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Fishing the beauty fish of mystery 、Shooting
 5月下旬から6月上旬は、山釣りのベストシーズンだが、仕事に忙殺され、予定の山釣りは6月中旬まで先送りになってしまった。暇を持て余した日曜日、独り日帰りの小沢に入ってみた。この小沢は、20年ほど前、たった一度しか入ったことがなく、もちろん源流部まで釣り歩いたこともなかった。岩魚を撮る以前に、岩魚が釣れるかどうかさえ分からなかったが・・・。

 入渓してみれば、腹部を筆で描いたような柿色岩魚、極めて鮮明な斑点をもつ岩魚、虫食い状の斑紋、美白の岩魚など、実に多彩な岩魚たちが釣れてきた。神秘の美魚にふさわしい岩魚たちに魅了され、ついには岩魚が姿を消す源流部まで上り詰めてしまった。
 ほとんど記憶に残っていなかった小沢の風景。地図を見れば、広葉樹が残る貴重な沢だが、いかんせん、困難な滝やゴルジュもなく、沢のキャパシティも小さい。そんな小沢は、「神秘の美魚を釣る、撮る」は期待できないと思っていた。それだけに、宝物を見つけたような思いがした。
 小沢源流部に広がるブナの森。渓に倒れ込んだ倒木の巨大さが目立ち、流域一帯の原生林の深さを象徴していた。写真手前の河原で、熱い味噌汁を飲みながら、自作のオニギリをほおばる。既に新緑から深緑へと変化、季節の移ろいの早さを感じた。
 下流部は、斑点が白いアメマス系の岩魚が釣れた。本流に生息する種類と同じで、特に強い印象は受けないが、居着き岩魚の特徴である腹部の橙色が鮮やかだ。
筆で描いたような柿色岩魚
 この個体には驚いた。腹部の鮮やかな柿色が、まるで腹部から側線にかけて、人間が筆で描いたような紋様をしている。口元の橙色は、薄っすらと化粧しているようにも見える。側線より下の斑点は橙色で、胸ビレ、腹ビレも鮮やかな柿色に染まっている。
 柿色岩魚2・・・こんな不思議な個体が複数生息していたことに驚いた。全国を見渡せば、赤腹岩魚と呼ばれる珍しい岩魚も存在すると聞いているが、それに近い印象を受ける。
 釣り上るにつれて、腹部の柿色は濃くなる印象を受けた。どこか玉川毒水に隔絶された源流部の岩魚に似ているような個体だ。
 ニッコウイワナの特徴を示す側線より下の着色斑点が、特に濃い個体。
 鮮明な斑点に彩られた岩魚
 全身が黒っぽい魚体だが、斑点の鮮明さにドキッとさせられた個体。岩魚は、外敵から身を守り、獲物に気づかれないように保護色をもつ魚だが、これでは余りにも目立ち過ぎる感じもするが・・・。北海道のオショロコマは、女の子のドレス・水玉模様に似ているが、この岩魚もまるで水玉模様のドレスをまとっているようだ。
 同上のアップ・・・側線より上が白の着色斑点、下が橙色の斑点だが、斑点の大きさ、鮮明さが、他の個体よりも際立っている。岩魚は一般に魚体が大きくなるにつれて、斑点が小さく不鮮明になる傾向があるが、この個体は、それに異論を唱えるような個体だ。サイズは8寸余り。
 同上の岩魚を正面上から撮影。頭部は虫食い状の斑紋をしている。一般に斑点の大小は、生息場所に左右されると言われているが、同一の沢に生息している岩魚でも、斑点の大きさに著しい違いが見られた。これはどういうことなのだろうか。
 同上、横上から撮影。理由はどうあれ、どこから切り撮っても「神秘の美魚」を思わせるほど美しい。
虫食い状の斑紋を持つ岩魚
 頭部から背中にかけて虫食い状の斑紋が鮮明な岩魚。こうした虫食い状の斑紋は、ほとんどの個体に見られ、この沢の岩魚の特徴とも言える。斑点も大きく、虫食い状の斑紋をもつゴギに不思議と似た個体だ。
 斑点は極めて小さいが、その数が多い。上の個体と同一のサイズだが、こうして並べて見ると、その違いに改めて驚かされる。これが同じ小沢に棲む岩魚か、と疑いたくなるほど対照的な個体だ。
美白・黄金の岩魚
 狭い小沢の源流部は暗い。大きくなるにつれて、壷深くに潜むせいか黒っぽい魚体が目立つ。ところが一転、魚体の白さが際立つ岩魚も釣れた。光の加減によって、「黄金岩魚」あるいは「美白の岩魚」のように七変化した。
 同上のアップ・・・魚体の白さ、腹部とヒレの橙色の対比が際立っている。
 美白の岩魚2・・・尺近い岩魚だが、この個体も白さ、黄色っぽさが際立ち、「神秘の美魚」と呼ぶにふさわしいキラメキを感じた。
星屑のような斑点を持つ岩魚
 黒っぽい魚体に、白く小さな斑点が星屑のように散りばめられている個体。源流の岩魚によく見られる美しさだ。ちなみにこうした岩魚は、自称「星屑岩魚」と呼んでいる。
その他・・・神秘の美魚たち
 色を失ったかのような白い魚体を見て、黒い毛のクマが、突然変異で黄色のクマが出現して話題になっている北上山地のクマを思い出してしまった。それはウサギや蛇にも見られる「アルビノ」と呼ばれる現象だ。これは、黒色色素が生産されないのが原因と言われている。完全なアルビノは、目にも色素がなく、血液の色がそのまま透けて見えるので、赤い眼をしている。この点を考えると、上の個体はアルビノという現象ではないだろう。アルビノの個体は、自然界で生き延びるためには不利な個体だと言われているが、美白の岩魚たちも、背後の石と同化しているとはとても見えず、共に不利な個体のように思うが・・・。
 一般に岩魚の全身を彩る着色斑点と腹部の着色の違いは、生息場所に影響されているとか、成熟の度合い、食べている餌に左右されると言われている。しかし、これら特徴的な違いをもつ岩魚たちは、全て同一の小沢に生息する岩魚である。その事実を目の当たりにすると、これまで常識とされてきた岩魚変異説に疑問を抱かざるを得ない。
 イワナ属を見分けるポイントは、胸ビレと腹ビレの前縁にある白い縁どりだ。上の写真の個体は、橙色に染まったヒレに鮮やかな白い縁が見えるのが分かるだろう。しかし、その他の個体を写真で見る限り、そんなにはっきりした白い縁は見えないのだが・・・。体色は全身が黄色っぽい魚体で、俗に「黄金岩魚」と呼んでいる珍しい個体だ。
 こうしたローアングル撮影は、レンズが回転するデジカメじゃないと、なかなか撮影できない。回転レンズは、何も自分撮りをするためではなく、こうしたローアングル撮影にこそ威力を発揮する。
 モデルもなかなか思うようなポーズをとってくれない。ローアングルでレンズを近づけたら、顔を背けてしまった。
 水のある所に移動させたら、やっとおとなしくなった。しかし、水面が反射し過ぎて撮影のベストポジションが難しい。アングルフリーのデジカメは、こんな時にも大活躍してくれた。
 人工飼育している渓流魚の研究では、餌にエビやアミなどの色素・アスタキサンチンを添加すれば、斑点は鮮やかな橙色になるという。しかし、斑点の大きなアメマス型ではほとんど着色斑点は現れず、白色のままだという。そんなアメマス系の岩魚でも、腹部とヒレは橙色になるという。
 パーマークはサケ科魚類にほぼ共通する斑紋だが、ヤマメと違って岩魚は成熟するに従って消えてゆく。ヤマメのパーマークは、ほかのヤマメの攻撃を誘発する働きがあり「縄張り」を形成する社会行動と関係しているとも言われている。ならばパーマークが消えた岩魚は「縄張り」を主張しないのだろうか・・・。
 透明な水面に、頭上の森から射し込む光がキラメキ、岩魚が妖しいまでの輝きを放った。広角レンズで思いっきり近づき撮影。沢に点在する石が赤茶けているのに注目。口から腹部、尾ビレにかけて橙色〜柿色、魚体の色も赤茶けた石に同化しているのがお分かりだろうか。
 見上げれば、釣り人を圧倒するような巨樹も見られた。樹種は、ブナ、サワグルミ、カツラ・・・。沢筋にサワグルミが目立つ場所は、一面ヤマワサビの白い花に覆われていた。神秘の美魚を育む森に納得。
 沢を覆い尽くすように林立するブナ林。こうした渓畔林の豊かさを見れば、岩魚の多様性を支え続けてきた謎が素直に解けるような気がする。岩魚の多様性よ永遠に・・・と祈らずにはいられない。数年後、この岩魚たちはどう子孫を残し、どう変化するのだろうか。ぜひ見届けてみたい。
 深い森と谷の静寂、清冽な流れから糸を介して伝わる野生の鼓動、入れ食いが続く岩魚にデジカメのレンズを向ける。その多種多様な美しさに感激、感動、感謝の連続だった。「神秘の美魚を釣る、撮る」という長年の思いが、まさかこんな小沢で叶えられるとは・・・その意外性も加わって、まるで子供に帰ったように、竿とカメラを交互に持ち替え、独りはしゃぎ回った。
 岩魚の感激も覚めやらぬ翌日は、ちょうど20年前の悪夢・日本海中部地震が起きた因縁の日だった。地震による津波で、小学生13名を含む100人が亡くなった。その惨劇を忘れまいと、県内各地で慰霊祭や防災訓練が実施された。気が抜けたビールのような訓練だったが、その直後、まさかの地震が起こった。しばらく揺れ続ける中、風化しつつあった20年前の記憶がだんだん現実に・・・偶然にしては俄かに信じがたい衝撃的な出来事だった。それにしても地震前日に岩魚を釣ったのは初めてのことだった。

 昨日の釣りも、よくよく考えてみれば、信じられないような小沢で、信じられないような多彩な岩魚たちが釣れた。結果論だが、それは、大きな地震の前触れだったのではないか・・・。確か台風19号の時も岩魚は狂ったように餌を追った。岩魚は自然の大異変を察知する能力を秘めているのではないか・・・。次々と疑問が湧いてきた。岩魚は、人跡稀な聖域に生息しているだけに「谷の精」「幻の怪魚」などと呼ばれ、各地に様々な怪奇伝説が残っている。この伝説に「地震伝説」を加えたいのだが・・・いかがだろうか。

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