山釣りの世界TOP

 2002年6月上旬、小玉氏とともに秘渓の源流へ。車止めから歩いて2時間弱、5キロにも及ぶ杣道を歩き、ブナの原生林に包まれた懐かしの源流へ。意外にも釣り人の足跡は見当たらず、カモシカが歩いた足跡だけ。いきなり入れ食いモードに突入、尺岩魚連発・・・久々に岩魚の誘惑に負けて、釣りに没頭してしまった。滝下流の岩魚と滝上の岩魚の個体がこんなにも違っていたのか・・・その固有の美しさに魅了されてしまった。
 源流二又まで一気に歩くつもりだったが、いきなり大淵の深い瀬尻で餌を待つ尺岩魚が目に飛び込んできた。堪らず竿を出す。尺岩魚の目の前にブドウ虫を落とすと、すかさず食らいついた。竿を立てると、尺岩魚の後ろから3匹の岩魚が追い掛けてくるではないか。連日好天が続き、源流部は渇水状態、当然入れ食いなんて予想もしていなかった。ところが、スタートから嬉しい誤算に二人の心は躍り続けた。
 ジャスト30センチの岩魚を手に嬉しそうにポーズをとる小玉氏。海、湖沼、川、渓流・・・どんな魚でも釣る釣りの名人だが、どちらかというと、海釣りが専門(自分専用の船を持っているほどの釣り馬鹿)で、渓流釣りは早春だけだった。ところが5〜6月と源流の岩魚釣りを立て続けに経験してしまった。こんな無垢なる岩魚を釣ってしまったら、ハマルのも当然か。

 私には、もう一週間もすれば4日間の山旅が待っていた。本来なら週末は、釣りに出掛けずその準備をするはずだった。だから、今回誘ったのは、私ではなく 小玉氏の方だ。私も同じ釣り馬鹿だから、そんな誘いにはすこぶる弱い。そんな意外な誘いに乗ったら、まさかの入れ食い・・・これだから、やっぱり釣り馬鹿はやめられない。
 飛瀑にしっとりと濡れた苔生す岩、岩・・・階段状のゴーロは、岩魚のポイントが連続している。それら全てに岩魚が群れていた。浅い瀬尻から走る岩魚の多さ、果ては釣り人の足元で悠然と泳ぐ岩魚には唖然。水面を飛び交う虫を狙ってジャンプする岩魚たち、静かな水面が大きく波打った・・・こんな光景に出くわすと、一見冷静な釣り人も簡単に狂ってしまう。実に簡単に・・・。
 魚影の濃さの秘密はどこにあるのだろうか。釣り人が簡単に入れないほど奥が深いこと。ブナやサワグルミ、トチ、カツラなどの広葉樹にすっぽり包まれたような渓流、河畔林が豊かであること。釣り人が久しく訪れていないこと。・・・薄暗い渓は、しっとりと濡れたような豊潤な空間が広がり、清冽な流れが心地よい音をたてて流れている。樹幹からうるさいほどセミと小鳥たちの鳴き声が降り注いでいたが、そんなことはすっかり忘れて釣りに没頭している小玉氏。
 またまた尺岩魚を釣り上げ足元に寄せる瞬間を激写。大きな口を開け、水面を切り裂く岩魚に釣り人の心は夢心地・・・まるで少年に戻ったように無邪気に笑った。
 滝下で釣れた尺岩魚の斑点に注目。全身に散りばめられた白い斑点は、鮮明で大きい。まるで北海道のエゾイワナを想い出す。北海道の岩魚と決定的に違うのは、頭が一際デカク、魚体がスマートな点だ。こんな岩魚が釣れる渓も珍しい。
 大きな口を開け、今にも噛み付きそうな岩魚・・・野性のど迫力。これならサンショウウオやカエル、果ては水面を渡ろうとする蛇を丸呑みするのも理解できる。
 釣り上げた岩魚は、生かしビクに入れながら釣り上がり、まとまった数になると撮影を繰り返した。滝下で釣れた岩魚の斑点は、全て白く一際鮮明なアメマス系だった。頭部は、虫食い状の紋様がはっきりしている。
 両岸が狭く、屹立する岸壁に滝が白い帯となって落下。飛び散る飛沫に岩壁は苔生し、わずかな隙間から射し込む光に、屹立する壁は妖しいまでに黒光りしている。釣り人を容易に寄せ付けない自然の要塞、震えるような神秘さを漂わせていた。滝上に出ると、熊の歩いた足跡と糞が沢筋にあった。
 これが滝上の岩魚だ。同じ壷で2尾釣り上げ、早速記録に撮ってリリースした。側線より下に薄い橙色の斑点が見える典型的なニッコウイワナだ。魚体は、ややサビついたような黄色身を帯びている。腹部は鮮やかな柿色に染まり、居付きの岩魚の特徴を示している。滝下のイワナより斑点は不鮮明で明らかに小さい。源流部に幽閉された独特の個体だ。
 源流部に咲いていたタニウツギ。渇水で水はチョロチョロしか流れていない。走る岩魚が丸見えだったが、その魚影の濃さに度肝を抜かれた。釣り人が絶えない沢ならば、不用意にポイントに近づき過ぎて、岩魚に走られるとどんなに粘っても釣れない。ところが、この沢ではいくら岩魚に走られても簡単に釣れてきた。そんな夢のような岩魚釣り場が、まだ残っているという事実だけでも素晴らしく貴重だ。
 上が滝上で釣り上げた31センチの岩魚、下が滝下で釣れたジャスト30センチの岩魚だ。二つの個体をじっくり見比べてみてください。体色、斑点の色と大きさ、鮮明さ、腹部の色、体長に比べて頭の大きさががまるで違う。同じ沢に生息していながら、これほど違いが鮮明な岩魚も珍しい。
 苔生す巨岩が累積した源流部。深い原生林に包まれた源流の岩魚釣り・・・釣ってはリリースの繰り返しで忙しいくらいだった。最後の魚止めの滝壺・・・小玉氏は、群れる岩魚を見つけて岩にどっかり座った。粘って4尾の岩魚を釣り上げた時点で、採取したカワゲラも持参したブドウ虫も全て使い果たした。どれだけ釣り上げたか、正確な数などとうに忘れていた。まるで天然の釣堀だった・・・もちろん魚止めの岩魚は、原種の種岩魚として全てリリース。
イワキンバイ・・・岩場に咲く代表的な植物。花が鮮やかな黄色で「岩金梅」と名づけられた。  今年の暑さを象徴するかのようかのように源流部に咲いていたセンジュガンビ。
 滝上で釣り上げた岩魚を生かしビクに入れ、7尾になったところで折りたたみ式の虫捕り網に移して撮影。奥の二尾が連続して釣れた31センチ、全て8寸以上の岩魚だ。魚体が全体的にサビついたように黒っぽいのが分かるだろうか。
 この流域の最奥にあった村は、とうの昔に廃村で消えた。この岩魚たちは、その村に暮らしていた山人たちの手によって放流された子孫たちだ。滝上の源流岩魚は、下流に岩魚を供給する種沢でもあり、無用な殺生はぜひ慎みたい。記録として撮影が終わった後、食べる分以外は全てリリースした。一日遊ばせてもらってありがとう。また会う日まで大きくなって子孫を増やせよ!先人たちに感謝を込めて・・・。

 それにしても最近は、岩魚よりもそれを育み続けてきた山棲みの文化と原始的な渓谷美をひたすら記録することに興味が向いていた。ところが懐かしの秘渓に生息する岩魚たちは、私を美わしい渓谷美から目を奪い、私をいとも簡単に釣りに没頭させた。というのも、この渓は、私が単独行時代に何度も足を運んだ懐かしの、懐かしの渓なのだ。釣りに狂わされた長い一日を振り返ると、釣りの楽しさ、魚を育む大自然の有難さが身にしみた。岩魚が群れる渓よ、永遠にと祈らずにはいられない。

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