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ハイペリオン:ダン・シモンズ:早川書房 20000129
紀元28世紀。辺境の惑星ハイペリオンで不吉な前兆が確認された。謎の遺跡「時間の墓標」によって封印されている時を超越した怪物シュライクが、封印を解かれそうになっているというのだ。この封印が解かれると宇宙の存亡にも影響するらしい。おりしも宇宙の蛮族アウスターも、ハイペリオンに向かっていた。この「時間の墓標」の謎を探るため、連邦は7人の巡礼を選び出し、ハイペリオンに向かわせた。互いに面識もなく何故自分が巡礼に選ばれたのかも判らない7人。かくして7人はお互いの接点を見つけるべくハイペリオンに関わる自分の過去を語り始めるのだった...。

第一話:司祭の物語
ハイペリオンに住むというビクラ族の謎。彼ら七十人はなぜ「六十人と十人」なのか? 大峡谷の下にある聖堂の意味は? さらにその下には何があるのか? ホイト神父は「聖十字架の者」になってしまったのか? シュライク登場。

第二話:兵士の物語
アウスターとの戦いがメイン。主に白兵戦。ここでもシュライク登場。圧倒的強さ。また、「時間の墓標」も多くの謎を残しつつ登場。シュライクは時間を溯るのか? カッサード大佐の見た「餌」とは誰なのか?

第三話:詩人の物語
サイリーナスはある詩集を出版し、これが売れに売れ、巨万の富をなす。しかしその後まったく売れず、富も名声もなくす。そこにハイペリオンの国王が現れサイリーナスを助ける。サイリーナスの詩がシュライクを誕生させたのか? 「ハイペリオンの歌」は完成したのか? ハイペリオンとの関わりがいまいち解らない。それとも「ハイペリオンの歌」が重要なキーなのか?

第四話:学者の物語
ワイントラウブは巡礼に加わっている現在、70代の老人である。そして1歳くらいの赤ん坊を連れていた。どうやら自分の娘のようだが、それにしてはずいぶん歳が離れている。話が始まってすぐある矛盾に気づく。これは時間を溯るといわれるシュライクに関係があるのか? そして、娘のレイチェルにある事件が起こる。
何と言う悲劇だ。もし自分の身にこのような残酷な運命が降りかかったら、果たして自分は耐えられるだろうか? 日ごとに記憶を失っていくレイチェル、毎日繰り返される「レイター、アリゲーター」「ホワイル、クロコダイル」の哀しい挨拶、レイチェルの最後の、そして最初の笑い。涙なくては読めない。レイチェルはどうなる?

次は、本来なら森霊修道士のマスティーンが語る番だったが、部屋におびただしい血の跡を残し行方不明となる。マスティーンはどうした? カッサード大佐の見た「もの」なのか? 一人物語を飛ばした意味は?

第五話:探偵の物語
レイミアの元にジョニィという男が調査依頼に来た。自分を殺した犯人を捜して欲しいというのだ。どうやらジョニィは19世紀の詩人、ジョン・キーツのクローンのようなものらしい。このジョン・キーツがハイペリオンと深い関係がある。レイミアとジョニィはハイペリオンに行こうとするが...。途中難解。どうやら銀河系には3つの派閥があるらしい。いきなり核心に触れる部分にきた。
"シュライクの出没、来るべき恒星間戦争(アウスター絡み?)、「時間の墓標」の開放とともに表われ出るさまざまな事象(シュライクの災い)は、一万年後の銀河系を支配する急進派が過去に遡及して仕掛けてきた第一弾の攻撃なのか? あるいは、その急進派の人類抹殺計画を辛くも生き延びた人類(アウスター、元開拓星の人間、その他のごく小規模な人間グループ)が、最後の死力を振り絞り、時を溯って送り込んできた、せめてもの抵抗によるものなのか? "
誰にも体験できない、形容しがたいラブ・ストーリー。文字どおり、レイミアとジョニィは一つになった。

第六話:領事の物語
転移システム(いわゆる"どこでもドア")のない時代。若き宇宙船乗りと未開拓地に住む娘の恋物語。宇宙船乗りは高速を越える船に乗り、宇宙を転戦。宇宙船内の数ヶ月が、地上では数年に値する。結果、男が数カ月ぶりに恋人の星に降り立つと、娘は数十年の年を取り恋人を迎える。この悲恋。しかし、二人は最後まで真に愛し続ける。その孫である領事はある目的を持っていた。その目的とは?

カバーに書かれてあるあらすじを読んでもよく理解できない。読む前はそんな印象だ。スケールが大きすぎて手がかりが掴めないのだ。また、聞きなれない名詞にも苦労させられた。「時間の墓標」? シュライク? アウスター? 何それ? といった感じである。読み始めて一つ解ったことがある。なるほどこれは一巻では終わりそうもない物語だ。第一話の司祭が渓谷を降りていくあたりから少しずつ入り込めてきた。七人は過去にハイペリオンに関わった自分の物語を話しながら、「時間の墓標」を目指して巡礼を続ける。一人一人が自分の過去を語っていくことによって、「時間の墓標」とはどのような遺跡なのか、シュライクという怪物はどのようなものか、アウスターという蛮族の正体はなにか、また、それそれの巡礼がその謎にどのように関わっているのか、などが徐々に明らかになっていく。しかし、それでも多くの謎を残し、この「ハイペリオン」は幕を閉じた。
これほど壮大なSF叙事詩は今まで見たことも読んだこともない。できれば今すぐ読み返して謎を一つ一つ確かめたいところだ。いや、それよりも、次作「ハイペリオンの没落」を早く読みたい。


 
オウエンのために祈りを(上・下):ジョン・アーヴィング:新潮社

映画「サイモン・バーチ」の原作。(「サイモン・バーチ」って何?) 
5歳くらいの身長、宇宙人みたいな変な声。オウエン・ミーニーは神様が遣わした天使!? 
ぼく(ジョニー)とオウエンの交流を綴った物語。 ニュー・ハンプシャー州(アメリカ東部)が主な舞台。 
ぼく(ジョニー)を取り巻く環境・生活・事件とオウエンとの絡み、オウエン自身の物語が綴られていて、オウエンが間違いなく主人公だ。(後半はベトナム戦争が絡んでくる) 
運命のファールボールによる母の死。前足の欠けたアルマジロの剥製にはどんな意味があるのか? オウエンが墓石の墓碑銘に見たものは? 
前半は時代があちこち飛び、ストーリーを追うのに一苦労。 オウエンが成長とともに次第に生意気な鼻持ちならないキャラになっていくように感じられる。逆に「ぼく」が優柔不断で、情けない男のような気も。 
話はベトナム戦争の是非を問うものなのか? オウエンが言う「神様の道具」とは? 繰り返し行われるスラムダンクの意味は? 

最後に全ての辻褄が合う。こういうことだったのか! なんとも哀しい結末だ。


 
黄金の羅針盤:フィリップ・プルマン:新潮社
主人公:ライラ。お転婆娘。11歳。イギリスのオックスフォードにあるジョーダン学寮に住んでいる。幼い頃、両親が飛行機事故で亡くなり、叔父(アスリエル卿)のつてでここに入った。 
場所:イギリス〜ノルウェイ(?)〜北極。但し、私たちのいる世界とは似ているが、異世界。 
その特徴:全ての人にダイモン(守護精霊)がいる。ライラのダイモンはパンタライモンという名前。子供のダイモンは色々なものに変身できる。それは、子供がまだどのように成長するか定まっていないからだ。大人になるとダイモンも一種類の動物に固定される。このダイモンの存在がストーリー上の重要なファクター。 
また、ライラには特別な力(二つの世界を渡れる?)があるようだ。それを知っているのはアスリエル卿か? 
真理計(アレシオメーター):真実を読む器械。ライラにしか使えない。 
謎:ダストとは何か?オーロラの向こうに見えるものは、果たして...? 
ストーリー:子供がいなくなる。アスリエル卿もいなくなる。どうやらゴブラーと呼ばれるものに、北極にさらわれたようだ。ライラはジプシャンという種族の統領、ジョン・ファーらと共に、真理計=黄金の羅針盤を持って北極に救出に向かう。旅の途中、イオレク・バーニソンというクマに援助を請う。クマにはダイモンがいない。また、気球乗りのリー・スコーズビーも雇う。イオレクは無骨なチューバッカ、リーは真面目なハン・ソロといった趣。さらに、魔女も登場。クイーン・エメラルダスみたい。 
もとい、イオレクは勇敢な戦士だ。 決闘シーンはこの物語のハイライトだ。

ラストでライラがオーロラの向こう(我々の世界)に旅立つ。次作が楽しみ。


 
レッド・ドラゴン(上・下):トマス・ハリス:ハヤカワ文庫NV

あらすじ 
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バーミングハムとアトランタで、二ヶ月連続で一家惨殺という事件が起きた。いずれも満月の夜に起こった惨劇だった。事件の異常性を重く見た警察は、異常犯罪捜査担当のグレアムに犯人捜査の協力を依頼する。次に予想される事件まで、一ヶ月弱。はたしてグレアムは犯人(<赤き竜>)を割り出し、事件を阻止することができるのか? 
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いわゆるサイコ・ホラー、サイコ・スリラー(サイコパス?)系の話。グレアムには忘れがたい過去があり、一線から下がって保養していた(その過去とは、「羊たちの沈黙」にも登場したハンニバル・レクター博士という食人鬼逮捕の一件だ)。そこへ、再度このような依頼が来たことにより、また敢然と立ち上がることを決意する。グレアムは、捜査の糸口を見つけるため、レクター博士に協力を依頼する(「羊たちの沈黙」と同じような設定だが、今回はあまり接点はない)。一方、犯人も独自の手段でレクター博士と連絡を取り、自分の進むべき道を教示してもらおうと画策する。偶然その接触を察知した警察が、犯人を罠にかけようとするが...。といったところが前半。(上巻) 
後半(下巻)はガラッと展開が変わり、犯人の幼少時代の話から始まる。幼少の頃のトラウマが犯人に与えた影響とは?(ここで私は、犯人がSの文字を発音できないわけがやっと分かった)話は現在に戻り、犯人は盲目の女性と出会うことになる。この女性と交流を深めていくうちに、犯人の中に2つの自我が生まれる(要は善と悪)。この自我の格闘に勝つのはどちらなのか? はたして結末は? 
最後のどんでん返しはない方が良い。確かに伏線はあったので、ストーリー的に不自然はないのだが、救われない気持ちになった。やはり犯人は<赤き竜>に負けてしまった...。残念だ。 
私の満足度評価では、まあまあ面白かった、というレベル。

 
おちくぼ姫:田辺聖子:角川文庫
某MLのオフ会恒例の文庫本交換会で、ももさんよりいただいた本。

あらすじ
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貴族のお姫様ではあっても、意地悪い継母に育てられ、召使い同然、粗末な身なりで一日中縫い物をさせられ、床が一段低く落ちくぼんだ部屋にひとりぼっちで暮らしている姫君---。
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これは、ほとんど「シンデレラ物語」である。このような話が日本にもあったとは知らなかった。
それを、田辺聖子流に現代語にアレンジし、大変読みやすく仕上がっている。
読んだ感想だが、素直にとても楽しく読めた。あまり深く考えることもなく素直に楽しめる、というところがいい。おちくぼ姫と少将との恋にハラハラし、継母である北の方の意地悪にムカッ腹を立て、また、おちくぼ姫の味方である阿漕(あこぎ)の機転にスカッとし、典薬の助ジジイの粗相に大笑いする、といった感じで、気が付くとあっという間に読み終わっていた。
どの登場人物も憎めなく(北の方ですら!)、非常に爽やかな小説だ。また、平安朝時代の文化の一部を知る上でも、大変興味深いものがあった。(特に結婚の制度について)


 
スローカーブを、もう一球:山際淳司:角川文庫
某MLの課題本。 

簡単に作品の紹介から。 
「八月のカクテル光線」 
1979年(昭和54年)夏の甲子園、箕島高校vs星稜高校の延長18回に及ぶ死闘を描いたもの。 
「江夏の21球」 
1979年(昭和54年)の日本シリーズ、広島カープvs近鉄バッファローズの第7戦にリリーフ登板した江夏の活躍を描いたもの。 
「たった一人のオリンピック」 
幻となってしまったモスクワオリンピックで、一人乗りボート競技で金メダルを獲ろうとした男の話。 
「背番号94」 
ドラフト外から巨人に入団した男の栄光と挫折。 
「ザ・シティ・ボクサー」 
ハングリーではない都会派のボクサーの話。 
「ジムナジウムのスーパーマン」 
車のセールスマンを続けながら、スカッシュの世界選手権に出場する男。 
「スローカーブを、もう一球」 
飄々としたスローカーブを武器に、秋の関東地区大会で決勝まで勝ち進んでしまったチームの話。 
「ポール・ヴォルダー」 
ある限界に挑戦した棒高跳び選手の話。 

この中で、私が好きな作品は、やはり「スローカーブを、もう一球」と「江夏の21球」になる。 

私が山際淳司の名前をはじめて知ったのは、「Number」という雑誌の創刊号だった。ここに、「江夏の21球」が載っていたのだ。これを読んだときの衝撃は今でも鮮明に記憶に残っている。まったく今までにないタイプのノンフィクションだったからだ。それから山際淳司の書くスポーツノンフィクションが好きになった。 
 事実(と少しのフィクション)に基づいた文章であるにも関わらず、彼の書く文章は非常にドラマティックだ。リアリティのある小説、という感がある。別にエキサイティングな感動があるわけではない。むしろ、静かと言っていいだろう。 
それからもう一つ、終わり方が未練がましくないのもいい。物語の現在時点までを書き、そこで潔く話は終わる。このあと、主人公はどうなったのだろう、という期待感を持たせたまま終わるのだ。 
ドラマティックな展開は、構成のうまさに尽きるのだろう。読んでいる読者は、まるでリアルタイムに主人公の軌跡を追うことができる。彼の文章はそこに違和感がないので、ノンフィクションでありながらドキュメンタリードラマのような静かな感動があるのだ。だから、彼の文章はいつまでも褪せることがない。この手法で彼に勝る人を私はまだ知らない。(手法は違うが、NBAのマイケル・ジョーダンを書いた梅田香子の文章も捨て難い、あと二宮清純も)なおさら彼が早逝したことが残念でならない。 
個人的には、彼が生きていたら、去年の夏の甲子園の準々決勝、横浜高校vsPL学園の死闘を彼がどのように書いたであろうか、非常に興味があるところだ。(「八月のカクテル光線」と対比して読んでみたい)


 
宇宙の戦士:ロバート・A・ハインライン:ハヤカワ文庫SF
映画、スターシップトゥルーパーズの原作。 
映画のような印象を持って読むとみごとにハズす。
巨大昆虫みたいな怪物との戦いを期待していたのだが、話はある男が軍隊に入隊して、一人前の機動歩兵になるまでの成長物語である。 
アメリカの軍隊に対する思想みたいなものが感じられ、馴染めない。 
期待が大きかったため、つまらなさではピカ一。なぜこの小説がヒューゴー賞を取ったのか不思議だ。アメリカ人好みということか。

 
失われた黄金都市:マイクル・クライトン:ハヤカワ文庫NV
あらすじ 
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コンピューターの能力を飛躍的に向上させる鉱石ブルー・ダイアモンド。その鉱脈を求めてコンゴの奥地に分けいった調査隊が何物かに全滅させられた。隊から最後に送られてきた映像には、ゴリラに似た動物の姿と奇妙な建築物の影が。実はこの地には、繁栄を誇った古代文明の伝説があった。真相を究明すべく、女性科学者ロスは第二次調査隊を組織、手話のできるゴリラをともない現地に飛ぶ! ハイテク時代に放つ秘境冒険小説。 
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この小説は映画「コンゴ」の原作。いかにも冒険スペクタクルみたいな印象をもっていて(それはそれで好きなのだが)、結局その映画は見ていないが、結果的には、映画を知らなくても全く問題なく楽しめる小説だ。マイクル・クライトンの小説はかなり映画化されていて、結構気になっている作家だが、彼の作品がこれが最初。今後は彼の作品を読み倒すつもり。 
まず、気付いた点。たぶんこの小説に限らず、彼の知識の豊富さに驚く。読んでいるうちに、どこまでがフィクションでどこまでが真実なのか迷ってしまう。手話を話すゴリラという存在を、この小説を読むと信じることができる。それにしても、ゴリラのエイミーはとてもチャーミングで魅力的だ。この小説を読むと、ゴリラに対する固定観念が変わる。 
この小説の魅力をもう一つ。それは、コンピュータと秘境の接点だ。その鍵を握るのはブルー・ダイアモンド。ブルー・ダイアモンドとは何なのか、コンゴという場所はどういうところなのか、それを十分に堪能することができる。 
最後に解説の一文を紹介。アメリカのある雑誌に「ヘンリー・ライダー・ハガードの『ソロモン王の洞窟』の現代版のうたい文句で紹介された」らしい。

 
漂流街:馳星周:講談社
暗黒小説という印象。読み進むうち、これはもう落ちていくだけの小説だと思った。マーリオの行動が自分をどんどん奈落の底に落としていくんだろうという感じ。ある意味、不毛とも言える小説で、不夜城よりも救いようのない気がする。 
途中、女の子登場。5歳くらいか。カーラという。これはずるい展開だ。小さな女の子を登場させてお涙頂戴にするつもりか。(そういう部分もちょっと期待) 
しかし、その期待も裏切られた。とことん救いのない小説だ。しばらく馳星周は読みたくない。

 
少年時代(上・下):ロバート・R・マキャモン:文春文庫

面白かった。 
ストーリーは、アメリカ南部の小さな町を舞台に、少年(コーリー・マッケンソン)が目撃した殺人事件の謎を縦糸に、四季を通じさまざまな事件を織りまぜた、冒険小説という形態の小説で、春から冬にかけての四季が風情豊かに語られている。また、少年の成長小説とも言える。異国のこととは言え、不思議な望郷を覚える作品だ。 
少年が遭遇する事件とは、洪水に見舞われて命からがら助かる事件だとか、雀蜂に襲撃されたり、新しい自転車との出会い、野球、空を飛ぶ”魔法”、ギャングとの遭遇、床屋での世間話、悪ガキとのケンカ、愛犬との交流、友情、初恋、”ザ・レディ”と呼ばれる不思議な黒人の老女の魔法、初めてのキャンプ体験などで、どれかひとつくらいは誰でも子供の頃に経験したことのあることが書かれていて、ノスタルジックな気持ちになれる。 
その中で、悲しい出来事もあり、愛するものを失う悲しみも経験する。また、KKK(クー・クラックス・クラン)も登場し、人種差別問題もしっかりと描写されていて、ストーリーに深みを与えている。 
ユーモアのセンスは抜群だ。特に、爆弾が家に落ちて、絶体絶命のピンチの人を助ける話は痛快(上の人種差別問題にも絡んでいる)。また、殺人事件の犯人が判る最終章「わが町の異人」は、ハラハラドキドキの連続だ。
子供の頃には魔法が存在したと信じられる素敵な幻想小説だ。不思議な望郷と書いたのは、この小説のストーリーと、自分の子供の頃の記憶が、次元を交差しながら、疑似体験のように呼び起こされる気がするからかも知れない。いずれにしろ、心に残るすばらしい作品だ。マキャモンの他の小説も読んでみたくなった。

 
エクソシスト:W・P・ブラッティ:創元推理文庫
もうかれこれ25年以上も前に映画が公開され、私はこの映画でしか知らなかったのだが、原作がこの度創元推理文庫から復刻されたので読んでみた。私が記憶している「エクソシスト」は、少女(リーガンという)に悪霊が憑いて、少女がグロテスクな容貌に変容し気持ち悪かったこと、あとは首がグルリと180度回転するシーンくらいしかなかった。それで、この小説を読んでみて感じたことは、本当のストーリーは、少女を救おうとした神父(デイミアン・カラス)の少女に寄せる愛を描いたものだった、ということだ。この神父が最後に取った行動は、なかなか感動的だ。 
正直に言って、それほど面白いとは思わなかったが、小説の体系が、後のキング等に引き継がれる「モダンホラー」を描いているだけに、キング好きの人にとってはそれなりに楽しめるのではないかと思う。面白くないと書いたのは、これがキリスト教に根付いた風土(文化)が土台となっている為で、私個人がキリスト教に縁がないためにそう思っただけなので、その辺に違和感なくとけ込める人は、より神父の行動に感動できるだろう。 
ただ、間違いなく言えることは、映画の衝撃的な内容よりも、この小説のラストの方が救われる分、この小説を読んだ価値はあるということだ。

 
友情:武者小路実篤:新潮文庫
某MLのオフ会にて、武志さんから頂いた本。 

あまりにも有名な小説だが、実を言うと、私は今まで読んだことがなかったようだ。というのも、学校の国語の授業で出てきたような気もするが、今回改めて最初からきちんと読んでみても、記憶が蘇るところがないのだ。いわゆる純文学だが、私はほとんど純文学を読んだことがなく、気恥ずかしさを覚えながら読んだ。 
内容的には、ご存知の方も多いと思うが、主人公野島が杉子に恋をして、結婚の申し込みをするのだが、杉子には断られる。その理由は、杉子が野島の友人である大宮という男を好きになったためで、やがて大宮と杉子は結婚することになる...、という話だ。 
結局、野島は片思いだったわけだが、彼の杉子に対する愛情は、ひたむきさを感じる反面、一人よがりな部分が目立っている。簡単に言ってしまえば、「恋は盲目」というやつだ。大宮は、野島が杉子を好きになった頃から相談を受け、何かと野島を勇気づけ、また、野島と杉子が恋人同士になれるように、野島のために努力する。が、そのうち、杉子が自分に対して想いを寄せているらしいことに気づき、パリに旅立ち、杉子との縁を断ちきろうとする。しかし、自分もやはり杉子のことを好きであることがわかり、悩んだ末、結局杉子の愛を受け入れてしまう。そのことで、大宮は野島に対し罪の意識を感じ続けるが、最後に野島に全て打ち明ける。「こういうことになってしまったが、君はきっと立ち直ってくれると信じている」と。 
大宮の行動には責められるべきところはない。やはり、愛し合っている者同士が一緒になるのが、一番の幸せであり、友情のために自分の恋を犠牲にする必要はないだろう。野島がきっと立ち直り、いつか二人がまたかつての友情を取り戻してくれることを願ってやまない。


 
ホワイトアウト:真保裕一:新潮文庫
傑作。山岳小説の一種になるのだろうか。サスペンス的な要素が強く出ているが。プロローグとして主人公富樫が自分の過失から友人を山で亡くしたことが、後のダムジャック犯たちに戦いを挑むことになる。 
物語は、日本最大の貯水量を誇る、奥遠和ダムに占拠した犯人グループが、人質との交換に50億円を要求するところから始まる。そのダムに貯水されている水を放流すると、下流域に住んでいる町の住人の生命まで危うくなるというアドバンテージまで持っている。しかも、冬のその季節、そのダムまでの道は一本しかなく、その道まで犯人が爆破し、外部からそのダムまで侵入することはできない。そんな警察や国がなすすべもなく犯人の要求を黙って呑むしかない状況で、ある一人の男が敢然と立ち向かう。それが富樫だ。 
そこへ至るまでの道や、戦いの状況まで書いていたらきりがないので、あらすじはこの辺でやめるが、その戦いの中で、冬山の持つ厳しさというものが非常にリアルに描かれていて、富樫が挫けそうになるのを見るたびに、頑張れ!と思う反面、ここで挫けてもしょうがないかな、と思わせるほど、厳しい冬山の実体が迫ってくる。 
一つ物足りなく思ったのは、富樫が助けようとしていたのが、自分のせいで亡くした友人の恋人(と他の人質)だという点だ。私は単純に、自分の恋人を助けに行くという設定の方が感情移入し易くて良かったのではないか、と思ったのだが、そうすると、ストーリー全体がまったく異なったものになったかも知れないので、あるいはこれで良かったのかも知れない。

 
燃える男:A・J・クィネル:新潮文庫
某MLの8月課題本 

今回初めてクィネルという作家を知り、当然彼の作品も初めて読んだわけだが、まず、最初は読み進むのに苦労した。素っ気無いくらいのあまり飾り立てのない文体、また、舞台がイタリアということで、慣れない人名・地名・習慣・文化・風習といったものが、妨げになったのだろう。(私が読む翻訳物はほとんどアメリカが舞台) 
しかし、それも読み進むうち、気にならなくなってきた。主人公クリーシィが最初頑なに心を閉ざしているのだが、なぜそんなに他の人の好意を拒絶するのか理解に苦しんでいた。が、ちょっとしたきっかけでピンタと心が通じ合うようになってきて、だんだんクリーシィの男くささみたいなものが逆に魅力的に見えてくるようになった。そして、第1部の衝撃的な結末...。 
第2部は、私にとってこの物語の中で一番好きな部分だ。美しいマルタの島。そこに住む人たちの友情と愛情。そしてナディアとの恋。この物語はこの第2部があることによって、ただ単純な復讐劇に終わらず、全体として殺伐とした雰囲気にならなかったような気がする。第2部のラスト一行には泣けた。 
そして第3部、第4部と復讐が始まるわけだが、クリーシィの徹底的なまでの報復は、ある種爽快感さえ感じてしまった。まさに、「ゴー、クリーシィ!」だ。ラストは、まさかと思ったが、とりあえずホッとした。 
この物語の魅力は、なんといってもクリーシィの個性に尽きる。無骨だけれど優しい、そんなハードボイルドの主人公にも通じる愛すべきヒーローの誕生、といったところか。ぜひ、クリーシィシリーズの続編を読んでみたいものだ。


 
バトル・ロワイアル:高見広春:太田出版
舞台は大東亜共和国(日本の揶揄?)の四国に浮かぶ小さな島。そこに連れ去られたある中学校の1クラスの42人の生徒が、お互いを殺し合い、最後に残った一人だけがぶじ家に帰れることができるという、とんでもない「ゲーム」の開始が告げられる...。 
私はこの小説のあらすじを聞いたときに、真っ先にキングの「死のロング・ウォーク」を思い出した。生徒が一人、また一人と殺され、最後の一人が残るまで続けられる、という設定は一緒だ。ただし、その方法や背景にあるもの、また、過程もかなり異なるため、まったく別物と考えてもいいのかも知れない。 
感想だが、私は結構面白く読めた。何といっても生徒一人一人が生き生きと描写されているのが良かった。殺戮シーンもそれほどスプラッターしてなく、気味が悪いということはなかった。主人公の七原秋也・中川典子・川田章吾を中心に話がスリリングに進められ、生徒が生き生きと描写される分、殺されるときの儚さ、みたいなものが妙に心に残った。結局この3人が残るんだろうなぁ、と思いながら、どうやって脱出するのか非常に興味があったが、トリック的にはそれほどたいしたことはない。ただ、ラスト、川田が死ぬ場面、及び七原と典子が見つかって逃げる場面には、グッと来るものがあった。何とか逃げ切ってほしい、そう思わせてくれたラストであった。 
某ホラー小説大賞選考委員全員から拒絶されたという曰く付きの小説らしいが、作者にはこの調子で破天荒な話を書いてほしいものだ。 
やはり、キングの初期の作品に通じる部分がある(「死のロング・ウォーク」「ハイスクール・パニック」に見られる若者のエネルギッシュな感情の表現など)ので、日本のキングを目指してガンバレ!

 
永遠の仔(上・下):天童荒太:幻冬舎

この物語は、まさに現代社会が生み出した歪みのために、生まれるべくして生まれた悲劇なのだろうか? 自分の子供に、子供のためだと称して躾けたり、勉強させたりするのは、実は親である自分のために行っている行為なのだ。また、優希のように悲惨というにはあまりにもひどい仕打ちを行なう親。自分の都合の良いようにしか考え、行動できない親達。 
その犠牲として、幼くして精神を病んでしまう子供達。親はなぜ子供がそうなってしまうのかまったく理解できず、都合が悪くなればさっさと施設に預けてしまう。なぜもっと子供のことを理解しようとせず、簡単に投げ出してしまうのか? それは、この豊かになりすぎた時代に何も苦労せず大人になった人達が、そのまま人の親になってしまったからなのか? しかし、だからといって、単純に親だけのせいなのか? とても根が深くて、簡単に答は出そうにない。 
この物語に登場する3人の主人公の心の叫び・痛みが私の心に突き刺さり、とても切ない気持ちになった。うまく言えない。ただ、3人とも、「君たちは何も悪くない、生きていていいんだよ」と言ってあげたい。 
願わくば、この小説を陳腐なドラマや映画にだけはしないでほしい。なったとしても私は絶対に観ない。小説としてこの物語に出会えたことに感謝している。

 
火車:宮部みゆき:新潮文庫
直木賞を受賞し、飛ぶ鳥を落とす勢い、という感じで新作が出ている。思い付くだけでも「クロスファイア」「長い長い殺人」「夢にも思わない」といったタイトルが出てくる。私は直木賞以前の作品(「レベル7」「魔術はささやく」「龍は眠る」)を読んで、これは好みの問題だが、女性特有のやさしい文体にあまり馴染めず、それ以来読んでいなかった。(といいつつも、結構気になる存在ではあるが) 
ただ、この「火車」については、以前サスペンスドラマで見たことがあり、そのとき面白かったという印象があったので、原作を読んでみようと買ったものだ。 
感想としては、話が矛盾するが、ドラマを見なければ良かった(結末を知らなければ良かった)、というのが第一だ。ストーリー・結末を知っていて敢えて読んだので、こんなことを言うのもなんだが、この小説は何も前知識なしで読んだ方が絶対良い。カード破産に巻き込まれた女性の哀しくも凄惨な人生がヒシヒシと伝わってくる。なぞ解きも面白い。が、如何せん、ドラマの映像が思い浮かび、純粋に小説として楽しめなかったことが悔やまれる。まだ読まれていない方(特に若い方)は、ぜひ読まれることを薦める。こんな悲惨な人生を誤って歩まないためにも...。

 
北の狩人(上・下):大沢在昌:幻冬舎ノベルス

ストーリーは、新宿に北の国から謎の男がやって来るところから始まる(すぐに謎ではなくなるが)。この男はなぜか10年以上も前に解散した暴力団の関係者の行方を捜し始めるのだが、それが発端となり、やがて新宿の街を舞台に暴力団、チャイニーズ・マフィアなどとの熾烈な戦いに巻き込まれ、最後に哀しい結末が訪れる...。という内容だ。 
新宿鮫シリーズと同様新宿を舞台にした、久々に活気のあるストーリーに出会った。この謎の男が主人公だが、なかなか魅力的なキャラクターに仕上がっている。東北から出てきたばかりの朴訥な青年、という感じで、最初にカモにされる女子高生から「この田舎者!」とバカにされるような、本当にスレていない澄んだ目をした好青年だ。ちなみに、「この田舎者!」というせりふは、最後に粋なエッセンスとして再度使われる。(イメージ的には「欽ドン」に出ていた頃の若い柳葉敏郎といったところか?) 
物語はこの青年の持つ一本気な性格に次第に惹かれてゆくヤクザ、刑事、女子高生の杏との関わり合いを描きながら、哀しくも切ないラストになだれ込んで行く。 
大沢在昌らしいハードボイルドに仕上がっていて結構面白い。杏も今時の女子高生といった感じで、生意気だけどかわいいところもある。

 
あやしい探検隊  不思議島へ行く:椎名誠:角川文庫
今回は日本を始め、インド近辺の色々な島への冒険である。日本の場合は基本的に無人島へ出かけて、そこで「東ケト会」流のキャンプ、海外(スリランカとモルジブ)の場合はその国の文化や風習、食生活といった文字どおり紀行を中心に構成されている。 
私としては、初期の「東ケト会」にアコガレているので、やはり日本の無人島でのキャンプの話が面白い。 
無人島といっても、そこを訪れた人の名残とか、昔そこに住んでいた人たちの廃屋(生活)の跡だとか、地元の人たちとの会話とか、人との交流はやはりあるわけだが、そこはそれ、シーナ節で面白おかしく書かれている。(「あや隊」のメンバーは千葉のとある無人島の所有者にかなりイキドオッていたが、それすらも楽しく読めてしまう。) 
あと、面白かったのは、ある無人島(昔は人が住んでいた)になぜか公衆電話が置いてあり(現在もあるのかは不明だが)、それがレッキとした使用できる公衆電話である、ということが判って、シーナマコトが自分の家に「今俺は無人島から電話してるんだぞ」とエバって奥さんに電話する件りに対して、奥さんが「え?なに?それがどうしたの?」というようなそっけない反応を示したこと、また、別の話では、北海道の納沙布岬が日本最東端ということを知った隊員が、やはり自宅の奥さんに「俺は今日本の一番東にいるんだぞ」と電話して、逆に奥さんに「せっかく寝かしつけたのに赤ちゃんが起きちゃったじゃないの!」とおこられる話が出てくる。これに対して、隊員が「女は現実的でロマンがないなぁ」と嘆く場面があった。男の勝手なわがままと判ってはいるが、「うん、そうだ!」と心の中でうなずいてしまった。 
あと、もう一つ愉快なところを見つけた。モルジブに行ったときの話だが、そこは回教徒の多い国で、そのことを思い出したシーナマコトが、にわかにローバイしつつ以下のようなことを考える。(以下本文引用) 
「そしてその時である。おれは一瞬ギクッとして立ち止まってしまった。(ビールは!!!果してビールはあるのだろうな!?)勿論この段階になればこの国でビールを生産しているということなど絶対あるまい、ということはわかっていたが、問題は果たしてそれをきちんと輸入しているかどうか、という点である。以前回教徒の国へ行ってビールはおろか酒をまったく飲めない何日かをすごしたことがあり、その時の間の抜けた恐怖的日々の想い出が素早く頭をよぎったからである。『あの、ビ、ビ、ビールはありますか?』おれはあきらかにローバイ顔で言った。...」 
ここを読んで思わず口元がほころんでしまった。 
それにしても、「あや隊」はホントに酒と焚火が好きなメンバーだ。なぜ焚火はずっと見ていても飽きなくて、人のココロをほっとさせてくれるのだろうか?

 
眠たいやつら:大沢在昌:ジョイ・ノベルス
表紙裏のあらすじを引用すると、 
「組織に莫大な借金を背負わせ、東京からひとり地方の温泉街へ逃げてきた暴力団幹部。一方大阪から単身捜査のためその街へのりこんできた刑事。互いに一匹狼のヤクザと刑事が手を組み、地元の政治家や観光業者をまきこんだ巨大新興宗教団体の跡目争いに暗躍する悪(ワル)に立ち向かう---大沢ハードボイルドの傑作!」とある。 
一応ストーリーとしては結構面白くまとまっている。大沢在昌の手腕の見せ所といったところか。ただ、私の感想を一言で書くと、あまり面白くなかった。「大沢ハードボイルドの傑作!」とあるが、それほどでもない(大沢ハードボイルドの傑作は、今のところ「雪螢」が一番)。主人公(ヤクザ)がヒロインに近付く手段がちょっとセコイ。また、全然ヤクザっぽくない。大沢在昌の他の小説に出てくる探偵みたいだ。そこが大沢在昌の魅力と言えば言えなくもないが...。 
フォローになってないか。

 
クリムゾンの迷宮:貴志裕介:角川ホラー文庫
ストーリー的には面白い。ゼロサムゲーム(この小説でこの言葉を初めて知った)で、誰が最後まで生き残るのか、誰が途中で死んで(殺されて)しまうのか、ハラハラドキドキさせる手腕はすごい、とは思う。描写もリアルで鳥肌が立つくらいだ。 
しかし、導入部で主人公(藤木)がふと目覚め、自分のいる場所がわからず、また、一部記憶喪失になっているらしいことに気づいたとき、自分の側に携帯用のゲーム機を見つけ、その電源を入れたらあるメッセージが表示され、そのメッセージを見たことによって自分があるゲームに巻き込まれたらしい、と判断するくだりが私には納得できない。あまりにも展開が強引すぎるような気がする。「ここはどこ?私は誰?」状態でパニックに陥っている時に、たまたま近くにあったゲーム機のメッセージを見ただけで、そのメッセージの内容を信じることができるだろうか? 
確かにメッセージの内容と目覚めた場所の情景が似ているということはあるが、それだけではあの行動は納得できない。導入部分は失敗したな、と思う。他の部分が面白いだけに残念だ。最初に感じたこの不自然さが、最後まで心に引っかかり、素直に楽しめなかったというのが正直な感想だ。
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