Deep woods、The source in the ancient times that gives birth to moss
 2001年5月下旬、久しく訪れたことのない懐かしの渓・太平山系O沢源流を探釣してみた。林道は奥まで延びているものの、源流へ遡行するにつれて、太古の森と渓は昔のままだった。休みともなれば、八郎湖のバス釣りをやっていたが、同じ釣りとはいっても、原生的な自然の真っ只中で竿を振れば、全く別世界の釣りであることをしみじみと感じる3日間だった。釣りは、どんな釣りであろうと、誰しも「感激を釣る」「自然を釣る」と簡単に言う。しかし、バス釣りと源流のイワナ釣りを比較すれば、同じ言葉でも「本物」と「偽者」というほど落差が大きいことに、改めて思い知らされた。

 現代の便利さを捨て去り、人間も生態系の一生物に帰ったとするならば、極端な自然保護、極端な動物愛護、極端なキャッチ&リリース、釣りをゲームと称する考え方に、深い疑問を抱かざるを得ない。

 氷河期以来、日本の源流に脈々と生き続けてきたイワナ。世界に誇り得る日本の山と渓谷、その深山幽谷に生息する神秘の美魚たち・・・地域ごとに異なる斑点と紋様、独特の体色をした在来のイワナこそ、次の世代に残したい魚である。

 山道を辿って懐かしのO沢源流へ。穏やかな瀬の流れ出しに、5gのスプーンを投げ込んだ。2投目で8寸クラスのイワナがガツンと食いついた。ロッドがしなり、リールを巻く手に野性の鼓動がビンビン伝わってくる。腹部が橙色に染まった居付きのイワナだ。
 黄色い草花が咲き乱れる本流は、大淵が連続している。透明度は高く、イワナに釣り人の気配を察知されれば、稚拙なルアーには絶対に食いつかない。静かに近付き、大きな岩陰に隠れてルアーを静かに投げ込んだ。ゆっくりリーリングすると、すかさず強いアタリがあった。だが、ロッドを立てると、リールがロッドから外れてバラスしてしまった。悔しさをかみ殺しながら、再度、リールをしっかりロッドに固定し振り込む。その時ヒットした28.5cmのイワナが右の写真だ。イワナ釣りの初心者に戻ったような感激で、デジカメのシャッターを何度も押し捲った。

テン場は、両岸が切立つゴーロが始まる手前の左岸高台に設営。有り余るほどの風倒木をノコギリで切り、焚き火の薪を集める。 二日目。美わしいゴーロを歩き、源流をめざす。雲ゆきがあやしく、まもなく雨がパラついてきた。
ブナやサワグルミ、トチ、カツラの巨木に覆われた渓。苔生した巨岩のゴーロ連瀑帯は、写真としては一級品だが、イワナの魚影は薄い。 左岸から流入する魚止めの滝。柴田君が、真っ暗な滝壷に入り竿を出す。期待に反して釣れてきたのリリースサイズだった。
二又より上流は、サイズがアップ。それもそのはず、これより上流は、日帰り釣りではとうてい無理な釣り場だ。 すぐに両岸が切立ち、旧魚止めの滝に達する。ここまでは、階段状のゴーロが続き、テン場を構えるような場所はない。このゴルジュに懸かる連続滝は、右岸を大きく高巻く。
右岸のブナ林を高巻くと、そこは別天地のように穏やかな渓となる。鬱蒼としたサワグルミやカツラの巨木がすっぽり渓を包み込み、昼でも薄暗い。その小さな壷から、9寸前後のサビついたイワナが釣れた。これぞ源流イワナといった野性的な体色と面構えに、渓師の心も躍る。

渓に張り出した巨木、その根元をゆったりと流れる源流部。川虫やイワナの楽園である。橙色に染まった野性イワナが次々と竿を絞った。斜面には、極上のゼンマイが・・・。たまらず長谷川副会長は、ゼンマイ採りに専念。

ナメの岩盤を覆うみずみずしい苔、その間を縫うように流れる清冽な源流、その清澄な流れからイワナが顔を出す。自然から遠く離れてしまった現代人、自然とともに生きる心を取り戻すには最高の世界だ。
上るにつれて原生的な森も深くなる。 左に残雪を抱いた小さな滝壷は、イワナが群れていた。魚止めもすぐ目の前に迫る。
両岸が極端に圧縮された渓を直角に右折すると滝が連続している。柴田君が滝壷に入って倒木の下を探るもイワナはいなかった。この下のゴーロの滝壷で尺イワナを釣り上げたが、中空に舞っている間に針から外れてあえなく逃がしてしまった。逃がした柴田君は悔しそうだったが、魚止めの主をリリースしたと思えばいいではないか。 源流部で採取したゼンマイ、ウド、シドケ。この外に、タケノコ、ヒラタケ、ミズを採取。特にタケノコとヒラタケのみそ汁、ウドの天ぷらは美味かった。
燃え盛る源流酒場。有り余るほどの山の幸をツマミに酒を飲めば、山の神に深く感謝せざるを得ない。 車止めに着いたら、対岸にカモシカがこちらをじっと見つめていた。最初は、崩れた土砂に足が埋まってしまったのか、と疑うほど動かなかった。大声をだすと、立ち上がった。着替えをすませ、車を動かしても微動だにしない。まるで珍しい動物たちを観察するかのように・・・