電圧増幅管と出力管を直結するためのエトセトラ
前項で電圧増幅管と出力管の動作点を示しました。この値で電圧増幅管のプレートと出力管のグリッドを直結するロフチンホワイト型にするための回路の概要を記します。
一般的な直結回路では自己バイアス回路と同じで出力管のカソードに高抵抗を挿入してカソード電位を嵩上げして電圧増幅管のプレートと出力管のカソードの電位差が出力管のバイアス電圧となるようにして直結します。この例が「通信用直熱三極管104-Dロフチンホワイト型0.25Wモノラル・アンプ」です。
この方式では嵩上げした分だけ電源電圧を高くする必要があり、カソード抵抗が消費する電力も馬鹿になりません。多くの場合アンプの出力よりカソード抵抗の消費電力が大きくなってしまいます。この方式は直流的には帰還がかかるので安定性が高くなります。本アンプでは消費電力を少なくする方を選択したため電圧増幅管のカソードを負電圧に引っ張るレベルシフト方式としました。
説明は回路図を参照しながらご覧ください。各部の値を設定するためのキーポイントは出力管のグリッドバイアス電圧です。本アンプでは89Yのバイアスを-25Vとしましたので電圧増幅管の12AX7のプレート電圧は89Yのカソードより-25V低くします。また、12AX7の特性表から入力に0.5VRMSを与える場合12AX7のバイアスは-0.7Vより低くしないとグリッド電流が流れるため歪みが発生します。
以上を基に検討するとプレート供給電圧を出来るだけ高くしてバイアスを深くすれば良いことが解ります。本アンプではプレート供給電圧を300Vにして12AX7のプレートカソード間電圧を150Vに決め、動作点はプレート負荷抵抗を500KΩ(実際は470KΩ)、プレート電流を0.3mA、バイアスを-1.5Vとします。
次に89Yのカソードを0Vとして全体の電圧配分を決めて電源を設計します。プレート電圧は250Vですのでプレートカソード間に供給する電源電圧は250V、プレート電流は32mA、スクリーン電流は5.5mAです。12AX7のプレート電圧は89Yのカソードより25V低く、かつ、プレートカソード間の電圧は150Vですから89Yのカソードから見た12AX7のカソード電位は-175Vになります。また、12AX7のプレートカソード間の供給電圧は300Vですので89Yのカソードから見たプレート供給電圧は+125Vです。これをまとめると89Yのカソードから見て、89Yのプレート供給電圧は+250V、12AX7のプレート供給電圧は89Yの電源を半分にした+125V、12AX7のカソードへの供給電圧は-175Vとなります。
しかしながらアンプとして働かせる場合に12AX7のカソード電位を-175Vとするのは危険です。出力はトランスで絶縁されるので問題はありませんが、12AX7は信号が入力される初段なのでカソード電位は入力端子のマイナス側として接地する必要があります。そこで前述の電圧配分を12AX7のカソード供給電位を共通グランド=0Vとして書き換えると、89Yのカソードは+175V、12AX7のプレート供給電圧は+300V、89Yのプレート供給電圧は+425Vとなります。
電源回路の概要
以上から89Yと12AX7に供給する89Yプレートカソード間電源(+B)として+250V/78mA、12AX7のカソード供給電源として-175V/0.6mAの電源が必要となります。A級増幅の場合直流の消費電流は一定ですので交流的なインピーダンスを低くすることが重要です。
+B電源は全波整流型トランス(DC85mAが必要)のAC250V端子からダイオードを使用した全波コンデンサ入力方式で整流し、NPNトランジスタのエミッタフォロワのリップルフィルタ兼電圧ドロッパで+250Vを出力します。+125Vは電流が少ないので+250Vを抵抗分割して作ります。-175V電源も電流が少ないのでAC250Vを半波整流し抵抗分割して作ります。+Bは共通電位から見ると+425Vの電圧となりますので感電注意です。
チョークコイルのスペースが無かったため採用したリップルフィルタ兼電圧ドロッパに使用するNPNトランジスタのコレクタ損失は設計値で6Wですから20W以上のものに適当な放熱器を装着することが必要です。耐圧は400V以上必要でHFEが20より大きいものをスイッチング電源用やテレビの水平偏向用から選びます。
アンプの調整
このアンプは直結なので12AX7を抜いた状態で通電すると89Yがゼロバイアスとなりプレート電流が過大となって球を壊す危険性が大なので避けてください。逆に89Yを抜いた状態で調整することは可能です。
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第一段階
すべての球を抜いて入力のボリュームを最低にし、12AX7周りの調整用半固定抵抗を回路図の値にし、NFBの経路を外しておきます。出力端子に8Ω/2W以上の抵抗をダミーロードとして接続しておきます。そしてドロッパの電圧調整VRを半分ぐらいの位置にして電源を入れます。ヒューズが飛ぶとか煙が出るとかの異常がなくパイロットのLEDが点灯したなら電源の電圧を測りますと10%から20%ぐらい高い電圧が出ているはずです。ここで球のヒーター電圧を確認し、ドロッパの電圧調整VRで出力を89Yのカソード基準で+270Vぐらいに合わせます。
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第二段階
12AX7だけを刺し電源を入れてヒーターが点灯することを確認して30秒ぐらい置きます。この間異常がなければドロッパの電圧を確認してテスターの基準を共通グランドにして12AX7のプレートの電圧が150V近辺であり、かつ、カソードの電位が-1.5V近辺であることを左右のチャンネルについて確認します。違いがある場合にはバイアス調整半固定抵抗を回して調整します。調整できない場合回路や球に異常があります、特に89Yのグリッドカソード間に入っているダイオードの極性とこれが壊れていないことを確認します。
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第三段階
ダミーロードが接続されていることを確かめて89Yを刺し電源を投入して30秒程異常がないか確認します。異常がなければ89Yのカソードに入っている10Ωの抵抗の両端の電圧を測ります。場合によっては0.8V=80mAなどの値を示すことがありますが慌てずに12AX7のバイアス抵抗を調整して375mV=37.5mA付近に手早く合わせます。これを左右のチャンネルについて実施します。12AX7のゲインが高いので電流調整は微妙ですから2mA程度の違いは大目に見ましょう。
以上と並行してドロッパの電圧調整VRで出力を89Yのカソード基準で+250Vに合わせます。さらに、出力に接続した8Ωの抵抗の両端をテスターのACレンジで計ります。2mVAC以下の電圧であれば残留ノイズなので問題はありませんがそれ以上の電圧が出ている場合は発振かハムの混入が考えられますので音を聞いてみてから配線や部品をチェックします。
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第四段階
以下の調整は左右別々に実施します。信号を与えない方の入力端子はショート状態にしておきます。信号発生器(Signal Generator)を持っている場合は、1KHz/0.5VAC、SGが無い場合は電源トランスかヒータートランスの5Vなどなるべく低い電圧を可変抵抗器を通して0.5VACに落としてアンプの入力とします。NFB経路はまだ接続せずにアンプのボリュームを最低から徐々に上げて出力が4VACとなることを確認します。この時12AX7のグリッドと共通グランド間の電圧が220mVAC程度であることも確認します。300mVACより大きい場合は増幅度が足りないので配線や部品をチェックします。
以上が確認できたならNFB経路を接続し、再びボリュームを最低にして出力電圧に異常がないか確認します。発振している場合はNFBの位相が逆である可能性が有ります。異常がなければボリュームを最大にした時の出力電圧が4VACとなるようにNFB調節半固定抵抗を回します。これを左右のチャンネルに実施します。
最後に片方だけのチャンネルに信号を入れてボリュームを最大にして信号を入れていないチャンネルの出力電圧を測りチャンネル間の漏れ具合を確認します。電圧レベルで1/1000であれば60dbです。残留ノイズが大きくてそれが電源からのものであれば電源の平滑コンデンサを大きくするとか、入力信号系の配線や接地位置(本アンプは12AX7の直近)を変えるとかして最も少なくなるところを選びます。
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第五段階
音を聴いてみて問題がなければ完了です。SGを持っている場合はSGの周波数を可変して入出力の周波数特性を確認します。またオシロスコープも持っている場合は、100Hz, 1KHz, 10KHzの正弦波、矩形波、三角波を観察してみてください。特に三角波はアンプの直線性が見えて面白いです。NFBの有り無しで比較しても面白いでしょう。
製作と音色などについて
アンプのシャーシーは外箱に合わせて150mm×300mm、厚さ1mmのジュラ板を加工して作りました。配線は部品が少ないので簡単ですが電源周りが複雑なので注意が必要です。電源トランスは山水のジャンク品ですが新しいものならノグチのPMC-100Mが適当です。電源の電圧ドロッパは1KΩ10Wの抵抗で代用可能ですがリップルが増えますので電源トランスのタップを変更して傍熱型の整流管(5V4や5Z4)と10H/100mA程度のチョークコイルを使用した方が良いでしょう。
終段の89Yは42より小振りのトップグリッドのST管でピン配置と外形は6C6風の球です。NFBを6db以上とする場合には5極管接続でも初段にuが100の12AX7クラスの球が必要です。高増幅率電圧増幅管の場合、能率の低いスピーカーで音量を上げるため入力を上げた時と過大レベルで記録された爆音CDの出力は設計値を超えて歪んでしまうようです。
この回路は第二グリッドをプレートに接続すると三極管結合になります。また、電圧ドロッパを止めて電源トランスと出力トランスを大きな物に交換すれば出力管を6L6やEL34(三結を推奨)などにして高出力化することが出来ます。いずれの場合でも出力管のバイアス電圧が異なりますが概ねバイアス調整とNFBの調整により対応可能と思われます。出力管によっては12AX7の動作点を出力管のバイアスに合わせて変更する必要があります。
残留ノイズは12AX7の入力周りの誘導と-175Vのリップルが少し大きいため1mVを切る程度です。試運転で色々試聴しているところですがシンプルな回路の割に良い感じに仕上がりました。音はクラシカルな42(=6F6)の仲間ですが直結方式とITS-2.5WSの寄与も大きいようです。聴感では高域は控えめで低域は一寸しまりの無い感じがします。
現在、YAMAHAのNS-600とパイオニアのPE-16もどきを入れたTQWTやDIYのSA/F80AMGを入れた小型TQWTスピーカーで慣らし運転をしていますがなかなか良い感じです。どちらかと言えばPE-16もどきやダイトーボイスのDS-16Fなどの六半のシングルコーンユニットとの相性が良いようです。8cmクラスのユニットは能率が低いので一寸苦しいようです。
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