6BM8三結直結シングル・ステレオアンプ(重箱アンプ)

初版 June. 1, 2014


はじめに

 かつて我が家の正月やお盆に使われていた「重箱」を外箱にした和風小型アンプを作ってみました。アンプの収納ケースを小振りな重箱(約18cmx18cmx9cm)としたため本体を可能な限り小さく作ることにしました。このため3極5極複合管の6BM8二球のステレオ構成としましたが回路は高音質を狙い6BM8の5極管部の三極管結合とし、初段は6BM8の3極部を5極管部と直結したロフチンホワイト型としました。



アンプの構成概要

 アンプの構成は、電圧増幅を増幅率70の6BM8の三極部(以下、6BM8T)とし、三極管結合(以下、三結)にした6BM8の5極管部(以下、6BM8P)と直結する二段構成のロフチンホワイト型としました。6BM8の5極管部の三結データは昭和40年版「全日本真空管マニュアル」を参考にし、出力トランスには小型のノグチトランスのPMF-3WS-7Kを選び動作点をトランスに合わせてプレート電流を30mA以内に設定した結果、出力は1W+1Wとなりました。
 電圧増幅は標準的な自己バイアス回路で、プレート供給電圧は200Vで負荷抵抗は240KΩ、プレート電流は0.416mA、グリッドバイアスは-1.5Vです。終段の6BM8Pの内部抵抗は約1100Ω、プレート電圧は170V、プレート電流は24.5mA、負荷抵抗は7KΩ、バイアスはA級動作の-15Vとしました。以上の構成で8Ω負荷に1.5W近い最大出力が得られますが仕上がり出力は実効値で1W=2.82VRMSとしました。この設定で6BM8Pをフルスイングするためにはグリッドに約10.5VRMSを与えることが必要です。初段の6BM8Tのゲインは約50倍で210mVRMSの入力で1Wの出力が得られるのでアンプの総合ゲインは約13.4倍(22.5db)です。アンプの入力を0.5VRMSとして仕上がり出力を8Ω負荷で1Wとすると必要なゲインは5.6倍(15db)ですので負帰還(NFB)は約7.5dbとなります。



6BM8三結ステレオアンプの回路図


重箱の後ろ姿はここ


回路設計の概要

 前項で電圧増幅管と出力管の動作点を示しました。この値で電圧増幅管のプレートと出力管のグリッドを直結するための回路設計を概説します。説明は回路図を参照しながらご覧ください。



  • レベルシフト方式で省エネ
     一般的な直結回路では100Vに近い電圧増幅管のプレート電圧と、出力管のカソードに高抵抗を挿入して嵩上げしたカソード電圧との電位差が出力管のバイアス電圧となるようにして直結します。この方式では嵩上げした分だけ電源電圧を高くする必要があり、カソード抵抗が消費する電力が馬鹿になりません。本アンプでは電圧増幅管のカソードを負電圧に引っ張るレベルシフト方式で省エネしました。
  • レベルシフト方式の電圧配分
     各部の値を決定するためのキーポイントは出力管6BM8Pのプレート電圧を170V、プレート電流を24.5mAとしたときのグリッドバイアス電圧=15Vで、電圧増幅管の6BM8Tのプレート電圧は6BM8Pのカソードより15V低くする必要があります。また、6BM8Tの特性表から入力に0.5VRMSを与える場合、バイアスは-0.7Vより低くしないとグリッド電流が流れて歪みが発生します。このことを考慮して本アンプでは6BM8Tのプレート供給電圧を200Vとしてプレートカソード間電圧を100V付近に決め、プレート負荷抵抗を240KΩ、プレート電流を0.416mA、バイアスを-1.5Vと仮決定します。
     次に6BM8Pのカソード電位を0Vとして全体の電圧配分を決めて回路定数を決めます。6BM8Pのカソードより15V低い6BM8Tのプレート電圧は85Vです。この状態での6BM8Pのカソードから見た6BM8Tのカソード電位を-100Vと仮決定します。また、6BM8Tのプレートカソード間の供給電圧は200Vとしてますので6BM8Pのカソードから見たプレート供給電圧は+100Vとなります。これをまとめると6BM8Pのカソードから見て、6BM8Pのプレート電圧は+170V、6BM8Tのプレート供給電圧は6BM8Pの電源を降圧した+100V、6BM8Tのカソードへの供給電圧は-100Vとなります。
     しかしながらオーディオアンプとして働かせる場合に6BM8Tのカソード電位が-100Vであるのは危険です。出力端子はトランスで絶縁されるので問題はありませんが、6BM8Tは信号が入力される初段なのでカソード電位は入力端子のマイナス側として接地する必要があります。そこで、この電圧配分を6BM8Tのカソード供給電位を共通グランド=0Vと読み換えると、6BM8Pのカソードは+100V、6BM8Tのプレート供給電圧は+200V、6BM8Pのプレート供給電圧は+270Vとなります。
  • 定電流デバイスで調整を簡易化
     仮の電圧配分は以上のようになりましたが、6BM8Pのカソードに一般的な自己バイアスを作り出す抵抗(=15/0.0245=625Ω)を入れれば直流的な動作が安定します。このアンプではさらに一歩進めて6BM8Tのプレート電圧を最初の値である6BM8Pのカソード電位=100Vとし、定電流デバイス(以下、LM317)を6BM8Pのカソードに入れて6BM8Pのばらつきに関係なくカソード電流を24.5mAとしグリッドバイアスは球が合わせる方式とします。6BM8Pの定格通りであればLM317の両端はバイアス電圧15Vとなるはずなのでプレート供給電圧を15V増やし+185Vとします。LM317の両端には大容量のコンデンサを並列に入れ低域のインピーダンスを出来るだけ低くします。
  • 回路の保護
     直結回路で最も重要な点として初段のグリッドに入れるゲイン調整の可変抵抗器について触れておきます。通常は可変抵抗器を入力段のグリッドに直結しますが接点式のアッテネータや低品質の可変抵抗器の場合、グリッドがオープンとなることがあります。これにより初段のバイアスが不定になりプレート電流が遮断されプレート電圧が電源電圧まで上昇するなどの異常が生じ、これと直結している終段のバイアスが異常になり大きなノイズを発生したり壊れたりする可能性があります。このため初段のグリッドとカソードには高抵抗を入れてバイアスが不定になることを避けます。ゲイン調整可変抵抗器とは容量の大きいフィルムコンデンサ経由で接続します。また、終段のグリッドとカソードの間にダイオードを入れてグリッドが正電位となったときでもグリッド電流が流れないように保護しています。
  • 電源回路
     以上からステレオ動作の6BM8P/Tに供給する6BM8Pプレートカソード間電源(+B)として+190V/52mA、6BM8Tのカソード供給電源として-100V/0.84mAの電源が必要となります。電源の所用電力はステレオ動作で200V/60mA以下なのでノグチトランスのPMC-95Mを用いて小型化を図りました。+B電源はPMC-95MのAC140V端子からダイオードを使用した全波コンデンサ入力方式で整流し+190Vを得ています。+100Vは電流が少ないので+190Vを抵抗分割して作ります。-100V電源も電流が少ないのでAC100V端子を半波整流し抵抗分割して作ります。+Bは共通電位から見ると+290Vの電圧となりますので感電注意です。

アンプの調整

 このアンプは6BM8Tのプレート電圧を+100Vに設定し、定電流デバイスを6BM8Pのカソードに入れて6BM8Pのカソード電流を球のばらつきに関係なく24.5mAとしグリッドバイアスを最適化する方式としましたので調整は簡単です。

  • 第一段階
     6BM8T周りの調整用半固定抵抗を回路図の値にし、NFBの経路を外しておきます。6BM8を抜いて、電源スイッチを入れてヒューズが飛ぶとか煙が出るとかの異常がなければ電源の電圧を測ります。10%から20%ぐらい高い電圧が出ているはずです。また球のヒーター電圧も確認します。この状態でスピーカを仮接続して電源ハムがスピーカーから聞こえる場合は電源トランスから出力トランスに磁気誘導しているのでどちらかの位置を変えて誘導が無くなる位置関係を探すことが必要となりますが組み立て前にチェックするのが常識です。
  • 第二段階
     左右の出力端子に8Ω/3W以上の抵抗をダミーロードとして接続し、入力のボリュームを最低にし、6BM8を刺し電源を入れてヒーターが点灯することを確認して30秒ぐらい置きます。この間異常がなければ電源の電圧を確認してテスターの基準を共通グランドにして6BM8Tのプレートの電圧が+100V近辺であり、かつ、カソードの電位が-1.5V近辺であることを左右のチャンネルについて確認します。違いがある場合にはバイアス調整半固定抵抗を回して調整します。調整できない場合、回路や球に異常がある?6BM8Pのグリッドカソード間に入っているダイオードの極性間違い?あるいは壊れている?等の疑いがありますので確認します。
  • 第三段階
     左右のチャンネルについて、6BM8Tのプレート電圧がLM317のADJ側(+100V)とほぼ同じであることを確認し、6BM8Pのグリッドとカソード間の電圧を測ります。球によって異なる値を示しますが-13.5Vから-15.5V付近であればOKです。次に、出力に接続した8Ωの抵抗の両端をテスターのACレンジで計ります。2mVAC以下の電圧であれば残留ノイズなのでさほど問題はありませんがそれ以上の電圧が出ている場合は発振か雑音の混入が考えられますので音を聞いてみてから配線や部品をチェックします。
  • 第四段階
     以下の調整は左右別々に実施します。信号を与えない方の入力端子はショート状態にしておきます。信号発生器(Signal Generator)を持っている場合は、1KHz/0.5VAC、SGが無い場合は電源トランスかヒータートランスの5V等、なるべく低い電圧を可変抵抗器を通して0.5VACに落としてアンプの入力とします。NFB経路は接続せずにアンプのボリュームを最低から徐々に上げて出力が2.82VAC(=1W on 8Ω)となることを確認します。この時6BM8Tのグリッドと共通グランド間の電圧が210mVAC近くであることも確認します。300mVACより大きい場合は増幅度が足りないので配線や部品をチェックします。
     以上が確認できたならNFB経路を接続します。ボリュームを最低にして電源を投入して出力に異常がないか確認します。発振している場合はNFBの位相が逆である可能性が有ります。異常がなければSGから信号を与えボリュームを最大にした時の出力電圧が2.82VACとなるようにNFB調節半固定抵抗を回します。これを左右のチャンネルについて実施します。
     最後に片方だけのチャンネルに信号を入れてボリュームを最大にして信号を入れていないチャンネルの出力電圧を測りチャンネル間の漏れ具合を確認します。電圧レベルで1:1000であれば60dbです。残留ノイズが大きくてそれが電源からのものであれば電源の平滑コンデンサを大きくするとか、入力信号系の配線や接地位置(本アンプは6BM8Tの直近)を変えるとかして最も少なくなるところを選びます。
  • 第五段階
     音を聴いてみて問題がなければ完了です。SGを持っている場合はSGの周波数を可変して入出力の周波数特性を確認します。またオシロスコープも持っている場合は、100Hz, 1KHz, 10KHzの正弦波、矩形波、三角波を観察してみてください。特に三角波はアンプの直線性が見えて面白いです。NFBの有り無しで比較しても面白いでしょう。


6BM8のこと

 60年程前に製造が開始され今も供給されている6BM8は、自作やキットに多く使用されているポピュラーな球です。6BM8とその仲間はTV受像器やステレオセットに多く用いられヒーター電圧が異なるだけで名前が違うものがたくさんありますからストックを確認して見ては如何でしょうか。米国系と欧州系をまとめると6BM8がECL82、8B8がXCL82、16A8がPCL82、50BM8がUCL82で欧州系は最初の一文字がヒータ電圧を示していて分かりやすいです。
 よく似た球に6/14GW8(E/PCL86)があり3極管部のμが100で5極管部はほぼ同じですが入手困難となってます。6/9/10/18GV8(E/X/L/PCL85と)もありますが3極管部のμが50で少しゲイン不足ですがロシア製や中国製が出回っています。ECL85もECL86も5極管部の三結データが無いので最適な負荷が分からないのですが本アンプと同じ設定でも良いと思います。格好がよく似てますが6BM8とはピン配置が違いますのでご注意下さい。


製作と音色などについて

 アンプのシャーシーは外箱に合わせてブリキ板を加工して作りました。配線はスペースが無いので大変でした。このアンプの問題点は箱に熱がこもることで、特に6BM8の熱放射で相当熱くなります。残留ノイズは+Bのリップルが少し大きいため1mV程度です。試運転中ですがシンプルな回路の割に良い感じに仕上がりました。音質には直結方式とPMF-3WS-7Kの寄与も大きいようです。聴感は高域控えめ低域は十分と言うところです。回路はお勧めできますので新たに製作するのであればより大きなシャーシーを用い、電源はトランスを変更して傍熱型の整流管(6X4や5Z4)とチョークコイルを使用した方が良いでしょう。
 本アンプはバイアス回路に定電流方式を採用していますので元気な球ならペアチューブは必要はありません。どちらかというと3極管部の特性がそろっていることの方が重要です。ペアチューブはプッシュプル方式で威力を発揮するものです。
 このアンプに使用した「重箱」は、プラスチックの安物ではありますが、かつて我が家の正月やお盆に使われていたものでそれなりの思い出があったのですが世代交代で使われなくなってから久しく物置の隅で埃をかぶっていましたが、別件の捜し物のついでに目に付いていたものです。折しも小さな真空管ステレオアンプを計画していたのでこれ幸いとケースに使ってみました。思い出の重箱にずっしりと重く熱いアンプが詰まったおせちと言ったところでしょうか(笑)。


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