ため池自然調査隊のブラックバス繁殖調査緊急報告

 2001年11月10日、米代川でザッコの会(秋田淡水魚研究会)を中心とした「ため池自然調査隊」のブラックバス繁殖調査が行われた。米代川と言えば、釣り人にとっては、天然のアユやサクラマス、本流に流れ込む各河川の上流部は、イワナ、ヤマメ釣りのメッカとして有名な大河だ。その母なる川やそれに連なる無数の農業用ため池に、ブラックバスが密かに放流され、異常繁殖している。

 ブラックバスは、流れの速い本流筋より、流れが弱い入り江状のワンドに繁殖している。今回調査した場所は、特に希少な在来の小魚が生息しているワンドを選定。在来種の保護とブラックバスの駆除の重要性を考えるには、格好の場所であった。
 秋田県大館市の新真中橋から撮影・・・米代川右岸は、湧水があり、ご覧の通り、底まで見える透明度。希少な在来の小魚や水生植物が多く繁茂している。地元でブラックバスの駆除に熱心に取り組む石川さんの協力を得て、この下流のワンドで調査を実施した。石川さんは、来週実施される大館市の農業用ため池のブラックバス駆除作戦にも、管理者である土地改良区と連携をとりながら熱心に取り組んでいる。
 湧水のある場所にしか生えない貴重な水生植物も多い。それだけに繁茂した水草に邪魔され、思ったほどブラックバスは捕獲できなかったが・・・。
 ワンドとは言え、水深は意外に深く、ボートなしでは捕獲できない。まず縦、横に刺し網を張り、人海戦術で追い込む原始的な漁法で行った。

 今回参加した自然調査隊のメンバーは、魚博士こと杉山さん、野鳥博士こと泉さん、環境に配慮した農業土木の専門家・神宮字夫妻、地元のベテラン漁師石川さん・・・。秋田を代表するメンバーたちが一同に会し、ブラックバスの駆除に取り組む懸命な姿を見て、ブラックバス駆除を宣言した秋田は、やはり違うな、という思いを強くした。
 自然調査隊のリーダーは、「淡水魚あきた読本」や幻のクニマスの本など、数多くの著作で知られる杉山秀樹さん。左の写真は、杉山ドクター自ら網で希少な小魚たちを採取しているところ。

 右の写真は採取した希少なトミヨ。
 杉山さんによると、秋田のトミヨ類は絶滅危惧種に指定されている雄物型と淡水型の二種があり、ここに生息するトミヨは淡水型。この淡水型は、雄物川水系の一部、十和田湖、八郎湖、米代川に分布しているという。
 網で採取した小魚たち。トミヨ、エビ、フナ、モツゴ、ハゼ・・・。こんなにたくさんの小魚たちが生息しているということは、このワンドの生態系の豊かさを象徴しているのだが・・・こうした小魚たちが捕獲されたブラックバスの胃袋から次々と出てきた。
 真中に刺し網を張り、一列になって魚たちを追い込む。水草が繁茂し、魚たちが逃げ込む玉石の穴も多いことから捕獲は難渋した。懸命な作業が続く。
 刺し網にかかったブラックバス。やはりいたのだ。大きさは、全長20〜25センチ程度の2歳魚だった。大物は一匹も捕獲できなかったが、恐らく、まだ別の深いワンドにいるのだろう。越冬時期になると、湧水のある一定水温のワンドに大挙集まってくるに違いない。
 地元で熱心にブラックバスの駆除に取り組む石川さん。豊かな川を守りたいと、ボートや刺し網など、全ての捕獲材料を準備してくれた。感謝!、感謝!  県立大学短期大学部の神宮字先生。特に希少なイバラトトミヨの保全研究に熱心に取り組んでいる。自然調査隊の在来種の保護とブラックバス駆除活動には、奥さんと一緒に精力的に取り組んでいる真摯な姿に心を動かされた。
 左の青い雨具を着ているのが野鳥博士こと泉さん。ブナ原生林にしか生息しないクマゲラの研究で著名な方だが、朝日新聞の「水と空の生き物たち」に杉山さんとともに連載を執筆している。  捕獲したバスはわずか10匹。「少なくとも50匹は捕獲したかったが・・・」。水を抜いて捕獲できるため池と違って、その困難さが身にしみた。
 米代川や雄物川に生息するハゼだが、量的には少ない。このハゼもバスの胃袋から出てきた。
 捕獲したブラックバス。コクチバスは皆無、全てオオクチバスだった。もちろん、ブルーギルもいない。それがせめてもの救いだが・・・。
 ブラックバスの解体調査・・・体長、重さ、胃の内容物、卵や白子の重量など詳細に記録された。
 バスの腹を裂き、内容物を調査。右の写真は、大量の川エビが胃袋から出てきた衝撃的な写真だ。ため池では、ブラックバスの異常繁殖でほとんど絶滅しているが、このワンドは、まだまだ豊かな生態系が保たれている。だが、数年後の調査でどうなっているのだろうか。

 駆けつけた記者が「何匹捕獲すれば成功なのか」といった性急な成果を問いただしてきたが、人間には簡単に解明できない水面下の世界だけに、簡単に結論などでるはずがないだろう。一見、無駄な調査のようにみえるだろうが、数年後の調査結果がどうなっているか、それを知るためには、唯一の物的証拠となるのだ。
 食べたばかりの川エビ。捕獲した10匹のブラックバスからは、川エビ、ハゼ、ウグイ、ハヤなどの稚魚が出てきた。このまま放置すれば、魚の生態を知る釣り人たちにとっては、爆発的に繁殖することは疑う余地がないだろう。しかし、残念ながらそれを万人に証明する秋田での現地調査は圧倒的に少ない。それだけに、粘り強い持続的な調査が望まれる。
 刺し網にかかったフナ類は80匹余。それぞれ種類、体長を測定してから、全て再放流した。右の写真は、釣り人に人気が高いゲンゴロウブナ(通称ヘラブナ)。
 左はコイ、右はギンブナ、いずれも最も地域に親しまれている魚だ。日差しにキラキラ輝き、周りから「綺麗だね!」という声が飛んだ。

 この美しい魚たちを見ていると、幼い頃の想い出が頭をかすめた。学校から帰っては、農作業も手伝わず、カバンを放り投げ、小屋にたてかけていた竹ざおとバケツを持って一目散に田んぼの池に駆けていった。傾きかけた夕日に染まりながら、釣り上げた鯉やフナ、ドジョウ、ナマズなどをバケツ一杯に持ちながら得意げになって家路についた懐かしい日々・・・

 この魚釣りをずっと楽しんできた地元の老釣り師は、捕獲されたブラックバスを眺めながら残念そうに語った。「このごろだば、見だごどもねぇこのザッコがやたら掛がるようになった。一体、この生臭ぇ、食えそうもねぇザッコはどこから来たんだ」と・・・
 刺し網にかかった魚種別の数は、ギンブナ64匹、ゲンゴロウブナ19匹、ブラックバス10匹、コイ数尾。ブラックバスは、3番目に数が多かったが、全て2歳魚ばかり。だが、卵はいずれも小さかったものの、確実に抱卵していた。

 湧き水のある豊かなワンドにブラックバスが侵入、来年の春には、この小さなブラックバスたちも、メス1匹当たり3千から5千の数の卵を産み付けるはずだ。そして成長するに連れて、1万粒の卵を産み付けるだろう。

 ブラックバスは、もともと生息していない米代川で、一方的に増え続ける淡水魚最大の生き物である。アメリカが炭そ菌の脅威にさらされているように、米代川に生息する在来の小魚たちにとっては、それより恐ろしい細菌兵器のテロにさらされているようなものではないだろうか。
 隔離された閉鎖水域ならいざしらず、こうした四方八方につながっている天然の大河では、いかにバスの駆除が難しいか・・・それだけにバスの密放流の罪深さを痛感する一日だった。今回捕獲したブラックバスは、わずか10匹に過ぎない。釣りならわずか1人分の釣果。ここに釣り人たちのもつ技術の重要性が浮かび上がる。こうした巨大な水域では、釣りとは無縁のボランティアの人たちがどんなに頑張ったところで、増え続けるブラックバスを抑えることすらできないだろう。けれどもこの無償の行為に、心動かされる釣り人も少なくないはずだ。

 巨大な水系に蔓延したブラックバス駆除を実効あるものにするためには、どんな方法が考えられるのだろうか。ため池自然調査隊のような地道な調査活動を持続的に行うことはもちろん、漁協や釣り人たちが長年培ってきた技術を活かし粘り強いブラックバスの駆除釣り大会を開催すること、ブラックバス、ブルーギルのキャッチ&リリースを禁止すること、そしてこうした粘り強いボランティアの人たちの成果・ブラックバスの恐るべき生態を広く一般国民に知らしめることではないだろうか。それ以外に妙案があるとすれば、ぜひ教えていただきたい。

 「キャッチ&リリースの禁止」は、バス釣りの人たちにとっては、容易に受け入れ難いことであることは十分承知している。しかし、そこまでしない限り、悲しいかな、この貴重なワンドに生息する在来魚たちは守れないだろう。密生する水草に苦闘し、玉石の穴深く潜り込むブラックバスに腰上まで浸かりながら捕獲作戦を実施した一日を振り返ると、「釣り人たちよ、ブラックバスの駆除に今こそ力を貸してほしい!」と叫びたい気分になった。

 次回は、この上流部に位置し、米代川のブラックバス供給源と噂されている農業用ため池でブラックバスの駆除作戦が展開される予定だ。石川さんは、この溜池の水を抜く作業を管理しているが、何者かに水を抜く栓を勝手に蓋される被害を受けているという。この溜池では、54センチの大物バスが釣れた記録もあり、バス釣りのメッカの一つとなっている場所でもある。

 あちこちの掲示板をのぞけば、実名を明かすことなく、「バスを放流するのも勝手だが、駆除する人たちも勝手にやっているに過ぎない」などと、他人事のように書く無責任な釣り人もいるのは何とも悲しい。

 金儲けと釣りの楽しみのために密放流されたブラックバス、密放流が禁止になっても止まることを知らない無差別放流・・・ブラックバスは、日本の長い歴史の中でも経験した事のない最強の外来魚である。まるでエイリアンのように繁殖し続ける不気味な生き物は、北海道、果ては渓流にまで繁殖し始めた。その恐るべき生き物を駆除することが出来るのは、いったい誰なのだろうか。

 その鍵を握るのは、水面下に潜む外来魚をいとも簡単に釣り上げる技術を持った釣り馬鹿たちではないだろうか。だから、私は釣り馬鹿の一人として、「バス釣り禁止」という愚かな結末だけは避けたいと思っている。一人でも多くの釣り師たちが、楽しみながらバスをどんどん釣り上げ、全て家に持ち帰って、美味しく食べてほしい・・・。(右のイラストは、「釣り人よ、魚が大好きな猫になれ」という意味なのだが・・・。私は、魚も大好き、猫も大好きな釣り馬鹿だから、こんな単純な比喩しか出来ないが・・・)

 次回は、バスの駆除に対して合意と協力が得られた大館市の農業用ため池でのブラックバス駆除作戦の実態を報告したいと思う。