壬生の狼は、あっさりとその両手足を、手拭いで縛らした。足を投げ出して座った周り
を巡って、津南はその姿態を紙に写しとるのに熱中している。鉄の腕、鋼の板みたいな
胸のあたり、引き締まって分かれたみぞおちから臍、それらを覆う張りつめた革のような
皮膚。壬生狼、という恐るべき生き物。
 その肌の匂いも味も、津南はいやおうなしに覚え込まされて、薄い唇から吐く言葉に、
低い響きに、泣きながら頭を振った。許して貰えることはごく僅かだった。たまさか機嫌
のいい時に、こんなふうに、埋め合わせのように譲歩を申し出ることはある。昨夜はさす
がにひどかった、とでも思っているのかもしれない。
 部屋は暗くしてあって、外の虫の声のみしずかに響いていた。上着で覆って、調節した
行燈の明かりにうすぼんやりと、半身の裸形が息づいている。腰骨から下の部分は、ゆる
めた洋袴の中へ消えている。翳をまとうと、それらは異国の猛獣みたいに美しかった。堪
えきれず、明かりを落としたのは津南だった。
 鼻が触れ合うほど、息がかかるほど、近くに身を寄せて筆をつかう。そうした時、木像の
ように動かない相手の眼が、ぴったりと自分に当てられているのを感じる。金色の獣の眼。
冷たい激情と欲をはらんで、自らは動かず、津南を動かそうとする。
 とうとう津南がやけのように、明かりへ脱ぎすてた上着を掛けに立った時、斎藤はうすく
微笑んだ。傲慢な身ぶりで、頭を反らす。津南がそれへふり返る。怒ったような手つきで、
散乱した紙を払いのける拍子に、斎藤のほうへ倒れこんだ。すかさず、縛られた両手の
輪で、津南を頭からかぶせるようにして器用に捕らえてしまった。
「おい、口を………」
 吸わせろ、と眼が笑っている。不自由でも、腕の中にいったん捕らえられてしまうと、津南
はもう身動き出来なかった。顔が近づいてくる。あきらめて、目を閉じる。舌が探りまわり、
歯の裏や口蓋を丹念に舐められると、背筋から下に向かってむずがゆさが走る。知らず、
力が抜ける。斎藤の昂ぶったものが押しつけられる。
「乗れよ。ここへ、来い」
 いましめられた手で、斎藤は自分の腿を叩いた。
「俺は動けないんだからな」
 笑みを含んだ口調には、悪戯っぽい響きすらある。足にまつわっていた着物を蹴りぬい
で、津南がまたがると、後ろへ向きを変えるようにうながした。また両手をかぶせて、背後か
ら背中をぴったり抱き締める。徐々に、下へ向かって力を篭めていく。
「う………ん…」
 呷きに構わず、奥まで呑み込ませると、ゆっくり揺すり上げはじめた。体格の違いか、手
足の差もきわだって、津南はすっぽり斎藤の体躯に抱え込まれている。そこには嗜虐の
匂いすらする。
「あ!―――あッ」
 いきなり首筋にかぶりつかれて、津南は大きく悲鳴を上げた。
「痛…う……ッ」
 ぎり、と骨が軋むほどの力が篭もる。おそらく血が流れている。両手を使えないかわりに、
獣のごとく歯を立てて、逃げを打つのを押さえ込む。
「壬生狼は高い、と云ったろう」
 どんなふうに狼が目を細めているのか、見えなくても分かる。………