旧安田庭園
現・旧安田庭園

繋ぎ九つ目  元禄4年(1691)、下野足利藩本庄因幡守宗資が幕府から拝領した。宗資は5代将軍綱吉の生母本庄氏お玉(桂昌院)の弟であり、蔵米200俵から常陸笠間藩5万石に加増され、松平姓を賜り、子孫は丹後宮津藩7万石となった。本庄宗正には3人の子があり長男が美濃高富本庄家の祖である本庄道芳、2番目が桂昌院、3番目の弟が宮津藩本庄家の祖、本庄宗資です。桂昌院の発願によって創建された護国寺本堂前に宗資が寄進した銅灯篭が残っています。
 この場所は下屋敷であり、安政年間隅田川の水を引いた潮入回遊式庭園として作園さている。規模は大きくないが江戸名園である。明治になって安田善次郎の所有となり、大正11年(1922)に東京市に寄贈される。
 
雪見灯籠
雪見灯籠
心字池
心字池

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