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秋田県太平山系ワサビ沢(自称) 遡行日:2003年5月17日(土)
 前回数本のワサビを採ってきて、友人から教えられた万能つゆに漬けてみた。酒のツマミにグー、朝食のご飯にかけても美味い。あっという間にたいらげてしまった。その美味さが忘れられず、急遽天然のワサビ田が連なる沢に一人で出掛けることにした。そのワサビ沢は、階段のゴーロが連なる小さな沢で、先行者が入れば釣りを諦めるしかない。ワサビ採り一本に絞って出掛けることにしたが、万が一に備えて竿も忘れず車に積み込んだ。
 新緑の季節・・・週末ともなれば、秋田市近郊の沢は釣り人で賑わう。天気予報は、曇りのち晴れだったが、あいにく早朝から小雨交じりの曇天だった。釣りをするなら朝3時には起きるのだが、メインはワサビ採りだったので、目が覚めたのは朝5時を過ぎていた。既に明るくなった林道を走る。所々に、釣りや山菜採りの人たちの車が止まっていた。ワサビ沢近くになると、ウェーダーを履きながら釣りの準備をしている姿が見えた。これじゃ釣りは諦めるしかないな、と思った。ところがどっこい、ワサビ沢入り口に着くと誰もいなかった。時計は既に6時を過ぎているのに、不思議なこともあるものだ。・・・嬉しい誤算に、「ラッキー」と呟きながら、竿も一緒に背負った。
 日帰り釣りの小沢とは言え、ブナやサワグルミの原生林が残る貴重な沢だ。時々小雨が舞う薄暗い小沢に入ると、身も引き締まる思いがした。上を見上げると、雨上がりのガスが厚く垂れ込み、残雪に新緑が一際麗しく輝いた。とは言うものの、釣り人激戦区の小沢・・・予想していたとは言え、7寸ほどのリリースサイズばかり。小さなポイントは飛ばして足早に源流をめざす。
 やっと出た8寸ほどの岩魚。このサイズが残っていたことに嬉しさがこみ上げる。側線より下に橙色の斑点、腹部は鮮やかな柿色に染まった陸封型のニッコウイワナ。側線より上の白い斑点も鮮明だ。この美しい岩魚を見てしまった以上、ワサビ採りをすっかり忘れて、釣りとカメラに夢中になってしまった。
 苔生した階段のゴーロが続く懐かしのワサビ沢。沢の距離は短いが、釣り上げると、高度がぐんぐん上がる。昨日からの雨もやっと止まった。気にしていたワサビは、斜面一面に群生していたが、それには目もくれず、ひたすら岩魚調査に専念した。というのも、釣り上がるにつれて、次々と良型の岩魚が飛び出してきたからだ。
 上の写真のゴーロ滝で釣れた泣き尺の岩魚。まだ全身がザビついたように黒く、精悍な面構えのオス岩魚だ。生きた岩魚を一人で撮るには難しい。この一枚を撮るのに、しばらく時間がかかった。野ジメしてから撮影するのは簡単だが、それでは写真の生命も死んだも同然・・・と思っているのだが、当のモデルは撮影者の気持ちなど全く眼中にない。
 釣り上げた場所に、こうした水溜りがあると撮影しやすい。というのも、水溜りに釣り上げた岩魚を入れると、水のない河原よりおとなしくなるからだ。ただ水面が光に反射し、カメラを構えるポジションが難しくなる。ようやく暗い小沢に光が射し込み、岩魚が妖しいまでに光り輝いた。やっと満足する一枚が撮れた。ここで遅い朝食。湯を沸かし、暖かい味噌汁でオニギリをほおばる。岩魚が遊ぶ原生林の中に、どっぷり浸っている幸せをかみしめる。
 頭部がやや虫食い状の斑紋を持つ岩魚。右顎に刺さっている釣り針は9号の大きな針だ。ハリスも細く、6号とか、7号といった小さな針を使う人も多いが、余り針が小さいと飲まれてしまい岩魚を無用に殺しかねない。できるだけ大きな針を使うことを推奨したい。市販されている川虫やブドウ虫用の針に至っては、やけに小さい。岩魚にラインの太さや針の大きさは関係ない。釣り人が入れ替わり立ち代り訪れる日帰りの沢でも、こんなに釣れるのだから間違いない。
 キャパシティの小さい沢は、どこも岩魚のサイズ、魚影とも年々薄くなっているのが現状だが、このワサビ沢は、15年ほど前に訪れた時と何ら変わらない印象を受けた。一時期、この沢も岩魚のサイズが極端に落ちた時期もあったが、林道や砂防ダム・堰堤などの人工構造物がなく、ブナやサワグルミの原生林が残っている沢は、魚影の回復も早い。今回の岩魚調査は、そのことを改めて確認できただけに、嬉しさもひとしおだった。
 今回最大の尺岩魚。下顎が曲がったオスの岩魚だ。野ジメしたような岩魚の写真に見えるだろうが、橙色に染まった前ビレが立っているのが分かるだろうか。側線より下は斑点が不鮮明で、体全体が橙色に染まった黄金岩魚のようで一際美わしい。岩魚は大きくなるにつれて、側線より下の斑点が不鮮明になる傾向があるようだ。
 ワサビ田が連なる全景。渓沿いに林立しているのは、湿地の緩斜面を好むサワグルミ林、斜面上部はブナ林に覆われている。渓の流れが適度な落差をもち、左側の緩い斜面は岩礫地で湿り気が多い。特に湧水箇所や小沢が流れ込む一帯は、天然のワサビ田を形成している。「湧水とサワグルミ=ヤマワサビ=岩魚」と覚えておけば間違いないだろう。竿を早めに納め、メインのワサビ採りモードへ。
 サワグルミ林の小沢沿いに群生していたヤマワサビのアップ。見つけるポイントは、白い4弁花とほぼ円形の葉だ。茎も葉もかじるとワサビ独特の辛味がある。旬は、白い花が咲いている時期だが、ミズと並び年中食べられる貴重な山菜だ。花が終わると見つけるのが難しくなるので、花の時期に自生している場所を記憶しておくと、いつでも採取できる。採取のコツは、茎と根の太いのを丹念に選び、手で間引くように採取する。
 茎も根も太い極上のワサビ。このぐらいの根になるには、何十年もかかる。何回も採取されている場所は、根が細いものばかりだ。幸い天然のワサビは、茎と葉が美味しい。山村の人たちは、昔から根ではなく、茎と葉、花をメインに食べている。
 泥の付いたまま家に持ち帰ると、その処理が大変だ。採取したら、すぐに渓流でよく洗うことが肝心だ。葉に付いた落ち葉や枯れた茎葉を取り除き、根の部分の泥を綺麗に洗い流す。こうすれば、水道の水を無駄に使うこともなく、調理が格段に楽になる。
 夕食用に3尾キープ。肌色が変色しないうちに、腹を割き、新聞紙に岩魚と岩魚が直接重ならないように丁寧に包む。さらに残雪を入れたビニール袋に入れてザックに背負う。こうすれば、家に持ち帰っても岩魚の肌色の変色もなく、旬の状態で美味しく食べられる。この岩魚は美味かった。山の神様に感謝、感謝。
 キープした旬の岩魚とヤマワサビ、そして底まで透き通るような冷たい清流。こうして撮った写真を見れば、岩魚もワサビも清流のシンボル的存在であることがよくわかる。家を出る時は、昼まで帰って買い物に連れて行くと約束していたが、予期せぬ岩魚と遊び、家に着いたのは暗くなる寸前だった。家族には、約束違反だとブーブー言われたが、心は大満足だった。山では、時間通りに行動できるはずもなく、早く帰らねばと焦ると、怪我や事故にもなりかねない。一旦、山の懐深く足を踏み入れると、いつも筋書きのないドラマが展開される。そのドラマに逆らっては、満足感など得られるはずもない。初めから安易な約束はすべきでなかったと自省すること、しきりだった。
 タチカメバソウ?・・・名前は定かでないが、春先、比較的明るい湿った林内で小さな白花をたくさんつけた群落をみかけることがある。図鑑で見る限り、タチカメバソウという花の名前以外、それらしい花はなかった。知っている方がいれば、ぜひ正式な名前を教えて欲しい。
 思わず見上げて撮影したブナの巨木と新緑。カメラを首にぶら下げたまま歩いていたら、雨で濡れた草木にレンズが曇ってしまった。失敗したかと思ったが、パソコンに取り込んで確認したら、ソフトフォーカスがかかって、巨木の神秘性を醸し出していた。失敗は成功の元か?
 山の細道を歩いていたら、早くもタケノコが地面から顔を出していた。見回すと、日当たりの良い斜面あちこちに顔を出していた。わずかだが、夕食用に少し採取した。皮を剥き、シドケとともに湯がいてから、マヨネーズをつけて食べたら、しこたま美味かった。
 倒れたばかりのブナの巨木。その証拠に先端の枝葉には、若々しい新緑がたくさん萌え出ていた。急斜面を見上げると、根元から1m程上の部分から折れていた。巨木とは言え、若々しい樹肌と新緑を見れば、寿命が尽きたわけではなく、雪崩か強風にやられたに違いない。
 家に帰って早速、採取したワサビを調理する。用意するものは、100円ショップで買ってきた密閉容器と5倍濃縮の万能つゆ「味どうらくの里」。よく水洗いした後、根と茎葉を切り取る。茎は一本一本切り離し、茎の根元についている泥を丁寧に洗った後、まな板に並べる。
 茎葉を左の写真のように細かく刻む。根は、ヒゲ根を取り除き、表皮を包丁で丁寧に削り、細く切り刻む。右の写真は、刻んだ茎葉と根を密閉容器にビッシリ詰め込んだもの。これに万能つゆを薄めず、満杯になるまで注ぎ込み、万能つゆのワサビ漬けが完了。冷蔵庫に入れて一晩経てば、美味しいワサビ漬けになる。
 翌朝、ワサビ漬けの完成品を撮る。こうして漬け込めば、美味で日持ちも良い。後ろの木製魚は、岩魚ではなく、お土産として買ってきたヤマメの木製パズル。「山釣り馬鹿のワサビ料理」という意味が込められているのが分かれば、それで満足だ。

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