…何も、あんたに恨みがあるってわけじゃない。あんたの下絵は、いつだってよかった
よ。武者絵を描かせりゃあ、国芳の豪傑だって吹っ飛んじまう。国芳一辺倒だった鳶の奴
らが、化物絵を背負うようになったのはあんたの手柄だ。強そうで、きれいなだけっていう
のじゃない。血みどろで、無惨で、すさまじくって、気味がわるくって―――そのくせ目が
離せなくって。勇み肌の芸者の背に、卵塔場の累を彫れたのもうれしかったし、この俺が、
吉原の太夫の肌へ針を入れたあの時なんぞは、たませえが飛ばされそうだった。あんた
の絵で、凄かった。後ろから背中を抱くように、よりそうようにした骨ぼとけ―――あれは
死んだ間夫だったそうだが、ほんとうに、太夫の背中をしゃりこうべが抱いてるように見え
たっけ。
 凄くって、ぞっとするほど色気があって、俺はあんたの下絵が怖かった。毎度できあがっ
てくるたびに、今度は彫りきれねえのじゃないか、力が及ばないのじゃないか。怖くて、
それで愉しかった。月岡津南に惚れちまってた。あんたの絵で、女を彫るとき、俺は女を
抱くよりもよかったよ。
 だから―――それだから、この下絵はあんたでなけりゃ駄目だった。ほかの誰でもない、
あんたの、月岡津南のからだに、この俺がいのちがけで彫るものだったから。俺はどうして
も逆らえない。それに、何とかいう剣客への復讐だとか、偉いさんが御上覧あそばすとか、
そんなことはどうでもいいんだ。あんたに彫ってみたかった。その、日にあたらねえ蛇の腹
みてえな肌に、どうしても墨を入れてみたかった。あんたの絵で、あんたの肌に。そのため
に巻き込んじまって、すまないとは思っているよ。けど、あんたにだって、分かるだろう。
 …なるべく痛くないようにしてやるから。こうして、よく冷やせば、墨は入りにくくなるけど、
痛くはないから。痛くしたら、あんたはあの壬生狼の旦那を思い出して、泣くんだろうから。
可哀想に。あの人はもう来ないんだよ。


「結構。船に積んデ下サイ」


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…これは「狼月」さまの裏サイトのイラストに寄せた
もの。雪の庭で、津南が縛られているところです。
これまた勝手な妄想をくっつけてしまいまして…津南
が彫師に下絵を頼まれて、描いて持っていく。すると
本人が何ととっ捕まって彫られちゃうんですね(笑)。
異人の富豪が、日本の彫物を生きたまま体ごと手に
入れたいと熱望していて、懇意の上海マフィアに頼
む。それが原作の縁で、だから最後のセリフは実は
縁なのです。(設定はちゃんと話中に盛り込め)いい
わけくさくて済みません(笑)。
時間的には京都篇の後ぐらい。だから斎藤は一応死
んだと思われているんでしょう。
縁は津南と剣心のかかわりを知って、人誅に利用し
ようとする。彫師が察して、殺されるよりはと、彫物
を背負わせて、生き延びさせてやろうとする。
…だからこれには彫師×月岡、縁×月岡も入ってい
るわけです。投石はお断りいたします。
           

 椿の花の、時おり落ちる音すら大きく響く、しんとした冬の庭だった。気配も何も、
冷えた空気に吸い込まれて、風すらなかった。曇天から、音もなくふわふわと雪片
が落ちてくる。羽毛のように。待ち人が来なくて、ちぎって捨てた文のように。 
 雪の上に、黒っぽく細長いものが横たわっている。捨てられた、投げ出された、
痛んだ人形みたいな津南のからだ。追いかけてこられないように、縄目で封じた
供養される人形に似た。その息は、もはや深く、ゆっくりとして、夢うつつだった。ゆ
るやかに天から死がふりつもり、主を慕って、歩き出すのを埋めてしまおうとする。 
 最後の涙は頬のうえに凍りついた。さくさくと、雪を踏む足音を聞きながら、それも
夢だろうかとぼんやり思っている。遠く―――なつかしい日々の、はるかな木霊を
聞くように。斎藤がくることはない。
 紅蓮の城で、あたりを舐め尽くす炎のさなか、最後の煙草の火を擦るのを、左之助
が見ていなくとも、たとえ死んでいなくとも、けして来ることはない。自分は気にいられ
てもいなかったただの玩具だ。人形に扱われ、名を呼ばれることすらなかった。知っ
ていたかもおぼつかない。                                  
 助けか、そうでないのか。津南は半ばうっとりと目を閉じる。斎藤がくることはないの
だから、もし来るとしたら、それは幸せな夢なのだ。                   
 黒眼鏡の若い男―――銀髪の狂人の話す妙な抑揚。さし迫った、渇きをこらえて
いるかのような低い押えた彫師の囁き。                          
 近づいてくるのは、どちらだろう。                                   



 津南はかすむ目を開いた。
「…隊長。隊長。ああ―――」                                      
…お迎え来ちゃってますけど(汗)。
その後をまた妄想でつないで、これは裏のリレー小説
用の書き出しです。その際は最後の2行はとっぱらい
ますが。急に、片恋ものがやってみたくなって…恋、と
は呼べないかもしれませんが、いわゆる見捨てられ感
に苦しむ姿というのは片思いに似てやしませんか。
それと縁が書いてみたくって…彼も、姉さん姉さんと
言っていながら、実は無意識の底で、姉が自分より男を
選んだ、自分は捨てられたとの思いに怯えていて、それ
を意識すまいと抑圧のあまり、あんなにも剣心へ憎しみ
が向かうことになるのじゃないかな…。父性不在の雪代
家でもありますから、姉が剣心に斬られた、その時点で
自分まで一緒に剣心=父なるものから拒絶された、と思
い込んでいるのかもしれません。姉と自分を同一視して
いるところは多分にある。
そんなアダルトチャイルド同士、プラス津南のストック
ホルム・シンドロームを書けたらいいな〜とリレー小説
では思っているのですが。