように、俺はとっても悪い子です。'
 
左之から悲痛な声が漏れている。俺は彼からその痛みを取り除いてやりたいと願うものの、どうして
いいかわからない。