遊郭婀娜談義

                   続翳日向



緋向子

                現し世は地獄極楽紙一重





「待て、斎藤、てめー!糞じじい!待てよ、こら!」
往来で、その背後から飛んできた罵声を無視して斎藤は行ってしまおうかと思っ
た。'小煩いガキだ'心の中で答えてやる。背後に飛んできた拳を、全く無駄のな
い身のこなしで振り向きざまに片手で受け止めた。力を込めて、動けないように
固定する。
「何か用か、阿保ガキ。」
左之の怒りに燃えた目が斎藤をにらんだ。斎藤はうんざりした様子で彼を見返し
た。
「いっぺん、殴らせろ。」
「お前に殴られる筋合いなんぞない。」
「おめーになくとも、こちとらあるんでい。」
斎藤はため息をついた。今のこいつに何を行っても聞く耳持たないだろう。拳を
はずすと、彼の片耳を右手でつかんで引っ張った。
「ちょっとこい。」
「いててて....何しやがる、放せ、馬鹿野郎!」
「往来でわめくな、見苦しい。」
斎藤はクールに言った。道行く人々が皆彼らを見ている。警官がちんぴら風の若
い男の耳を引っ張って引き摺り歩いている姿は往来で目立った。斎藤の力でこん
なことをされて抵抗できる常人はそうそういない。左之はわめきながら斎藤に続
いた。

斎藤はそのまま左之を引っ張って近くにあった居酒屋に入り、席に着かせる。左
之がちょっと、おとなしくなった。腹でも減ってるんだろう。斎藤は酒と肴ー腹
にたまりそうなものを何品かーを注文した。
「俺、金持ってねえぞ。」
「お前の懐なんざ、当てにする馬鹿はいない。」
左之は憮然としている。腹は減ってるものの、斎藤の金で飲み食いするというの
が気にくわないらしい。
「おめーに借りなんかつくりたくねえ。」
「誰がお前に奢ると言った。これは俺が勝手に注文したんだ。」
斎藤はにやりと笑う。左之は相変わらず憮然としている。そもそも、彼は克浩の
ことが気になってここにいる。彼がどうしているか斎藤に聞きたいのだ。そうで
なければとっくに出ていってしまっているだろう。朝から何も食ってない。注文
したものが運ばれてきた。左之は物欲しそうになる自分を抑えた。'こいつのまえ
でみっともねえ事はできねえ。'斎藤は左之の猪口に酒をつぐと、彼に向かって
押しやった。肴も押しやる。左之は箸をとると、それらを片付け始めた。よっぽど
腹が空いていたのだろう。五分ほどでほとんど平らげてしまう。
'ガキを黙らせるには、食物を口に突っ込んでやればいいんだな。'
斎藤は頭の中でメモを取った。

左之は、猪口の中身を一気に飲んだ。手の甲で口を拭う。相変わらず友好的な態
度とは言いがたいが、気のせいか表情が緩んだように見える。もくもくと無言で
酒を飲んでいる斎藤をちらと見る。少々決まり悪気だ。かなり逡巡した挙げ句、
左之は口を開いた。
「なあ、あいつはどうしてる?」
「あいつとは、だれだ。」
斎藤は左之を見た。表情は変らない。
「....克浩の、事だよ。」
左之は、ムスッとしている。斎藤は酒を一口飲むと、それをテーブルの上に置い
た。左之は、何も知らない。斎藤が克浩と会っているものだと思っている。ー斎
藤が最後に克浩を訪ねてからすでにかなりな日数がたっていた。そして、斎藤が
再び彼の元に行くことはないだろう。克浩は斎藤を拒否し、斎藤はそれを受け入
れた。彼は、悪あがきがどういう結末を産むかよくわかったいる。克浩の前から
姿を消した後で、彼は恐ろしいほどの孤独感を味わった。あれ以来、どんな人数
の人間に囲まれていても彼はいつも独りだった。力ずくで体を自由にしようと思
えばできる。しかし、彼はそんなものがもう欲しくはないのだ。この冷徹な男が
克浩のことで、狂った焔のような感情をその顔の下に隠していると知ったら左之
はどんな顔をするだろう?斎藤は自分でも認めたくはなかったが、だからこそ彼の
言う'阿保ガキ'を、肴に酒など飲む気になったのだ。左之だけが、彼を克浩へと
つないでいた。
「しらんな。」
「しらんって、お前....」
「あいつはお前への罪悪感で俺を拒否した。」
「なんだ....お前、その、平たく言えばあいつにふられたって事か?」
げんきんに、左之の瞳が輝いている。斎藤は忌々しそうに左之を見た。何だって
俺はこのガキ相手にこんなことをしているんだ?
「おい、じゃあ、あいつのところへなしつけに行こうぜ。」
左之は顔を輝かせ、席を音をたたせて立った。
「なし、だと?」
「そうだよ。白黒はっきりさせるんだ。あいつ、昔からそうなんだよ。菓子なん
か差し出されて、これやるからどっちか選べ、なんていわれたら決められなくて
結局他のやつに両方とも持ってかれたりするんだ。」
俺は、菓子か?!斎藤はあきれた。そういう問題ではないという事がこいつにはわ
からんのか?!
「お前は、そういわれてその両方とっていっちまうタイプだったんだろう。」
斎藤は言った。左之は少し照れたように視線をそらす。図星なんだろう。
「善は急げだ。いこうぜ。」
左之は、それでも少しばかり持っていた金ー小銭ばかりだがーをすべてテーブル
の上に置いた。勘定の十分の一にも満たない。斎藤は懐から財布を出した。

ー*ー

夕暮れで、鮮やかな赤い色が空に広がっていた。道中、二人とも無言だった。左
之はちょっと以外な気がしていた。斎藤は、こんな茶番に付き合わないだろうと
思っていたのだ。
'わかんねえ男だな。'
強く、切れる人間は往々にして他から誤解される。その能力がその人間のすべて
にわたって発揮されることができると人々は思い込む。だが斎藤とて人の子であ
る。彼だって無視することのできない感情をもっていたり、他人を傷付けたこと
で自分の心を痛ませたりすることだってある。もっとも彼の場合、そういう感情
は特定の人間にしか働かないが。

だが、とにかく無茶苦茶ながらも克浩を訪ねていくきっかけにはなっている。二
人とも文句はなかった。克浩は本心からこの二人を拒んでいるのではないことを
二人とも知っている。左之はできるものなら友情を取り戻したかったし(もと通
りなど高望みはしていないが)、斎藤は彼を一目見ておきたかった。別に会って
何をするというわけではない。ただ、斎藤はいつだって死というものの存在を傍
らに意識して任務に取り組んでいる。それを恐れも望みもしない。だがそのこと
が彼から余計な感情を剥ぎ取っていて、彼を自分の欲望に忠実にさせている。彼
は克浩にもう一回会っておきたかった。状況が許すなら彼を腕にもう一度抱きし
めて、永遠にこいつのまえから姿を消そうと思った。この感傷を左之が知ったら
何と言うだろう?これを彼に知られるぐらいなら、斎藤は死んだ方がましに違い
ない。

左之は克浩の部屋の戸を叩いた。斎藤はたばこを吸いながら黙ってそれを見てい
る。返事はない。
「おい、克浩、俺だ、頼むから開けてくれ。」
「おい、留守だ。」
斎藤が言った。
「何でわかるんだよ?」
左之が振り向いて抗議する。
「人の気配がしない。お前はそんなこともわからんのか?」
「なんだと、てめえ!」
「ああ、左之さん。」
後ろから声をかけるものがある。2件ほど向こうに住んでいる若い男だった。
「月岡さんなら出掛けてる。」
「どこへ行ったか、しらねえか?」
「さあ、だが絵の道具を抱えていったよ。」
「ありがとよ。」
男は会釈すると自分の部屋へ入っていった。
左之は斎藤を見た。
「行くぞ.」
「どこへだ?」
「遊郭だ。妓(おんな)の生き写しに行っているに違いねえ。あいつはこんな遅い
時間まで風景は描きにいかない。夕暮れは描かねえんだ。」
その理由を斎藤は聞きかけると、ちょっと迷った挙げ句、やめた。

ー*ー

「何か、騒がしいねえ。」
克浩のまえで、夜具の上に座っている妓が言った。まだ若い、顔にあどけなさが
残る妓だ。簪以外、見になにもまとっていない。
「ああ、そうだな。」
克浩はそう答えているが、実は何も聞いていない。稀にだが、彼は描くことに熱
中すると回りが見えなくなることがある。返事はしているものの、彼は妓が何を
言っているかさえまともに聞いてはいなかった。

その騒がしさはどんどん近づいてくる。克浩のいる部屋のまえで止まると、ふす
まが一気に引き開けられた。モデルの妓は悲鳴をあげ、傍らに脱いであった着物
を掻き集めて前を隠すと、となりの部屋へ走って逃げていく。ー克浩は、その闖
入者を見て絵筆を落し、固まった。
「さ、さ、さ....」
左之の名を呼ぼうとしても、口が吃ってまともに声が出ない。左之の後ろから姿
を見せた男に、克浩はもう一度吃った。
「さ、さ、さ、さ........」
「おめー、'さ'しか言えなくなっちまったのか?久しぶりだな、克。」
左之は、にっと笑った。....はっきり言って、やけくそである。もし斎藤が一緒
でなければ、彼は克浩の顔を見るなんて事もできなかったであろう。(筆者:おぬ
しは一人でご不浄に行けない女学生かっ)斎藤は憮然としている。何も言わない。
ここで筆者は一つ斎藤氏に詠を献上して差し上げたいと思う。

赤信号、気違いとわたれば怖くない (字余り)

無言の斎藤に克浩は相変わらずわからん男だと思い、はっとして、そんなのんき
にかまえている場合かっ!と、我に返った。そ、それより何でまたこいつらが二
人そろって.....
「何もつけねえ妓の生き写しとは色っぽいじゃねえか。」
左之が言う。この二人についてきて、おろおろしていたこの遊郭の番頭に左之は
振り向いた。
「ご苦労だったぜ、番頭さんよ。」
番頭は不安そうに克浩を見た。遊郭の番頭を努めているような男である。少なく
とも並み以上に腹は座っているだろうが、この二人の前でそれを発揮する度胸の
持ち主が世の中にそうそういるとは思えない。克浩は落ち着いた様子で彼にうな
ずいて見せた。
「心配要りません。この二人は俺の知り合いです。お手数かけて済みませんでし
た。」
「は、はい、では、私はこれで。」
番頭は逃げるようにして出ていった。入り口で左之と克浩と会わせろ、いや、あ
の方はどなたともお会いになりません、と押し問答になったこの男は、かわいそ
うに斎藤が放った気にあてられてすっかり萎縮してしまった。長年、人の顔を見
てきている男である。常人の仮面をかぶってはいても斎藤のなかに秘められてい
る何かをこの男は見ることができた。入楼のとき預った刀も業物である。できれ
ばあまりかかわり合いになりたくない相手だ。月岡さん本人があの様子で大丈夫
というのなら、とりあえず心配要らないだろう。くわばら、くらばら。斎藤が部
屋に入ってきて、後ろ手にふすまを閉めた。左之は克浩の前に座り込んだ。
「どうしてると思ったが....元気そうじゃないか。」
「お、お前もだな、左之。」
克浩はやっとそれだけ言うことができた。左之は一見、上機嫌そうだ。ーくどい
ようだが、彼は完全なやけである。斎藤もいる以上、引っ込みもつかない。どう
とでもなれよ、と、彼は思った。滅茶苦茶になろうが、元も子もという元だって
ないんだ。
「こいつをすっきりさせたくてよ、斎藤も引っ張ってきたんだ。俺と斎藤、どっ
ちか選べよ、お前。」
「は?!」
克浩は呆然とした。な、何を左之は言っているのだろう。一瞬、言葉の意味がわ
からなかった。
「どうなっても恨みっこ無しだぜ、なあ、斎藤。」
左之は斎藤を振り返っていった。斎藤は立ったまま右手で顔を覆ってげんなりし
ている。
'そおゆう問題か、これは。'
斎藤は心の中で呟いた。左之は再び克浩に向き合った。彼は二の句が継げないで
いる。
「別によお,お前が俺と床を共にしたくねーっつんでも俺はいい。俺はおめえに
手はださねえ.斎藤がいいっつんだったらすっぱりあきらめる。だから選べよ、
お前。」
克浩は目をパチクリしたまま口をあんぐりと開けた。彼の頭に、'開いた口が塞
がらない'という言葉が浮かぶ。呑気なことを考えている場合かっ、と彼は頭を
振った。
「....何を考えてるんだよ、お前。」
克浩は言った。
「簡単なことじゃねーかよ、おめえが白黒はっきりさせればそれでカタはつくん
だよ.」
克浩は、助けを求めるように斎藤を見た。しかし彼はげんなりした顔で片手を頬
にあてたまま首を横に振って見せただけだった。俺の手にはおえん,とでも言い
たげだ。克浩は頭を抱え込んだ。
「左之、頼む、やめてくれ。」
克浩は激しく頭を振った。
「何だ、お前決められないのか。じゃ、話は簡単だ。」
克浩は頭を上げた。今度は何を言い出す気だ?左之はふたたび斎藤を振り返った。
「だったら、俺達二人で話をつければいいことじゃねえか、こいつでよ。」
左之は右手の拳を握り締めて、顔の高さに掲げて見せた。今度は、斎藤があんぐ
りと口を開けた。もしたばこを吸っていたら、それは床に直行していたに違いない。
'じょ、冗談じゃない。'
克浩はパニックになった。もしこの二人にここで暴れられたら家屋が崩壊しかね
ない。俺まで遊郭に出入り禁止になっちまう。ー説明しておくが、この克浩君は
遊君を題材に絵を描くのをこよなく愛している。それも高級なおいらんなどでは
なく、中級、下級の遊女である。彼の描く女は顔形はそのままでも、その絵の中
で凄みのある色気と美しさが醸し出されるので定評がある。彼が遊君を描くとそ
この宣伝になるというので、彼はあらゆる所に出入り自由だった。朝の湯殿で彼
女たちを描いたことすらある。ーそんなわけで、この二人にここで暴れられたく
はないわけなんである。二人というよりも、左之だろう。斎藤は同調する気はな
さそうだ。
「いい加減にしろ、お前。それですむようなことか、これは。」
斎藤が怒って左之に近寄ると、彼の上着をつかんで言った。心の中で、だいたい
お前が俺に勝てるとでも思ってるのか、と、付け加える。
「じゃ、どうしろっていうんだよ。」
左之はムッとしていった。斎藤はだんだん嫌気がさしてきた。この馬鹿に付き合
うのにも、わけのわからん状況にも、そうしちまった自分にも。
「こうすればいいだろう。」
斎藤は呆然としている克浩の襟首をつかみ、彼を後ろ向きに引き摺ってさっきま
で妓がポーズをとっていた派手な夜具の上まで引っ張っていった。あっという間
だった。左之は疑問を持つ暇もなかった。克浩をうつぶせに引き倒すと彼の上着
を引き剥ぎ、帯を解いて上の着物を引っぺがす。そして傍に落ちていたモデルの
妓の緋色の腰紐で彼を後ろ手に縛った。壬生の捕物帖というあだ名をつけてやり
たいぐらいに見事な手際だった。今度は、左之があんぐりとする番だった。
「な、なにするんだ、斎藤!」
克浩が叫んだ。有無を言わせず顔を荒々しく夜具に押し付けられ、パニックにな
る。斎藤の片手が彼の髪を引っ掴んで顔を持ち上げられ、手ぬぐいできつく目隠
しをされた。
「ひ、人を呼ぶぞ.」
克浩が呻いた。
「呼んで、なんと説明するつもりだ?男に輪姦されかけているから助けてくれと
でもいうつもりか?」
斎藤はせせら笑った。一見わからないが、彼もそーとーというか、ほとんどやけ
になっている。克浩に目隠ししたのは視覚を奪って、彼の理性を鈍らせるためで
ある。'このひよっこの前でやってやる。'斎藤は思った。そのために、とりあえ
ず克浩をおとなしくさせておく必要がある。騒がれ、この喧嘩屋に彼が助けを求
めたりしたら興を削がれてうまく行かないだろう。下手をすればこいつらがより
を戻し、斎藤がつまはじきにされる可能性もある。'なんとかやってやるさ。'斎
藤は妙に自信があった。

ー左之は、頭の中が混乱状態になった。
'た、助けるべきだよな、これ。'
左之は恐る恐るその二人の方へ踏み出した。斎藤が手を止めて左之をすごいいき
おいでにらむ。
「お前にも後でまわしてやるからとりあえず黙ってみてろっ。」
一喝されて、左之はすくんだ。この世間に名を轟かせた元喧嘩屋が完璧に飲まれ
てしまっている。さすが百戦錬磨の強者の迫力はキレたら一味違う。克浩は心の
中で、ひー、と叫んだ。じょ、冗談だろ?!
斎藤が彼の下半身に身につけているものもすべて剥ぎ取る。克浩にのしかかり、
彼の胸に片手を差し入れ、うなじに唇を這わせてから耳元で触れるか触れないか
ぎりぎりのところで囁く。暖かな息が彼の穴の中を擽り、克浩は身震いした。
「あきらめておとなしくしてろ。いい目をみさせてやるからせいぜい楽しむんだ
な。お前、こいつに見られて興奮してるだろう。」
克浩は耳朶まで赤くなった。さ、左之の前でそんなことを....ひどい。左之は左
之で自分の目が押さえ付けられている克浩に釘付けになったまま、固まって動け
なくなっている。斎藤が顔を上げて左之を見た。
「おい、ひよっこ,外行ってふのりもらってこい。」
「てめー、俺に使い走りさせる気かよ?!」
「でなきゃ、こいつが痛い目に会うことになるぞ.」
「ちょっ、ちょっとまて!」
克浩は蒼くなって叫んだ。赤くなったり、青くなったり、リトマス試験紙のよう
に忙しい日である。そ、そんなことをされた日にゃあ、明日から恥ずかしくてここ
に来れなくなる。
「そんなもん、持ってこなくてもその引き出しに膏薬が入っている。たのむから
やめてくれ。」
左之が黙ってごそごそとさされた引き出しを探ると、その小さな容器を黙って斎
藤に投げて寄越した。斎藤はそれを空中でつかむように受け取ると、にやりと笑
った。左之は憮然としている。斎藤は上着とシャツを脱いで前を開き、それを自
分と克浩に塗った。克浩の体を起し、自分は胡座をかいて座る。克浩を自分に背
中が向くようにして座らせ、膝は床につけさせた。脚が大きく開かれる。左之は
その姿を正面から見るかたちになった。
'か、克浩が、あの克浩が....'
左之は、頭の中が真っ白になった。今まで頭の中で、散々彼の痴態を想像してき
た左之だったが、これは彼のどんなファンタジーよりも強烈で刺激的だった。状
況のせいで、三人とも前戯など必要ない状態になっている。斎藤は自分のものを
片手で持ち、もう片手で彼の脇をつかむと克浩を導いた。ゆっくりといれさせて
いく。左之はその様を全部見ることができた。眼が釘付けになって、体が動かな
い。克浩が斎藤を自分の中にいれてゆきながらそれに呻く。
「自分で動いてみろ。この坊やにお前がどんな人間か、じっくり見せてやるん
だ。」
全部入ってしまうと、斎藤が命令した。克浩はため息をついて、ゆっくりと全身
で上下に動く。左之は視線をその部分から放すことができない。斎藤の片手が克
浩の胸にのばされた。下から上へゆっくりと愛撫してゆく。敏感な部分は手をそ
らされ、焦らされてから触れられると、克浩はあっ、という声を小さく出した。
克浩は深くつながったままで全身の動きをやめた。円を描くように腰を回すと、
上半身は固定したまま浅く上下運動をさせ、締め付ける。その誘うような動きに、
左之は喉をならした。克浩は、左之の視線をその部分に痛いほど感じる。
「左之....,俺を見ないでくれ、お願いだ.....」
克浩の眼は目隠しで見えないものの、その顔は切なく、唇は震えている。恥じ入
って羞恥心で消えそうな口調の言葉に左之は理性が揺いだ。日焼けしない白い胸
の肌は、ぬめるような光沢を持っている。このまま飛びかかってこいつを押し倒
してやりたい。左之は克浩に近づくと、その胸にそっと口づけた。そのまま唇を
上へ移動させ、肩に顔を埋めた。右手で彼の胸に触れ、唇を胸の感じやすいとこ
ろへ持っていく。克浩は口を少し開き、何かに耐えるように少し首を仰け反らせ
た。
「下の方も、その口でやってやれよ。」
斎藤のその言葉に克浩は身を固くした。
「いやだ、左之、やめてくれ。」
克浩は身をくねらせた。口では恥ずかしそうに嫌がっているものの、その姿は左
之にはそれをねだっているようにしか見えない。左之はちょっとためらったが、
頭をそこへ下げると斎藤の言葉にしたがった。最初に唇が触れられた瞬間、克浩
は呻き声を立てた。
「お願いだ、やめてくれ....」
だがその荒々しくがさつなやり方を見て、斎藤は少し眉をしかめた。
「ちょっと待て、お前。いったいどういうふうにやっているんだ?」
「はん?」
左之は口をはなすと顔をあげた。斎藤はその口に自分の右手の中指を突っ込んだ。
「ちょっとやってみろ。」
左之は言われた通り、その指をなめた。すぐさま斎藤は指を左之の唇から引き抜く。
「へたくそっ!」
むっとして何か言い返そうとした左之にその間を与えず、斎藤は左之の人指し指を
とった。
「こうやってやるんだ。」
それを口に含み、指の先からゆっくりと飲み込んでいく。指に絡み付き、吸い込
まれ蠕動するような動きに左之は身震いした。斎藤がさっさと指を引き抜くと左
之は物足りない気分に駈られる。
「お前、もしかして男とやったことはないのか?」
左之は斎藤を上目使いに軽くにらみ、少し間を置いて答える。
「....ねえよ。」
斎藤はため息をつくと、克浩を膝から下ろし、夜具の上へ仰向けに転がした。嫌
がって逃げようとするのを押さえ込んで、脚を無理やり広げさせる。斎藤は左之
の右手の指をそこへ導いて、中指を入れさせる。克浩は、声を殺してそれに耐え
た。
「....そこで指を曲げてみろ。ちょっと固くなっているところがあるだろう?」
左之の指がその斎藤が言っているらしい個所に触れると、真綿で包まれたような
直接的でない快感が克浩に走った。彼は身をくねらせた。
'い....いったい、こいつらは俺の躯で何をしているんだ?!'
克浩は羞恥と屈辱に唇を噛んだ。
「若くてあまり経験のない素人女を相手にしたことはあるか?」
左之が不機嫌そうな様子で顔を横に振った。しょうがねえなという感じで斎藤の
声が無情に続ける。
「最初はそうやって慣らしてやるんだ。特にこいつはまだそんなに経験をつんじ
ゃいないから、絶対乱暴なことはするな。こいつは焦らされるのが好きだから、
覚えておくといい。」
斎藤の声が、ぐわんぐわんと克浩の頭に響く。
「い、いやだ、やめてくれ!」
克浩は叫ぶと、身を起して逃れようとした。ー斎藤と左之が、息もぴったりにそ
れを同時に押さえ込む。克浩を無視して、斎藤は続けた。
「で、ここがこんな風になっていたら,お前のものをいれても大丈夫だ。」
左之の指がもう一本侵入してくる。
「最初はゆっくりと浅く動かせ。そうだ、楽しみたかったら乱暴はするな。こい
つの反応を見て動かすんだ。・・・そろそろ大丈夫だと思ったら深く入れていい。
絶対焦るな。潤滑油をお前とこいつの両方に使うことも忘れるな。でなきゃ、お
前は大丈夫でも、こいつはしばらく辛い思いをすることになる。」
左之の指が引き抜かれた。

ー克浩は、泣きたくなった。い、いったい、俺が、何をしたっていうんだ?!なん
でこんな目にあわなきゃならないんだよ?!

斎藤は克浩を引っくり返してうつぶせにすると、両手で腰を持ち上げた。克浩は
肩と膝で自分の体重を支える。斎藤は片手を自分のものに添えると、徐々に克浩
のなかに侵入した。克浩は呻いた。入ると再び両手で彼の腰をつかみ、上下運動
をしながら徐々にスピードを増していった。克浩は、口を夜具に押し当てて声を
殺した。
「おい、良いなら良いと言ってみろ。あのときみたいにいい声でないて見ろよ。」
斎藤は動きを止めた。克浩はしんとしてしばらくそれに耐えていたが、やがてか
細い声で言った。
「いい....」
「聞こえないぞ.はっきりどうして欲しいか言え。」
斎藤はせせら笑った。
「いい、だから、もっと...してくれ、あ....」
斎藤は動きを再開した。克浩は堪えきれずに声を上げる。
左之が見ている。犯され、蹂躙され、そしてあさましく快楽に呻いている俺を....
克浩は、ぼんやりとした頭でそう、思った。
「おい、お前のぼうやのをその口でやってやれよ。見てるだけなんてかわいそう
だろう。」
斎藤のその言葉に克浩は痙攣したように反応した。俺が、左之のを?いやだ、そ
んなこと....!斎藤は克浩の手の縛めを解き、手をつかせて四つんばいに立たせた。
斎藤は指で克浩の口をこじ開けた。左之は膝をついて前の紐を解き、克浩の前に
出した。目隠しをされていて見えない克浩のために斎藤が彼の口を導く。克浩が
あきらめて左之のを飲み込むと、左之はため息をついた。
「ああ....克浩、すげえよ、今までやったなかで一番いい....」
「おい、噛んだりするなよ。」
斎藤はそう言って、体を動かし始めた。突然左之が、うっ,という声を出して、
果てた。克浩はその脈打つ動きに合わせて左之を吸い込む。克浩の口のなかにま
とわりつくような粘液が広がった。左之が終わるのに、三分かからなかったかも
しれない。これでも彼は、楽しみを引き延ばしたいがために精一杯堪えたのだ。
左之は少し余韻を楽しむと、克浩の口から引き抜いた。克浩の顔は腰をあげさせ
られたままで夜具に崩れ落ち、左之が座り込む気配を克浩は感じた。
「飲み込め。」
斎藤は言った。克浩がそれを飲むと、喉が小さな音を立てて鳴った。完全に飲み
込んだ後も、口のなかにそれらが残っている感覚は消えなかった。斎藤は動きを
止めると克浩のを、握った。うごめかされるその感覚に、克浩は切なげにため息
をつく。動きが高まってきて、克浩が行く直前に斎藤も再び動き始めた。克浩が
いってすぐに、斎藤も果てた。

克浩はいく瞬間、今まで経験したことがないほど上りつめ、叫ぶような声を上げ
るとそのまま気を失った。

ー*ー

とても暖かくて気持がよかった。懐かしい日溜りの匂い。頭が重くて、はっきり
しない。なんだろう、コレ?
少しづつ目を開ける。視界にぼんやりとものがうつった。
ー左之が克浩のとなりに横向きに寝そべって、肘を立て手のひらに頭をおいた格
好で克浩を見下ろしていた。
「うわああああ!!!」
克浩は、裸のからだに掛け布団を引っ掴むと、部屋の隅に後ろ向きに飛んでいっ
た。顔は驚愕で歪んでいる。布団を体の前でつかんで背中を壁に押し付ける。
「克浩....」
「お、俺、あんなことを....!」
「剥き身で目の前に出されたんでついつい。」
「俺は、浅蜊かっ。」
青ざめ、克浩の布団をつかむ手がわなないている。
「済まない、克浩、このとーりだ。」
左之が体を起して克浩に近づこうとした。
「ちっ、近寄るな、俺に!」
克浩が横に後ずさりすると、左之は悲しそうな顔になり上着しか身につけていな
い姿でいきなり土下座した。克浩はそれに度肝を抜かれる。
「左之....」
「ゆるせなんていえねえ。だが、すまねえ。」
左之は額を畳に擦り付けたまま言った。克浩は表情を緩ませ、布団を抱えたまま
左之の方へよってくる。
「頭を上げろよ、左之、俺は....」
優しい声で克浩は言う。左之は頭をあげると切なそうに彼を見上げ、布団越しに
立っている克浩の脚に抱きついた。顔を押し付ける。
「克浩....」
克浩は腰を落した。左之は克浩を離すと彼の肩に手をあててその顔を真っ直ぐに
見た。泣き出す前の子供みたいな顔をしている。
「あんなことして、すまねえ。俺は、お前が大事なんだ。お前の傍にいたいん
だ。」
左之は克浩の胸に顔を埋めて、左之は腕を克浩の背中に回す。
「おめえが好きなんだよ、お前もそうだと言ってくれ、俺の傍にいてくれ...」
「俺も、お前が好きだよ、左之。」
「ほんとうかっ?!」
克浩の言葉に渙発いれず左之が叫ぶ。うって変って明るい顔をしている。
「左之、俺は....!」
何か言おうとした克浩を左之は遮った。
「そーか、それはめでてえ。」
克浩は、その後にいくつかの言葉を続けようとしたのだ。しかし左之はそれを許
さない(笑)。左之は克浩を夜具の上に押し倒した。左之がにっと笑う。
「さ、左之、そう言えば斎藤はどうした。」
「あー、あいつなら、仕事だって帰ったぜえ。」
左之の手が、克浩の体をまさぐる。左手で彼を抑えながら、右手を下半身へ下ろ
してゆく。
「俺、こっちでもやってみてえ。さっきのもすげーよかったけどよ。」
左之は、恐ろしく上機嫌だった。克浩の顔から血の気が引いた。
「大丈夫だって、ちゃんとやり方は習ったから。」

・・・十九歳、やりたい盛りである。実を言うと、斎藤は克浩君を見捨てて敵前
逃亡を計ったのである。いくら斎藤が強いからと言って、三十四歳の彼が十九歳
の左之に付き合わされちゃたまったものじゃない。このクソガキに何か弱みを見
せればどんな風に増長するかは目に見えている。それにとりあえず、'いろは'は
教えておいた。よっぽどのことがない限り、しばらく使い物にならないようなこ
とにはされないだろう。次の日の朝、この二人の目に太陽は黄色かった。(大笑)

この物語を終わるに当たって筆者は以下のことを付け加えておかねばなるまい。

克浩は、その後一部の妓に異常にもてるようになった。
「あのせんせ、男好きなんだって。」
「きゃあ、すてき。」
この男、人付き合いの悪さとそのつんとした美貌で妓も近寄りがたかったのが、
その後なしくずしに彼女たちと打ち解けることになる。

左之は、斎藤に新たな闘志を燃やしている。
'いつか、あのじじいを越えて見せるっ!'
・・・斎藤の気迫にあの状況で(笑)飲まれたのがよっぽど悔しかったらしい。た
だ、ちゃんと全般のことにわたってのことを言っているのかどうかが気になると
ころだが。

で、この三人、それからも時々このメンバーで楽しんでるみたいである。
左之が日本を離れ、斎藤が転勤になっていく年の晩春の季節の物語。

かくてこの物語は大団円をむかえる。
むちゃくちゃだって?
いいじゃないか。人生、時として、ものすごおく不条理(なこともある)。



現し世は、地獄極楽紙一重。ならば今生、仏と生きぬ。



ちょん。