トップページへ

 
皆月:花村萬月:講談社文庫 20001116
あらすじ
----------
諏訪徳雄は、コンピュータおたくの四十男。ある日突然、妻の沙夜子がコツコツ貯めた一千万円の貯金とともに蒸発してしまった。人生に躓き挫折した夫、妻も仕事も金も希望も、すべて失った中年男を救うのは、ヤクザ者の義弟とソープ嬢!?胸を打ち、魂を震わせる「再生」の物語。
----------

何とも情けない主人公である。しかし、この優柔不断さ・卑屈さ・面倒臭がりは自分にも通じることに気づいた。情けないがこれが現実の男の大半なのだろう。
主人公は妻に逃げられる。その妻を捜すことがこの物語の主流だと思って読み始めたが、すぐに違うことに気づく。妻の弟とソープ嬢と妻に逃げられたしがない中年男。この3人の組合せは何とも奇妙だが、すぐに違和感がなくなる。

しかし、それにしてもなにか熱いものを感じる。これは男にしか書けない小説で、男にしか分からない感情ではないだろうか。台詞がクサイ。シチュエーションがクサイ。男女の機微がクサイ。メロドラマみたいでクサイ。しかし、熱い。夢枕獏の書く男くさい小説に似ている。
最近ホラーだのミステリーだのばかり読んでいたので、最後にはとんでもない裏切りがあるんじゃないか、どんでん返しがあるんじゃないか、と半ば恐る恐る読み続けたが、すっきりとした終わり方で安心した。たまにはこんなクサイ人間ドラマもいいんじゃないか。

後半はさながらロードムービー。これも楽しい。


 
紳士同盟:小林信彦:新潮文庫 20001112
あらすじ
-----------------
いんちき臭くなければ生きていけない!思わぬ運命の転変にめぐりあい、莫大な金を必要としたとき、四人はそう悟った。目標は二億円――素人の彼らは老詐欺師のコーチを受け、知恵を傾け、トリックを仕掛け、あの手この手で金をせしめる……。奇妙な男女四人組が、人間の欲望や心理の隙、意識の空白につけこむスマートで爽快、ユーモラスな本格的コン・ゲーム小説。
-----------------

これが本格的なのか、まだコン・ゲームの小説をこれ以外に読んでいないので(『奪取』もコン・ゲーム小説か?)、なんとも言えないが、どうもスケールの大きさに欠ける。
目標は二億円と大きく出ているが、これも、最初からドーンと大きく風呂敷を広げる訳ではなく、ちまちまと最初は1千万、次は3千万と言うように段階を踏む。つまり、ストーリーのヤマが幾度かある訳だが、それが何か小市民的。庶民的な雰囲気を拭いきれない。もっと派手な演出が望まれた。

小林信彦の小説の文体は嫌いでは無いのだが(それは、彼のユーモラスな文体にもよるが)、犯罪小説には向いてないような気がする。


 
けだもの:ジョン・スキップ&クレイグ・スペクター:文春文庫 20001108
あらすじ
-----------------
愛に破れ失意の底にあったシドが出会った美女ノーラ。彼女の激情に翻弄され、情欲に溺れる日々がシドを甦らせる。だが、破滅が迫る――ノーラの恋人ヴィクが殺戮と破壊を繰り返しながら近づきつつあった。そう、彼らは人間ではなかったのだ。狂おしく切ない愛と憎悪の爆発。血みどろの愛の物語、凄惨で哀しい人狼ホラーの傑作。
-----------------

まず、表紙にびびる。なんとも怖い。
内容はと言えば、まさにスプラッターホラーといった感じ。それも、ジェットコースターホラーという表現がピッタリ。
ヴィクという悪役がいるのだが、こいつが死なない。なんとしても死なない。悪役としてはこれほどないキャラクターだ。解説にも書かれていたが、このヴィクの立場から書かれた小説なら、かなり毒々しい暗黒小説になっていただろう。
シドとノーラは、ノーラがヴィクに捕まった段階で別れることになる。これが第一部。第二部ではシドとノーラがどうやって再会するのかと思っていたが、意外な展開。

それにしても殺戮シーンはすごい。特にクライマックス。ヴィクが『殺人鬼』(綾辻行人)もかくや、というほど殺しまくる。
それでも、後味の悪い思いがしないのは、根底にある哀しい愛のせいか。


 
どすこい(仮):京極夏彦:集英社 20001021
ふざけてる。ふざけすぎている。

これは小説なのか?パロディなのか?
タイトルは完全にパロディだ。内容は…、なんなんだろう?
『四十七人の力士』『パラサイト・デブ』『すべてがデブになる』(わはは)『土俵(リング)・でぶせん』『脂鬼』『理油(意味不明)』『ウロボロスの基礎代謝』の7話からなる構成は、一話目がもちろん赤穂浪士の討ち入りをもじったものだが、二話目以降は、前の話を取り上げてそれを肴にするような展開で、全体が繋がっている。
読んでいるうちに作中作なんだか私小説なんだか訳が分からなくなってくる。そもそも、この短編集をこうやって冷静ぶって分析しようと言うことに意味はあるのか?

一番面白かったのは、『脂鬼』。これは、所々にオリジナルの韻を踏んでいる部分があって、思わず馬鹿笑い。これはちょっと傑作だと思う。いや、そんなことがあるわけがない。
あとは、『すべてがデブになる』(わははは)。これはもう、タイトルの勝ち。

これ以上書き続けることにあまり意味を感じないので、この辺でやめとく。ただ、昔の筒井康隆に近い物があるな、とは感じた。要は、くだらなくて面白いのである。


 
ボーダーライン:真保裕一:集英社 20001014
ロサンゼルスに住む私立探偵永岡修は、ある日、日本人の青年の行方を探して欲しいという依頼を受ける。調査を進めるうちに、その青年の異常な特徴が明るみに出てくる。その青年は、屈託のない明るい笑顔を浮かべながら平気で人を殺すことができるというのだ。やがて永岡は一度はその青年の行方を探し当てるが、有無を言わさず襲わてしまう。やはり、その人を惹きつける魅力的な笑顔を浮かべた青年に。
永岡の現在の生活や過去の思い出も同時進行で語られる。その話も面白い。特に、黒人青年が辿った運命のくだりは、サブストーリーとしては秀逸。生まれながらの犯罪者という人間はいるものなのだろうか?いろいろ考えさせられる物語だ。
真保裕一の小説を読んできた中で、今のところこの小説が一番面白い。一応ハードボイルドの部類に入るのだろうが、主人公に泥臭さやニヒルな粋がりを感じないのがいい。最後の4行で全てが救われたような気がする。

「ボーダーライン」とはどういう意味だろうか?


 
ロケットボーイズ(上・下):ホーマー・ヒッカム・ジュニア:草思社 20001008

あらすじ
--------------------
1957年、ソ連の人工衛星スプートニクが、アメリカの上空を横切った。夜空を見上げ、その輝きに魅せられた落ちこぼれ高校生四人組は考えた――このままこの炭鉱町の平凡な高校生のままでいいのか?そうだ、ぼくらもロケットをつくってみよう!
度重なる打ち上げ失敗にも、父の反対や町の人々からの嘲笑にもめげず、四人はロケットづくりに没頭する。そして奇人だが頭のいい同級生の協力も得て、いつしか彼らはロケットボーイズと呼ばれて町の人気者に。けれど、根っからの炭鉱の男である父だけは、認めてくれない……。
--------------------

「のちにNASAのエンジニアになった著者が、ロケットづくりを通して成長を遂げていった青春時代をつづる、感動の自伝」とある。
その時代にそんな危ないものを作って飛ばすことを許す環境であったことが羨ましい。日本なら到底考えられないことだ。こういった背景がのちに素晴らしい人材を生むことにもなるのだと思う。日本にも福岡の炭鉱の町が栄えていたが、その時に子供がこんなことをしようとすれば、必ず反対されただろう。
その時代、アメリカのその町は、炭鉱と高校のアメリカン・フットボールが唯一の誇りだった。次第にその両方とも、特に生活の全てといえた炭鉱事業が廃れ始めた時に、このロケットボーイズたちが今度は町の人々の希望となった。
最初の実験は家の裏庭で行い、見事に失敗。垣根を吹き飛ばしてしまい、町の人々から散々からかわれるが、母親だけは反対せず、ただ、「自分を吹き飛ばさないように」と注意するだけだった。この母親がいたからこそ、この少年達はそれからどんどん技術を発達させ、町の人々からも認められるようになり、ついには全国大会の技術発表会で優勝するまでになった。
「夢を持つことはむずかしい。そしてその夢を持ち続けることはもっとむずかしい」と宇宙飛行士の土井隆雄さんが巻末にメッセージを寄せている。
しかし、あえて「夢を持つことは素晴らしい。そして、その夢を持ち続けることはもっと素晴らしい」と言いたい。

文章についていえば、原文のせいか翻訳のせいかわからないが、少し稚拙な部分(語彙の少なさ?)が目立った。「〜だから。」で終わる文章はお世辞にもうまいとは言えない。


 
新宿鮫  風化水脈:大沢在昌:毎日新聞社 20000928
あらすじ
--------------------
「新宿鮫」こと鮫島は、最近新宿で多発している高級自動車の窃盗事件を追っていた。ようやくつきとめた、窃盗団のアジトらしき場所を張込んでいるうちに、その近くにある有料パーキングに勤めている老人と親しくなる。一方、以前中国マフィアとの抗争で相手の中国人を射殺し、自らも重症を負って服役していた暴力団員の真壁が出所し、偶然街中で鮫島と再会する。やがて、窃盗団が中国マフィアであることや、その窃盗団と真壁の所属する暴力団が関わっていること、さらに有料パーキングに勤める老人と真壁の恋人の母親の繋がりなどが明かになってゆく。鮫島は窃盗団の証拠をつかもうとアジトに忍び込んだが、偶然古井戸から変死体を発見する−−。
--------------------

最初は繋がらないバラバラな人間模様だが、鮫島が死体を発見したことから徐々にその関係が明らかになって行く展開は、謎解きのミステリーとは違い、ヒューマンな部分を押し出しており、ハードボイルド調でスリリング。一気に読める。この辺のストーリー展開は個人的には好きだ。また、鮫島の生き方・考え方も共感が持てて、それがうまくストーリーに溶け込んでいる。
有料パーキングに勤める老人、真壁、その恋人と母親などの人生が丁寧に書き込んであり、それゆえラストに向かっての展開にハラハラドキドキさせられる。
ただ、今までの「新宿鮫」シリーズに比べて、少しマイルドになった感じがする。刃物のように研ぎ澄まされた緊張感というものがそれほどない。これもシリーズ化ゆえの宿命か。

今回も晶の出番は少ない。今後鮫島と晶の関係をどうするのか気になる。


 
ライディング・ザ・ブレット:スティーヴン・キング:アーティストハウス 20000918
あらすじ
--------------------
実家にひとりで住んでいる母親が急病で倒れたという連絡をうけた大学生アラン。たまたま車が故障していたため、アランはヒッチハイクで遠く離れた病院にむかうことにした……。この一夜の経験が、自分の人生を塗り替えてしまうことも知らぬまま。
--------------------

短編である。一つの短編として読むとまあまあ面白い。展開が予想を裏切ってくれる。但し、一冊の本として読むと物足りなさを感じる。と言うのも……。

この本は、bol.comというオンライン書籍から買ったもの。元々は電子書籍で販売されたものだが、翻訳にあたり書籍と言う形態になった。一冊1,000円と言う価格は単行本にしてみればかなり安い。案の定、A5くらいのサイズで、ページ数で124ページ、文字も大きく、行間も広い。しかも一行の文字数も少ない(各ページの下の方が大分余っている)。
一般的な文庫本の体裁なら100ページにも満たない作品だろう。本屋で見かけたら買うのを躊躇う(逆に言えばオンライン販売だから買ったとも言える)レベルだ。
買って損をしたとは言わないが、わざわざ買うほどのものでもない。価値があるとしたら、最新作を読めるということくらいしか思いつかない。


 
宮崎勤裁判(上・中・下):佐木隆三:朝日文庫 20000917


上巻が出たのが、1995年6月。それから5年余り、ようやく中と下巻が文庫で出た。
事件が起きたのは1988〜89年にかけて。「連続幼女誘拐殺人事件」として、当時日本全国を騒然とさせた宮崎勤の一審裁判を第一回公判から判決まで克明にまとめたもの。ほぼ私情は挟まず、公判の記録のみにとどめている。
この本を読もうと思ったのは、やはり宮崎勤という被告人の殺害動機を知りたかったからだ。なぜあんな残虐なことができたのか?その解明に繋がる裁判と判決であるかどうか。
裁判は事実関係を争うのではなく、犯行当時、被告人の精神状態が正常だったのか、というもの。精神鑑定の結果は、「人格障害による計画的性犯罪」「精神分裂病だが免責される部分は少ない」「解離性同一性傷害(多重人格)で心神耗弱で無罪」と3つに分かれてしまった。結局判決は、「人格障害」という鑑定結果を汲み、死刑。
ただ、やはりそれでも納得できない部分がある。人格障害というだけであれだけの残虐なことができたのか、まだ被告人の内面世界には踏み込めていないと感じてしまうのはどうしてなのか。

弁護側は直ちに控訴し、現在控訴審の真っ最中らしい。刑が確定するまでにはまだ当分掛かりそうだ。宮崎勤は相変わらず茫洋とした態度を取っているらしい。真実はまだ闇の中にあるような気がする。


 
雪のひとひら:ポール・ギャリコ:新潮文庫 20000905
あらすじ
--------------------
雪のひとひらは、ある冬の日に生まれ、はるばるとこの世界に舞いおりてきました。それから丘を下り、川を流れ、風のまにまにあちこちと旅を続けて、ある日……愛する相手に出会いました。ひとりが二人に、二人がひとりに。あなたが私に、私があなたに。この時、人生の新たな喜びと悲しみが始まったのです――。
--------------------

8月21日に行なったビアガーデンオフの際、文庫本交換会でnekoさんからいただいた本。
ファンタジーともメルヘンとも言える内容。
残念ながら、大きな感動があるわけでもなく、平板に読み進め、何となく読み終わってしまった。
あとがきで、これを女性の一生となぞらえて書かれていたが、確かにその印象。
私が感じたことは、人間なんてちっぽけなものだ、ということ。
あくせくして働いても大していいことがあるわけでもないのに、人は欲望まみれだな、ということを改めて感じた。

ポール・ギャリコは最近になって「マチルダ」というボクシングをするカンガルーを描いた小説が出ているが、こちらも気になる本だ。


 
骨の袋(上・下):スティーヴン・キング:新潮社 20000903
あらすじ
--------------------
ある暑い夏の昼下がり、妻が死んだ。最愛の妻を襲った、あっけない、なんのへんてつもない死。切望していた子供を授からぬまま、残されたベストセラー作家のわたし=マイク・ヌーナンは書けなくなり、メイン州デリーの自宅で一人、クロスワード・パズルに没頭する。
最後に妻が買ったもの――妊娠検査薬。なぜ。澱のように溜まっていく疑い、夜毎の悪夢。わたし(作家)は湖畔の別荘を思い出し、吸い寄せられるように、逃れるように妻との美しい思い出が宿る場所、《セーラ・ラフス》(セーラは笑う)へと向かう。そこでわたしを待っていた一人の少女が、すべての運命を変えていく――。
--------------------

キングも円熟の域に達したという感じ。
前半は、最愛の妻を突然亡くした〈わたし〉が、悲嘆に暮れ、その思い出に耽るシーンが多く、その細部にわたる描写はいつものキングらしい展開だが、やや進行が遅くうんざりする。
しかし、主人公が《セーラ・ラフス》で出会った美しい母娘との交流から、俄然話は面白くなる。この母娘の登場はこの物語の中で出色。若く美しい母、愛らしい子供。この母娘との出会いがなければつまらない小説になったかも知れない。
物語は、下巻の中程から急展開し、クライマックスにかけて一気加勢に進んでいく。特に、現在と過去がフラッシュバックするクライマックスは息をも継がせぬほどの展開。
「骨の袋」というタイトルの由来、《セーラ・ラフス》という別荘の一風変わった名前の由来などが一気に解き明かされていく展開は、さすがキングである。

キングはやはり夫婦や家族の絆を書かせたら右に出る者はいない、とさえ感じる、そんな物語であった。

ちなみに、この物語に登場するメイン州デリーや、キャッスル郡、キャッスルロックなど、あるいはそれらの土地を舞台に登場した他の作品の登場人物などが出てきて、キングファンとしては嬉しい限り。(特に「IT」でのビル・デンブロウの名前が登場した時には、思わず「IT」の7人を思い出し胸が熱くなった)


 
悪党パーカー/人狩り:リチャード・スターク:ハヤカワ・ミステリ文庫 20000808
あらすじ
--------------------
パーカーは復讐に燃えて帰ってきた。十ヶ月前、"仕事"を終えた直後に妻と仲間に裏切られ、命さえ失いかけた男が舞い戻ってきたのだ。だが怯える妻は自殺し、裏切り者の男は巨大な犯罪組織のなかに身を潜めていた。パーカーはひるむことなく組織に挑戦状を叩きつけた!冷徹なプロの犯罪者を主人公に、巨匠ウェストレイクがスターク名義で放つ、アメリカン・ノワールの傑作。
--------------------

メル・ギブソンが主演した映画「ペイバック」の原作だそうだ。しかもリメイク。原作は1976年に翻訳されて出版されているからかなり古い作品だが、読んでみて古さは感じない。物価に時代を感じる程度。
このパーカーというのがとんでもなく「悪党」だ。ピカレスク・ロマン(悪漢小説)というジャンルがあるが、それとも違う。ピカレスク・ロマンは主人公が憎めないやつだったり魅力的だったりするが、パーカーは徹底してワルだ。逡巡とか情けなどかけらも見せない。ではただ単に冷酷非道の殺戮者かというとそうでもない。不思議な存在感を持った「悪党」だ。
今回の物語の主幹は、パーカーが仲間から裏切られて殺されそうになり、その復讐をすることにあるが、横取りされた現金が手に入らないとなると、その上の組織に金をせびりに行く。この脅迫が呆れるくらい理不尽なのに、結局一度は成功する。このごり押しの強さがパーカーの魅力と言えるだろうか。

ところでアメリカン・ノワールってなんだ?


 
ドキュメント 横浜vs.PL学園:アサヒグラフ特別取材班:朝日文庫 20000804
ご存じ、2年前の夏、甲子園で行われた、延長17回の死闘を再現したドキュメント。この試合はNHK特集などで取り上げられたり雑誌にも特集が組まれたりしたが、本として、高校野球の1試合を一冊の本にしたのは珍しい。
経過はところどころ知っているし、結果については言うまでもない。それでもこの試合は本当にすごい試合だったのだな、と改めて感じられた本だった。また、極力ライターの感情を抑え、事実のみを緻密なインタビュー・取材で集めて書いたところも好感が持てる。それでも、ところどころに抑えきれない想いが溢れていたが。
もうすぐ夏の高校野球(甲子園大会)が始まる。それに合わせた発売だろうが、そんなことは関係なく面白い。スリリングである。

高校野球ファンには絶対お勧め。


 
流星刀の女たち:森雅裕:講談社文庫 20000803
あらすじ
--------------------
隕鉄は誰かの恋をかなえて落ちた流れ星――。ロマンチックを気取っても、一尺八寸(かまのえ)環は女子大生にあるまじき刀鍛冶。念願かなって入手した隕鉄に職人生命を賭け、難行苦行の末に一振りの流星刀を生み出す。その時から学園は風雲急。修羅の巷で争奪が始まる。流星光底、鉄骨の美術系アクション。
--------------------

あるメールマガジンの書評で目にとまり、これはぜひ読んでみたいと古本屋を探しまくりやっと手に入れた一冊。しかし、期待したほど面白くなかった。
リアリティを欠くプロットとストーリー。無理のあるヒロイン像。会話が頭の上を空しく通り越して行く感覚。可愛げがなく溶け込めないヒロイン一尺八寸環。
刀鍛冶を題材に取り入れたことは、この時代ユニークで面白いと感じたが、ストーリー展開と登場人物のキャラクター設定に無理がある。
環が可愛くない、必死でツッパッている、これに尽きる。

あと、感じたこと。キャラクター設定にルパン三世を思い出させた。次元は五百部(いおべ)蘭子、五右衛門は千手正重。但し、肝心のルパンがいない。


 
ジュラシック・パーク(上・下):マイクル・クライトン:ハヤカワ文庫NV 20000730

あらすじ
--------------------
霧につつまれたコスタリカの孤島で、極秘のうちに建設が進められているアミューズメント・パーク――それが<ジュラシック・パーク>、バイオテクノロジーで現代によみがえった恐竜たちがのし歩く、驚異のワンダーランドだ。オープンをひかえ、視察のための顧問団が島に向かって出発した。だがその前途には、人類が未だかつて体験したことのない恐怖が待ちかまえていた!
--------------------

恐竜映画のヒットで一躍有名になったマイクル・クライトンの出世作(だと思う)。
かくいう私も映画を観に行き、その特撮に夢中になり、レーザーディスクが出てからそれを買い、何度も観た口だ。映画はエンターテインメント色が濃く、所々のハラハラドキドキの見せ場が原作になかったりするが、それでもこの小説は面白い。元々恐竜が好きなせいもあるが、一気に読ませる力量は大したものだ。特に、個人的にも大好きなティラノ・サウルスが暴れまわるシーンは圧巻。この圧倒的な迫力はどこからくるのだろう?やはり、ティラノ・サウルスは恐竜の中の帝王だ。

恐竜が栄えていた三畳紀・ジュラ紀・白亜紀というのは、今から2億年〜1億年も昔のことで、その繁栄の期間も1億年以上と想像の域を越えている。1億年以上も栄えた動物たちを現在のこのほんの数年間にまとめて蘇らそうというのだから、そこに歪が出てくるのではないかと考えるのは当然である。それぞれの恐竜は何千万年という隔たりの中で栄えてきたわけであり、同時代に生きたものの方がよほど少ない。それらを一堂に見たいという欲望は確かに魅力的ではあるが。
人類が生まれてからまだ数千年。まあ、数万年だとしても恐竜の1億年に比べたら微々たるもの。そんなことを考えたら、あくせくして働くのが馬鹿らしくなってきた。人類の叡智、などと言っても1億年と言うとてつもない長い年月の前では吹けば飛ぶようなものではないか。

それはさておき、この物語には映画と同様続編があるが、映画の続編はつまらなかった。小説の続編はどうなのだろうか。


 
あやしい探検隊 海で笑う:椎名 誠:角川文庫 20000723
「あやしい探検隊」シリーズの4作目。オーストラリアのグレートバリアリーフでのダイビング、ニュージーランドでの行き当たりばったりな旅、山形の飛島へサメの大群を見に行ったり、無人島の探検、沖縄のうまい料理追求など。
今回は、中村征夫というカメラマンの美しいカラー写真も豊富で、読んでも見ても楽しい本である。特に、「南の海も笑ってる」という章では、沖縄の料理を紹介していて、この時期個人的にタイムリーだった。
夏と言えば椎名誠、椎名誠と言えば「あやしい探検隊」。この「〜海で笑う」は、正に夏ピッタリの本だ。

 
シューレス・ジョー:W・P・キンセラ:文春文庫 20000720
あらすじ
--------------------
1919年、ワールド・シリーズ八百長事件に巻き込まれて永久追放の憂き目にあった悲運の外野手、そのシューレス・ジョーが、いまアイオワのトウモロコシ畑のなかの野球場に現れる――夢見ることの力、人生における"野球"という言葉の魔力を、詩的に、ファンタスティックに描いた傑作青春小説。
--------------------

映画「フィールド・オブ・ドリームス」の原作である。昨日この本を読み終わり、無性に映画が観たくなり、今日ビデオで観た。登場人物に若干変更があったり、ストーリーの前後が違っていたりしたが、再度観た映画も感動的だった。

アメリカ人にとってシューレス・ジョーという存在は、日本人に例えるならば、若くして戦火に散った沢村栄治のようなものであるらしい。1919年のワールド・シリーズで八百長をしたとして永久追放されたシカゴ・ホワイトソックスの選手8人の中でも、特にこのシューレス・ジョーがいつまでも記憶に残っているのは、ある少年ファンが彼に向かって言った言葉(「嘘だと言ってよ、ジョー」)があるからだ。この祈りにも似た悲痛な叫びは、そのまま大半のアメリカ人の思いだったのではないだろうか。
なお、この八百長事件を扱ったものとして、映画の「ナチュラル」(ロバート・レッドフォード主演)や、「エイトメン・アウト」(小説や映画もある)といったものがある。

物語の主人公、レイ・キンセラは、「それを作れば彼はやってくる」という声に従い、トウモロコシ畑を切り拓き、野球場を作る。やがてシューレス・ジョーが現れ、その他の7人も現れる。しかし、この8人は見えない人には見えない(何しろ幽霊みたいなものだから)。レイは、さらに声の示唆する通り、J・D・サリンジャー(「ライ麦畑でつかまえて」の作者)や、一度だけ守備要員として大リーグの試合に出たことのあるムーンライト・グラハム、そして、かつてシカゴ・カブスに在籍していたという嘘がいつのまにか頭の中で現実となってしまったエディ・シズンズ老人を連れてくる。8人の選手が見えない人にとっては、狂気の沙汰以外の何物でもない。
やがて本当の「彼」が現れるが、レイに呼びかけていた声は、実はレイ自身の願望から出たものではないだろうか?
ムーンライト・グラハムが去り、エディ・シズンズも去り、やがてサリンジャーも去ってゆく。サリンジャーが去ってゆくラストは、この物語を象徴していて感動的だ。叶えられなかった夢が叶ったら、というそれぞれの想いを叙情的に描いた、そんな小説だ。

この小説を読んだ後に、「フィールド・オブ・ドリームス」を観ることを勧める。映画の中でシューレス・ジョーが登場するシーンに、思わず胸が熱くなるはずだ。映画のラスト、レイが「彼」とキャッチボールするシーンも必見。


 
さすらいの甲子園:高橋三千綱:角川文庫 20000713
あらすじ
--------------------
その年、長嶋巨人軍はペナントレースで最下位だった。私の青春そのものだった長嶋の窮地を、なんとか救いたいと思った。私は決意した。日本一強い草野球チームを作って、優秀な選手を巨人軍に送りこもう。
"長嶋巨人軍を救え!"を合い言葉に集まった十人の球鬼。いつもぐうたらで、世の中に対してややスネている連中が固い決意で立ち上がったのだ。こうして、我らのチーム「さすらいの甲子園」は、輝かしい歴史の第一歩を踏み出した。
--------------------

どだい、無理なことである。そんなことは読者は百も承知だ。
主人公の「私」こと「さすらいの偽ギャンブラー」(「さすらいのギャンブラー」は誰の漫画だったか?)は、「さすらい庵」に集まってくるぐうたらなヤツらを野球に誘うが、返って来る答えがどれも胡散臭いものばかり。法螺や嘘と分かりそうなものだが、「私」はまんまと騙され、ドヘタな草野球チーム「さすらいの甲子園」が誕生する。普通なら入部の際に実力テストみたいなことをするのが常識だろうし、チームができて試合の日程が決まれば、練習するのが当たり前。しかし、部員は「元甲子園」であったり「ワセダ出身」であったりするので、練習などはする必要がないのだ。その結果、緒戦は0-53という屈辱的な大敗を喫する。
しかし、このチームには巨人軍を救え、という大きな目標があるので、こんなことでは終わらない(かなりへこたれるが)。やがて名監督と出会い、メキメキとうまくなっていき、チームも初勝利をものにし、当初の目標を目指して秋季大会に参加する……。

読者は、そんな寄せ集めの草野球チームから巨人に入団できる選手が育つなどとは、最初から思っていない。また、初めの頃はボロボロのチームで全く勝てないだろうが、そのうちだんだん強くなっていくのだろうな、ということも予想できる。
しかし、それでも面白い。私も草野球チームに所属していたことがあるので、その楽しさは行間からも読み取れる。

文体は、どこか椎名誠を思わせる。また、この小説を原作とした漫画も見た覚えがあるが、今思い出すと、原作の雰囲気を良く現していたなと感じる。


 
愛の見切り発車:柴田元幸:新潮文庫 20000711
7月1日に行なわれたオフ会の文庫本交換会で、ふるやまさんからいただいた本。初めて聞く作家のため、最初は恋愛小説かそれに類いしたエッセイかと思ったが、作者は本業が海外小説の翻訳で、ポール・オースターなどの多数の作品を翻訳していて、この本は、発表当時未訳の作品を紹介した文章を集めたもの。
中には、紹介後に柴田元幸本人あるいは他の翻訳家によって翻訳され出版された本も多数あるが、未翻訳の方に興味深い作品が多い。全体的に不思議な世界を醸し出している作品が多く、これらは変わり本の部類に入るのではないか。
私が好きな部類(ホラー・ミステリー・ハードボイルドなどエンターテインメント系)の作品はあまりないが、ゴシックホラーや筒井康隆ばりのハチャメチャな作品などもあり、これらは翻訳されたら読んでみたいと言う興味が沸く。
ふるやまさんが栞に書かれていたが、海外作品の手引きとして手元に置いておくといいかも知れない。巻末の索引も気が利いている。

タイトルは、私独自の解釈で、「まだ翻訳されていないけど、こういう面白い作品が沢山あるよ。とりあえず先に紹介するけど、どこかの出版社の人、翻訳して出版しませんか?」と先駆けて呼びかけているようにも取れたが、深読みしすぎだろうか?


 
本当の戦争の話をしよう:ティム・オブライエン:文春文庫 20000707
あらすじ
--------------------
日ざかりの小道で呆然と、「私が殺した男」を見つめる兵士、木陰から一歩踏み出したとたん、まるでセメント袋のように倒れた兵士、祭りの午後、故郷の町をあてどなく車を走らせる帰還兵……。ヴェトナムの・本当の・戦争の・話しとは?
O・ヘンリー賞を受賞した「ゴースト・ソルジャーズ」をはじめ、心を揺さぶる、衝撃の短編小説集。
--------------------

これはヴェトナム戦争に兵士としてかり出された作者の体験的小説である。小説という体裁は取っているが、かなり真実も含まれていると思われる。
かなり衝撃的な話が続く。主人公が殺した人の話・仲間が死んでいく話・なくしたもの・得たもの。
語り口は淡々としている。その分、伝わってくるものがある。
どこかジョン・アーヴィング風な文体だ。


 
フラッド:アンドリュー・ヴァクス:ハヤカワ・ミステリ文庫 20000629
あらすじ
--------------------
一週間千ドルで、コブラという男を捜してほしい――フラッドと名乗る小娘の依頼は、バークにはうまい話に思われた。だが彼女は、幼児虐待殺人鬼コブラに復讐を誓う女性武術家だった……。
--------------------

久々にアウトロー的な探偵&ハードボイルドを堪能した。何と言っても、主人公バークがいい。
ストーリーは、この<コブラ>をフラッドと供に探すことから始まるのだが、バークには沢山の怪しい仲間がいて、彼らを助けてくれる。魅力的な男娼・預言者と呼ばれる浮浪者・聾唖の武術家・天才科学者等々。そして、忘れてならない犬のパンジイ。これらの仲間を従えて、街の最低野郎を追い詰めていく。
バークとフラッドのやり取りが渋い。特に、突き放したようなバークの台詞は冷たいと感じるほど。まさにクールだ。
あらすじから、エグい描写があるのかと想像していたが、それほどでもない。むしろハードボイルドというジャンルから見ても、ソフトなほど。それは、ストーリーの魅力が、バークや彼の仲間のキャラクターで持っていること、また、バークの一人称で語られる文章には、そういったエグい描写は似つかわしくないという点もある。私にはそう感じられた。
この探偵バークはシリーズ物で出ているので、他の作品も読んでみたくなった。

最後に、バークが、パンジイが退屈して涙を流すまでパンジイに新聞を読ませて聞かせる(しかも競馬の結果)、というくだりには笑った。パンジイにとっては苦痛だろう。


 
魔道師の虹(上・下):スティーヴン・キング:角川書店 20000621
3週間かかって「魔道師の虹」を読み終わることができた。
この物語は、「暗黒の塔」というシリーズ(キングのライフワーク)の第4巻目にあたり、今までの4巻の中では一番長いストーリー(上下合わせて800ページ弱!しかも2段組み!)。
3巻までのストーリーを簡単に書くと、ローランドというガンスリンガー(拳銃使い)である主人公が、3人(と1匹)の仲間を連れ、<暗黒の塔>と呼ばれる場所を目指して旅をするというもの。(かなり端折っているが)
今回の「魔道師の虹」は、物語の大半をローランドの少年時代の回想に割いている。ローランドは14歳という史上最年少のガンスリンガーとなり、友人2人と供にある町に出かける。そこでローランドはスーザンという少女と出会い、恋に落ちる。しかし、その恋も試練に満ちたものであり、また、変態の行政法官・その秘書や用心棒・気の狂いかけたスーザンの叔母・醜かいな魔女など、ローランドとスーザンの行く手を阻むものが跡を絶たず現われる。さながら、物語は異世界の西部劇、ローランドはカウボーイといったところか。はたして、ローランドとスーザンの恋の行方は…。

下巻の帯に「キング初の恋愛小説!」とあるが、そこはそれ、キングのことだからありきたりの恋愛小説ではない。但し、ローランドとスーザンのお互いが相手を想う気持ちは、胸に迫るものがある。そして、ある決定的なシーン(「我は汝を永遠に愛す!」)。まさかこんな別れが待っていたとは。これでは魔女狩りだ。ローランドと共に「やめろ!」と叫んでしまう。思わず涙が出そうになるシーン。

この物語は、大半が過去の回想のため、現在における道のりはほとんど進歩していないが、ローランドがなぜそれほどまでに<暗黒の塔>に執着するのか、彼の強固な意志はどこから来ているのか、といったことを知る上で重要な意味を持つ。但し、前半の「なぞなぞ合戦」はつまらない。無理やり帳尻を合わせた感じ。
ローランドとエディ、スザンナ、ジェイク(そしてオイ)の結束がより固まり、これからまた<暗黒の塔>探索の旅が始まる。次はどのような物語が待っているのだろうか?期待しながらながら待ちたいと思う。


 
トップページへ