第六部 詩編

油絵 1983年度作

 

 我がデーモンの箒星ポンよ、我をして形ある一切を捨離するに懈怠なからしめよ。

 どうか、見えざるものの痕跡にしか過ぎないおんみの軌道の彼方に横たわれるもの 

を、覚り得る眼を開かしめ給え! 

                      --弥勒(稲垣足穂)

 

 

 

 

1 虚無の果てで

 

  虚無の果てで男が一人

  青い首を持って座ってる

  真紅の夕暮れ

  三ケ月の空

 

  薄暗い辺りの中で

  じっと耐える目二つ

  死につつある自己を見る

  血の気がなくなり岩となる

 

  日常の生活の中で

  彼は思う

  人生の夢たるを

  夢の又その夢

 

  頼れるものを探してみても

  すべてが無と消え去りて

  移ろい流れゆく

  何らの影も残さず

 

  流れる渦巻く

  虚無の深淵で

  すべての目的も飲み込まれ

  すべての希望も沈みゆく

 

  この虚無の果てで

  じっと耐える目二つ

  己れの死を見とどける

 

  その刹那

 

  一条の清らかな光

  己れの心底から発す

  闇に輝く一つの光

  虚空に漂い休らう

 

  やがて自らは剣を取り

  万神を引き連れ立ち上る

  死と生との交錯

  無限の色どりを持って

 

  無条件に溢れ出るもの

  縦横無尽な風となり

  一切を破壊し

  一切を創造する

 

  彼は一切となり

  一切は彼の内に溢れる

  見開かれた目二つ

  現象を打ち破る

 

 

 

 

2 望み

 

  俺の望みは一体何だ!

 

  引き裂かれて死ぬこと

  狂気の中でのたうち回ること

  夜の中に入ってゆくこと

  砂漠へと打ち捨てられること

  誰もいない砂漠の中で

  野良犬のように死ぬこと

  虚無

  虚無のふところ

 

  静まり返った砂漠の夜

  疲れ果てて夢を見る

  デビの微笑み

  耳元で何か囁いて

  笑い声を上げながら

  夜空の星に消えてゆく

  笑い声は木霊して

  星達も腹をかかえて笑い出す

  その笑いの渦の中で

  俺は天女達の飛翔を見る

 

 

 

3 預言者の昇天

 

  それは凍てつく大地に星が降り注ぐある夜のこと

  その大地から懸け離れた天体はすこぶる青く

  我々の世界から隔たった宇宙の果ての青だった

  広大な天体の隅々に星は光り輝き

  幾重もの気流の乱れが雲となって白く

  預言者の昇天に足場を与える

  彼は飛天する使者達の群に導かれ

  神の馬に打ち跨がって

  炎の中を駆けてゆく

  やがて炎は閃光となって

  天体を二つに切り裂き

  消えて行った

 

  残るはあの青

  深さの知れないあの青

  そして秩序正しく輝く星、星、そして星

 

  彼は死んだ

   星になつた

    宇宙の塵となった

 

    一体彼は何度此の世に生まれ

    そして死んでゆくのだろう

    何故生まれ、何の為に生き

    そして死んでゆくのだろう

    何故 

    何の為に・…

    此の世に安住を与えるものはなく

    束の間の安らぎも無と消え去り

    常に虚無のみを見据えている彼にとって・…

    

    ドン・キホーテは滑稽だ

    しかし彼は悲劇だ!

    その悲劇を呪いつつ

    ある時は自殺し

    ある時は酒と女に溺れ

    ある時は出家した

 

    だが今度の彼はどうなってしまったのだろう

 

    彼は笑った

    苦しみながらも腹の底から

    彼は闘った常に襲いかかる不安の中で

    一切の怯儒は否定され

    一切のものは灰にされ

    運命に反抗を企てた

 

    否!!

 

    己れ自身を賭けたその瞬間

    己れを噛み砕く死の中で

    己れの自由性を掴まえる

    悲劇に呪われつつも

    祝福されながら

 

    深淵にかかる天空の青に

    引き裂かれた鮮血が

    ほとばしり

    やがて深淵に消えてゆく

    一つの預言を残して

 

 

 

 

4 孤独

 

  僕達はよく言っていたね

  一人よりも二人の方が

  二人よりも数人の方が

  数人よりも大勢の方が

  より大きな力になるだろうって

 

  でも

  もう僕達は知っているはずなんだ

  大勢よりも一人である方が

  数人よりも一人である方が

  そして二人よりも一人である方が

  ずっとずっと強くなれるってことを

 

  さあ

  君は君自身の道を行け

  僕は僕自身の道を行く

 

 

 

 

5 幼児(おさなご)よ

 

  幼児よ

  目を醒しなさい

  幼児よ

  おまえは一生眠りこけるの

  さあ

  夢などみんな掻き捨てて

  キャンデーにボンボン砂糖菓子

  そしてお花畑に青い鳥

  みんなみんな掻き捨てて

  目を醒しなさい幼児よ

 

    いやだいいやだい僕いやだい

    僕には夢がすべてなの

    キャンデーにボンボン砂糖菓子

    そしてお花畑に青い鳥

    みんなみんな僕のもの

 

  幼児よ

  立ちなさい足をふんばって

  幼児よ

  おまえは一生這いつくばるの

  さあ

  兄弟が立ったように立つのです

  その深淵を見据えなさい

  孤独を嘆くのはおやめなさい

  その孤独こそがおまえの気高さ

  立ちなさい幼児よ

 

    こわいよこわいよ僕こわい

    僕のあの夢何処いった

    キャンデーにボンボン砂糖菓子

    そしてお花畑に青い鳥

    みんなみんな何処いった

 

  幼児よ

  闘いなさい歯をくいしばり

  幼児よ

  おまえは一生逃げ回るの

  兄弟が闘ったように闘うの

  虚無の風がおまえを凍えさせ

  稲妻が全身を刺し貫くわ

  でもそれがおまえの誇りと栄光

  闘いなさい幼児よ

 

    つらいよつらいよ僕つらい

    一体僕は何故在るの

    凍てつく風よ

    土砂降りの雨よ

    僕の人生って一体何

 

  幼児よ

  裂傷の中で純粋に闘いゆく者

  その者のみが美しく

  私の愛を受けるに値するのです

  私はいつもおまえの背にいます

  おまえが闘いを完結した時

  その時こそ初めて

  おまえを全身で抱き締めましょう

  それまでは

  それまでは

  只おまえを見守るだけです

  さあ

  闘い続けなさい幼児よ

  気高き者よ

 

 

 

第六部 詩編ーーーおわり

 

 

つづく

目次

ホームページに戻る