ちょっとネタバレの部分があるかも知れませんが、あしからず。
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眠れぬイヴのために(上・下):ジェフリー・ディーヴァー:ハヤカワ・ミステリ文庫 20031216
あらすじ 
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記録的な嵐が近づく夜、精神病院を出た死体運搬車に積まれた死体袋をやぶって、筋肉隆々の巨漢が這い出た。彼の名はマイケル・ルーベック――俗にインディアン・リープ事件と呼ばれている凄惨な殺人事件の犯人だった。ルーベックは、裁判で自分に対して不利な証言をした女教師リズに復讐の鉄槌を下すため、脱走をくわだてたのだが……読書界の話題をさらった傑作『静寂の叫び』の著者がおくるノンストップ・サスペンス。
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やられた。それが最初の感想である。まさか最後にこんなドンデン返しが待っていようとは……。
読んでいる途中で感じたことは、サスペンス仕立てになっている割りには、それほどハラハラドキドキ感がないなあ、と言うこと。これじゃあ、平凡なサスペンス・ドラマで終わるに違いないと半ば諦めていたのであった。ところが、最後の最後で「意外な事実」というのが明かされ、思ってもみない結末へドドドーッとなだれ込んでいくのであった。一気呵成という言葉がピッタリ。
思えば、「インディアン・リープ事件」とは何ぞや? とか、夫婦・姉妹・家族の確執などが次第に明るみに出ることが、この事件とどう関わるのか全く分からないまま話が進むわけだが、終わってみれば「なるほどね」と納得することばかり。当たり前かも知れないが。
分からない事と言えば、精神病患者のルーベックが、リズを追い込む過程。そんな目的だけのために、そこまでやるか! と言うくらいハチャメチャなのだが、真の目的が分かった後でも、やっぱり動機としては弱いんじゃないかなあ。エピローグでちょっとフォローしていたけど、やっぱり弱いと思う。
にしても、結構面白かったのは確か。


 
遙かなり神々の座:谷 甲州:ハヤカワ文庫JA 20031211
あらすじ 
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マナスル登頂を目指す登山隊の隊長になってくれ、さもなくば――得体の知れない男から脅迫され、登山家の滝沢はやむなく仕事を請け負った。が、出発した登山隊はどこか不自然だった。実は彼らは偽装したチベット・ゲリラの部隊だったのだ。しかも部隊の全員が銃で武装している。彼らの真の目的は何なのか? 厳寒のヒマラヤを舞台に展開する陰謀、裏切り、そして壮絶な逃避行――迫真の筆致で描く、山岳冒険小説の傑作。
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中国(チベット?)やネパール、インドを中心とした国家間の陰謀など、その土地の情勢も良く知らない自分にとっては、ストーリーの中で明かされる真相や、解説を読んでも、やっぱりチンプンカンプンなのであった。
でも、そういった国際情勢に詳しくなくても、この物語の本質は別の所にあるわけだから、それなりに十分楽しめる内容になっている。
但し、ちょっとスケールが小さいかな、という感じ。ほとんどが山の記述で終始している分、登山の描写は満足できない。もっと壮絶な描写を期待していたから、その点では物足りなさが残った。
もっとも、この本を読んだのは、続編とも言える「神々の座を越えて」を読むための繋がりを重視してのことだったので、それほど残念というわけでもない。


 
大いなる序章(上・下):G・R・R・マーティン編:創元SF文庫 20031209
あらすじ 
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1946年、異星人がもたらしたウィルス爆弾がマンハッタン上空で炸裂。この日、世界の歴史は変わった。これに感染した人間は90%が絶命し、生き延びた者たちは特異なミューテーションを遂げたのだ。肉体的変容を遂げた者はジョーカーと、そして特殊な超能力を発現させた一握りの者はエースと呼ばれ、ここに史上かつてない闘いの物語が始まる。SFならではのアダルト・アクション!
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修羅の終わり:貫井 徳郎:講談社文庫 20031204
あらすじ 
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「あなたは前世で私の恋人だったの」。謎の少女・小織の一言を手がかりに、失った記憶を探し始める。自分は一体何者だ? 姉はなぜ死んだ?
レイプを繰り返す警官・鷲尾、秘密結社"夜叉の爪"を追う公安刑事・久我、記憶喪失の<僕>が、錯綜しながら驚愕のクライマックスへと登りつめる、若き俊英の傑作本格ミステリー。
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作者が小説の叙述を意図的に操作するタイプの探偵小説を叙述トリックと言うらしい。この小説も、探偵こそ出てこないが叙述トリックものなのだろう。そう言えば、「慟哭」も同じジャンルかも知れない。
騙しのテクニックを駆使する叙述トリックは、元々そう好きではないが、そこに至るまでの中途のストーリーが面白ければ、それなりに楽しめる。そう言う意味では「慟哭」の方が少し楽しめたような気がする。
「修羅の終わり」は、結末の意味が不明(どういうトリックだったのか、読み終わっても理解できず)であることを抜きにしても、中途のストーリーがまったくつまらない。3つの物語が同時進行で展開していくのだが、どれも一つ一つを取ってみると、凡庸な展開なのだ。「だからなんなの?」と言いたくなるくらい、ヤマがない、谷がない。入り込めない。
全ては結末のトリックへ結びつけるためのストーリー展開としか思えない。だから中途のストーリーが面白くないのだ。トリックがどのようなものであれ、そこに至るまでのストーリーにも面白味を出して欲しいものだ。

鷲尾の物語が久我と<僕>の物語にどう絡んでいるのか、全く不明。それに、久我と<僕>の関係も謎だらけ。結局、最後まで読んで叙述トリックの妙味も堪能できず終い。


 
時の扉をあけて:ピート・ハウトマン:創元SF文庫 20031122
あらすじ 
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昔、住んでいた一家が不可解な失踪を遂げたという、薄気味の悪い言い伝えの残る古い屋敷。それが祖父の残した唯一の財産であった。いつも飲んだくれている父。気丈ではあるものの、耐えることしかできずにいる母。そんな両親の、屋敷の処分を巡る口論から逃れて、閉ざされた三階へと入り込んだ少年は、隠れていた扉を見つける。それは、五十年前の世界への入口だった……。
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タイム・トラベルものが好きである。特に、過去へ行く話が面白い。タイム・パラドックスをどう処理するのか、現在との繋がりはどう展開していくのか、そういった、もつれた糸をほぐしていくような展開が面白い。本格ミステリはあまり好きではないが、実はミステリーにも通じる醍醐味かも知れない。
この「時の扉をあけて」も期待に違わず面白い展開だった。読み終わってみると、主人公ジャックはどうやって生まれたのか、ということまで考え込んでしまうところが面白い。そもそも、どこからが始まりなのか、考え始めたらキリがない。それこそ、タイム・パラドックスの典型的な例だ。
解説では、ストーリーの破綻している部分をいくつか挙げているが、そんなことを言っていたらそれこそキリがない。物語として面白いか、面白くないか、それが大事だ。


 
がんばらない:鎌田 實:集英社文庫 20031122
あらすじ 
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リンパ肉腫の青年が言った。「自分の入る墓を見てきた。八ヶ岳の見える景色のいい所だったよ」青年にぼくはささやいた。「よくがんばってきたね」最後まで青年は誠実に生きて、死んだ。そこには忘れ去られた「魂への心くばり」があった。
テレビドラマ化されるなど、マスコミの話題をさらった感動の書をあなたに。
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恥ずかしながら、この本のことは全く知らなかった。ある読書系のMLで紹介されて、気になったので買って読んでみた。
ことさら感情移入がある文体でもなく、むしろ自然な書き方に好感を持てた。最初に当地に赴いたときは、並々ならぬ苦労があったのではないかと推測されるが、その辺のことはサラッと書き流していて、却ってその時の大変だったことが伺える。それがあるからこそ、現在の、地域と密着した医療体制が整ったのではないか、などとも思う。
土地の人たちとの心温まる交流がある。その交流があるからこそ、亡くなった後でも記憶としてその人は生き続ける。そんな爽やかな感動を与えてくれた本であった。


 
ゴースト・ストーリー(上・下):ピーター・ストラウブ:ハヤカワ文庫NV 20031115
あらすじ 
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ニューヨーク州の小さな町ミルバーン。その指導的立場にあるチャウダー協会の会員たちは、悪夢や幻覚に悩まされていた。発端は、一人の女優を招いて開かれたパーティーで会員のワンダレーが不審な死に方をしたことだった。彼らは、彼の甥で作家のドンを呼んで助言を受けようとする。だが、悪夢はエスカレートし、ついには会員がまた一人、謎の自殺を遂げた! 古今のゴースト・ストーリーをすべて凝集した巨匠の代表作。
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プロローグは素晴らしい。これから始まる物語がどのようにして展開していくのだろうか、と期待を抱かせるには十分だ。
しかし、本編はその期待を裏切って、そんなに面白くはない。読み切るまでに断続的な読書となり、物語をキチンと把握できていなかったこともあるが、キャラクターがハッキリしていなくて、脇役たちの働きがよく分からなかったというのもある。
主人公たちの過去をあばくシーンも弱い。それが現在との繋がりを希薄なものにして、恐怖感が盛り上がらない。

「古今のゴースト・ストーリーをすべて凝集した」のならば、多分、そのせいでまとまりのない話になったのではないかと思う。


 
ぢん・ぢん・ぢん(上・下):花村 萬月:祥伝社文庫 20031026

あらすじ 
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<眼前にむごたらしいほど薄汚い中年女の肉体が屹立していた。それはおぞましい光景だった。納豆を食べ終わったあとのご飯茶碗のようなぬめりがてらてら光っていた>。家出少年イクオの、新宿歌舞伎町でのヒモ修行、浮浪者生活。性の遍歴、魂の彷徨……。芥川賞受賞の鬼才がジャンルを超えて世に問う畢生のビルドゥングス・ロマンの超問題作!
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つまらん。じつにつまらん。感動したなあとか、ドキドキハラハラしたなあとか、なるほどなあとか、それはないだろうとか、その他もろもろの面白さがまったくない。それでも意地になって最後まで読んだゾ。
イクオが作中で、これじゃポルノ小説の展開みたいじゃないか、と「苦笑」している場面があったが、これはポルノ小説そのものじゃないか。

以下、
・ミもフタもない
・あまりにも現実とかけ離れていて滑稽
・「苦笑」が多すぎ。ごまかしてるのか?

とにかく、つまらん。ラストだけちょっと盛り上げたって、そんなんじゃ全然納得しないもんね。


 
フロスト日和:R・D・ウィングフィールド:創元推理文庫 20031013
あらすじ 
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肌寒い秋の季節。デントンの町では、連続婦女暴行魔が悪行の限りを尽くし、市内の公衆便所には浮浪者の死体が小便の海に浮かぶ。いやいや、そんなのはまだ序の口で……。役立たずのぼんくら親爺とそしられながら、名物警部フロストの不眠不休の奮戦と、推理の乱れ撃ちはつづく。中間管理職に、春の日和は訪れるのだろうか? 笑いも緊張も堪能できる、まさに得難い個性の第二弾!
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ジャック・フロスト警部シリーズ第二弾。今回も、次々と起こる事件のオンパレード。よくもまあ、これだけいろいろな事件が起こるものだ。フロストと今回の相棒ウェブスターは、一つの事件を捜査している内に次の事件に巻き込まれ、さらに次の事件が起こり、といった感じでさまざまな事件に振り回される。かと思えば、フロストのふとした思いつきから、現在捜査中の事件を途中で投げ出して、別の事件の捜査をいきなりやったりする。ウェブスターとデントン署の刑事たちはフロストに振り回されっぱなしだ。しかも、その思いつきも、肩すかしで終わることもしばしば。
このフロスト、相変わらず下品なジョークを飛ばしたり、あくが強かったり、押し出しが強かったりするのだが、憎めないキャラクターは健在。街の人たちに信頼されているところも何となく分かるような気がする。笑えるのが、事件捜査に燃やす執念は大したものなのに、書類仕事となるとからきし弱いところ。とっくに提出期限が過ぎているような書類を、なんだかんだと理由を付けて、ノラリクラリとかわして逃げる。マレット署長とのやり取りの可笑しいこと。
最後は、広げた大風呂敷も収斂していくように事件が解決していくのだが、その展開も無理がない。扱う事件も多く、登場人物もやたらと多いのだが、文句なしに楽しめるシリーズだ。


 
慟哭:貫井 徳郎:創元推理文庫 20030928
あらすじ 
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連続する幼女誘拐事件の捜査は行きづまり、捜査一課長は世論と警察内部の批判をうけて懊悩する。異例の昇進をした若手キャリアの課長をめぐり、警察内に不協和音が漂う一方、マスコミは彼の私生活に関心をよせる。こうした緊張下で事態は新しい方向へ! 幼女殺人や怪しげな宗教の生態、現代の家族を題材に、人間の内奥の痛切な叫びを、鮮やかな構成と筆力で描破した本格推理。
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物語は二つの話が交互に展開して進む。一つは幼女誘拐事件を警察内部の捜査状況から展開していく話。そしてもう一つはある男が宗教へのめり込んでいく話。
この二つが展開して行くにつれ、読者はある予想をする。それは至極もっともな予想であるため、クライマックスの展開には驚天動地する。この辺の展開は見事である。
しかし、この構成にするために、読み終わってみると不自然な展開がいくつか目に付くことになる。

以下、ネタバレ。注意。

一つは、合計7件もの幼女誘拐事件が起きたことになるのに、後半の事件に対する警察やマスコミの対応のおとなしさ。構成上、そこは書くわけには行かないのだが、あまりにも不自然だ。また、前半の4件の事件が未解決で終わるのも物足りない。
それから、捜査一課長の佐伯が、「娘のことになると気違いになる」と言っていたが、その割りには子供との結びつきが弱い。なので、その後の展開がちょっと強引。
同じく、佐伯が宗教にのめりこんで娘の復活を願うようになるのも唐突のような気がする。佐伯という捜査一課長のキャラクターを読み進んでいっての展開だけに、冒頭に戻っての「ある男」の行動を思い返すと、何か違う人間のように思えてしまうのだ。


 
狩りのとき(上・下):スティーヴン・ハンター:扶桑社ミステリー 20030923
あらすじ 
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1971年ワシントンDC。二十二歳になる海兵隊所属ダニー・フェンはかの地ヴェトナムでの軍務をはたし本国へ帰還、退役まで一年余りとなっていた。その彼に海軍情報部の人間が接触して来た。ダニーと同じ隊に所属する一等兵の行動を監察し報告せよと言うのだ。彼は反戦活動家に情報を流していると言う。拒否すればヴェトナム送りだと脅されダニーはしぶしぶ従うが、証言を求められると決然とそれを拒否した。再びヴェトナムに赴いたダニーは狙撃ティームに編入されその上官が練達のスナイパー、ボブ・スワガーだった。
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「ボブ・リー・スワガー」サーガの4巻目(といっても、2巻目の「ダーティホワイトボーイズ」は外伝というか番外編といったところ)にして、最終話。面白さで言ったら1巻目の「極大射程」が一番で、後の3話は、3巻目の「ブラックライト」も含めてどれも甲乙付けがたい面白さだ。
今回は、ボブとダニーのヴェトナム戦争時の出会いと活躍がまず描かれ、その時のダニーの婚約者(のちのボブの妻)であるジュリィや反戦運動家などとの繋がりが前半で描かれている。
それがのちに、またしてもボブの一家が危険にさらされることの原因になってしまい、そこからボブの活躍が始まる、といった構成だ。
ダニーやジュリィとの結びつきについては、既に1巻目の「極大射程」で描かれており、今回はその時の実際にあった出来事を描くことによって、人間的な繋がりや絆をより深く感じるようになっている点は、多少話の辻褄を無理矢理合わせているところがあったにせよ、良くできていると思う。
今回はロシア人スナイパー対ボブの闘いが見物な訳だが、このロシア人スナイパーの狙撃目的というのがちょっと凝っていて、これがのちにジュリィの誤解を解いて大団円に結びついていく辺りなんか、ハンターもなかなか思わせぶりな展開をしていて憎い演出だ。


 
山妣(やまはは)(上・下):板東 眞砂子:新潮文庫 20030910
あらすじ 
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明治末期、文明開化の波も遠い越後の山里。小正月と山神への奉納芝居の準備で活気づく村に、芝居指南のため、東京から旅芸人が招かれる。不毛の肉体を持て余す美貌の役者・涼之助と、雪に閉ざされた村の暮らしに倦いている地主の家の嫁・てる。二人の密通が序曲となり、悲劇の幕が開いた――人間の業が生みだす壮絶な運命を未曾有の濃密さで描き、伝奇小説の枠を破った直木賞受賞作。
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全体は三部構成。一部が現在進行形、二部は少し過去に戻った話、そして三部はそれらをまとめた現在進行形の続き、という形となっている。一部・二部(上巻)は結構面白かったが、三部(下巻)になって伝記的な部分が明るみに出た分、ちょっとトーンダウンという感じだ。
横溝正史のドロドロした土着の部分と、白土三平の山の自然描写がミックスしたような、不思議な味わいだが、どちらかというと土着性が目立つ。
山妣(やまんば)を題材にした小説としては物足りなさが目立つ。中途半端なのだ。それが三部に現れている。逆に言えば、二部までの構成は面白かった。
舞台は越後の山奥。自分の生まれ育った場所ともそう離れていない。山妣(やまんば)伝説は聞いたことはないが、もう少し昔なら、そういう話もあったかも知れない。何しろ、山は神聖で不可侵なものだった、という思い出はかすかながらにも残っているからだ。それは、白土三平の漫画にも良く現れている。

越後弁は懐かしく読んだ。


 
将軍の娘(上・下):ネルソン・デミル:文春文庫 20030906
あらすじ 
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合衆国陸軍犯罪捜査部、相手が将軍でも逮捕できるこわもて集団。その通称CIDのブレナー准尉が任されたのは、基地司令官の一人娘でエリート美人大尉が手足を杭に縛られ、全裸で絞殺されたという、まさに猟奇事件。相棒のレイプ専門の捜査官サンヒル准尉はかつての恋人だ。N・デミル独壇場のミリタリー・サスペンスの傑作。
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最初と最後がウィットに富んでいて面白かった。
基地司令官の娘がその基地内で全裸で絞殺される、というショッキングな出だしから、その経過をたどり、娘の生前の生活を探り、交友関係をたどっていく。そこには、早々に陸軍基地という限られたエリアでの異常な相関図が浮かび上がってくる。
ストーリーはさらに、その基地に働き、生前の娘と何かしら関わっていた人たちの調査へと進んでいく。ほぼ、基地の中でストーリーは展開していく。また、各軍人たちのアリバイや動機などをしらみつぶしに検証していく。これで上下巻ほぼ埋まっている。面白いんだけど、動きに制限があって重い展開だなあ、というのが正直なところだ。
ネルソン・デミルの語り口は好きなんだけど、今回は陸軍基地内という"枷"がその面白さの邪魔をしたと思う。


 
夏草の記憶:トマス・H・クック:文春文庫 20030831
あらすじ 
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名医として町の尊敬を集めるベンだが、今まで暗い記憶を胸に秘めてきた。それは30年前に起こったある痛ましい事件に関することだ。犠牲者となった美しい少女ケリーをもっとも身近に見てきたベンが、ほろ苦い初恋の回想とともにたどりついた事件の真相は誰もが予想し得ないものだった!ミステリーの枠を超えて迫る犯罪小説の傑作。
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クックはずるい。すでに起こった30年前の出来事を回想することによってそのときの主人公の行動に「枷」を与え、「もしあのときああしていたら」といった選択肢を与えないようにしているのだから。そう、ベンがいろんな場面で見栄を張らず、素直に心を打ち明けていたら、こんな事件は起こさなかった訳だが、それでは話にならない。それでも、ベンとケリーの友情(愛情?)の行く末にドキドキし、ベンの煮え切らない態度にイライラさせられ、結末はわかっているのに楽しませてもらった。最後にわかった「真実」には愕然とさせられたけどね。予想と違ったという意味で。


 
夏の災厄:篠田 節子:文春文庫 20030828
あらすじ 
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東京郊外のニュータウンに突如発生した奇病は、日本脳炎と診断された。撲滅されたはずの伝染病が今頃なぜ?感染防止と原因究明に奔走する市の保健センター職員たちを悩ます硬直した行政システム、露呈する現代生活の脆さ。その間もウィスルは町を蝕み続ける。世紀末の危機管理を問うパニック小説の傑作。
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期待していたほど面白くはなかった。好きな小説の形態というのがあるが、もっとエンターテイメントに、ダイナミックにドラマティックに展開する方が面白いし、そういう展開を期待してもいた。そういう意味では地味である。主人公もいるようでいないような、あえてあげれば保健センターの職員の小西という男くらいか。良くも悪くも市民レベル(市井)の視点で書かれた小説である。行政の行き届かない歯がゆさ、また、対応の遅さ、たらい回しにされる問題。住民たちの生活が徐々におかしくなっていく過程。それらがおさえられた文体でつづされている。もちろんそういったストーリー展開も読む者によっては深くしみ込んでいくことがあるだろう。しかし、個人的には、登場人物も含めた全体が地味すぎだ。特に行政の対応の悪さなどは日常茶飯事的な気もするし、あえてそれが今回の日本脳炎騒ぎの対応に限られたことではないので、目新しさもなく、平凡に感じられてしまったのだ。


 
ビリーの死んだ夏:リーサ・リアドン:ハヤカワ文庫NV 20030815
あらすじ 
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ある夏の朝、兄のビリーが死んだ。彼の葬儀に久しぶりに家族が集まったことで、ぼくは心の奥深くに封じ込めてきた記憶を呼び覚まされる。子供のころ、ビリーは妹のジーンに執拗につらくあたり、兄を恐れるぼくも、それに調子を合わせていた。だが高校を卒業した夏、ジーンの熱い想いを知り、ジーンを愛していることに気付いたぼくは、彼女と関係を持ってしまう。それはやがて――兄妹を超えた禁断の愛を描く衝撃の問題作!
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自分はこの小説に何を期待していたのだろう? 禁断という言葉の持つ妖しさ?

「夏」をテーマに無作為に選んだ本の中の一つ。恐らく、それがなかったらずっとツンドクのままだったかも知れない。優先順位は下から数えた方が早かっただろう。

主人公レイとその兄ビリー、妹ジーンが子供のころに受けた父親による虐待が痛ましい。訳者はそれを持ってしても「これは家族愛の物語」だとしているが、自分にはその「家族愛」の部分が、虐待により霞んでしまっているように感じてならない。
とにかく、父親がとんでもない下司野郎で、こんな父親に育てられた子供は間違いなく精神的にどこか傷を残したまま育ってしまうだろう。その父親の遺伝子を受け継いだ兄のビリーもまた殺されて当然の下司野郎だった。

残されたビリーの家族、回想シーンで語られるレイの家族、どちらも不幸であった。その不幸の元凶は父親であった。

読み終えても虚しさが残ってしまう、後味の良くない作品だ。


 
サマータイム・ブルース:サラ・パレツキー:ハヤカワ・ミステリ文庫 20030803
あらすじ 
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わたしの名はV・I・ウォーショースキー。シカゴに事務所をかまえるプロの私立探偵だ。有力銀行の専務から、息子の姿を消したガールフレンドを探してほしいとの依頼を受ける。しかし、その息子はアパートで射殺されており、しかも依頼人自身も偽名を使っていたらしい。さらに、わたしは暗黒街のボスから暴力をうけ、脅迫された。背後に浮かぶ、大規模かつ巧妙な保険金詐欺……空手の達人にして美貌の女探偵の初登場作!
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V・I・ウォーショースキーシリーズの第一作目。結構有名である。パトリシア・コーンウェルのシリーズくらい有名か。それはさておき。
この探偵、ちょっと強すぎ。むくつけき男を相手にしての立ち回りも大したものだけど、精神的にものすごくタフな感じがして、ちょっと尻込みしちゃいそうな強さだ。タフなイメージが前面に出ていて、優しい一面だとか、女らしい一面が隠れてしまったのは残念。この辺は二作目以降どうなっているのか気になるところだ。
ストーリーはきわめてオーソドックス。事件自体はむしろ平凡な感じだが、脇役というか、ウォーショースキーの友人たちが個性的で魅力がある。シリーズが進むにつれて、これら登場人物たちが活躍するそうなので、楽しみではある。


 
ディープ・ブルー:ケン・グリムウッド:角川文庫 20030726
あらすじ 
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太古の昔よりイルカたちは画像を送り合って交信していた。そして独自の文化やネットワークを世界中の海に発達させてきた。かつては人間とも交信していたが、その絆は長い間断たれたままだった。……そして、現代。
科学者、ジャーナリスト、マグロ漁船の船長、石油掘削技師と全くタイプの違う四人が海の事件に巻き込まれながら、次第にイルカたちの驚くべき能力と、それによる自らの心の変化に気づいてゆく……。
独自の、そしてきわめて高度な文明を持つイルカたちの知恵を私たちは受けとめられるのか? 人類の未来像を探る、美しく壮大なファンタジー大作。
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好きだなあ、こういう話。元々イルカは愛嬌があって好きな動物だけど、知能が高いと言うことも既に知られている事実。そのイルカたちの「会話」を、イメージという画像を送り合って行っている、という設定が何とも言えずロマンティック。そのイルカとイメージを交換しあえる人間がいたら…。
この物語は、そんな夢みたいなファンタジーを仮想体験させてくれて、そのシーンが、身体が震えるほどの感動となって押し寄せてくるのだ。

もちろん、そんな友好的なことばかりではなくて、マグロ漁などではイルカの大群を殺すシーンがあったり(それをイルカ=被害者側からの立場で描かれているところもあり、心が引き裂かれそうな気持ちになってしまう)、それは人間にとってはある意味仕方のないことだったりするんだけど、イルカ側はあくまでも平和主義であり、人間に対しても常に友好的な態度を取り続ける。

傷ついたイルカを縫合手術するシーンがあるんだけど、手術を受けるイルカは人間に身をゆだね、そのイルカを腕でじっと支えている助手役の人間(次第に腕がだるくなってくる)に対して、感謝や理解、いろんな意味を込めた視線を送るのだ。その視線を受けた人間は、その視線に込められたたくさんの意味をまた理解し、言いようのない感動に打ち震える。
自分もこんな体験をしてみたい、と思ったシーンだった。

最後に、最近著者のケン・グリムウッド氏が亡くなった、という話題を耳にした。ご冥福をお祈りする。


 
らんぼう:大沢 在昌:新潮文庫 20030705
あらすじ 
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185センチ・柔道部出身の「ウラ」、小柄ながら空手有段者の「イケ」。凸凹刑事コンビの共通点はキレやすく凶暴なこと。検挙率は署内トップだが無傷で彼らに逮捕された被疑者はいない。ヤクザもゾクもシャブ中も、彼らの鉄拳の前ではただ怖れをなすばかり。情け無用、ケンカ上等、懲戒免職も何のその! 「最凶最悪コンビ」が暴走する痛快無比の10篇。こんな刑事にはゼッタイ捕まりたくない!
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短編小説だから書ける内容である。しかも、とてもこんな刑事が実在するわけがない、という認識の素に、書ける内容である。それくらい、二人の刑事がやりたい放題やっている。もちろん、悪徳刑事ということではなくて、あくまでも、正義の味方である。ただ、そのやり方が粗暴なだけだ。
こんな刑事がいたら、アッという間に懲戒免職されてしまうだろう。現実の世界ではあり得ない事件の数々。だけど、男気に溢れている部分もあったり、女の人の前ではおとなしくなったり、とても魅力的な部分も持ち合わせているのだ。そういった部分との対比によって、凶暴な部分がより際だっているんだろう。

ヤクザにゃめっぽう強い。それだけでも気分爽快なのである。


 
銀河パトロール隊:E・E・スミス:創元SF文庫 20030628
あらすじ 
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銀河系に跳梁する正体不明の宇宙海賊ボスコーン。超兵器を操り襲撃を繰り返す彼らに立ち向かうは、銀河文明を守るパトロール隊とその精鋭、レンズマンである。新人レンズマン、キムボール・キニスンは決戦に赴くべく、新兵器"Q砲"を搭載した最新鋭艦〈ブリタニア〉号で出撃する! 横溢する超科学アイデアと銀河系さえ瞬時に越える壮大なスケール。スペース・オペラの金字塔!
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初めてこの本を読んだのは高校生の時だった。友人が「この本は面白いよ」といって貸してくれたものだった。正直いって、そんなに面白くなかったことを覚えている。恐らく、独特の世界観と雰囲気、大げさな表現などが当時の自分の肌に合わなかったのだと思う。

その「レンズマン」シリーズが、完全新訳として復活した! はたして、40代となった自分は、かつて楽しめなかったこのシリーズを楽しく読めることができるのだろうか? 期待半分、不安半分と言ったところだった。

最初はやはりとっつきにくかった。何と言っても原文の古さが目に付いてしまう。やはり自分にはこの世界観には馴染めないのだろうか、と思いながら読み進めていた。しかし、半分くらいまで来て、キニスンが独立レンズマンになる辺りから、俄然面白くなってきた。そこからはもう一気呵成である。現金なもので、そうなってくると、原文の雰囲気も楽しめてしまうから不思議だ。もう大丈夫、次の「グレー・レンズマン」以降も楽しめそうな気がする。


 
マイン(上・下):ロバート・R・マキャモン:文春文庫 20030614
あらすじ 
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"ミスター・モジョは起きあがった。あの女はいまも涙を流している……"ローリング・ストーン誌でこんな広告を目にしたとき、"神"からのメッセージだとメアリーは信じた。あの60年代の闘争の日々、リーダーのロード・ジャックは光り輝く"神"だった。その彼が自分を呼んでいる。あのとき彼に捧げることができなかった"供物"を求めて…
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今まで読んだマキャモンの作品の中では、一番面白くなかった作品だ。
ストーリーを簡単に書くと、60年代の闘争の影を引きずっている女が赤ん坊を誘拐。"神"に捧げるためだ。誘拐された女は警察の捜索を当てにできず、自らその女を追う。追われる女と追う女の行情を綴ったロードノベル。
陳腐だけど、マキャモンなら面白く読ませてくれるんじゃないかな、と思ったが、今回は外れたようだ。まあ、こういうこともあるでしょう。


 
さらば、荒野:北方 謙三:角川文庫 20030525
あらすじ 
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冬は海からやって来る。毎年、静かにそれを見ていたかった。
だが、友よ。人生を降りた者にも闘わねばならない時がある。
虚無と一瞬の激情を秘めて、ケンタッキー・バーボンに喉を灼く男。折り合いのつかない愛に身をよじる女――。
夜。霧雨。酒場。本格ハードボイルドの幕があく!
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何だかよく分からないあらすじだが、一応ストーリーはある。当たり前だが。
ただ、ケンタッキー・バーボンもそうだが、ワイルド・ターキーだとか、ジン・トニックだとか、タバコだとか、やたらとハードボイルドの小道具が出て来すぎる。
ようするに、ハードボイルドの見本みたいな小説なのだ。それはそれで構わないんだけど、主人公がクールなだけで、熱くこちらに伝わってくるものがない。それが残念。

美津子は魅力的だったが、圭子は最後まで馴染めなかった。21歳の女は普通こんな言葉遣いをしない。女の描き方もハードボイルドの見本的、ということか。


 
ブラックライト(上・下):スティーヴン・ハンター:扶桑社ミステリー 20030517
あらすじ 
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アリゾナ州の田舎で平穏に暮らす名スナイパー、海兵隊退役一等軍曹、ボブ・リー・スワガーのもとにラス・ピューティという青年が訪ねてきた。「あなたの父上の話が書きたいのです」とラス・ピューティは言った。
1955年7月、アーカンソー州の警察官アール・リー・スワガーは逃走中の凶悪犯との銃撃戦で殉職した。四十年前の事件を調べはじめた二人に気づき、真実が明るみに出ることを恐れた男たちが、いま動きはじめた……。
『ダーティホワイトボーイズ』で好評を博した巨匠S・ハンターの最新アクション巨編!
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いわば、スワガー・サーガの三作目。前作の「ダーティホワイトボーイズ」での事件が微妙に関連している。また、今回より、ボブの父親であるアールにも言及している点が興味深い。

四十年前の事件でアールに深く関わった事件が二つ。黒人少女が殺された事件とジミー・パイというならず者の起こした事件。そのジミー・パイの息子、ラマー・パイの事件に関わったのがラス・ピューティの父親、バド・ピューティ。そして、この物語で、アールの息子ボブとラスが出会う。
何となくややこしい設定のような気もするが、この辺のつながりは、前作の「ダーティ〜」を読んでおくとすんなり入れる。また、アールとボブ、ジミーとラマー、バドとラスという、父親とその息子というつながりも三者三様でまた面白い。

今回の作品は、いわばスワガー・シリーズのつなぎ的役割も大きいのだが、ストーリーとしても十分楽しめる内容となっている。
四十年前の事件、ラマー・パイとバド・ピューティが絡んだ事件、そして今回の事件。いろいろな謎を解明しつつ、エンターテインメント小説として堪能できる小説だ。

しかし、それにしても、「ある事実」には心底驚いた。


 
マイナス・ゼロ:広瀬 正:集英社文庫 20030423
あらすじ 
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タイムマシンを駆って、少年時代の自分の住んでいた懐かしい古き良き時代にやってきたひとりの男……。非凡な空想力と奇想天外なアイディア、ユーモア精神と奇抜などんでん返しで、タイムトラベル小説の最高峰と謳われ、今や日本SF史の記念碑的存在となった著者の第一長編小説。
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舞台は、昭和20年→38年→7年〜8年→23年→38年と移り変わる。実際にタイムマシンが機能するのは38年から7年に行く場面のみで、あとは主人公のリアルタイムな時間の流れとなる。
物語の舞台自体がかなり古い時代の話だが、その古さがあまり気にならないのは、ストーリーが魅力的だからだろう。

ここからは、ネタバレになるので、注意。

タイムマシンのパラドックスものとしては特に真新しさを感じなかったし、それほどの衝撃もなかった。最後に辻褄が合っていく展開は、タイムトラベルものの醍醐味を十分味わわせてくれた。

物足りなかったのは、主人公の執着のなさ、というか、あっさりと現実を受け入れてしまう展開だった。
主人公は、昭和38年から昭和7年にタイムマシンで到着したあと、その時代に取り残されてしまう。38年の時代には恋人もいるので、何としても戻ろうとするはずだ。実際、翌8年にはタイムマシンがまた現れることも歴史的事実として知っているので、その8年になったら38年に戻る計画を立てる。
が、実際にはそのタイムマシンが現れる前に徴兵され、以後は唯々諾々とそのままその時代のリアルタイムな流れとともに歳を取っていく。

この辺が物足りない。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」じゃないけど、やっぱり過去に行ったら、また現在に戻り、その間のタイムパラドックスを堪能するのが楽しいのだが、この「マイナス・ゼロ」はそういう展開にはならない。

しかし、逆に、ゆっくり歳を取って、昭和38年に60歳を超えた主人公が味わう感慨もなかなか味なものだ。恋人や妻に関する問題も、気にならないレベル。まあ、これがこの小説のタイムトラベルとしての魅力である、とも言えるのだが。
第一、昭和7年(あるいは8年)からタイムマシンで昭和38年に戻ったら、このストーリー自体が成り立たなくなってしまう。

そうそう、もう一つタイムパラドックスの問題で、すっきりしないもの。昭和38年、60歳を超えた主人公は、若かりし頃の自分と出会う。同一人物が同じ時代に同時に存在することは許されないのではないか?

そして、自分が辿った運命を、その若い「自分」も辿ることを受け入れる。かつての自分が体験した時の「老人」の言動と同じことをする。若かりし頃の自分をタイムマシンで過去へ行くことを、阻止することもできたのに。
でも、それをしたら、今の年老いた自分は存在しないことになるので、やはり決められた人生を生きるしかないのか?

年老いた「自分」は、そのまま歳を取り、もう一人の自分は、やはり自分と同じ人生を生きることになる。そうすると、永遠に「自分」はその時代を生き続けることになる。しかも、その運命を変えることはできない。
それに、自分が若いときの昭和38年に出会った老人は、やっぱり「自分」なのだ。こうなってくると、そもそもの始まりは、いつなのだろうか?

タイムトラベルとそれに伴うタイムパラドックスは、考えれば考えるほどこんがらがって悩んでしまうのだ。だから楽しい、とも言える。

最後に。
物語の大半を占める昭和7年代の時代がとても生き生きと描かれていて、魅力的だった。こんな時代なら、行ってみたいものだ。


 
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