コリオリ力実験


 テレビで天気予報を見ていたら、「等圧線が混んでいると風が強い」ことの説明をしていた。その説明というのが、なんと「ホースの口を狭めると水が急速に吹き出す」というものだった!おい、この人大丈夫か?
 気象予報士たる人がまさかこんな説明を本気で信じているのだろうか?だとしたらあきれた話だ。それともこれは「無知な世間の人にわかりやすく」説明するための方便だったのだろうか?そうだとしても不可解である。ぜんたい、等圧線をホースだと言って誰が納得するだろう?
 もっとも、若い人の理科離れが叫ばれて久しい。中には等圧線の意味もしたがって何故それが混んでいると風が強いのかも理解していない人も少なくないのかもしれない。それで以下ではそういう人のためにおそろしく初歩的なところから説明を試みたいと思う。まさか、気象予報士のような人がこんなことを知らないとは思えないが。

等圧線とは何か?
 まず等圧線である。こんなものが実在するわけはない。これこそ、まさに方便なのである。
 天気図を見ると、高気圧やら低気圧やらがある。台風は低気圧の一種である。これは、場所によって気圧が高かったり低かったりすることを意味する。それで、様々な場所で気圧を測り、それが同じ場所を連ねる。これが等圧線である。
 これは地図の等高線と似ている。実際、気圧の高いところを「気圧の尾根」、低いところを「気圧の谷」と呼んだりする。気圧を標高になぞらえて、等高線の代わりに等圧線を引いたもの、これが天気図なのである。だから等圧線は場所ごとの気圧の差、厳密には単位距離当たりの気圧差=気圧傾度、を読み取るために便宜的に引いたものに過ぎない。こんなものがホースのわけがない。

 だいぶ前だが、別の某気象予報士の人の本を読んだら、こんな記述があった。
西高東低
 ・・両者の気圧差が大きいほど等圧線の数が多くなり、北西の季節風が強く吹きます。
 間違いとは言えないだろうが、これでは「等圧線の数が多くなる(=等圧線が混む)から風が強く吹く」と言っているようだ。そうではなくて、その前に述べているように「気圧差(厳密には気圧傾度)が大きいから」風が強いのである。この文章で「等圧線の数が多くなり」は余計である。
 もっとも、天気図を見る時には等圧線が混んでいるところは風が強いと判断するだろう。勿論それで良いのだが、それは、等圧線が混んでいるというのは気圧傾度が大きいということの便宜上の表現なのであって、本来はその気圧傾度から風を判断するのである。そのことを忘れて「等圧線が混んでいるから」というのは本末転倒であろう。等圧線をホースにたとえるというのも、この本末転倒の延長線上の認識にも見える。

気圧傾度と地面の傾斜
 さて次に、「気圧傾度が大きいと風が強い」というのは何故なのかである。
 これは地面の傾斜にたとえれば容易にわかる。天気図の高気圧・低気圧は地図上の起伏にたとえられたが、そのたとえはこの先も有効なのである。斜面を考える。水でもボールでも、斜面に置くと高いほうから低いほうへ流れる/転がる。風も、気圧の高いほうから低いほうへ流れるのである。そして気圧傾度は地面の傾斜にたとえることができる。傾斜が大きいほどボールは速く落ちるが、同様に気圧傾度が大きいほど風は強くなる。


図1

 図1は斜面にボールを置いた場合である。斜面の傾斜角をθとすると、ボールは斜面をgsinθの加速度で落ちる。この加速度は傾斜角が大きいほど大きくなり、ボールは速く落下する。
 風の場合、加速度gsinθに相当するのが気圧傾度である。つまり気圧傾度が大きいほど風は強くなる。これが大原則である。

 次に、この斜面を斜め方向から見たのが図2である。


図2

 斜面ABCD上の灰色の線が等高線で、傾斜角が大きいほど混んでいる(あたりまえだが)。そしてそれとともに加速度gsinθ(赤い矢印)も大きくなる。くどいようだが、加速度は傾斜角によって変化するので、等高線はその傾斜角の便宜上の表現に過ぎないのである。等圧線も全く同じである。

気圧傾度と傾斜角
 ここまで、気圧傾度を斜面の傾斜角で考えてきたが、実際のところそれはどの程度の傾斜角に相当するのか考えてみる。
 気圧傾度は
と表現される。ここでρは空気密度、Δpは2点間の気圧pの差、Lはその2点間の距離である。地表付近では
 Lとして100kmを考える(緯度1度=111km)。通常それで気圧差1hPaというとかなり大きいほうである。
 つまり、1/10000以下のきわめて緩やかな勾配でしかない。それでもかなりの風が吹くのは、この”斜面”を相当の距離落ちてきて加速されるためである。「地球の大きさ」を感得すべきである。

コリオリ力
 ところで、ここまでの説明を読むと、少しでも気象の知識のある人は「間違っている」と言うだろう。「コイツわなにもわかってへんやんか!」という声が聞こえてきそうである。
 何が間違っているのか?斜面を落ちるボールは傾斜の方向に落ちる。それは等高線に垂直な方向である(図2)。ところが風は等圧線に(ほぼ)平行に吹くのである!上記の「斜面モデル」はこのことを全く説明できない。
 この理由は、地球の自転にある。地球のように回転しているモノの上(《回転系》という)にある物体には《慣性力》という見かけの力が働く。よく知られているのは《遠心力》であるが、他に《コリオリ(Coriolis)力》というのがある。コリオリ力は(北半球では)進行方向の右向きに働く。このために風は等圧線に垂直な方向から逸れるのである。
 これはちょっとムズカシイかもしれない(もっとも昔は高校の地学で習ったものだが)。だったら「そーゆーもん」と覚えておくだけでも良いだろう。
 ただ、これも先ほどの「斜面」で実験してみればよくわかるはずである。図2の斜面を鉛直軸AGの周りに回転させるのである。〔30°回転〕の場合の形状はそのボタンをクリックすれば見られる。そのような感じで一定速度で斜面全体をくるくる回転させるのである。
 図3はその実験結果を予測したものである。ここでも灰色は等高線で、傾斜角が大きいほど混んでいる。
 回転数が0rpmの時はボールは斜面を真っ直ぐ転がり落ちるだけであるが、回転数を上げる程に進行方法が右へ逸れる。ちなみに傾斜角が小さいほど曲がりが大きい。これがコリオリ力の効果である。運動の向きを変えるので《転向力》とも呼ばれる。


回転数\傾斜角10°15°
0
1
2
図3

 地球は3次元の球だが、この回転する斜面は2次元的に模したものなので不正確である。しかし、コリオリ力のおよそのイメージは理解できる。実際、《回転水槽》というのがあって、コリオリ力を受けた海流の模型実験に使われる。

 風は気圧の高いほう(高気圧)から吹き出すが、このコリオリ力のために進行方向が(北半球では)右に逸れる。だから高気圧から時計回りに吹く。そして低気圧に向かって吸いこまれるように吹くが、これも右へ逸れるので、低気圧に反時計回りに吹きこむ。衛星写真で台風に反時計回りの綺麗な渦が見られるのはこのためである。

地衡風
 風は、斜面の傾斜に相当する気圧傾度力とコリオリ力の総合結果(物理では《合力》という)で吹くことを説明してきた。ところで、この2つの力が釣り合う場合が考えられる。気圧傾度力は等圧線に直角だが、コリオリ力が進行方向右向き(北半球の場合)に働くので、これが釣り合うときには風は等圧線に平行になる。なるほど、ちょっと見には「ホースの中」を通っているように見えるかもしれないが、そんなホースはどこにもない。まして、「ホースの口を狭めて」速くなるなんて馬鹿馬鹿しい話は、たとえ話にもなっていない。
 実際には、他に地表面摩擦もあるので、地衡風が厳密に成り立つこともない。まあ、上空1500m あたりではかなり近いようであるが、ひとつの近似概念なのである。

《参考:コリオリ力と地衡風》
 コリオリ力は、速度に比例し運動方向に直角な向きに働く。その大きさは速度をvとするとき、
 fv
である。ただしfは《コリオリ因子》と呼ばれ、
 f=2ωsinφ
 ただし、ωは地球の自転角速度で、
 φは地点の緯度。したがって緯度30度では f=ω である。
 次に、気圧傾度力は、
 ρは空気密度で、地表付近では ρ≒1.2kg/m3。Lは距離で、ΔpはそのL離れた2点間の気圧差である。
 このコリオリ力と気圧傾度力が釣り合うとすれば、
 今、Φ=30°でL=100km,Δp=1hPa(=1Pa)とすると、

 これに相当する斜面斜面の傾斜は、

 そんな、きわめて小さな傾斜で速度10m/sを超えるのである!

斜面におけるコリオリ力の計算
 平面(x,y)に対して角速度ωで回転する(X,Y)を考える(図4)。


図4 (x,y)と回転系(X,Y)
 X=xcosφ+ysinφ
 Y=−xsinφ+ycosφ
 ただし、φ=ωt
 以下では時間微分を 、2階微分 ・・をで表す。
 cosωt−xωsinωt+sinωt+yωcosωt
  =cosωt+sinωt+Yω
 =−sinωt−xωcosωt+cosωt−yωsinωt
  =−sinωt+cosωt−Xω
 ・・・・cosωt−ωsinωt+・・sinωt+ωcosωt+ω
  =・・cosωt+・・sinωt+2ω+ω2
 ・・=−・・sinφ+・・cosφ−ωcosωt−ωsinωt−ω
  =−・・sinωt+・・cosωt−2ω+ω2
 つまり、回転系の加速度(・・・・)には、元の系の加速度(・・・・)の他に(2ωY,2ω)および(ω2X,ω2Y)が加わる。このうちの前者がコリオリ力、後者が遠心力である。

 回転する斜面上では、
 α=gsinθ
がかかるので、
 ・・=α+2ω+ω2
 ・・=−2ω+ω2


解析解
 ここではω2≪1として、遠心力を省略した場合を考える。



 2ωt=π のとき、

 つまり、気圧傾度1hP/100kmの場合の地衡風は、傾斜1/10000の斜面を6時間かかって95km降下した場合に相当する。緯度1度=111kmだから、天気図上ではわずかな距離であるが、実際にはかなりのスケールがあるのである。





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