ブラックホールに飲み込まれた宇宙船トラベラー号は、別の宇宙へと飛ばされてしまう。再び元の宇宙に戻る方法を探すために、トラベラー号のあてのない旅が始まる。
シリーズ初の(といっても、まだ第4作目なのですが)SFものです。毎回新規アイデアを盛り込むスティーブ・ジャクソンらしいアプローチだと、今になってみれば思います。たぶん、この後のシリーズ展開に幅をもたせるようなことも視野に入れていたんでしょう。ただ、当時読者だった私としては、「ファンタジー」を吸収するのに精一杯で、「SF」には興味がもてなかったものですが……。
この作品では、宇宙船の船長である主人公の「君」の他に、その部下である乗組員達――科学官、医務官、技官、保安官、警備員――の能力も決定することになります。 基本的には従来のシリーズと同様、「君」一人の行動を選択し、冒険を進めます。で、ある惑星に降りたりするときに、部下のうち何人かを引き連れていくわけです。そして、それぞれの得意分野を必要とする場面に適切な部下がいれば、その局面をうまく切り抜けられるのです。
つまり仲間とパーティを組む、という形になっていて、RPGではごく普通のパターンなわけですが、既刊のファンタジーものでは(そしてこれ以降のシリーズ作品でも基本的に)、主人公は単独で冒険に乗り出しています。
限られた紙幅に簡素なルールで、しかも基本的に主人公の設定を曖昧にしておく、そんなファイティングファンタジーシリーズの方針=制約の中では、主人公単独の物語になるのは当然でした。 それは、他のキャラクターを仲間として配した場合、そこに必然的に生じてくるドラマをその制約の中では処理しきれないからです。ドラマというのは、すなわち人間関係であり、それはたとえば、主人公に名前をつけること、そんなレベルから始まってしまうものです。ですから、主人公は「君」という二人称で語られ、物語をプレイヤーに提示する上での「枠組」として機能するようになっていました。
この『さまよえる宇宙船』では、部下となるキャラクター達をアイテム化する、むしろアイテムをキャラクターとして立てるといった方がいいかもしれませんが、そんな形で、その「枠組」を維持しつつ他のキャラクターを物語に導入しています。 つまりは、カギのかかった扉を開けるのに、カギを持っているか、と尋ねるかわりに、錠前屋を連れてきているか、と訊くようなもんです。まあ、やってみればわかるんですが、仲間と一緒に冒険するといっても、結局は船長である「君」の物語しか語られず、そんなに斬新で驚くような仕掛けにはなっていません。
また、やはり「君」に対する情報はあまり与えられません。それどころか、積極的になくしたとすら思えるくらいにないのです。「君の星の宇宙艦隊」という記述がちょっとあるほか、自分と乗組員の所属やなんのための船なのか、ということも語られていないのです。設定に対する考証があれこれありがちなSFものにしては珍しいパターンだと思います。 「わかりやすいヒロイックファンタジー」だった前3作と同じように、『スタートレック』などのような「わかりやすいスペースオペラ」なんだという認識をもってプレイされるものと前提しているのでしょう。たぶん。
特に第4巻までのファイティングファンタジーシリーズは、ゲーム本編が始まる以前のドラマというものがほとんどありません。主人公の生い立ちや現在の状況、舞台となる世界の説明は必要最低限のもののみに絞られているのです。 それはなにも、なるべく読み手に想像の余地を残して主人公に感情移入しやすいように、なんて理由からではなく、シリーズの目指していた方向が「断続したシチュエーションの記述の連続による物語の生成」とでもいうところにあったからかもしれません。
それはもう、「分かれ道だ。右へ行くか、左へ行くか?」といった、なにも根拠がない無味乾燥な選択肢を選ぶときに顕著です。そこまでのコンテクストがブツッと切れてしまう。 物語の流れを意識的に断ち切り、そして素知らぬ顔で次に現れる場面を語る。――その都度出会う場面のみを語り、そして次の道を示し選ばせることで、物語をプレイヤーに作らせるのです。物語の流れをなぞるのではなく、物語を断片から組み立てることが遊びになっているわけです。 言い換えれば、ファイティングファンタジーシリーズにおいては、物語はゲームブック自体に存在せず、断続した場面を組み立てていくプレイヤーにこそ生まれるものだといえるかもしれません。
とまあ、思いついたままに書いていたら楽しくなってきたので、ここらでやめておきます。
後は気づいた点をいくつか。
じつはシリーズで初めて総パラグラフ数が400じゃない作品だったり(ちなみに全部で343。そのうち、最後の3つは船同士の戦いや複数人数での戦闘、銃撃戦といったルール解説にあてられています)、宇宙船という「乗り物」にも能力値があったり(これもシリーズ初)、ルール説明ではフォース(理力)とは運のことだと解釈されていたり、しています。
|