囚われの狼(十一)
 口止めのために、絵師を襲ったのだと、斎藤は己に言い聞かせた。現に、目論見は成功
したではないか。 
「それで。」

「――常念寺の本堂を押え、納戸に鍵をかって入れてあります。歩けぬようにしておきま
したから。」

「酷い真似をする。」
 組み合わした掌の下から、笑みの形に口髭がのぞいた。
「死ぬかね。」
「そこまでは………」
「したつもりはない、かね。繊いからだつきだったが。」
「………………」
「舌でも噛まれない、と言えるかね。」
「死ねば、長屋の捜索をやるまでです。火薬のほうの所持違反で、すでに令状は取ってあり
ますが。」
「死んでは困る。」
 川路は首を振った。
「ありかを吐く前に、死なれては困る。乱暴な真似は慎み給え。―――その絵師、臥せって
いるそうだが………」
「はあ。」
「愉しんだかね。」
 にやりと笑いを浮かべると、また斎藤の手を取った。手袋の上からこね回し、執拗にさ
ぐるようにするのへ、斎藤の眉が上がった。
「京都に先を越されるか―――出し抜くか、君次第だ。藤田君。」
 指を絡めた。
「藤田君。」
「………は。」
「民間人への暴行、抜剣、今度のあれ―――一介の巡査にしては不穏すぎる。これら公
僕としての逸脱行為すべて、不問に処しているのは誰かね。」
「川路大警視殿です。」
「所定の洋剣の代わりに、日本刀の帯剣許可を与えたのは誰かね。」
「それも大警視殿です。」
「では聞くが。」
 指は腰へまわり、制服のあらい織地の上を動いた。這うように、ゆっくりと撫でさする
それが下がってきて、ひきしまった臀にまでとどいた。ふかく触れた。
 斎藤の、するどく削げた面貌の上を、まぎれもない羞恥と困惑の色が過ぎた。
「………今の、壬生狼の飼い主は誰かね。」
 斎藤は黙して答えなかった。
 椅子を軋ませ、川路は満足の息をもらした。後ろに寄りかかって、
「藤田君。」
「は。」
「口で、し給え。」
                                (続く)

連載第千三百三十七回
神野里美
小説
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壬生狼の恋
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