原子力災害ハザードマップの作成を提案します

未曾有の災害をもたらした3.11東日本大震災から 1 年がたちましたが、依然として被 災地の復興の道は遠く、心が痛みます。私たちは化学を学んだ者の立場から、福島第 1 原 子力発電所の事故について特に関心を持ち続けてきました。この5月には国内の全原子力 発電所が運転を停止するという事態に対し、細野豪志環境相兼原発事故担当相は「安全性 が確保できたものについて」エネルギー供給安定化のために再稼動が必要だという認識を しめし、福井県大飯原発等の再稼動の準備を進めています。一方、原子力安全委員会の班 目春樹委員長は、政府が義務付けているストレステストだけでは「安全性の評価として不 十分」との見解を示しています。このような中で、再稼動といった国の将来を大きく左右 する決断がなされようとする今、私たちはもう一度福島原発事故を振り返り、何らかの意 見表明をすることが、私たち科学者・技術者の責任ではないかと考え、ここに声明します。 第一に、科学的・技術的に絶対安全な原子力発電所など存在しないという認識を共有する ことが必要です。今回の福島原発事故は世界史上最大の放射能汚染をもたらしましたが、 それでもなお不幸中の幸いであって、もっと規模の大きい災害となった可能性すらあるの です。もし、警戒区域内の富岡町を襲ったような高さ 20 メートルを越える大津波が福島原 発を直撃していたら、発電所内にいた作業員の命がすべて奪われ、冷却機能を失った原発 が無人状態で放置される事態になってしまった可能性すらあるのです。今回の事故で私た ちは最悪の事態を想定し、それに対処する準備をしておくことがいかに重要かということ を知らされました。

噴火、洪水、あるいは土砂災害などについて、地方自治体の多くは、災害ハザードマップ をつくり、被害を予想し、避難方法等を準備しています。ところが原子力災害については、 安全神話にすがってその準備を怠ってきました。幸いにして、この国には SPEEDI(緊急時 環境線量情報予測システム)という優れたシミュレーション(予測計算)システムがあり ます。これを活用し、過去の気象条件を仮定して、原子力災害時にどのように放射性物質 が拡散していくかを計算してみることは決して無駄ではありません。たとえば、典型的な 冬型気圧配置で、日本海からの強い季節風が関ヶ原に雪を降らせるような気象条件のとき に、福井県大飯原発で事故があったら、京都・大阪市民の水源である琵琶湖がどの程度汚 染されるのか、また日本有数の工業地帯で人口の多い名古屋市の汚染はどうか等々、シミ ュレーションから得られる情報は多いと考えます。そこで、私たちは大飯原発再稼動を議 論する前に、もし大飯原発で福島第一原発事故と同等な量の放射性物質が放出されたら、 どのように汚染が広がるのか、具体的に見積もってみることを提案します。

今回の事故のもう一つの教訓は、原子力発電所を再稼動すべきか否かといった重要な判断 を専門家任せにしてはいけないということです。科学的・技術的に絶対安全な原子力発電 所など存在しない以上、再稼動の可否は、政府首脳が最近しきりに述べているように、政 治判断です。しかし、この政治判断をするのは、政治家や官僚ではありませんし、大学や 電力会社の専門家でもありません。一般市民がリスクを十分検討した上で判断しなければ なりません。だからこそ、その判断をする前に、政府は原子力災害に関する正確な情報を ハザードマップの形で提供し、また予想される災害に向けてどのような対策を用意するの かを明らかにすることを強く求めるものです。その上で、専門家を含む広範な市民の間で 議論を深めることが、再稼動の是非に関する判断の基礎になると考えます。

2012 年 3 月 11 日 昭和 43 年東京大学理学部化学科卒業生有志

大石茂郎、奥山公平、栗原春樹、坂内悦子、 山田耕一、山村剛士、吉田隆 (順不同)