黄色い熊(個人別全句)

(順不動)
吉眞 (24句) 千笹 (42句) おきろん (72句) 水龍 (21句) 波愚 (72句) 瞳子 (72句) 拓 (42句) 紅羽 ( 6句)
星太郎 (63句) 一白 (42句) 如比雷 (72句) ぎうと ( 6句) わらし (69句) 泰山麓 (30句) 夏天 (36句) もみじ ( 2句)
山童 (72句) 不律 (69句) のぶ女 (48句) 瑞雲 (27句) 子蟹 (42句) 末理 (30句) 遊歩 (33句) ざくろ (25句)
海苔和 (33句)

吉眞
    未だ無き雪の便りや熊の里
    仕舞風呂防火呼びかけ消防車
    河豚刺しの盛られし皿の青き絵図
    思いやる心もつれぬ冬の雷
    紅花の一輪残る雪女郎
    枕べに薬三袋玉子酒
    春たちぬ新車と受ける祓いかな
    論戦をしばし休まぬ風光る
    湖に社は逆さ今朝の春
    さえずりも声も聞こえ来春の風邪
    陽炎や駅はまだまだ遠くあり
    靴を手に回廊巡る古都は春
    知る術はわずかな写真父の日や
    雲の峰満たされし児の寝息かな
    会えぬとはやるせなきことメロンかな
    明日も又難儀な仕事冷し酒
    口の中左右に転げ氷り菓子
    古釘に簾を吊す転居かな
    砂利踏むは帰りし妻か百日紅
    お絞りにお茶と軽焼き炎暑かな
    灯を消して四方の戸を開く夕すずし
    夏はゆく縁無き人と悟りけり
    電車乗る祭りの子等の鈴の音や
    落雷や縁側の無き仮住まい

千笹
    熊の出る話や今日の野菜の値
    ほだ火燃え黒人の肌照り映える
    河豚ばかり釣れる日となり早帰り
    我が友は回教徒なりこの聖夜
    帰京の荷晦日蕎麦打つ道具粉
    カーテンを開いて陽待つ冬至明け
    帰京して雪無き道や三が日
    帰宅して七草過ぎに賀状かな
    重箱を片付けながら数の子も
    冬の雷吹雪に消さるうなりかな
    雪女郎の如く河馬のせまりくる
    玉子酒ネービーラムで作っても
    地吹雪に押され行く道春立ちぬ
    論をして寒さ増さりて小買い物
    身の憂きや破れし合羽けふの小車
    冴返る月の形見は霧氷かな
    梅の香や迷う心の失せし時
    雪のした流れる水が凍る音
    如月に凍りし滝や夜叉となり
    鯡焼く煙を乗せてリフト降り
    同級の少女の孫と橇を押す
    風薫り授業に寝る子の数増えて
    竹の子も木の芽も共に渡来なり
    五月来て畑おこしてカラスかな
    時鳥今年も聞かぬ夏ならむ
    桂木のハートの若葉香る朝
    湯豆腐や花無き里のリラの冷え
    u縁こそ」のレコードの音蚊遣りかな
    ほだ火燃え祭のボンゴ光る肌
    落雷の3本立ちて雨期終わる
    長雨して蜩の脱け殻流れたり
    御神灯ついとこぐったパナマかな
    水施餓鬼燈籠流し卒塔婆かな
    秋の雨相合傘の末かけて
    今日の月我も忌むなる片見月
    石橋の謡冴えたり女郎花
    溶けるごとヒトリシズカの消えにけり
    赤トンボ引かれてゆく雌わき見して
    世に生きてなくツヅレサセがを張りて
    雪虫の飛ぶ晩秋の薄明かり
    むかご飯半纏を着た芸者の子
    鴨来る思い切らっしゃれ泣かしゃんな

おきろん
    黄色い熊などゐるはずがない落葉踏む
    瓦斯の火を鎮めておでん鍋の音
    河豚刺や開き直りを覚えたる
    極月の寸止め上手く出来ません
    煮凝や男はなべて消耗品
    忘らるることのしあはせ冬紅葉
    クリスマスケーキののちの塾通ひ
    晦日蕎麦そろそろ贔屓の歌手出るか
    年逝くや俳句に遊ばれしままに
    それなりに過してゐたり三が日
    たまごひよこめんどり尾長賀状来る
    二の重の数の子かなしく残りけり
    寒雷や如比雷さんの耳うごく
    長居して膝が溶けだす雪女郎
    襖ごしのテレビの笑ひ玉子酒
    立春の風巻く救急ヘリの赤
    議論激論やがて空論猫の恋
    南よりやおら春立つ気色かな
    着メロの犬の鳴き声冴返る
    梅東風や試飲牛乳置いてゆく
    雪解風水神龍神目覚めけり
    きさらぎの空のあかるき愁ひかな
    するりするり鰆の骨の抜け機嫌
    春星満つ少年と呼ぶ儚さに
    ずるずるぐすぐす春の風邪もどき
    糸遊やこの島の鳩痩せがちに
    磨り減らぬ靴の十年草青む
    養花天ベトナム製の雨合羽
    春眠やもう五分だけ二分だけ
    ころんでもにこにことくるつくしんぼ
    子等とうに巣立ちし庭の鯉幟
    みどりの日だらしなく着る迷彩服
    さはさはと屈託のなきライラック
    園庭のリズム体操風薫る
    筍の場所わきまへず轢かれけり
    五月来る恋知り初めし少女らに
    記憶にはありやなしやのほととぎす
    渓若葉橋のたもとの忠治蕎麦
    木綿豆腐のごとき二の腕更衣
    小マル並ぶ漢字テストやさくらんぼ
    テニスコート潰して墓苑花南天
    一音のくぐもるピアノ走り梅雨
    父の日の父は放屁をはばからず
    梅雨しとど花田満の帷子に
    アダン炎えやんばるくひなの眼血走る
    対角の左端にて冷し酒
    目から鼻へ抜けてみどりの風の中
    雨上がる回転扉押して夏
    百日白竿さし上ぐる老の腕
    軽犯罪さそはれやすき熱帯夜
    強震の怖さは言はで夕涼み
    縁絶えたり蚊帳に添寝しくれし叔父
    川面に辿る祭提灯宿作務衣
    落雷しるき欅一樹や夕の鐘
    かなかなや卒塔婆斜めに疎に密に
    北へ行く尾灯しばらくちちろの夜
    流し得ぬ過去の一点送り舟
    九月の空愛想笑ひと雄叫びと
    鈴虫鳴く地に選ばれし者のごと
    玉蜀黍いかんせん顎疲れけり
    秋霖や長半迷ふ旅支度
    満月の十字にひらきかがやけり
    石あたま叩けば夜の蚯蚓鳴く
    国語教師いびつなどんぐりを愛す
    杜のフレンチ豆と茸が決め手
    芋の葉や通用門は細く開き
    妖しとも楚々とも夕の杜鵑草
    秋の蝶鉄路に翅をたたみけり
    羊頭狗肉なべて事なき学園祭
    晩秋の赤坂に影濡らしゆく
    うそ寒や芸とも云へぬハードゲイ
    秋惜しむ東京の湯のコーラ色

水龍
    熊撃ちのふるへてをりし指の先
    口重き人はなしだす榾火かな
    河豚鍋やみな遅れなきやうに来る
    極月の妻たのもしく見えてきし
    湯豆腐の湯気はなやかに消えゆけり
    忘却の果てへ凩吹きにけり
    父抜きに慣れてしまひし聖夜かな
    目のあひてうなづきあへり晦日蕎麦
    災といふ字の多き日記果つ
    南洋に水漬く死者たち三が日
    手短に癌を告げたる賀状かな
    数の子や死者刻々と増えゆきぬ
    寒雷に慣れたるころの辞令かな
    腰までの黒髪で来い雪女
    家にまで持ち込む仕事卵酒
    春立ちぬ部員九人の野球部も
    無神論うそぶいてゐる余寒かな
    水の沸くやかんに春の気配かな
    震度七起震車体験冴返る
    梅が香やかくしきれざる罪いくつ
    春水に羽音落として翔ちゆけり

波愚
    熊穴に入るも叶はずさまよへり
    火酒飲みて勤労感謝の日を感謝
    虎河豚や糶り場に踊る黒袋
    極月や間延びして鳴く鳩時計
    消しゴムの硬くすべりて冬ざるる
    忘ること上手きお方の懐手
    僧宅の窓にもクリスマスツリー
    碗持ちてほつと息つく晦日蕎麦
    災いの年よさらばと(しめ)注連飾る
    何もせぬのに疲れたり三が日
    犬宛てに犬の主治医の賀状来る
    数の子を幼けなき子にしゃぶらせぬ
    冬の雷仏陀まなじり決しをり
    足跡を消し消し去るる雪女郎
    玉子酒夢に親父の出でにけり
    春立ちぬ何かが動く気配して
    筒の梅論座に無口なる男
    身一つやつとわが島けふや春
    冴返る雀の群れて口重し
    梅二輪挿して少女の大人びぬ
    淡雪の流るる水に捕らはるる
    宴席を逃げ如月の夜に吼ゆ
    椀底に開かぬ蜆の依怙地かな
    棒切れの少年出るや春動く
    身構へていてもするりと春の風邪
    かぎろひの色を探してみたりけり
    雪解野や去年踏みしめし靴の跡
    雨なればやはらかき雨初桜
    春眠や恋はなかなか成就せず
    往く道は右か左かつくしんぼ
    北国の空は萌え来ぬ鯉のぼり
    春の彩吸い込みすぎて夏隣る
    双無(さうな)しは暮れゆく刻の落花かな
    何かいいことある予感風薫る
    筍の土突き抜ける夜明けかな
    口紅を変えて五月の恋女房
    ほととぎす九十九に白き道標
    円やかな今朝の大気や街若葉
    絹豆腐つるり飲み込む薄暑かな
    さくらんぼぼの口をしてキスをせり
    花南天淡墨て暮る鬼門かな
    はにかみも混じりし今朝やクールビズ
    父の日の父の机の古季寄せ
    水面に満面の河馬梅雨来たる
    荒ぶりて夜叉と化したる女滝かな
    冷酒やジャズもの哀し裏通り
    目ン玉のころりと落ちる炎暑かな
    一人せば皆も寝転ぶ夏座敷
    百日紅あの先生の訃報聞く
    軽ろき音させて飛び込む河鹿かな
    涼み台今や昭和も遠くなり
    金に縁無くて真夏の重さかな
    祭りの匂ひさせて少女は走り抜く
    雷光に街一瞬を切り取らる
    かなかなの遠き近きに覆はるる
    夜店の灯客よりも先ず虫が来て
    流燈を消してあなたは行きにけり
    九月来透明なもの動き出す
    選ばれし者の如きに案山子かな
    もろこしの零れを待てる野鳩かな
    秋雨やぶつぶつぶつと妻の愚痴
    幾度なく外に出でやつと良夜かな
    ける人もけらるる石も秋の中
    どんぐりを拾ふ昔を拾ふごと
    天狗茸群れゐて人を寄せつけず
    石段の上に石門高き天
    風の野に舞ひて紫式部かな
    鴉の子別れに疲れ眠りけり
    夜霧立ちなほ古めかし学舎かな
    晩秋を湛え暮れゆく山湖かな
    芸の道極めゆかしき文化の日
    犬の毛のはらりと抜けて冬隣

瞳子
    熊里に下りて哀しき末期かな
    埋火として抱へゐる想いかな
    名優のあたら命よ河豚の毒
    極月の托鉢僧の若きかな
    冬花火消えて秩父の山の闇
    山茶花やさゝやかれしを忘られず
    明らけく教会灯り聖夜かな
    修了書掲げ主(あるじ)の晦日蕎麦
    マフラーの結びよく似て行き違ふ
    夕映えて富士美しき三ケ日
    たゞごとの如き添へ書き賀状来る
    数の子の美(は)しき形や母の櫛
    寒雷やこころの洞の大きかり
    雪をんなひだりの顔をみせたるや
    卵酒卒寿のひとの逝き給ふ
    立春や非常階段に鳩睦む
    口論の果てて覚ゆる余寒かな
    水温む夜陰に君の気配して
    暮れなずむ高速道や冴返る
    白梅や闇深かりしをんな坂
    せせらぎの固き音して春の水
    ふっきれて如月の坂登りけり
    手のひらに透け入らむかな桜貝
    北窓を開け少年の背伸びかな
    なにもかも気怠き午後や春の風邪
    陽炎を抜け黄泉からの訪問者
    靴脱ぐや蛇穴を出ずころならむ
    夕桜雨にけぶれる忌日かな
    美女にして春の眠りを貪れり
    両の手の土筆捧げて子の戻る
    鯉のぼり肩車の子よく笑ひ
    描きかけの水彩画帳春の雨
    酒蔵の暮れなむとして落花かな
    薫風や海の上なる滑走路
    竹の子や庫裡の裏手へ回り道
    透明な風のキャンパス聖五月
    ほととぎす名乗りの声を聞かぬまゝ
    踏み出せる朝の吊り橋若葉風
    朴の花峡の豆腐屋目覚めけり
    さくらんぼ天使のかけし釉(うはぐすり)
    小糠雨とんがってゐる花南天
    茅葺や雨にこぼるゝ柿の花
    父の日やはずしたまゝの老眼鏡
    ひそやかに薔薇の香満つる一周忌
    紫陽花や闇しのびよる眼鏡橋
    冷酒酌む逢ひたき人に逢へぬ夜は
    耳朶に残れる記憶蛍の火
    枕ひとつ転がってをり夏座敷
    炎ゆるがに百日紅の街路かな
    風鈴の軽き音ひとつ昼下がり
    涼みゐる生家古りたり星数ふ
    凌霄花(りょうぜん)や縁といふを信じやう
    祭礼やをとこの堅き力瘤
    雷走る闇を切り裂く刃をかざし
    ひぐらしを身近に聞くやひとりなり
    灯ゆらめき心ゆらめき送り舟
    漂へばこの手とどけと精霊舟
    真っ直ぐに九月の女眩しかり
    あぶれ蚊に選ばれをりし腕(かひな)かな
    唐黍や有線放送鳴り始む
    秋霖やいつかこころの濡れゐたる
    満月に曝せばこの身変はるやも
    秋麗や石垣低き在の家
    ふるさとに団栗の降る夜なるか
    美しく生まれ哀しき茸かな
    秋高し威風堂堂大手門
    息できぬ記憶ありけり金木犀
    ゆったりと低く翅うち秋の蝶
    夜の更けて名残月挙ぐ伽藍堂
    船着場朽ち晩秋の夕日かな
    脚長き大道芸人秋深し
    日をこぼす雑木林や冬隣る


    極月や余白の見えぬ暦かな
    逆光の夕日に消ゆる雪蛍
    埋火や忘れたきこと忘れ得ず
    ルミナリエ光の中の聖夜かな
    紅白の済みし閑けさ晦日蕎麦
    数え日や過ぎゆきしもの皆美しき
    三が日過ぎて戻りし主の座
    毛筆のかすれて美しき賀状かな
    数の子や口に残りし粒を噛む
    寒雷や玻璃の細かく震えける
    風しまし遠野の里の雪女郎
    母在(いま)さば何はともあれ卵酒
    春立ちぬ背丈の伸びし隣の子
    論題を変へむと空の咳ひとつ
    水菜てふ野菜も添へて今朝の膳
    冴返る残る空巣の高さかな
    梅匂ふ斜めに貼りし千社札
    白魚の水の色して掬はるる
    如月の谿に谺すチェーンソー
    来し方や曲がりくねりし蜷の道
    少年の遠き口笛下萌ゆる
    春の風邪もらひし人の憎からず
    陽炎や晩学の道はるかなり
    春の泥踵に乾く赤い靴
    春灯小雨にうるむ大通り
    春眠や遠き始業のチャイムかな
    地方紙に包まれ届く土筆かな
    急流に影遡る鯉幟
    かたかごや遠き都の花の彩
    早蕨や口をへの字の羅漢さま
    薫風や少女は髪を掻きあぐる
    筍の剥かれて青き香を放つ
    朝刊をめくるそよ風聖五月
    ほととぎす深山の峪の谺かな
    若葉風駕籠にゆかしき斎王代
    生け垣の低く刈られし街薄暑
    種吐きつ何か言ひたきさくらんぼ
    南天の花は見ず葉を摘みにけり
    生き方を変えてみてはと木葉木莵
    父の日に亡父の句帳開きけり
    黒鯛や潮満ち来たる難波潟
    遊ぶことやまず生徒の目高たち

紅羽
    熊来しと聞きし山小屋ひっそりと
    火守りの竈の鬼面懐かしく
    ふんわりと姿あらわすふぐ提灯
    三が日空に浮かびし富士の山
    賀状来ぬ人の思い出よみがえり
    かりかりと数の子の音を楽しむ

星太郎
    山追われ熊や無念の無機の音
    試歩の杖見守る焚火あたたかし
    河豚刺しや我が家の絵皿にせ伊万里
    極月や過去と未来の交差点
    知らぬ字や年末賞与消滅す
    七転び八起きも忘れ年惜む
    クリスマス光の河に溺れけり
    バラバラに家族離れて晦日蕎麦
    我が肩の長き問題煤払ひ
    我が鼻や熱弁振るう三が日
    墨太や恩師の賀状道しるべ
    数の子や不況に追われ姿なし
    寒雷やほろ酔い醒ます終電車
    午前二時非通知電話雪女郎
    玉子酒受け継ぐ味と飲む姿
    立春や物理法則曲げられず
    噛み合ぬ党首討論春遠し
    水温む屋台の姿消してをり
    泣き脅し振り込め詐欺や冴返る
    一輪の梅に近況語りをり
    温む水微分積分まだ解けぬ
    如月や羽二重似合う金閣寺
    アッカンベェ悪足掻きなり大浅蜊
    少年や惑うでないぞ蜃気楼
    伸びる影足どり重き春の風邪
    かぎろひやチンチン電車よろけ行く
    春時雨長靴屋敷子連れ猫
    雨あがる夕日に浮かぶ老桜や
    春眠や姑鬼嫁角隠す
    遍路みち土筆と並びひと休み
    初孫や眠り解きたる武者幟
    春の風緑彩揺れる甲子園
    冴返る雲も晴れずに落第す
    薫る風親し老木語り来る
    筍や駅にも生える新聞紙
    ちぎり絵の鯉が飛び出す五月来る
    山の中特許許可局ほととぎす
    若葉風ストレス鎧解き放て
    山清水角ばる豆腐揺らぎをり
    水はじき早く食べよとさくらんぼ
    南天の花に聞きたし運命や
    青嵐選挙演説勝りをり
    父の日も居場所は同じベンチかな
    炎昼や満場一致ほど遠し
    青梅にやもめ男や目もくれず
    蜩やひと鳴きごとの物語
    秋の夜や長々灯る会議の灯
    流燈会二人仲良く舞踏会
    学び舎に声の渦巻く九月かな
    鰯雲車窓選ばず泳ぎをり
    もろこしやかじり尽くせど列車来ぬ
    じゃじゃじゃじゃんタクトひと振り秋の雨
    名月や破れ障子に浮かんでる
    ケンケンパ川石渡る秋日和
    団栗や我も新調ベレー帽
    マニュアルの通りに行かぬ茸山
    愚痴消えゆ五右衛門風呂や星月夜
    萩みても俳句浮かばぬ二年生
    角切られ哀れ悲しき鹿の声
    ヨン様と泣き叫ぶ妻がちゃがちゃと
    晩秋やまぬがれがたし退職日
    秋深し忘れ物なし安芸キャンプ
    迫り来る昇任試験夜なべかな

一白
    熊手で掃いてまっすぐの小春かな
    電気行火猫に取られ月白し
    釣り五目好かれしは赤目河豚かな
    極月や金の工面のせわしさよ
    凍滝や消えゆく記憶よみがえり
    父母のやさしさ忘れ冬日向
    クリスマスリストラ会議延々と
    故郷や年越蕎麦のなつかしき
    寒月や心を灰に染めたり
    寒雷やストレス多し酒多し
    雪女消えてゆくなり温暖化
    玉子酒味を覚えてせがみけり
    如月や古本屋にて時刻み
    公魚やからりと揚げて躁になり
    少女の面影残し辛夷咲く
    春の風邪医者のせき込む姿かな
    陽炎や過去にながれし君の夢
    靴を替え新人気分春の朝
    鯉のぼり雨を食らいて凛々と
    北の雨桜彩彩散りにけり
    さんざめく草餅少し来客に
    死に急ぐ樹海の夜に風薫る
    のこめしや子の大好きとなりにけり
    若人の闇に彷徨う五月かな
    父の日やお謡の声なつかしき
    蝉時雨齢満つる日に果ててゆく
    ありあまるやるせなさかなメロンくい
    百日紅母の命日忘れたり
    夏服や心の病軽くなく
    納涼舟帰る足なし大地震
    炎天下和に縁なしかパレスチナ
    夏祭り淡い恋などありません
    遠雷や過ぎ去り日々胸さわぐ
    かなかなや鳴く声かなし山の道
    勉学や灯火遅く夏休み
    送り舟静潤の時波ひとつ
    秋の雨人遣りならず我が身かな
    名月や問題山積心憂し
    秋の夜化石となりし我が仕事
    晩秋や本を抱えて家路つく
    秋寒し弾き語り芸ひかるかな
    露寒し窓は凍りて朝の会

如比雷
    熊除けの黄色いラヂヲ虎印
    雪原のホモ・サピエンスよこれが火だ
    薄紙を透かして青しふくの皿
    つらぬく棒千切っては投げ極み月
    消し難き古傷疼く霜夜かな
    忘れ得ぬリヴァプル訛りイマジン忌
    焚刑の魔女の叫びやクリスマス
    晦日蕎麦疾く一年を啜り込む
    枯野行く枝打ち枝に足とられ
    三が日コンビニなんてなかったさ
    賀状刷るついでに札も刷ってみる
    晦日雪塩数の子は間に合はぬ
    大漁旗寒雷何ぞ遣らふべき
    幽けきや兎の毛先雪女郎
    酒あらば玉子は要らぬ俺の風邪
    春立つ日風見鶏見る天神さん
    予算委のこんなん論議ちゃうやんか
    みちのくに野球芽吹きてけやき直ぐし
    岸壁の腕千切れむか冴返る
    梅が香や君子逃ぐるに如くはなし
    春疾風まだ水曜日疲れけり
    公達の如月に果つ入日かな
    いかなごののたりの海に湧いて湧く
    げんげ田を少年探偵団が行く
    シューマンにまどろんでゐたよ春の風邪
    陽炎とミジンコだったりする俺と
    彼岸会や小さき靴も並びゐて
    泰山のひと雨ごとに高笑ひ
    買えるなら春眠十文二十文
    つくしんぼ浸しに見ゆる食ひしんぼ
    初幟玉のやうなり完熟児
    はるか尾瀬七彩の風逝ける春
    沙羅の花九代目清(すが)し落語会
    薫風のモカコーヒーは苦くない
    筍は灰汁も丸ごとソテーする
    バター塗って五月の女王艶めきぬ
    一日中山道ゆきて不如帰
    若葉道親父の貌の免許証
    紙芝居豆腐屋のらっぱ金魚売り
    富士恋ふる日系びとのチェリー哉
    南天の六弁いづくに朱の宿る
    老兵の三八銃や皐月闇
    父の日の見破られてゐる照れ隠し
    満を持して猶ほしくじりぬかたつぶり
    あなうなぎやまのいもとはめをとらし
    湯引あれど去年の冷酒は酢となりぬ
    混沌や目鼻彫られし丸西瓜
    わらしです自転車旅行も暑かとです
    百日紅悟空が恥じらひ咲くばかり
    雷近し軽便列車砂を撒く
    異現実スピルバーグに涼みけり
    掬はるる金魚も「多少の縁」ナノダ
    締込の祭若衆へ川の風
    風神おきろん雷(いかづち)御して
    蜩や観衆失せし大銀傘
    浜万年青灯台守が孤塁かな
    ゆく河の精霊舟の六十年
    被災せるはいづこも弱者この九月
    鯖雲や選ぶ権利と言はれけり
    唐黍か醤油こんがりこの匂ひ
    良心も泣ひてをるらし秋の雨
    名月や十三七つで四十億
    OLが石碑読んでる濠澄める
    団栗の気分セピアに染めにけり
    あな驚ろし知らぬ種ばかり茸汁
    幽門にピロリ菌居て夜の長き
    ねえきっとかぼちゃの大王来るわよね
    蝦夷鹿の視線哀しくシェフを射る
    横顔の汝はコスモスのガラス越し
    晩秋の造化ミレーを模倣哉
    身を助くる芸あらまほし濡落葉
    文化功労者天覧試合は遥けくて

ぎうと
    遍路みち雨の匂ひも雨の音も
    春眠やトトロの歌の聞こえをり
    銀輪の過ぎ行く下に土筆かな
    金太郎鎧兜に初幟
    信夫野に彩散らしたる四月かな
    桜散って空より落つる乱光線

わらし
    別れたり彫り熊土産白薄ら
    分け合ひて火鉢残りし一人あり
    草河豚や母味噌汁の朝遥か
    川流る極月の影横切りて
    消息を喪中ハガキの伝え来て
    忘年を望年会とメール来る
    クリスマス俺のためとて一升瓶
    晦日蕎麦どん兵衛化ける平凡夜
    一年を風囲い無く生きており
    三が日古地図に埋もれ時空読み
    ばらまきし年号忘れの絵の賀状
    数の子や塩抜き不足独り噛む
    寒雷やびびりまくりの雪女
    ゲレンデの滑りに吐息雪女
    雪女風邪を引いたか卵酒
    春立つ日画布の山脈筆を終へ
    水仙香詩論私論の稿包み
    みつけたり柳の芽吹くけふの宿
    冬鳥の洲に群れ眠り冴返る
    けぶる木々まず白き梅咲きのぼり
    石垣の懐古に咽せる太水雲
    二日酔いベーコン炒め如月菜
    のれそれや酢の物なりて水の色
    少年の手の幻の土筆採り
    春風邪かセイル林立望見す
    かげろふの下り坂道港まで
    春光やベッドに転がる靴のまま
    すべり台錆と反射と菜種梅雨
    春眠し栞代わりの涎跡
    土筆殿パック詰めにて値を貰ひ
    花散りて宅地販売幟立つ
    音淡く彩やさらりと花吹雪
    さらに舞ひ車止めてむ落花みち
    風薫る檜の花粉運び来て
    竹の子や光る産毛の背に腹に
    五月生いや増し滾る創りの血
    お見舞いよ桜桃の郷看護師も
    訪ひし南天の花ルージュの実
    六月やベッドの上の礼文島
    父の日やぶった切らるる大まぐろ
    満潮の渦巻き捉ふ魂水母
    藍と紺夜光虫波や眼をも染む
    野の家や十割蕎麦と冷酒あり
    有線の耳に張り付く草いきり
    自転車を横倒して海南風(うみみなみ)
    風触れて幹艶やかに百日紅
    夏雲や軽き孤舟淀みおり
    艫(とも)を入れ涼みし葦原水濁り
    蜘蛛潰し縁無き衆生ランチ食ひ
    外食屋テレビの祭ぼやけおり
    遠雷やサラダに掛けたドロソース
    かなかなや照れも付き添ふ二人道
    旅路満ち宿のカンナや灯ふう
    精霊の流れに沿うて二つ影
    九月旅花も歩幅も広がりぬ
    二度掛けの秋のぐい呑み選にもれ
    旅先のもろこしの髭あいうえお
    秋の雨アイルランド紀行ページ繰る
    満月や産毛ふわふわ野に街に
    ススキ茫石の沈黙囲ひたり
    ジョッキ泡団栗ポチャンアハハハハ
    椎茸よなぜお前だけ生(なま)かぶる
    肛門苛霧立ち人なりキャンプ場
    岳樺息子黄葉の空見るか
    鮭の秋息子知床生きてあり
    夜寒なり波ふてくされ崖を押す
    晩秋やまろく丸まる己が魂
    これが芸明治のSL秋時雨
    教会は森の小径の秋の奥

泰山麓
    闇に浮く伊豆の山波冬の雷
    匹如身(するすみ)に温かならむ雪女
    もの言はぬ母のすすめし玉子酒
    再発を憂ふる妻の冴返る
    母亡くも太宰府の梅匂ひけり
    水差しに花盗人の椿かな
    如月に妻の和毛(にこげ)も萌えにけり
    目刺し食ひ小さき命腹に貯む
    春潮に少年の頃乗せてみる
    春の風邪涙目でみる杉花粉
    還暦や陽炎の径ゆくごとし
    靴先にタンポポのわた掠め来ぬ
    へんぽんと翁の胸にも鯉のぼり
    菖蒲湯に妻の色香も彩増せり
    酒を聞き草笛鳴らせ楽土あり
    異動の日窓を開ければ風薫る
    筍の薄皮剥けば土香る
    鼻も眼も五月の風に透き通る
    かの山の深緑想ふほととぎす
    花散らし若葉装ふ老木かな
    鮎焼きし煙にむせて豆腐食ふ
    甲斐もなく亡き父偲ぶ父の日や
    満天の星ちりばめし夜光虫
    青梅雨に八重山の青芽吹きけり
    潮香る祖母の笑顔と百日紅
    軽石を投げて弾ける夜光虫
    ユリカモメ船泊にて涼みをり
    団栗と遊ぶ術すら忘れをり
    舞茸の天そば食ひし君いずこ
    定年の門出祝ひて吾亦紅

夏天
    時雨るやなめとこ山の熊ひもじ
    亡き人の衣に残れり焚火の香
    出所せる河豚料理人朝の街
    極月やあたらしき札数へをり
    追憶の消失点やしずり雪
    年忘れあの日のわれも忘れたし
    降誕祭地上の星のさんざめく
    蕎麦ひとつ数を減らして年越しぬ
    冬ざるる遊郭跡の色硝子
    街角のしんとしてをり三が日
    年賀状心躍りてのちの鬱
    美味そうに数の子喰らふ父なりき
    なくしたる老眼鏡や冬の雷
    坂道のスリップ覗く雪女郎
    蘊蓄を語らで済まず卵酒
    立春やいまだ届かぬ受験票
    論じても甲斐なきゲーム冬尽きる
    耳立てて山の声聴く兼好忌
    真闇より読経の声や冴返る
    紅梅の蕾ふくふく和気神社
    水門に春一番や龍目覚む
    卒業やそれぞれの道光満ち
    友ありて大浅蜊食す春岬
    渦潮をみつめて去らぬ少女かな
    伊達者の息子悔いたり春の風邪
    糸遊にスキップのミニスカートかな
    靴擦れと言えず歩みし春夕焼
    校庭のミモザけぶりて雨しずか
    春眠に李白出で来て酒注げり
    帰るバス土の香満てり土筆摘み
    海鳴りや五月幟の尾のゆれて
    椿にも光る彩なす君のあり
    逆恨みくるくると舞ふ落花かな
    待つ列にプリーツひらり風薫る
    たかんなや料理上手と誉められて
    ユダのごと彷徨い歩く五月来る

もみじ
    道草に旅人さそう曼珠沙華
    柿もみじ変身手品一夜芸

山童
    里に熊コダマせわしく日暮れけり
    狐火や尼僧の木魚迷いなく
    ストレスを腹一杯に河豚の顔
    ポストまでふんばっている極月
    隙間風人並み消えた仁王の眼
    年の瀬やあれもこれものメモ忘れ
    松籟の湯気の向こうに聖夜かな
    新札を袋に入れて晦日蕎麦
    老夫婦師走に夢を二枚買い
    三ケ日を過ぎて焼き場の煙かな
    年賀状あの道この道まわり道
    数の子の卵の数を子に聞かれ
    冬の雷拉致する国とサッカー戦
    ママなのと孫のかく絵は雪女
    念おされ徹夜仕事の玉子酒
    立春の魚釣る人の孤独かな
    論争の居酒屋外は冴え返る
    水戸の梅山馥郁と今朝の寺
    冴え返る上棟式に下戸二人
    白梅や赤字申告すませけり
    雲水の行く先知らず春の雪
    如月や猫甘えてる妻の膝
    浅蜊汁二人寄り添いジャズの音
    少年の石の跳ねゆく春の川
    春の風邪赤提灯を遠く見て
    関が原眠る武将は野馬て
    春の道ポストの上に子供靴
    震えてる子猫拾いて雨宿り
    春眠を手荒く起こす余震かな
    ハ-モニカ聞いてる土手の土筆たち
    腹の中見せて雄姿の鯉のぼり
    冷酒と彩に酔いけり江戸切子
    サ-カスの空中ブランコ蘭の花
    風薫る大会祝辞ながながと
    筍や湯に入れなむと裸にし
    ロボットにマンモスもいて五月病
    一気飲む歓迎会やほととぎす
    鉈仏の僧の気迫や若葉風
    豆腐屋のラッパ遠くて虹の橋
    宝石を味わう如くさくらんぼ
    南天の花咲く寺に厄納む
    六月や季のせめぎあう部屋の中
    父の日や不器用に棚作りいて
    豊満なニ-ト娘のサングラス
    愛溢る靖国の森にめまとい
    冷酒に心の氷溶けゆきて
    停電に耳つんざいて雷暴れ
    回転す鼠花火に悲鳴かな
    百日紅背の陰哀し六地蔵
    軽口をたたいてお代わり生ビ-ル
    湯の町のからころ音なふ夜涼み
    仏縁や南無阿弥陀仏草むしり
    玄関の靴あちこちに夏祭り
    落雷の海見つめてる風見鶏
    かなかなや刺客の影が迫りくる
    盆の灯や地獄の鬼の公休日
    生き恥を浮きつ沈みつ燈籠流し
    見送りて介護車九月の街となり
    新米は仲良く選び嫁姑
    もろこしの煙の中のごつき手よ
    秋の雨新聞配る子の笑顔
    名月や子守唄には山河あり
    秋の波洗いては流す石畳
    団栗を蹴落とし僧は鐘をつく
    海越えて出稼ぎに来たる松茸
    無門関禅問答の虫の声
    芒野や第九流れる蓄音機
    全壊の村ちりじりに赤とんぼ
    世をすねて眺むる月や外国船
    晩秋や嘘うそ嘘と受話器おく
    黄葉踏む大道芸の皿まわし
    蛇笏忌や破れ障子の月もよく

不律
    極月やバイト娘の大財布
    消し難き悔道連れに行く枯野
    冬ソナタ吾を忘れし更年期
    ヴァイナハト独製クリスマス・メール
    念入りに年越しそば屋三軒目
    今が旬さざんか街道紅と白
    三ケ日犬にもあるか素直なる
    初対面孫の賀状はツーショット
    数の子を通販でとる現代(いま)夫婦
    しわぶきと渋茶が似合ふ冬の雷
    雪をんなニューモード着てにんまりと
    まとゐして片目つぶれば玉子酒
    春立ちてその日スタンド真つ二つ
    春議場論客迷路袋小路
    見てほうらやっぱり春の気配だわ
    冴返る肌突き刺さる温度計
    何色のゑのぐを溶かん梅見ごろ
    子ら歌い三連水車回り出す
    如月はけふも小春の手を引いて
    泣きながら浅蜊砂吐く唐文様
    鳥雲に少年未来を置き手紙
    我が儘も混じり加減や春の風邪
    陽炎ひて離れゆく妻止めもせで
    靴の紐しかと結ぶ日新学期
    告げぬまま教壇降りぬ春小雨
    春眠や夢の結末とつおいつ
    どこ截(き)って見ても碧空つくしんぼ
    染め上げてまづ川くぐる鯉のぼり
    春の彩一挙あやふし警固断層
    さなきだに昏れて静けき落花かな
    花去つて薫風よしの如意輪寺
    竹の子に貼られ笑顔の生産者
    輝けもつと僕の五月の筈なのに
    余人消え孤老友とす不如帰
    若葉風妖精と化(な)る振付師
    一年生あさの豆腐屋初の客
    加州から陽を売りに来たさくらんぼ
    花南天奥の謡ひは羽衣か
    寝椅子買うて妻休らへば初夏の風
    父の日や記憶の隅の濡れ落葉
    潮満ちて船乗り込みは海老一座
    汗光る野球ボーイの眼に未来
    友ありき冷酒大ボラ大爆笑
    立って見て目線人並み風太の夏
    転んでもファインプレーだ甲子園
    たわわとはかくをこそ言へ百日紅
    一里塚身軽うなって盆支度
    顔見せぬ人の噂や涼み台
    縁ぢややら共に夏やせ風邪気味
    樽神輿パパと揃ひの法被着て
    サルビアの紅が憎いと雷雨猛る
    老犬と蜩街道万歩計
    雨乞ひの首尾こそ今宵宴の灯
    賑やかに別離消す人送り舟
    九月賛ざくろの紅と空の蒼
    野分さへ恋路か選ぶ二人旅
    歯並びのドレミフアもろこしハーモニカ
    新妻をコートでかばふ秋の雨
    名月や避難所窓ごと幸配る
    石蹴って教師決断休暇明け
    団栗を踏んで見上げる梢かな
    声届くところにゐるのよ茸狩り
    秋の門出ばな頭蓋を五針縫ふ
    また会ふ日ひと葉づつ告げ銀杏散る
    騎手よりも時計気にする秋の馬
    宵寒を斜に生きる頑固爺
    晩秋や凡愚の果ての往生記
    怒りの火パリ芸術の秋非常
    柿紅葉寝床の主は乙な犬

のぶ女
    油断せし薄着を襲う春のカゼ
    石神井やボート小波にかぎろいき
    ブーツ脱ぐ上海娘の歌う春
    にわか雨黒土たたくや富士の春
    春眠や約束反古の床の中
    幻と今はなりにけりつくしんぼ
    静まりし商店街の幟かな
    春昼やみどり彩なす都庁前
    さくら去り花片集う庭の隅
    愛(かな)しきは閉める音背に風薫る
    のこめしの芳しきかな今宵また
    キャンバスの賛美歌聞こえ五月来る
    富士裾野鳴いているやもホトトギス
    若葉吹きホームレス人(びと)のゴミ拾ひ
    鍋のなか豆腐揺れてる初夏の朝
    艶やかなまま空輸されにしさくらんぼ
    生薬の微かなにおい花南天
    土砂降りや逃げ惑う猫路地の主
    父の日のスキップ愉しき父子(おやこ)かな
    満つ心老いてなお手の届かりき
    アスパラの焼く匂いなり目の先に
    冷酒の器もならぶ展示会
    おちょぼ口つるりと飲み込むところてん
    転居先馴染まぬ街の夏祭り
    百日紅房もたわわの屋敷塀
    青柿や軽き実と蔕路に落つ
    水打ちて暑さ鎮まり涼戻る
    縁ありて通うハイシャの中夏休み
    夏祭り驚く数の子供たち
    落雷や美しが浜修羅となり
    かなかなと物哀しげな夕べかな
    背のびして灯ぃ点すスネや風の秋
    ぼんぼりの闇に揺られ行く送り船
    桜咲き油蝉鳴く九月かな
    あちこちと選ぶライブの澄みし富士
    トウキビの発つ音(ね)うれしや故郷(くに)言葉
    秋霖の明けて移ろう富士の山
    名月や宴の和む北京かな
    墓石裏増えし名前や秋彼岸
    散歩道拾うどんぐり二つ三つ
    ボリボリの名の茸の懐かしく
    表札や秋陽に映える金佐ェ門
    色づきぬ柿の裏からお湯の音
    秋味のスジコと競う二条市場
    読み終えし中の一冊学深し
    葉集むここも晩秋都庁前
    芸の虫雑技団着きバラひとつ
    新蕎麦の入荷の知らせ横にみて

瑞雲
    雨の後校庭裏にいぬふぐり
    春眠や地震知らせるテレビ局
    つくしんぼネットに飛び込むマイゴール
    初幟親顔見せるや幼な友
    ランドセル彩り競うや平成児
    山椒魚食いつく先には落花雨
    薫風に我が身あずけてひとり飯
    筍や我が家のレシピ継承す
    遅刻癖言い訳探すや五月来る
    命日を山ほととぎす告げにけり
    つばき飛ぶ車座討論若葉かな
    指先に紫蘇の香残し豆腐食う
    父の日を母が告げるや電話口
    満点に褒美とばかりスイカ食う
    朝曇り焼き飯の香に目を覚ます
    荒れ狂う波風遠くに冷酒かな
    通信簿口をへの字に夏休み
    転籍地踏み出す朝にも蝉時雨
    百日紅淡き恋心空回り
    軽音部校舎にこだます夏休み
    夕涼み笑い転がる塾通り
    滝しぶき浴びて祈るや縁結び
    幼友親顔脱ぎ去る祭りかな
    遠雷や過ぎ去る蜜月父娘
    風過ぎる揺れるブランコ九月来
    選挙カー張り付く笑顔と鰯雲
    もろこしや蘇らせる苦き日々

子蟹
    風呑みて躍る緋鯉や追う真鯉
    朧月彩ありやなし雨近し
    さみどりや雲間に映ゆるライラック
    岬には鳶ひと声薫る風
    たかんなの親よりまさりしかぐや姫
    灯点してなお暮れ泥む五月かな
    逗子なれどさらい初めのホトトギス
    木漏れ日に影絵しじまの若葉かな
    青嵐しようがおろして豆腐かな
    桜桃はマンボのリズム接吻の味
    南天や毒消しの葉に花白く
    仏炎苞尾瀬を包める水芭蕉
    父の日や宴の後の置手紙
    枇杷たわわ鳥の声満ち枝ゆらり
    雨宿り山法師殿めかしおり
    一周忌うたげの後の冷酒かな
    貝の耳聞こえし音や海の愛
    転々と天鞠つけば七変化
    茅台が毛穴広げて百日紅
    空蝉の軽さ掌にしつ瞑目す
    水打てし石塀小路や夕涼み
    縁側に紅の豚煙を吐き
    図書館に祭囃子の笛の音
    遠雷に耳垂れ犬は蚊帳の中
    かなかなは新派悲劇のフィナーレ
    灯台の先にゴメ舞う海蒼し
    精霊を流せる平和かみ締める
    胡弓鳴くおわら編み笠九月かな
    到来の酢橘選り分けお裾分け
    南蛮黍のヒゲを集めて猫じゃらす
    水軍の攻め上りたる秋の雨
    湯のぼせか名月赤し昇りはな
    秋天や盤天元に石ひとつ
    団栗を独楽と廻せし時代(とき)もあり
    バター煮込み異国偲びつ茸かな
    門燈の色暖かし秋の暮れ
    金木犀夜間飛行の灯に香る
    静か夜やまたたく灯火虫すだく
    夜さむ哉流るる星はガラス玉
    昇降機速し晩秋陽も沈む
    柿もみじ変身手品一夜芸
    鵙猛る葉の落つ音のかそけさよ

末理
    薫風を分けて下りぬ屋形船
    送られし筍配り仲深む
    砂山の温もり嬉し五月かな
    托卵のさがの酷さよ不如帰
    もくもくの若葉に沈む五重塔
    夏めくや一人の夕餉豆腐食む
    茎抓み2こに笑む児やさくらんぼ
    肩触れてほろほろ零る花南天
    松林抜けて眩しき初夏の海
    父の日や明治の頑固懐かしむ
    読経の満つる祖師堂梅雨深し
    朝市の屋台にむせぶメロンの香
    父愛でし冷酒供へる墓前かな
    明け易し目覚めに想う来し方を
    夏の海めざし駈ける児転び(まろび)笑む
    蜩や同行二人足の豆
    灯台の飛び散る波頭野分かな
    精霊舟悔恨も乗せ波間ゆく
    九ん月の朝の目覚めや足軽し(かろし)
    旅の空選ぶスカ−フ秋の色
    唐黍の実入りに悩みポキと折る
    役立つと一言多し秋ついり
    名月やものみな海の底にあり
    渓石に咲ける不思議や野紺菊
    水引の粒の可憐さ木下径
    穴惑い広野の道を通せんぼ
    溶岩の流るる彼方雁(がん)渡る
    晩秋や掌に円やかな萩湯呑み
    秋日和芸なき小犬まとい付く
    姉見舞う会話少なく秋深し

遊歩
    薫風に髪遊ばせてペダル踏む
    筍を抱えてもどる散歩かな
    くすの木の肥え太りたる五月かな
    のど飴をくれてやりたや時鳥
    道をゆく白足袋の映ゆ街若葉
    染め付けの藍さえざえと冷豆腐
    好もしやさくらんぼうつまむ男の手
    心萎えし日なり南天の花見つむ
    夏衣孤独の透きて見えさうな
    父の日や遺影にグラスちよいと上げ
    香り満つ今朝のコーヒー梅雨に入る
    青葉木莵病む人のはや目覚めけり
    冷酒の似合ふ女になつてゐし
    蛍袋のぞく児の目のまろきこと
    寝転べば遺影見下ろす夏座敷
    紅させる老女のごとく百日紅
    軽やかに風とたはむる竹落葉
    夕涼みふと気配のしてふり返る
    縁日に海酸漿(うみほおずき)を知らぬ子と
    恋女房と呼ばれてみたし祭の夜
    はやばやと蝋燭立てる山の雷
    定刻に蜩のフーガ始まりぬ
    山霧に灯火のにじむ湯宿かな
    はや消えし流燈ありて闇の濃し
    どんぐりを拾ひては投ぐ無聊かな
    しばらくは茸づくしよ山暮し
    律儀にも門をくぐりて小鳥来る
    コスモスの駅を過ぐ一抹の旅愁
    高原をあきつに返し荘を閉づ
    宵月や奈良にはゆかしき伽藍あり
    晩秋や無口な客に茶をすすめ
    無芸無才かかる我にも文化の日
    夜寒かな泣く子をあやす子守唄

ざくろ
    田の畔の水ぬるみけり里の雨
    春眠をむさぼりており石地蔵
    真っ白き吾妻の山や土筆摘む
    薫風を深呼吸して熱気球
    のこめしや深山幽谷のごとし
    濁流の水田に張りて五月来ぬ
    山肌の荒れて悲しや不如帰
    すれ違う車の児らへ若葉風
    麦秋や一人豆腐の夕餉かな
    さくらんぼ母に負われし頃を想う
    垣根越しに南天の花嬬想う
    どくだみの花白し薬草園
    白球を追う歓声や百日紅
    蓮の葉に乗りたる蛙軽業師
    せせらぎの音のみ一人夕涼み
    なんの縁
    一斉にひるがえる傘夏祭り
    遠雷に向かって進む帰省かな
    九月賛ざくろの紅と空の蒼
    秋雨に濡れて落ち葉反り返り
    還暦や名月愛でる年となり
    紅葉や城石垣に影ゆらり
    転がる団栗追いし児や今十九
    松茸は夢の深山の奥にあり
    かさこそと門前の落ち葉秋深し

海苔和
    割れたのがうまいと祖母はさくらんぼ
    家政婦の影さえ薄き花南天
    草取りの背伸びとともに思索去り
    父の日や墓石の裏を拭いてみる
    水うまし満場一致の蛍宿
    朝稽古やや猛すぎる面の太刀
    あて探し冷酒何処であけようぞ
    夏祭り鼻緒を褒める若い恋
    台風や転がる噂の昼下がり
    杖にすと逝った親父のさるすべり
    雲の峰単車傾け軽いびき
    肌ほどは砂冷めがたし磯涼み
    水系にゆかりの甘み串山女
    祭りぞとあまたの口実まかりゆく
    雷鳴や子に縋(すが)られぬ親となる
    かなかなの路肩供花に滲みけり
    黎明に動く灯のあり秋刀魚港
    燈籠のあにはからんや躍動す
    頬づえの9月の海の沖光る
    吹く風の機嫌を選び燕去る
    ブラウスの君もろこしをがぶり噛む
    居酒屋の主人と酩酊秋の雨
    その曲はメロウすぎると今日の月
    石鹸の香りが覚ます林檎宿
    団栗をついつい今年も噛みました
    強面のそしらぬ顔で茸選る
    城跡の新しき門菊祭
    トラックの荷物置き場に檸檬かな
    たどり着く鮭の精気の青白く
    貼る切手とくと吟味の夜長かな
    晩秋の雨に演歌が口をつく
    青蜜柑甘いを選るも芸の域
    陽だまりに犬あくびする帰り花