福山藩中屋敷
現・誠之小学校

違鷹羽  現在の誠之小学校は旧福山藩主阿部家より敷地、資金の提供を受け明治8年に開校しました。
 江戸時代、各藩では藩士の子弟のために藩校を設けていました。江戸の藩校の中で最も規模が大きかったのが、本郷丸山(文京区西方)の誠之館でした。
 誠之館は文政元年(1818)に開校し、藩主阿部政弘の時代に最も充実し、八歳で入学、十歳で武術、十七歳で古典等を学びました。基準に達した者だけが役職に就くことが出来ました。政弘は二十六歳で老中となり開国に大きな役割を果たしました。
 誠之館は中庸の「誠ハ天ノ道ナリ、之ヲ誠ニスルハ、人ノ道ナリ」に由来します。

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