原子力災害ハザードマップの作成を再度提案します
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1.はじめに
未曾有の災害をもたらした3.11東日本大震災から2年が経ちましたが、依然として被災地の、 復興の道は遠く、大いに心が痛みます。特に福島第一原子力発電所(以下「福島原発」と記す) の立地する福島県浜通は依然として厳しい状況に置かれ続けています。私たちは化学を専門に 学んだ者として、福島原発の事故以来、その被害と除染について関心を持ち続けてきました。そ して一年前、大震災一周年を期して、何よりも住民の安全と生命を重視する立場から、 (1) 原子力災害に関する正確な情報をハザードマップの形で提供すること、 (2) 予想される災害に向けてどのような対策を用意するのかを、原子力発電所を再稼動する前 に明らかにすること の 2 点を政府に対し強く求める声明を発表(当時の野田内閣総理大臣および細野環境大臣宛書 留送付)しました。しかしながら政府は私たちの提案にまったく対応しないまま、関西電力大飯原 発の再稼動を容認してしまいました。その後発足した原子力規制庁は、昨年10月24日放射性 物質の「拡散シミュレーションの試算結果」(その後ミスが判明し訂正)を公表しました。3.11東 日本大震災二周年を迎える今、私たちはもう一度福島原発事故を振り返り、何らかの意見表明 をすることが、私たち科学者・技術者の責任ではないかと考え、最近の状況の推移をふまえて、 原子力災害ハザードマップの作成を再度提案します。滋賀県もまた大飯原発の大事故を想定し た SPEEDI によるシミュレーション実施を昨年3月上旬に文科省に対して要請しています。これも 私たち同様、住民の安全を重視し、事実を知る権利を重視する立場からの要請に他なりません。
2. 拡散シミュレーションとその公表
まず、ずさんという批判を浴びている昨年の拡散シミュレーションの試算を丁寧にやり直してくだ さい。そしてその結果を、国民にわかりやすく提示してください。昨年発表されたような形式では、 私たち大学で化学を専門として学んだ者にとっても、容易に理解できるものではありません。3. 11東日本大震災に伴う福島原発事故のような原子力非常事態を想定したとき、事故直後の一 週間で100mSv(ミリシーベルト)の被曝をしてしまう可能性のある(IAEA Safety Standardsでも 緊急防護行動が必要であるとされている)範囲を稼働中の大飯原発はもとよりすべての原子力 発電所について予測し、同心円で示してください。昨年の試算では、たとえば柏崎刈羽原発では 40kmを超える範囲になります。この範囲は、半減期8日で強い放射線を出すヨウ素131による 被曝が主となるため、直ちに避難指示が出されるべき地域と考えます。福島原発事故で経験して いるように、放射線被曝は最初の一週間では終わりません。引き続き主としてセシウム134(半 減期2.1年)及び137(半減期30年)による被曝が続きます。弱い線量でも年間50mSvも被曝 すると健康に悪影響が出ることは誰もが認めるところです。この範囲の住民は早期に圏外へ避 難するよう指示されなければなりません。そこで最初の一週間に100mSv被曝が予測される範 囲と最初の1年間に50mSv被曝が予測される範囲を、地図上に同心円で示していただきたいと 思います。
3.避難先と避難指示を明確に
次に、原子力非常事態に際し、ハザードマップに基づき避難先を確保し、緊急時に的確に避難先 を指示できるよう準備してください。避難時の不測の事態や避難民の苦痛を最小限に抑えるため に、あらかじめ避難先を周知し、避難訓練しておくことも重要です。避難は広域となり、都道府県 をまたがることが明らかですので、避難及びその救援のための行政対応を省庁の枠を超え、都 道府県の枠を超えて、国レベルでするよう制度の整備をする必要があります。大量の避難者が 発生することになりますが、避難指示だけが出て、人々が避難先を求めて路頭に迷い、挙句の 果てに高濃度汚染地域に入ってしまうというような、福島原発事故の二の舞は絶対に避けるべき です。
4.最悪の事態を想定し、それに対処する準備を
昨年の声明に書いたことの繰り返しになりますが、科学的・技術的に絶対安全な原子力発電所 など存在しないという認識を国民が共有することが必要です。新しい安全基準の作成が進められ ていますが、これがまた新しい「安全神話」を生み出すのではないかと大いに危惧するところです。 福島原発事故は世界史上最大の放射能汚染をもたらしましたが、それでもなお不幸中の幸いで あって、もっと規模の大きい災害となった可能性すらあるのです。さらに「エネルギー基本計画」 (平成22年6月閣議決定)の「前文」に書かれているようにテロなどのリスク、また航空機・隕石 等の落下のリスク等も想定する必要があります。大飯原発以外の原発は現在すべて停止してい ますが、それだけで安全ではありません。使用済み核燃料が限界近くまで各原発に保存されて いるわが国の現状では、何らかの事故によって、これら使用済み燃料の飛散がおこるリスクも少 なくありません。今回の福島原発事故で私たちは最悪の事態を想定し、それに対処する準備をし ておくことがいかに重要かということを知らされました。
5.国民的議論を
福島原発事故のもう一つの教訓は、原子力発電所を再稼動すべきか否かといった重要な判断を 原子力関連の省庁と一部専門家や政治家だけに任せてはいけないということです。再稼動の可 否は、将来のわが国のエネルギー政策にかかわる高度の政治判断です。この政治判断をする のは、政治家や官僚ではありませんし、大学や電力会社の専門家でもありません。我々国民が リスクを十分検討した上で判断しなければなりません。だからこそ、その判断をする前に、政府が 原子力災害のリスクに関する正確な情報をハザードマップの形で提供し、また予想される災害に 向けてどのような対策を用意するのかを明らかにすることを強く求めるものです。その上で、専門 家を含む広範な市民の間で議論を深めることが、わが国の将来にとってきわめて重要と思いま す。

2013年3月11日 昭和43年東京大学理学部化学科卒業生有志

吉田 隆、山村剛士、山田耕一、坂内悦子、 添田瑞夫、栗原春樹、尾島 巌、奥山公平、 大村陽子、大石茂郎、今成啓子 (順不同)