てるてるひめ物語

(一厘の仕組地球編)

 

森本 優(2005/05/21)


てるてるひめ物語

森本 優 作

 

 

第一幕

 

宇宙病院 銀河第3病棟 999号室で

 

 地球さんがベッドに横たわっている。氷の袋が天井から吊るされ、地球さんの頭から湯気が立ち上がっている。

 病室の観音開きの窓からは、お月さんと星たちが心配そうに覗き込んでいる。

 星形の印を頭に付けた、禿げ頭で度の強い丸いメガネをかけた医師と、同じく太った看護婦さんとが、地球さんに付き添っている。

地球さん 「先生、地球時間でちょうど200年程前から、微熱が出始め、最近ではとても体が火照って死にそうです。原因は何なんですか・・。」

先生 「どうも体の中の悪玉微生物が急に繁殖し出し、たくさんのガスを出すようになったようですね。その排出されたガスが、熱を体内に徐々に溜め込んできているのです。」

地球さん 「先生、僕は死んじゃうんですか・・。何とか助けてください・・。」

先生 「かなり重症ですが、この宇宙病院の威信にかけて何とか対策を立ててみましょう。」

少し時間をおいて。

先生 「まず、このお薬を、ここの銀河時間で一日に一回約一週間ほど呑み続けてみてください。これは、体の中の善玉菌を助け活性化させる宇宙の精霊達です。善玉菌が活性化して悪玉菌を抑え込むことができれば、体のバランスは立て直され、宇宙の気は再び全身にスムースに行き渡るようになるはずですよ。」

 そう先生が言い終わると、後ろに控えていた看護婦さんは、先生から、星のようなコンペイトウのような、突起のある粒状の物質を幾つか受け取り、それらをビンに入れて、地球さんの枕元に置いた。

先生 「次に、しばらくの間療養のために、てるてる村に滞在されることをお勧めします。新鮮な気が行き渡っている、てるてる村でリフレッシュというところですな。」

地球さん 「分かりました。先生、ありがとうございました・・。」

 

  

 

第二幕

 

地球さんの体の中で

歴史

 宇宙時間ではつい数刹那前から、地球時間では数万年前から、人間という微生物が地球さんの地表に住み着き、様々な文明を築き上げてきていた。

 まず、スメラ族が高度な文明を築き栄えるに至ったが、その多くの民が宇宙の理法に反逆するようになったため、大洪水を呼び、そのほとんどが死滅するに至った。

 その後、生き残った人たちは、てるほ族とつきよ族とに分かれ、てるほ族は東の地へ、つきよ族は西の地へと、それぞれ流浪の旅を重ねていった。

 

 つきよ族は西の地の果てに辿り着き、そこでつきよ国を立て一時栄えたが、周辺の地域に興ってきた巨大国家群によって滅ぼされ、つきよ国の王家の血統は絶たれてしまった。

 国と王を失ったつきよ族の民は、そのため、西の地で様々な迫害を受け続けることになったが、宗教的共同体を維持することで、つきよ族の民の存続と団結を図ってきたのであった。

 また、長い間、不安定な流浪生活を強いられ迫害を受け続けてきたため、つきよ族の民は、黄金・財宝を唯一の拠り所とするようになり、後に、金が金を生むシステムをこの地球上に蔓延させることになったのである。

 ここにおいて、太祖スメラ族の持っていた宇宙観は封印されて、利潤・利息という網の中で、黄金の力によって地球上のすべてのいのちを支配・収奪しようとする動きが、地球時間でここ数百年前から、急速に頭を持ち上げてきたのである。

 そして、この動きの背後には、銀河宇宙の精霊であった金毛九尾の狐がいたのである。

 この狐は、今常に全宇宙を生み出し支え続けつつある宇宙太母神、即ち、てるてるかかあ様に反逆したために、銀河系の宇宙空間に封じ込められておったのであったが、つきよ族の民のある者たちの発する念が、その銀河宇宙空間にまで届いたため、この九尾を地球に迎え入れてしまったのであった。

 

 一方、てるほ族は東の果ての地に至り、そこで、太祖スメラ族の宇宙観を堅く守り、貪ることなく自然と調和して暮らしていたが、その後、つきよ族から分かれたある支族が東の地に押し寄せてきたため、てるほ族はやむなく山中にひっそりと隠れ住むようになっていた。

 しかし、この東の地においても、金毛九尾が発するドス黒い毒気が広まり、そのためこの地の民も貪欲病に侵され、自然を収奪しながら、本来必要でないものを生産・消費したり、詐欺まがいのマネーゲームに熱中したりするようになってしまっていたのである。

 

山里の寺子屋で

 

 てるほ族の長老で、あごに立派な白く長いひげを生やしているてるジィが、てるてるひめを初めとした子供たちに、てるほ族に代々伝えられてきた掟を教えている。

 

てるジィ 「我らてるほ族ではな、ずっと昔から、自然に存在するものはすべて、いのちを持っていると教えられてきたんじゃ。草、木、けものたちだけでなく、一本の川、一個の石でさえ、「いのち」を持っておってな、それ自身の神格も持っているんじゃ。だから、何の必要もないのに、けものを狩ったり、樹を切り倒したり、川をせき止めたり、大地を掘り返したりしちゃあ駄目じゃよ。いいね。我々は、回りのけものたち、森、川、などの自然によって生かされているんじゃから、自然に対して謙虚であらねばね。それから、我らに自然の恵みを与えて下さっている、てるてるかかあ様にも、お礼のお祈りをいつも捧げなければ駄目なんじゃよ。分かったね。」

子供たち全員 「は〜〜い」

男の子 「先生! 先日都から帰ってきたおっ母から聞いた話じゃあ、都には、おそろしくでっかくてたけえ建物がいくつもおったってて、その中で動き回っている人間は、お金というものをいかに多く集めるかということに取り憑かれておって、そのため自然を破壊したり、汚染物質や二酸化炭素を多量に出していても平気だっちゅうけんど、ほんとうけ。」

てるジィ 「残念じゃが本当じゃ。そのような憑かれた人間どもの欲望のためにな、我々の仲間は、母なる大地を追われて強制居住区に隔離されたり、惨い場合には滅んだりしているんじゃよ。彼らの話ではな、自然は人間が生きて行くために彼らの神様から与えられたものなんじゃから、彼らの神様に一番似せて作られた人間は、その神の御名においてな、自然を開発し利用し収奪できるそうなんじゃよ。まして、神も仏もないエコノミックアニマル人間にはな、目先の金しか頭になくちまってな、自らが何をしでかしているのかさえ全く分からなくなってしまっているありさまなんじゃ。」

女の子 「どうしてそうなっちゃったんですか。」

てるジィ 「貪欲病とでも云えるものに罹り、取り憑かれてしまったんじゃな。人間というもんはな、頭の中で欲望の対象を無限に描き出すことができるから、それに憑かれてしまうとな、きりがなくなってしまうんじゃよ。その上、お金というあらゆる欲望を満たす手段が発明されるようになるとじゃ、それを貯めておくことができるようになるためにな、人間はそのお金そのものを交換手段としてではなく目的として、貪欲に求め出すようになったというわけなんじゃよ。そうなると、このお金というものによって現世を支配しようとする輩が現れてくるのも当然じゃで。お金がお金を生むシステムは高度に発達してマネーゲーム化しおって、今では地球上の富はな、ごく一部の者たちの手元に集中しちまっているんじゃが、なんとその者たちの背後には、金毛九尾の狐がどうもいるらしいとの噂なんじゃよ。我らが住むこのてるほ族の地でも、その九尾が放ったドス黒い毒気に中てられて、お金が神であると公言しながら、父母である自然や、てるほ族の仲間であり兄弟姉妹である先住民族を、お金のために売り渡そうとする輩も出て来ている始末なんじゃ・・。このままでは、てるほ族も近い内に滅んでしまうじゃろう。何とかせねばならんのじゃが・・・。」

 その時、てるジィの真ん前に座っていたてるてるひめが突然立ち上がって、てるジィの話に割って入った。

てるてるひめ 「先生、わたし昨日不思議な夢を見たの。森の中に祀られている産土(ウブスナ)神社の近くの空き地で遊んでいたら、優しそうな女神様が現れて、わたしにお星様みたいなコンペイトウを幾つか下さったの。わたし嬉しくて、それを大切に家に持ち帰ったんだけど、その時女神様は、わたしにこうおっしゃっていたわ。「地球上の各地には、てるほ族の大本となるスメラ族の末裔がおります。それらの民も、ここと同じく、貪欲病に憑かれた社会の中で滅びつつあるのです。そしてやがては九尾が放つ毒気のため、この地球も荒廃した星になってしまうでしょう。それではあまりにも忍びないと、てるてるかかあ様がこの地球を癒す薬を私に託されたのです。この精霊たちの働きに助けられ、地球上の兄弟姉妹たちと手を取り合い、もう一度、このみくまりの玉、地球を立て直さねばなりません。その大切なお役をそなたにも授けるのです」って。夢の中では、女神様のおっしゃろうとする意味がわたしには何のことやら全く分からなかったんだけど、今の先生のおはなしと同じようなので、本当にもうびっくりだわ。」

 そのように話されるてるてるひめのお姿には、蕾の開きかけた白梅の花のような気品が漂っている。

 

森の中の聖なる場所で

 

 太い株から何本も株立ちしている大きな杉の木の傍らにある空き地で、てるてるひめとその友達数人、そして森の動物たちが、一緒になって相撲をとって遊んでいる。

 みみず、とかげ、へび、蛙、鳥、狸、狐、鹿、猿、犬、猪、熊等の姿がみえる。

 てるてるひめは、一番大きな熊と相撲をとるが、熊が襲い掛かるや否や、「エイー!」とばかりに熊を投げ飛ばしてしまった。

熊 「参りましたー!!」

「それにしても、ひめさまは強いなー。どうしてそんなに強いのですか。」

てるてるひめ 「これは神法返し業の一つ。相手の力を利用して、そのままその力の流れを相手に向けるのよ。白雪山の天狗さんから教わったの。」

 白雪山とは、てるほ族の間では聖なる山として崇拝されている不二の山である。

 すると、何処からともなく、その動物たちの輪の中に、白狐、白カラス、白蛇、白蜘蛛が入ってきていた。

 それに気付いたてるてるひめは問うて言う。

てるてるひめ 「おまえたちはここでは見かけない顔だけど、何処から来たの。」

白蛇答えて言う。

白蛇 「私たちはそれぞれ蛇、蜘蛛、カラス、狐、といった姿をとっておりますが、てるてるかかあ様の命令で、このみくまりの玉、地球へ降ろされた精霊です。私たちは、てるてるひめ様、あなた様の尊いお役目を助けるためにやって参りました。」

 そう言い終えると、白蜘蛛のお尻から半透明の糸が吐き出されて布状の空間が編まれ、その空間に映像が映し出された。

 その映像の中には、金毛九尾の放った毒気に抑え込まれ、今や滅びの淵に投げ込まれている地球上の多くの兄弟姉妹や動植物たちの姿が映し出されていたのである。そしてそれらは、根の根の奥から助けを求めていたのである。

 男勝りで義侠心に富んでいたてるてるひめは、それら精霊たちに、その根の根の奥に閉じ込められているものたちを助け出すためにはどうしたらよいかと尋ねた。

 白蜘蛛答えて言う。

白蜘蛛 「まず、それらの者たちが住む各地のイワサカにも、我ら一族が降ろされていますから、我らが出す糸でそれらのイワサカを十重二十重にカナギ・スガソにククリ結び付けます。」

 するとどうだろう、地球上の至る所から無数の地蜘蛛が地から湧き出るように這い出してきて、それぞれのイワサカに降ろされていた白蜘蛛を取り囲み、白蜘蛛による巣作りを助け出した。そして、巣が出来上がると白蜘蛛は、そこを拠点として、それぞれの聖なる山の上を吹く風に乗って、他のイワサカまで糸を吐きながら次々と移動し始めた。

 同じことを地球上の全白蜘蛛がやり出したので、程なくして、地球上の表面には、蜘蛛の糸でククられ編まれた薄い透き通った膜が出来上がったのである。

 そして、この膜によって、人間が罹っていた貪欲病の熱が冷まされ、と同時に、地球を被っていた九尾の毒気も、地表にいる人間に届きにくくなったのである。

 次ぎに、白カラス答えて言う。

白カラス 「九尾殿も元々は、てるてるかかあ様に使えていた身ではあったが、慢心が高じて自らの太母とも云えるてるてるかかあ様に反逆するに至ったものである。その存在そのものを消すことは、てるてるかかあ様の御心にかなわぬものであるのなら、せめて、宇宙空間の片隅に封じ込めることはできようぞ。」

 そう言うや否や、大空に飛び立ちながら白カラスはたちまち大きくなり、地球を被っていた金毛九尾をくちばしで捕らえ、そのまま太陽の片隅に封じ込めてしまった。すなわち、太陽の発する強い気で、九尾の毒気を封印したのである。

 次ぎに、白狐答えて言う。

白狐 「金毛九尾によってギャンブル化した地球上の人間たちの経済を、立て直しましょう。」

 そう言って、白狐は自らの毛を抜き、それを地球上全体に満遍なく振り落とした。

 すると、その毛から実体経済の根が張り出し、各地域に市場経済が再び育っていった。

 最後に、白蛇答えて言う。

白蛇 「世界に地域市場経済が育っているが、特にイワサカを中心とした地域には、竜宮経済を敷きましょう。」

 そう言って、白蛇は、自らのウロコから、水の水滴を幾滴か地球の上に垂らした。

 すると、その周りには、水・大地・大気が清められ、すべてのいのちが活かされ活かし合う血の循環した自給圏が形づくられていった。

 

 そこで、てるてるひめは、その白蜘蛛の背に乗って、白雪山から兄弟姉妹たちの救出に向かったのである。

 

 てるてるひめが地球上の各イワサカに立つ度に、その地中から地蜘蛛が湧き出し、それに続いて根の根の奥に閉じ込められていたひめたちが大きな地蜘蛛の背に乗って現れ、てるてるひめに泣きながらお礼を言う。

 てるてるひめが西の地のとあるイワサカに立ったとき、特別気品のあるひめ様が地蜘蛛に囲まれてお出ましになられ、てるてるひめの手をとりお礼を言う。

しらゆりひめ 「スメラ族の正統な承継者であられるてるほ族てるて王の愛娘、てるてるひめ様、我らは、つきよ族十二支族中きさらぎ族のしらゆりひめ並びにその配下のものです。我らつきよ族十二支族の民は、はじめの内は、スメラ族の末裔として、てるてるかかあ様をお祀り申し上げ、お天道様から足を踏み外さぬように注意しながら、自然を父・母として生きてきたのです。しかし、つきよ国が滅ぼされ、つきよ族十二支族がすべて流浪の民として離れ離れになった時、このイワサカは封印されてしまいました。」

 回りの地蜘蛛たちは声を押し殺しながら泣き始めた。しらゆりひめは続けて言う。

しらゆりひめ 「国を失ったつきよ族の民は、その結束を図るために家父長制に基づく宗教共同体を作り上げ、そのためやがて、てるてるかかあ様の代わりに、あまのおおとう様を祀るようになりました。そして自然とは、あまのおおとう様から我らつきよ族の民に与えられた恵みであるというふうに解釈するようになっていったのです。ところで、我らの民は、自らがあまのおおとう様から選ばれたものとして宗教共同体を維持していたのですが、長い流浪の過程で様々な民族の血が入り混じり、また、既に王家の血も絶たれていたので、もはやスメラ族の正統な承継者とは言えなくなっていました。そして、今から五百年ばかり前に、この宗教的共同体に属する一部の者たちに、金毛九尾の狐が憑くようになったのでございます。本来てるてるかかあ様をお祀り申し上げ、スメラ族の末裔として誇り高かった我がつきよ族の生き残りも、その毒気に中てられ、己の利得のために、我らが父・母ともいえる自然や、己の兄弟姉妹ともいえるスメラ族の末裔さえも、お金のために破壊し売り払うという、まことにもって、お天道様に背いた大罪を犯すようになってしまっていたのです。我らは王のいないまま地中深く封印され、九尾がなすことを苦々しく思いながらも、今まで何もできないままここに閉じ込められていたのです。我らはスメラ族の正統な承継者であられるお方がこの地に立たれることを、長い間お待ち申し上げていました。てるてるひめ様、あなた様がこのイワサカに立たれ、この封印を解いてくださいました。本当にありがたいことです。」

 そう言って、しらゆりひめはてるてるひめの手を取ったまま、さめざめと泣く。回りの地蜘蛛も同じく大声を上げて泣いているが、よく見ると、それらはしらゆりひめをお守り申し上げていたその土地の人々だったのである。

 しばらくすると、その場に、地蜘蛛、金蜘蛛、白蜘蛛の背に乗って、地球の各地にある他のイワサカから、数多くのひめたちが集まってきた。

 そして誰からともなく、「てるてるひめ様、万歳!」、「てるてるかかあ様、万歳!!」という掛け声が上がっている。

 そこで、まだ泣き腫らした赤い目のまま、しらゆりひめが集まってきたひめたちの前に立ち、呼びかける。

しらゆりひめ 「みなさん、これからは、てるてるひめ様と共に手を取り合って、このみくまりの玉、地球の立て直しのために、一緒に力を合わせて参りましょうぞ。」

すると、その呼びかけに応じて、ひめたち・地蜘蛛たちの大きな歓声が上がる。

 

 

都の巨大な高層ビルの一室で

 

 つきよ族の血を引く満月家の御曹司、四十代半ばの月左衛門が大きな机の前に座って資料に目を通している。

 月左衛門の家系は、大航海時代から急に巨万の富を築き出し、今では、その財力を要に、血縁関係と、古からのつきよ族の宗教的共同体、更には金毛九尾の毒気が掛かった幾つもの秘密結社とのネットワークとの力により、世界の政治・経済に強い影響力を与えられるようになっていた。

 男は今日も、世界各地に配置してある番頭から送られてきた事業報告書や世界情勢に関する重大な情報を分析させたものを、側近に報告させ、意見を求めた上で、幾つかの指示を出した。

 しかし男は、最近、以前とは違って、あまり仕事に熱が入らない様子である。以前には、あれほど執着していた金と権力そして名声も、何故か急に憑き物が落ちたように、色あせて見えるようになっていたからである。

 この日は、午前中にこの巨大なビルから抜け出し、何故かいつも滅多に出向かない下町の雑踏の中を、何の目的もなくただフラフラと歩き回り、そして突然、ブツブツと独り言を吐き出した。

月左衛門 「虚しい。俺は一体何故、何のために生まれ、何をやって来たんだ・・。俺には、やるべきことが他にあったのではなかったのか・・・。」

 しばらくすると、電車のガードレールの下で、身なりはみすぼらしいが、熱い思いで地球の危機を通行人に訴えている女性のグループに出くわした。

 以前であれば、このような光景に出くわしても、意に介せず、皮肉な笑みを浮かべてその前を素通りしたものであるが、今回は妙に落ち着きがなくなり、何故か女性たちに一言二言声をかけてみようかとも思ったが、それもできぬまま、その前を通り過ぎたのである。

 一日中雑踏の中を歩き回って、自宅に戻るころには、既に辺りはだいぶ暗くなっており、東の空には満月が、赤い顔をして昇ってきていた。

 その夜、男は寝付かれず、寝返りばかりしていたのであるが、うとうとした夢の中で、男の枕元に観音様が立たれた。

 よく見ると、そのお顔は、十数年前に病気で亡くなられた母堂のそれであった。

 男は驚いて言った。

月左衛門 「あっ、おっかあ! 何所にいってとうけ。おらぁ、寂しかったずら。」

 ところが観音母さんは上気して、少し赤らんだ怖い顔をして言う。

観音母さん 「月坊、おまんが掴んでいると思っているもんはな、幻ぞ。夢のまた夢ずら。おまんは前世において功徳を積んだことから、阿弥陀仏さまからとても尊いお役目を授けられ、この世に生まれてきたっちゅうに、何じゃこのザマは。はやく目を覚ませし。」

 男は観音母さんの語気に困惑するが、観音母さん続けて言う。

観音母さん 「満月家は、スメラ族を祖とする誇り高きつきよ族の末裔ずら。そのつきよ族の末裔に、金毛九尾が憑いてしもうたことこそ口惜しい。おまんは九尾の毒気に中てられ、今まで己の欲のために、兄弟姉妹の母なる大地を奪って囲い込み、川を塞き止め、大地を掘り返し、樹を切り倒し、本当にやりたい放題だったじゃんけ。これじゃあ、おっちんじまってから阿弥陀仏さまの元に行ったときにどう申し開きをするつもりけ。はやく目を覚ませし。人生ちゅうもんはほんの一刹那もねえずらに。」

 観音母さんはそう言うと、男の目を覚まさせるために、ひょいと男を抱きかかえ、うつ伏せにした状態で男を御自らの膝に乗せて、それから男の尻をめくり、叩き出した。

月左衛門 「お、お、おっかあ、さま・・、ごめんなさい! ごめんなさい!! ごめんなさーい!!! うわ〜〜ん、うわ〜〜ん、・・・。」

 男は地球を揺さぶるような大きな声で一晩中泣き通した。

 夜が白むころ、男はふと夢から覚め、それが夢であることを知った。しかしその夢が、男にとって全てであると思っていたものが全くの幻でしか過ぎないことを、そして男が見失っていた本来のお役目を、再びこの現世において思い出させたのである。

 男はその後、巨万の富と権力そして名声を、自らの欲のためにではなく、尊いお役目のために捧げ、何百万、何千万ともいえるほどの多くの僕を従えながら、他の聖なる星たちと協力し合い、この地球立て直しのための神劇の一コマを担ったのである。

 ちなみに、この男が現世において、てるてるひめと出会う機会があったのかについては定かではない。

 

 

第三幕

 

てるてる村 

てるバァの家で

 

 地球さんがてるてる村のてるバァの家で療養生活をしている。

 

てるバァ 「地球さん、具合はどうけ。ほれ、桃くえし。この村の桃はうめえずら。えんりょしちょしよ。」

地球さん 「てるバァ、いつもありがとう。てるてる村の自然と住民とが発している澄んだ気を受けて、だいぶガスの発生はおさまってきたみたいです。でも、既に発生したガスはお腹に溜まり、熱を伴っているので、体調は充分ではありません。」

てるバァ 「まあ、そう急によくなるわけねえずらよ。ここに来た時には末期症状だったんだから、多少ブラブラ歩けるようになっただけでもええずら。そのうち治るから養生しとけしよ。そうそう、今夜はてるてる神社の境内に隣接した空き地で村祭りがあるずら。そこで盆踊りがあるから、どうで、隣のきみバァとみかバァとを誘って踊りに行ってみるけ。」

地球さん 「やったー。今夜が楽しみだなー。」

てるバァ 「ついン十年前までは、このてるバァ、きみバァ、みかバァは、てるてる村三羽ガラスちゅうふうに言われてな、祭りの盆踊りでは、おとこ衆の羨望の的だったずらよ。自慢じゃあねえけんど、特にこのてるバァの発するほんのりとした色の気ときたら。うちの亭主の月ジィも、本当に憑きものがさらりと落ちちまったように、それまでの賭博人生から足を洗って、このてるバァに尽くしてえと、都から足かけ五十年以上もこのてるバァの所に足繁く通ってきてるずら。月ジィも、このてるバァのおかげで、お天道様に顔向けできるようになったちゅうこんだ。今でも月ジィはこのてるバァにホの字じゃん。」

 そう言って、てるバァは顔を赤らめながら、大笑いをした。

 

盆踊り会場で

 

 日は暮れ、満天の星月夜である。

 会場の中央にやぐらが建てられており、その上から太鼓が打ち鳴らされている。

 やぐらの回りには堤燈が、二、三十個ほど掛けられていて、てるてる村のおんな衆とおとこ衆とに赤みを帯びた光と影を投げかけている。

 若い男女の戯れる声がする。

 きみバァとみかバァは、既に踊りの輪の中に入って踊っている。

てるバァ 「地球さん、どうで、てるバァと一緒に踊りの輪に加わらんけ。見てるだけじゃつまらんじゃんけ。ほら、ほら。」

 地球さん、重そうな足取りで、てるバァと一緒に踊りの輪の中に入り込もうとする。同時に、きみバァとみかバァも、地球さんの手を掴み、輪の中に引っ張り込む。

 てるバァ、きみバァ、みかバァは、それぞれ太鼓に合わせて掛け声を掛けながら、両腕を振り振り軽快に踊りだす。

「サア、サア、サア、サア・・、スリ、スリ、スリ、スリ・・、ハイ、ハイ、ハイ、ハイ・・」

 地球さんも見よう見まねで、体を振りながら声を出す。

「・・ハイ、ハイ、ハイ、ハイ・・」

 地球さん、しばらく一所懸命におバァたちを真似ていたが、急にお腹が、「ゴロゴロ、ウワーン、ウワーン・・」と鳴り出した。

地球さん 「てるバァ、お腹がゴロゴロしてきたようー。」

 そう言って、地球さんはその場に座り込んでしまった。

 そして、しばらくすると。

「ブッ・ブッ・ブヒーーーン!!!!!」と、けたたましい音のおならが、地球さんのお腹から出てきたのである。

 そのあまりにも大きなおならの音に、てるてる村の住民は、最初はなにごとかと驚いたが、それがおならであることが分かると、いっせいに笑い出した。

 その笑いの渦は、夜空の月さん・星さんたちにも伝わり、月さん・星さんたちも腹を抱えて笑い出した。

 地球さん、最初の内は顔を真っ赤にして俯いていたけど、すぐに月さん・星さんたちと一緒に、大笑いをしたのであった。

 その後元気になった地球さんは、足しげくてるてる村に通うようになったとのことである。

 めでたし。めでたし。

 

 

てるてるひめ物語

おわり


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