ガラスのおでん(個人別全句)

(順不動)
崖元 寒天 吉眞 吐夏 百砂 苦瓜 千笹 おきろん なんこつ 桜歌
水龍 波愚 凡半 筑波 祢々女 瞳子 紅羽 星太郎 一白
三休 あずき 葉好 如比雷 ぎうと わらし 泰山麓 甲斐

崖元
    深爪や関東炊きのやや冷めて
    情念の硝子けぶれる雪女郎
    凩ひゅうと青き鎖に繋がれて
    冬の月駅はペンギンだらけなり
    労咳の男の鏡小夜時雨
    怪獣の手の結ばれて日向ぼこ
    裏がはをまはる日輪去年今年
    かんをいわふ虚空眼帯よりはじむ

寒天
    還暦の母は相場師おでん煮る
    冬天やガラスの街のガラス拭き
    凩や捨て看板の見世女
    星寒し駅に潜める迷子たち
    無伴奏チェロ組曲や小夜時雨
    ビル跡の広き更地や日向ぼこ
    手相見の後姿や去年今年
    新世帯雑煮の味は合せ味噌
    大寒の空に電光掲示板
    枯菊や空いちめんに赤い豚
    高き木に鴉の巣あり浅き春
    春炬燵大事の如く爪を見る
    散髪で髭ととのへて春めけり
    大男尻餅ついて寒明ける
    車道には異国の旗や春時雨
    卒業の午後の教室輝けり
    鳥雲に入りて大河を映しけり
    白梅や競馬中継風に乗る
    花冷やだらだら坂に香具師の列
    飼猫が獣に還る暮春かな
    日の当たる狭き左岸や春の雲
    永き日や手早く作る親子丼
    遊具なき広き砂場や燕来る
    交差する乗換駅に朧かな
    母の日や表紙の取れた偉人伝
    天空の水面を目指す鯉幟
    夏めきて旅行鞄を買ひにけり
    店先にテーブルひとつ薄暑かな
    葉桜の下で酒酌む三奇人
    紫陽花や角まで続く煉瓦道
    紫陽花や住宅街の古物商
    路地奥の階段下れば蛍かな
    新しき鎖光るや青葉山
    夏風邪の中年男ひとりかな
    梅雨寒や信号待ちの老夫婦
    南風や夜の都会に未踏峰
    汗ばむや渡り廊下に人の群れ
    夕焼けのなごり終わらずパイプ椅子
    半睡の午後の車両や夏の海
    神棚をそつと清めて皿の梨
    銅像はがらんどうなり秋の海
    秋澄むや火星映せし猫目石
    今日の月テナーサックス響きけり
    鉄骨が天に突き出し薄かな
    ワンルーム秋刀魚の歌を声に出す
    机には塵ひとつなく愁思かな
    豪邸も空家となりぬ秋の蝶
    秋風や振り子仕掛けの万華鏡
    駅舎には生き物がいて居て水澄めり
    栗飯や座敷わらしがぞろぞろと
    大デュマの二段活字の夜長かな
    文化の日古き雑誌を処分せり
    退官の論文集や煮大根
    冬めくや研いだばかりの木綿針

吉眞
    皿に盛る間引きの野菜おでんかな
    冬の朝色で仕分けやガラス瓶
    木枯らしや子の地の予報荒れ模様
    凍る駅駆け抜けゆくや高き音
    朝時雨全て海なり湖の彼方
    のりいだす耳に手の父日向ぼこ
    去年今年父の倍越す吾の歳
    椅子ふやし皿もかさなる雑煮かな
    寒暁や影絵のごとく裸木立つ
    咳覆う細き指先朱色かな
    小枝にもふくらみ少し浅き春
    爪立てば蜜柑の香りほとばしる
    春動く吊り橋の央宙に立つ
    春の昼亀の目覚める音のして
    しゅるしゅると羽音越え行くのどかなり
    彼岸の香経よむ袖に煽られて
    新役へぜんぶ渡すや弥生尽
    春暁や影の頭は向こう岸
    花の冷え受話器の吾子は遠きかな
    満開の花に鳥影すけてみえ
    黒雲の動き険しや五分の花
    草むしる爪に土入る日永かな
    ツバメ飛ぶ終日篭る会議かな
    暁の木々を見渡す初音かな
    母の日や思いおこせぬ手の温み
    幟立つ見知らぬ街の長き路地
    藤香る団子の匂い混じりけり
    鍬置きてビール飲み干す薄暑かな
    葉桜や戻してみたき過ぎし歳
    エンドウのまじるご飯の白さかな
    あじさいや路地の車に蟹歩き
    蛍火や祖母に引かれし川辺立つ
    鎖張る去年の植田の駐車場
    はや二十日咳とまらぬや夏の風邪
    梅雨寒や胸部写真の貼られおり
    そっと撫でジャガ芋の土落としけり
    空見れば目にいる汗に土を見ぬ
    夕焼けに応えて燃えぬビルの窓
    夏の午後睡魔の言葉ここちよく
    夏休み頭重きや肘枕
    メール打つ指しなやかや紺浴衣
    駆けてゆくプールの子等の身の軽く
    早打ちの音に外でる花火かな
    滝音のいよいよ迫る沢狭し
    あてどなき旅にゆきたや梅雨上がる
    秋風や旋毛に触れる手の温し
    茫洋とひかり佇む走り星
    秋六十路多くの夢の残りけり
    のぞき見る袋の隙間葡萄かな
    郷里にも似たる山有る秋の川
    秋の蝉か細く啼くや根の辺り
    バス停の時刻探すや今日の月
    火葬場にバス留まりぬ薄かな
    御猪口二個徳利鎮座秋刀魚哉
    水澄むや山の間に見る低き富士
    夜半過ぎの帰宅の膳や栗おこわ
    秋の夜家持の詩みたび詠む
    文化の日川越え伸びる朝の影
    箸通す大根の芯やや固く
    縫い針で髪すく母や冬近し

吐夏
    二人居の夫流おでん香り立つ
    湯煙や硝子を抜ける冬茜
    凩の笛吹く音や闇の夜
    無人駅の願い札や枯野かな
    里の山おぼろに見せて時雨かな
    吾子だひた畦のおもひで日向ぼこ
    厳寒の古刹の坂や影もなき
    寒空の青の深さや星の群
    やがて死ぬ白衣の景や春浅し
    春光や袖にかかりし猫の爪
    春めくや墨絵の山河いろなせり
    飛ぶ鳥の羽音ききたし春の空
    貝寄風の海をはるばる瓶の文
    卒業歌ひとみにうつる花と風
    嫁ぐ子の部屋の侘びしら鳥雲に
    海風に吠える木ありて春の月
    朝凪にゆらりこぎだす春彼岸
    大人びて新一年やいかのぼり
    浅葱や体にともす希望の灯
    花冷えや星もまたたく茣蓙の陣
    春耕の空をななめに尾長二羽
    みちのくの藪のすみかや揚雲雀
    うつうつと突堤釣りや日永人
    やまさとの崖の野ばなや岩燕
    あかつきの雨にも驕る桜かな
    母の日の木洩れ日うけよ御影石
    幟たて家族のかほや風見鶏
    紫もくれんガス燈のごと咲きにけり
    高原の薄暑の湖(うみ)に群れし鳥
    葉桜の画帳にゆれし日のひかり
    飛び石の道標なりきてつせん花
    紫陽花や信じてもよき空の色
    向きかえて瀞を飛び交ふ夕蛍
    門柱の鎖朽ち果て桜桃忌
    夏風邪のくらげのごとし吾が身かな
    梅雨寒や鳥の音さえ静まれり
    鳴き砂を踏む声のして椎の花
    汗かいて売り声高し十日市
    夕焼の妻声かろく佳き日かな
    睡蓮や水面うかがふ鯉の髭
    夏休み夕日に帆巻く船だまり
    存分に川風うけて浴衣着る
    アマリリス少女の声の響きかな
    手花火の水面に映る子の笑顔
    大空を切り裂き落る滝しぶき
    梅雨明の山にわけ入る靴の音
    送り火の炎を揺らす秋の風
    秀嶺の空にひとすじ流れ星
    梨狩りの梨を両手に得意顔
    芭蕉翁掬いし水や秋の川
    秋の夜の窯火守りて不寝の番
    屋上に出でて名月待つ身かな
    笛の音をたどりし丘や萩の風
    オホーツクの秋刀魚焼きて夕餉とす
    手相見のショールの色や秋思濃し
    日溜まりの芝にたはむる秋の蝶
    朝寒や鏡にうつる無精髭
    水澄むや荒れたる山の磨崖仏
    栗飯やお題をうけてふところ手
    テレマンのソナタ流れる街の秋
    大部屋に披講ひびけり文化の日
    北国の空は群青大根(おほね)引く
    小春日や革職人の針自在

百砂
    傍らの鏡のくもりやおでん煮え
    冬の蛾の貼りつきたるや窓ガラス
    木枯や突然鳴きたる牛のあり
    枇杷の咲く駅のベンチや人の無き
    時雨るるや地下湖にたまる空の色
    中庭の石の白きや日向ぼこ
    一幅の軸物ふるびず去年今年
    雑煮椀おかっぱ頭の寄り目かな
    肺までもとどきし寒の時計かな
    温室やいちまい欠けて青天井
    春浅し柩の花と無言かな
    春睡やつめ切る音に目のさめて
    春めきてボートのゆらり回るかな
    春スキー樹林を縫ひし帽子かな
    新蓬つまれてわれに香りけり
    卒業歌残りしままの校舎かな
    鳥雲においてゆかれし読書かな
    しんかんと岐阜蝶待つや森ひとつ
    座布団の影のほつれや彼岸過ぎ
    新教師名札書きする猫背かな
    たんぽぽや幻蝶とゐる町の昼
    モーツァルト弾きあやまりぬ花の冷え
    ひとにぎり空に撒きたり雀の子
    釣り人の時間釣りしや春の雲
    永日や引きたる草に影のあり
    燕につひて来られし嫁ぐ朝
    たんぽぽの増へ続けたる廃家かな
    母の日や厨の奥からもれる歌
    ふと消へしいちばん下の鯉幟
    松落葉潮もともに落ちにけり
    バーベキュー沁みたるシャツの薄暮かな
    葉桜や午後の会議のペン回し
    牛乳をそそげる朝や柿若葉
    教卓の紫陽花すかし子のピース
    腕時計する手優しく蛍狩
    朝焼や厩舎の鎖鳴り始め
    中国の葱をきざめリ夏の風邪
    梅雨寒や部屋に果実の籠暗し
    踏み石にひもを遊ぶや蟻の列

苦瓜
    おでん屋に悲喜こもごもの人集い
    窓ガラス曇る内輪に暖かこみ
    木枯しや下校児童の尻を押し
    破魔矢手に三三五五の駅ホーム
    水鳥や行き交う波紋冬時雨
    長閑なり犬猫孫の日向ぼこ
    鐘響き巡らす思い去年今年
    躰ごと伸ばして孫は雑煮食べ
    寒の入り鉄路撒水関ヶ原
    空と海暗く溶け込み黄水仙
    明と暗巣立ちの窓は春浅し
    春の野は爪先上がり山に入り
    春きざす光に埋る梓川
    根雪とけ瀬音高々魚奔る
    魚籠重しアマゴと少し蕗の薹
    肩の荷が少しは楽に卒業す
    鳥雲に日に日に寂し池の辺
    若鮎や岩噛む流れ群れて跳び
    花冷えに肩せぼめたり花衣
    磯鷸やめぐる旅路の潮干潟
    よちよちの孫のあゆみに花吹雪
    喧噪を逃れた里の日永かな
    雨近し地表飛び交う岩燕
    母の日や何時しか母の歳を越え
    町並みに年毎減るや鯉のぼり
    卯波立つ浜辺で竿を振りにけり
    道の駅ざる蕎麦すする薄暑かな
    葉桜や川面棹さす光受け
    世の動き窺いおるかでで虫め
    雨よ雨やさしく降れよ紫陽花に
    里山の人と暮らしに蛍舞い
    夏草や閉鎖跡地の遊園地
    潮騒が夢路へ誘う夏休み
    糊効いた浴衣で母をふと偲び
    パラソルや墓石が寡婦を際立たせ
    パチパチと幸せ醸す花火かな
    千尋の断崖穿ち滝落ちる
    梅雨明けや梅干し夜干し三日干し
    秋風や本読む虫を目覚めさせ
    星あまた一期一会の流れ星
    残り香に艶めく心ラベンダー
    名月も裸付き合い露天風呂
    リタイアし犬の散歩で萩の花
    七輪で焼いた秋刀魚の懐かしき
    はらからの老い病む姿秋さびし
    徒然に眺める庭に秋の蝶
    知床は五湖手鏡と秋写す
    どぶろくを振るまう氏子文化の日
    貧しさも中程でした大根飯
    針持つ手少しは慣れた神無月

千笹
    味噌おでん柚子の香りの律儀かな
    ガラス窓育つ氷の花模様
    木枯や苦爪楽髪己がさが
    風吹いて見え隠れする駅ゆきわり燈
    時雨して折りのカツ煮る鍋うすく
    そのあした吸い殻の紅日向ぼこ
    去年今年時差8時間初メール
    餅の数半分になり雑煮老ゆ
    寒参り太鼓の音は夢なりき
    春待つ芽焦香なる衣着て
    春浅し道辺の星はマイズルソウ
    爪を病む牛の数増え雪とける
    鴉並び待つお盛り物彼岸雪
    その度にする気後れや新授業
    彼岸会や頬に当たりて溶ける雪
    助六の豆人形や花の冷え
    新入生喜喜野ネズミの調査ワナ
    花前や目を驚かすキタコブシ
    永き日をかこつ日来ると鳥が云ふ
    燕巣売るチャイナタウンに雨期到る
    雪解けはゴールデンウイークだみぞれかな
    今年また電話のみなり母の日は
    疎開して役者幟を布団かな
    春のダニ学名孫へ教えけり
    松の葉の先のみ暮れず薄暑かな
    葉桜や狐うそうそ現れる
    夏浅し残雪の山照り映える
    紫陽花や御意見無用仇枕
    時ならず蛍舞たりガメランに
    鎖断つ日夢みし街アカシャ花
    夏の風邪重くもならず日数かな
    声出してフト笑いけり梅雨寒し
    雑踏を歩く術なし春おぼろ
    汗になる気がしないよと云う女
    サバンナの土まで続く夕焼けよ
    うつぶせに午睡がくせの女あり
    アフリカの朝夕冷えや夏休み
    柾の下駄吉原繋ぎ浴衣かな
    プールにて浮き身して見るビルの峰
    昼花火雲の峰裂く煙かな
    ザンベジの滝の響きを枕かな
    梅雨明けて島目指す船鳴くカモメ
    秋風に扇の如く捨てし道
    母いわく流れ星が減ったわね
    鍋底の残りスイトン食べし夏
    葡萄酒の澱キラキラと月明かり
    秋の野のトンボ色増し日向ぼこ
    秋風のかねて立つ仲根にもたじ
    誇らしく今宵名月火星連れ
    薄なき原とはなりてアワダチソウ
    初秋刀魚まずお刺身で若いシラー
    水澄むや昔し砂金の採れし河
    栗飯に足らぬと知れど拾いけり
    荷風の碑歌笑墓あり三輪冬
    雪虫が飛んでいたよと文化の日
    大根の切り口光る冬安居
    羽付の点滴の針歳の暮れ

おきろん
    煮立ててもくづれぬ自我やおでん鍋
    木枯や破れ硝子に酒ラベル
    凩やつげ義春の旅日記
    駅裏のビリヤードより聖樹の灯
    しぐるるや一錠の効くビタミン剤
    同じ顔して偕老の日向ぼこ
    去年今年俳句の道はけもの道
    遠き目や餡入り餅の雑煮膳
    寒を病み二重となりし片瞼
    天上に青痣こころに寒昴
    枝に来てすぐ翔つ雀春浅し
    切り残す小指の爪や春の雨
    東京の丘の学び舎春動く
    如月やジャズの流るるラーメン屋
    梅見来てみたらし団子の醤油の香
    卒業す三角関数解けぬまま
    鳥雲に毎年替はる担当医
    ホッチキスで留める頭皮や冴返る
    彼岸会や大きな犬が耳垂れて
    陸続と新顔まゐる春の句座
    紅梅や重光葵の片義足
    切りこぼすアップルパイや花の冷え
    花すみれダックスフントの鼻の先
    目鼻なきアトムシールや鳥曇
    永き日を半農半漁の父子かな
    交番は仮設のままや燕来る
    胃もたれをなだめてゐたる蛙かな
    母の日や唱歌は音程外さざる
    南無八幡大社幟と鯉のぼり
    修司の忌さびしき膝を抱へけり
    聴診器あてられてゐる薄暑かな
    葉桜やてきぱきと来る収集車
    音曲に縁なき十指蝉丸忌
    額の花心閉ざせしまま逝きぬ
    螢飛ぶコテージまでの曲り畦
    鉄球の鎖の撓み雷兆す
    夏風邪の父はいよいよ耳遠し
    梅雨寒やむくみのとれぬ左足
    踏み出せぬ一歩のありぬ罌粟の花
    舞踏手のスキンヘッドに光る汗
    夕焼に向かつて走る小田急線
    睡りゐる博物館の涼しさに
    夏休み残り三日の勝負かな
    曲り角はや着くづれし浴衣かな
    ハンモック思はぬ我が身の重さかな
    追憶や線香花火の黙深く
    湯中りの頭にがうがうと作り滝
    長らくをお待たせしました梅雨の明け
    秋風や老犬元の定位置に
    あきらめてうつむく刹那星流る
    居残りの百マス計算秋日濃き
    びつしりと指に力や葡萄食ぶ
    口笛の風にとけゆく秋の川
    秋草と風分け合うて根無し草
    君見しかグラウンドゼロの今日の月
    桔梗やごつごつしてた母の手の
    秋刀魚焼く今日の三句を反故にして
    なんとなし眉なぞりゐる秋思かな
    蝶もはや縺れ合ふことなく老いぬ
    秋を病む母の手鏡隠しけり
    水澄むや捨てどころなき胸の澱
    栗飯や鬱にほどよき塩加減
    秋思写さぬ安部公房の一眼レフ
    地下鉄を乗り継いで雨文化の日
    苦き世やこんなに大根旨いのに
    デジタルに針は御無用文化の日

なんこつ
    ぶつさうがのほほんとゐるおでんかな
    ふりむけば淡き冬虹煤硝子
    凩や蛹は蛹の形保つ
    駅ごとに低き咳洩る寝台車
    山腹にホテル際立ち片時雨
    日向ぼこ名もなき草の座禅かな
    もののけのゆらりとまたぐ去年今年
    一万メートル上空で喰ふ雑煮かな
    サイレンのすぐそこで止み寒の闇
    赤き実や積み来る雪を拒まずに
    吾と橋と影澱みゐて春浅き
    爪割れの袖通してや木の芽風
    春きざす白鳥北へ意を決す
    早春の軒より始む光かな
    喉元にはり付く薬はだら雪
    卒業写真目をつむりたる友のゐて
    鳥雲にぽこりと鮒のあぶくかな
    春泥を抜けて御成の国道へ
    五百年を隔て父母彼の岸に
    新装開店軍艦マーチに散る桜
    春分や魔法の国のこの戦
    花冷えや葬列辻に来て散華
    青む芝黒猫ゆつくり横切りて
    辻褄の合はない夢や花曇
    ステンドグラスの翠の瞳日の永し
    燕低きあまねき雲を呼び寄せて
    接骨院の庭接骨木の接木かな
    母の日の壁の絵どこか似てをりし
    風までの諦観ありて鯉のぼり
    からすうり謎解くごとく咲きにけり
    遥々と師の来る朝の薄暑光
    葉桜や蕊散らばりてそれと知る
    風吹かば梢とならんはつなつの
    あぢさゐや斜陽の街の空の色
    おほき手を固く握りて蛍かな
    母象の動くとき鎖ジャラと鳴る
    春風邪の癒えしそばから夏の風邪
    鎧戸に老犬の声梅雨の冷
    石段を影に踏まれて日傘かな
    土を掘る少年汗の黒々と
    夕焼けにジャコメッティの男佇つ
    午睡より覚めて少女は微熱なり
    かあちゃんの声逞しき夏休み
    今どきは浴衣にミュールエクステよ
    ラムネ玉セピアの母は美しき
    をさなごの鼠花火を見届けず
    それぞれに顔伸びてをり滝の上
    消防士壁駆け上がる梅雨の明
    風と啼き秋と応ふるからすかな
    流れ星大停電の海に墜つ
    九回裏三者残塁秋の蝉
    丹精の葡萄たわわに律義者
    ピアス穴風通ひけり秋の海
    朝露をかき分けて来る禰宜の沓
    満月に生まれ赤子の良く眠る
    すすき原時計気にしてうさぎかな
    我が三畳秋刀魚の煙の渦巻いて
    飾窓秋思顔なる己が影
    追ひ来れば古刹の門や秋の蝶
    真夜中の合せ鏡や蚯蚓鳴く
    曲屋に住む人のあり水澄めり
    今日だけは繰言をせず栗おこは
    白足袋の鈴木史朗やそぞろ寒
    ブカブカとブラス近づく文化の日
    なまめいて洗ひ積まるる大根かな
    大枯木針穴写真にぶら下がる

桜歌
    ははのかほちひさくまろくおでんかな
    撥ねつけし硝子の怒り落ち葉射す
    木枯しと狗を引き連れアバを聞く
    六花駅員人魂のよふに行く
    東京や時雨れて清き日となれリ
    あかちゃんのてくびぴくりとひなたぼこ
    去年今年まばたき一つしたるかな
    新幹線ごふと横切り雑煮かな
    触るるもの皆寒にあり吾の寒
    梅の花ほんのり紅き便りあり
    ごっそりと掘り起こされて寒明ける
    冴えかえる夜風終焉の爪たてり
    洗われて土にも春のきざしかな
    雨止みて表面積の朧かな
    ふと上げた目に突き刺さる梅の闇
    時空超え卒業写真の向こう側
    鳥雲に物みな風に包まれリ
    若き人ぽんと押されて春に入る
    ほつほつと冷たき雨の彼岸かな
    一斉に育つ新芽や風光る
    春眠や顔を上げれば未知の國
    どかどかと足音去りて花冷ゆる
    春風や耳で伺ふ眠り猫
    耳掻きをねだる娘や夜半の春
    一駅をぶらり旅する日永かな
    つばくらめ住めば都の雨降るや
    御心のままに咲きたるつつじかな
    母の日の泥饅頭の硬さかな
    百の山越へて風吹け初幟
    薔薇の香の小道怪しく続きけり
    薄暑光ピエロの頬の涙かな
    葉桜や漣のごとく影揺れて
    東京の十数本の草を取る
    紫陽花や話しも尽きぬ旅の宿
    ほうたるの照らしよぎりて草枕
    連鎖反応の予感して稲妻走る
    夏風邪やたまねぎの皮剥き難し
    梅雨寒や徒党組む子等「うざいよね〜」
    日盛や耳つき抜けて「猫踏んじゃった」

水龍
    落ちこぼれことにおでんの辛子きく
    硝子窓あけ凩を客とする
    凩や断水のまま島暮るる
    駅弁の疾く売り切れし寒夕焼
    山国やしぐるるもまた旅の興
    話すこと遺言めきし日向ぼこ
    テロよ去れ平和よ来たれ去年今年
    遠きかな母の雑煮もふるさとも
    水墨の五彩は消えし寒の入り
    白鳥(しらとり)のはぐれしゆえの白さかな
    ぽつねんとおもちゃのおかれ春浅し
    爪弾いて春愁呼びしギターひき
    春めきぬ背(せな)に翼をたまはりし
    春の日を満身に浴び釣果とす
    春光に賞味期限のありぬべし
    どの顔も甘えあるまま卒業す
    シベリアは伯父の眠る地鳥雲に
    ラブレター燃やすにかなふ花曇
    この闇は戦火につづく彼岸かな
    恋占い新しく買ふ春日傘
    春風や妻ども長き立ち話
    トルソーの陰影深し花の冷え
    飼い主へ春の疾風となる子犬
    病床の子の見てゐるや春の星
    永き日の奇術のたねを見破れず
    来年は名の変わる街燕去る
    少年の眠り足らざる蛙かな
    母の日や尽くしたき母二度童子
    風の太刀受け流したり武者幟
    覚めてより春の眠りと気付きけり
    鉄棒に子のまはりたる薄暑かな
    葉桜の眩しき日ざし漉しにけり
    画用紙に白壁の家夏きたる
    あじさゐや母より継ぎし着道楽
    ほたる待つ開幕ベルを待つに似て
    炎熱の鎖となれる鉄路かな
    夏の風邪結婚指輪なくしけり
    話し手のへりゆく言語梅雨寒し
    ひそみゐる者値踏みせり木下闇
    しづかなる汗流しをり座禅僧
    夕焼やシタール弾きし異邦人
    午睡よりさめたる耳にわらべうた
    夏休み日記にあまた武勇伝
    なで肩の男と気づく浴衣かな
    無頼派の評聞き流しパセリ喰む
    オペ終へし術着の医師の花火見る
    滝壷にたましひ放ち遊びけり
    ものの影しんじつ黒し梅雨明ける
    秋風にわが名呼ばれているやうな
    見ず知らずの人と分け合ふ流れ星
    デッサンの野菜残るや夏座敷
    木守柿昭和を知らぬ子ら遊ぶ
    沖つ波より熟れてきぬ秋の海
    秋風や乾きし水車眠りをり
    地震(なゐ)の傷癒やしてゐたり月今宵
    古井戸に哀しき話乱れ萩
    夕暮れや腹光りたる初秋刀魚
    ハモニカの音の外れる秋思かな
    秋の蝶午後の斜陽を飛びゆけり
    いてふ散る鏡の中もうつし世も
    おのが身を律しつづけて水澄めり
    ちゃぶ台の記憶にありし栗の飯
    秋霖やガレのランプに灯をともす
    火打石かへりみられず文化の日
    湖の濃き照り返し大根干す
    針の目の急にせばまる日短

波愚
    然もありて湯気に手かざすおでん酒
    虎落笛けぶるガラスに猫のかほ
    凩に追われて宵も早まりぬ
    騒音に嚔聞きたる街の駅
    街宣の右翼も休む一ト時雨
    縁側の下駄も揃えて日向ぼこ
    背伸びして骨ぼきと鳴る去年今年
    しばらくは風音聞きし雑煮餅
    四・五日が固まり来たり今朝の寒
    雪の径かき消すが如白い闇
    春浅し少年寡黙に球を蹴る
    爪紅の艶さまざまに受験生
    春めきて逃げる二月に棹をさし
    梅屋敷手ぶらの女見つけたり
    鬼がきてひらひら舞いて炬燵とる
    卒業歌調子外れも厳かに
    鳥雲に入りて連山揺るぎなし
    蛇穴を出でて背伸びの日和かな
    しみじみと日の昏れゆきぬ彼岸なり
    新柳(しんりゅう)の揺れて水面の光かな
    春風や薄目そろえて老夫婦
    花冷えや絵筆の紅は塗れませぬ
    老猫の反りて横臥す春日影
    助手席の妻の寝息や星朧
    永き日の鯉悠々と水を打つ
    街道の茜突き抜け燕来る
    ゆらゆらと川のむかひの春灯かな
    母の日の花一本を供えたり
    鯉幟やはり故郷の山河かな
    でで虫にかぼそき雨の降りにけり
    湯上がりのままに呆けし薄暑かな
    葉桜の並木部活も駆けぬけり
    薫風や楚々なる人の角隠し
    紫陽花やゆつくり暮れる切り通し
    蛍火を少年まろき手で囲む
    夕立来る現世の鎖切る如く
    夏風邪や身の置き場所を定めれず
    梅雨冷や軋みて開かぬ天襖
    四股を踏む童土俵の夏祭り
    襟白粉すつと舞妓の汗流る
    夕焼に熔けて大河の行方かな
    夫婦してしばし微睡む端居かな
    還暦になりてこの夏長休み
    湯煙の透けて紅緒の宿浴衣
    残照に映えてギャマンの主張かな
    手花火を握り少女は寡黙なり
    大滝の落ちて大気の揺れにけり
    飛ぶ鳥も野も煌めくや梅雨あがり
    家路急く肩を掠めて秋の風
    荒海に流刑のごとく星流る
    残光に少し優しさ来る秋
    渋柿を天下大事の顔で食い
    遊人も花々となる秋野かな
    仰ぎ見る風の姿や寝屋の月
    名月や生まれ住みたるおらが町
    萩の花こぼれて母の七回忌
    七輪に去年(こぞ)の炭あり初秋刀魚
    ゴスペルの響きて秋思濃くなりぬ
    日溜まりを出づつ戻りつ秋の蝶
    爽籟や鏡に妻の立ち姿
    水澄むや今年生まれし鯉の数
    栗飯や倅の装ふ天こ盛り
    クラークの指先の朱や赤トンボ
    六本木ヒルズなる街文化の日
    二十年同じ重石や漬け大根
    まち針の数を数へて小六月

凡半
    凩やテニスボールもあっちこち
    汐留に駅の雑踏着ぶくれて
    しぐるるやひとひとひとのミレナリオ
    万病の老猫といる日向ぼこ
    去年今年羊のやうに生きんとす
    久方の雪をめでつつ雑煮喰ふ
    大寒や八十五度の不二の峰
    赤き口つひについばみ冬ざるる
    春浅し出さずじまひの文を消す
    蚤夫婦爪先立ちて春立ちぬ
    春めきてインフルエンザさようなら
    鴬や遠慮無用ぞこっちさ来
    土のうへごろり横たふ落椿
    ラジオから卒業写真ぬっと出る
    鳥雲や遠州灘も浜名湖も
    夕暮れて紅梅の影鄙の家に
    彼岸会や三三五五の人の波
    露地奥に満天星躑躅新生中
    初蝶や蕾ばかりの坪の庭
    花冷えや開幕試合散り散りに
    烏より鴬待てど待ち惚うけ
    城跡に集ひし群れや花見時
    永き日や夕映えあおぐ退社の目
    つばくらめ空家になりて幾年ぞ
    土出でてやはらかくある物芽かな
    母の日や桃色の花たずさへり
    ひらひらと川岸またぐ鯉幟
    桜狩月遅れにて囲みけり
    半袖に風しみわたる薄暑かな
    葉桜の木漏れ日かへす川の音
    いつもよりかしこまり喫す新茶かな
    紫陽花や浅黄のままに立ち枯るる
    少年のまぶたの闇の蛍狩
    飛魚や連鎖競ひて高く飛ぶ
    花粉症癒えし直後に夏の風邪
    梅雨冷えや洗濯物のふえし部屋
    夏の月象の舞踏はおわりけり
    汗みどろコートの後のビールかな
    もういちど夕焼けみたき君の空
    片かげり会議会議で睡魔来る

筑波
    ごみ置場したり顔なり寒鴉
    山茶花の深き赤さに立ちつくす
    春あはし内緒ばなしのほろとでし
    夜爪してうづく心の寒椿
    春めきて猫を見てゐる鯉の髭
    潮動き紅したたりて花見鯛
    ひそひそと話す官女の雛灯り

祢々女
    彼岸会やよく似た眉の四世代
    新刊書ひもとく至福春時雨
    茎立やなべて海向く島の畠
    村一つ湖底に眠る花の冷
    鞍置かぬ馬のびのびと牧開き
    駅舎にて肩寄す鳩や春嵐
    永き日の街角に聴くバイオリン
    草野球ついと横切る燕かな
    天と地と綴りて啼ける雲雀かな
    母の日の母は上座に恥ぢらひて
    園児らの手にそれぞれの鯉幟
    老鶯のもう一声を待ちにけり
    ハーブの香ゆびにまつはる薄暑かな
    さんざめき桜若葉の満ちにけり
    絵手紙の色いろいろに芥子の花
    紫陽花や岬を巡る遊歩道
    草を持ち背の子眠るや蛍狩り
    足首に鎖光らせ夏乙女
    意に染まぬこと多き日や夏の風邪
    梅雨寒や格子戸軋む小商ひ
    轆轤踏む土の匂ひや夏の雨
    汗ひきぬ登り登りて望む海
    夕焼や少年野球惜敗す
    あどけなき顔に午睡の反抗期
    いざ行かん自然の中の夏休み
    土産物まだ迷ひをり宿浴衣
    不器用に生き不器用にラムネ飲む
    大輪の打重なるや揚花火
    身じろぎもせず念仏や滝行者
    梅雨明けや航跡白き凪の海
    秋風や近況のみの走り書き
    島寂びて番屋に星の流れけり
    千枚田残らず戦ぐ稲穂かな
    けたゝまし熟柿争ふ尾長ども
    指笛に馬駈けてくる秋野かな
    秋祭り峡の杣道練り歩く
    這ひ這ひの子に満月の畳かな
    売り物の壺に芒や陶器市
    秋刀魚焼くことも上手に吾娘嫁ぐ
    鉛筆を尖らしてゐる秋思かな
    忘れ去ることも幸せ秋の蝶
    大いなる湖の鏡や山粧ふ
    水澄みてそぞろ誘はる旅心
    折々の廚ごとなり栗おこは
    知恵子恋ふほんとの空や鰯雲
    語部のお国言葉や文化の日
    大根飯母は戦後を忘れざる
    編針を手にうたゝ寝の暖炉かな

瞳子
    母の手の彼岸団子のまろさかな
    新しき人とまみゆる桜かな
    蘖や和紙あきなふる長暖簾
    花冷えや白粉を刷く女形
    恋猫の影絵となりて鳴きつゞく
    静まりしテニスコートや春夕べ
    永き日や四肢縦横に留守居番
    夏近し水鏡する燕尾服
    石畳濡れゐる朝の落花かな
    母の日や花の赤きを憎しとも
    振り向けば我が三階の鯉幟
    短夜を思ひ惑へば明けにけり
    街角のからくり時計夕薄暑
    葉桜や真っ直ぐに来る裾さばき
    泰山木香りの闇に眠りけり
    花群に埋らむ我も七変化
    ほうたるの灯りつ消えつ誘ふやう
    鎖骨見せ少女連れ立つ梅雨あがる
    夏の風邪行事予定の続きをり
    梅雨寒やカフスボタンは貝ならむ
    フラメンコ真夏の夜を踏み鳴らす
    汗ぬぐひ笑顔向けくる君が好き
    舟行や水に溶け初む大夕焼
    夕べきてまた睡蓮の律儀かな
    戸の外の車座にあり夏休
    藍浴衣さらりと纏ふをんな振り
    ハンモック風に抱かれてをりにけり
    髪切るや尺玉あがる花火の夜
    木漏れ日に女滝は臥して優しかり
    梅雨明けてシーツまぶしき白さかな
    秋風や川面目覚めてきらめきぬ
    傷つきし心のかけら流れ星
    鰯雲思ひ残して逝くひとも
    カリと食む音も美味さや柿の秋
    秋の野の乙女の耳朶の透きにけり
    秋高し風を自在に熱気球
    露天の湯かくれるところなき良夜
    一群のすすき金色風の中
    青さんま青き海より揚がりけり
    秋思かな飛行機雲のすぐ崩れ
    白き影残し過ぎりぬ秋の蝶
    深秋や神獣鏡の鎮まれり
    底石の数いくつまで水澄めり
    栗の飯渋の残りてほの紅き
    月光やベートーベンの彷徨す
    文化の日小品展の画廊かな
    大根の土のまゝなる朝の市
    Lp盤竹針で聴く小春かな


    お彼岸やひと日残れる寒さかな
    木蓮の芽が眺めいる新園児
    ものの芽やあまねく先に一滴
    花冷えや鷺また川に立ち尽くす
    つたなくも心嬉しき初音かな
    もつれ合い高まる鳶や風光る
    永き日や田に立ちのぼる夕煙
    つばくらめ優しき人の軒を借る
    風に吹かれ信号無視の蝶ちょかな
    母の日や三代の母そろいけり
    花粉無き空を泳ぐや鯉幟
    竹の秋錐揉みつ葉の落ちにけり
    竹の葉のいよよ黄ばみて薄暑かな
    制服に葉桜の影揺らし行く
    田植すみ天地近づく棚田かな
    紫陽花の葉のたくましき緑かな
    振り返り葉陰に見えし蛍かな
    胸元の鎖まぶしき更衣
    汗散らし打つスマッシュや時止まる
    夕焼けて小鳥抱く樹の重さかな
    留守居して無聊午睡の一日かな
    手花火や帯の緩めに結ばるる
    人けなき滝にも音の絶え間なく
    梅雨明けの空の高さや白帽子
    秋風やメール文字数増えにけり
    流星の刹那は声の無かりけり
    残暑とは云え山郷の夕煙り
    梨の実の肩怒らせる重さかな
    秋の野や何処にも立つ夕煙
    明々と瓦照らせる閨の月
    秋思ふと目を閉じ強き球を打つ
    秋の蝶飛ぶより流れゆきにけり
    奥座敷鏡の隅の紅葉かな
    水澄むや連山蒼く静もれり
    栗ご飯一口食べて頷けり
    コローの絵梢に見ゆる秋の風
    艶やかなチェロの余音や文化の日
    大根の抜かれし穴の並びをり
    針先に踊る小鯵や瀬戸の秋

紅羽
    ヒヨドリの花に群れ来る彼岸かな
    ステップを登り新たな春の夢
    陽炎やならぶ島影空を飛ぶ
    雨風の枝に残せし花の冷え
    草摘みの青き空飛ぶノスリかな
    いろいろのいろの緑や山笑う
    蹲の藁屋根のかげ日永かな
    燕舞う橋の上ゆく人僅か
    つくばいの水輪にうつる柳かな
    母の日のチラシながめていつもの日
    はたはたと幟の影の橋渡し
    万緑の隅の小賀玉薫りけり
    ふんわりと生絹のひかる薄暑かな
    葉桜の影のたゆとう用水路
    黄鶲の見え隠れして緑濃し
    紫陽花の色の移りししずく散る
    山小屋の炊事場の前蛍飛ぶ
    帯締めてやがて汗ひく心地して
    夕焼や下駄の飛ぶ道帰り道
    能舞台囃子の誘う睡魔かな
    来年は浴衣会だと笑み浮かべ
    だれかれと招きてビール飲む日待つ
    手作業の一瞬止まる遠花火
    遠景に滝見て帰る登山口
    黒雲の雨足速く梅雨明ける
    秋風の吹けど吹けども寒からじ
    流れ星流れ流れて闇になる
    宵やみに余韻残してライブ止む
    渋柿の色ばかり冴え烏鳴く
    秋の野にスズメ群れ飛ぶ稔かな
    藍の花微かになりて寝待月
    天と地の境あかりて良夜かな
    萩ゆれて風やわらかに糸そよぐ
    石の炉に油を落とし秋刀魚焼く
    屈託の無い人はなし秋あわれ
    風に舞う木の葉のごとく秋の蝶
    ハスの実の飛ぶまで暫し水鏡
    水思う願いかないて水澄めり
    栗飯に好き嫌いあり山の宿
    秋の原牧野の図鑑道連れに
    図書館にぶらっと散歩文化の日
    山積みの大根の葉のあおさかな
    皀莢の針トゲトゲと一人立つ

星太郎
    花冷えやジブリの描く世は遠し
    鴬や歌声浅き音合わせ
    カップ麺待つ3分や春寒し
    野仏の笑顔の似合う日永かな
    燕の巣無邪気にねだる口の列
    あと5分もう5分だけ朝寝かな
    母の日や素直に言えぬありがとう
    幟立つビルの谷間を窮屈に
    蔦若葉六甲おろし響きけり
    教科書がバタバタ騒ぐ薄暑かな
    葉桜や時を間違え一人酒
    新緑や名もなき森の秘密基地
    バス停の日替わり変わる七変化
    蛍火や逢瀬叶ゐし古戦場
    五月雨や連鎖メールが溢れをり
    夏風邪や暑さ寒さの仁王立ち
    ポイ捨てにジュッと泣く道梅雨寒し
    ミシン踏む母と共演蝉時雨
    夢近し歩行訓練汗光る
    夕焼や身近で遠き秘境かな
    大の字の爆睡猫や夏木陰
    絵日記や笑顔ならんで夏休
    鉾の町浴衣の波やしなやかに
    山彦や聴くも遙けしケルンかな
    病室の窓を飾るや遠花火
    人知れず名もなき滝や森ぞ知る
    梅雨明や瞬間移動影の中
    秋風や三日坊主の日記帳
    流れ星見てはもらえぬネオン街
    残影や時を止めてる原爆忌
    孫の口真っ赤に染める飴りんご
    秋の野や自由に駆ける引退馬
    秋の夜や火星眺める寝椅子かな
    街角に路上俳人今日の月
    河岸やプリマの如き川芒
    七揃う単身赴任サンマ缶
    秋さびし思い出薫る煙管かな
    老蝶や日なたのベンチ羽をたたむ
    秋の声眼鏡さがして針仕事
    水澄むや川面切り飛ぶ石遊び
    鎧取りほっこり甘い栗御飯
    天高し秀吉嘆く川ダイブ
    木洩れ日や野仏寝たる文化の日
    脇役も主役と威張る大根煮
    冬日向針穴狭く通せんぼ

一白
    花の冷えMRIに入る父
    春ショール妻は怒らず猫は飛び
    杖ついて去りゆく父や花吹雪
    永日に今日の不安累積す
    燕来し小学校は夢の中
    車座の面子も変わり花見かな
    母の日や残影強し筑紫野路
    緑谷に一つ横たう幟かな
    豆ヨットしずかな湾にならびけり
    晴れ晴れとオープンカーで薄暑かな
    葉桜や人影少し並木道
    じゅんさいやたべたくもありさもなきか
    紫陽花や心の中は蒼き色
    心闇に蛍灯して今日をゆく
    裸身みて鎖骨なくなり夢しかり
    夏風邪や今日の命の惜しきかな
    梅雨寒し路面を静かに濡らしけり
    炎天下踏切さけてコンビニへ
    汗かかぬ犬が笑って青い空
    夕焼けやリストラ男たたずめり
    コックリと睡魔が襲いサングラス
    夏休みやがて悲しきテストかな
    宿浴衣可憐な人の羞じらいて
    バレリーナミモザブーケに頬染めて
    遠花火十三回忌客もなく
    花崗岩真二つに割り滝落ちる
    梅雨明けや回遊魚の訪れり
    秋風や頭を剃りて座禅組む
    流星や虚空に紅く突き刺さり
    秋の日や君が残影学舎に
    柿食べて部屋に戻りし受験生
    秋の山眼下の海は湾曲せり
    秋の寺帰らぬ二人涅槃像
    今日の月ビルの谷間に顔ださん
    撫子や野原にポツと弾けたり
    チラシにて安さを競う秋刀魚かな
    傷秋は無関係十五歳の処女
    静かなる父の部屋に秋蝶落ちぬ
    手鏡を確かめて行く秋二つ
    水澄むや小波立ちて鯉疾し
    喧嘩後娘と食べし栗御飯
    身に入むや恋を重ねて太宰かな
    文化の日一日寝たりマラソン日
    荒縄で寮の窓に大根干す
    冱つる空誰が直すか羅針盤


    花冷えや天与のりずむ緑来る
    間を計るすずめと猫の春の昼
    つつましく古城のすみれ花茎立つ
    堤防の蒼き絨毯日の永さ
    恋燕仰臥の空を急カーブ
    雲厚く葉陰を重ね暮春かな
    母の日や日を病む床に声もなく
    谷風に躍り疲れし幟居り
    皐月芝そっと素足で撫でしけり

三休
    傘越しの短き賛や花の冷え
    戯れの電子メールと猫の恋
    傷負いし車洗うや春愁
    永き日や五百羅漢のとぼけ顔
    縄のれん斜めに飛び去る燕かな
    三歩目で天使降り立つ麗らかな
    母の日や未使用のかたたたきけん
    頂を目指す幟の大漁かな
    青嵐旗もこころも踊りけり
    二回目の洗濯干してみる薄暑
    葉桜の見る人もなく急ぎ足
    蜜蜂と受粉競うや鼻頭
    紫陽花の一輪挿しのおもひかな
    一人旅蛍の宿のありなしや
    鎖場を渡る修験や走梅雨
    深酒で無理やり治す夏の風邪
    面妖な服着る街や梅雨寒し
    雑踏の待ち人何処夏至の夕
    浜遊びペットボトルの汗光る
    お別れの曲流れけり街夕焼
    籐椅子や睡魔戯る昼下がり
    あれもしたこれもしたぼくのなつやすみ
    畳んではまた広げてみる浴衣かな
    地潤すウォーターメロンの一雫
    遠花火ビルの隙間に嵌りけり
    龍の玉密かに磨く無名瀧
    停電の置き土産あり梅雨明ける
    宿題の締め切り近し秋の風
    星流る月日も流る是非もなし
    朝昼晩風呂に入りぬわが残暑
    首くくる手際の老父や吊し柿
    笛の音やゆるり吸い込む秋の山
    赤とんぼ鐘撞堂の眠りをり
    名月や火星に遠慮の大接近
    お辞儀する角度も同じ薄かな
    安売りの秋刀魚の白く光けり
    飛行雲ゆっくり消える秋寂し
    老蝶の渡り切れずに赤信号
    朝寒や脳天気になる共鏡
    雀らも一声高く水澄めり
    頬張れば母の味する栗御飯
    ゴジラ吼ゆニューヨークの空高し
    学生の呼び声若し文化の日
    百本の大根洗う百名水
    蟷螂の針金孕む命かな

あずき
    云いし言少し棘あり花の冷え
    真夜中の静寂つん裂く猫の恋
    川の岸つづきし道やいぬふぐり
    忘れたき事忘れえぬ日の永さ
    小次郎の燕返しは人を斬り
    風のなす侭にそよぎし菫かな
    母の日や残り香ゆかし古箪笥
    鯉幟日本の空をおよぎけり
    少年の眼鏡万緑映しけり
    ブラウスの白の目立ちて街薄暑
    葉桜やようやく心静まりぬ
    万緑を貫けて木霊の澄みにけり
    紫陽花の一枝挿して友を待つ
    子も親となりて彼の日の蛍狩り
    梅雨雲り主婦と云う名の鎖かな
    夏風邪の幼児寿限無を唱えけり
    会釈して名前うかばぬ梅雨寒し
    草踏んで風に吹かれて夏野行く
    山登り汗は露天に谷空木
    夕焼けや鍬も洗いて伸ばす腰
    夜更かしの付け襲い来る睡魔かな
    山羊の子も友達となる夏休み
    かたぐるま親子揃いの宿浴衣
    肩を出しサンドレス着し日もありぬ
    音だけが確かに響く遠花火
    車窓より一筋の滝音も無く
    名ばかりの梅雨明けなりや湿り空
    秋風や津軽じょんから旅枕
    娘の伴侶何処に御座す流れ星
    残業の家路に我と十六夜
    柿剥くはスイス土産のナイフなり
    秋の川魚遡るいのち継ぐ
    秋の夜の火星輝き寝屋に入る
    名月やうさぎ探しぬ昭和の子
    久し振り互いに白髪萩まつり
    あれこれと選びし末の秋刀魚かな
    かみ合わぬ老二人なり秋さびし
    一人居の時ゆるやかに秋の蝶
    手鏡の匠の技や曼珠沙華
    ながれ去る語らぬ想い水澄みぬ
    姉妹白髪となりて栗御飯
    細道の芭蕉の句碑に落ち葉かな
    図書館の閉館チャイム文化の日
    大根の肌の白さを競いけり
    惜しむ秋針持つわが手老いにけり

葉好
    花冷えに杭四本の花筵
    ほほ白やへこ帯きりりとし男
    歓談の溢れたる湯や朧月
    またひらりまたひらり舞ふ日永かな
    水田に真空切りの燕飛ぶ
    水光りなほ競ひ合ふ青田かな
    母の日の仏間に香のただよへり
    幟立つアルプスの小屋見下ろせり
    初浴衣湯上りはだの透きにけり
    点滴に日当たり移る薄暑かな
    病床のまま葉桜になりにけり
    振袖の軒に駆け込む走り梅雨
    紫陽花やシャトル飛び交う雨上がり
    余念なく逢瀬を照らす蛍かな
    夜祭におどり心の鎖解く
    夏風邪やちり紙を鼻に詰めて読む
    梅雨冷えやすべり込む夜零時半
    炎天下涼しき顔で値踏みする
    光る汗リトルリーグの打者の額
    夕焼やはるか眼下は墨の街
    七八九熟睡中の雪女郎
    砂浜や母うたたねの夏休み
    宿浴衣語らふ声や下駄の音
    天地裂くスコール去りて睦まじき
    花火咲き天とどろきて星残り
    滝見台身を包み込む霧と音
    梅雨明や物干竿の休みなし
    秋風や長き影引く豆腐売り
    千光年まばたきの間に星流る
    的を射る残心の気や夏稽古
    葡萄小屋そろそろと出る赤ら顔
    合唱に伴奏するや秋の川
    茜空雁二つ三つ願ひ事
    名月や火星とスカイウォーキング
    汗掻きつ急坂喘ぎ女郎花
    初さんま青磁むらさきおろし映へ
    逆さ富士写して水の澄みにけり
    供えたる栗飯の湯気立ち昇る
    満月や障子の影絵朔太郎

如比雷
    花冷えの染井の里の味噌の樽
    鴬やもののふどもが回向して
    血に飢ゑし無限軌道やつちぐもり
    永き日の愈々暮れぬ吟醸酒
    あれっきり帰って来ない軒燕
    ガード下デンキブランと浅蜊かな
    目薬に母の日謝するリボンかな
    五月鯉百キロワットをいなしをり
    かはせみの焦点きらひ飛び行けり
    ごきぶりと出合ひがしらの薄暑かな
    葉の桜白亜にありし廃墟なる
    あやめ咲きやらずの雨と目の誘ひ
    紫陽花を装ふてみむ薄日かな
    湧き出づる水清けきぞ蛍来い
    五月雨や連鎖倒産また一件
    夏風邪やさあずっと寝ておらりよか
    梅雨寒に弥勒が俺の業を抱く
    プレートを踏む紅顔やし吹く汗
    渇くほどビール美味いぞもひと汗
    夕映えやグラデーションのうつろひや
    初蝉の一睡の間を謳ひをり
    学窓は消え追憶の夏休み
    生娘の浴衣剥ぎ取る撥荒び
    アンタレス今年ばかりは色もなし
    江戸花火美貌の当主川の風
    年経りて滝に化けたり砂防ダム
    梅雨の明けちょっとたんまと口走る
    秋風のノーベルの道くねりをり
    流星と越ゆるや日付変更線
    最終回三者残塁夏逝けり
    袖で拭いて林檎齧るや十三号
    あきののべほうぞけちがんひとしづく
    あね様も被りを解きて寝待月
    名月をとってやったら「火星もね」
    狐の子葛咲く森に母を恋ふ
    野良びとはおんぼう焼きぞ秋刀魚の餉
    秋思かな己が虎も去り行きて
    蕎麦猪口に羽休めしか秋の蝶
    一面にコスモス電波望遠鏡
    大鼓(おおかわ)の水澄みきるを叩きけり
    ほつこりと釜飯の栗発車ベル
    土瓶蒸いとしこいしや偲ばれむ
    丸善とハヤシライスの文化の日
    ミヤマエゾダイコンモドキとはわらしーぼると名付けたり
    針千本照葉に誓ひてか選挙カー

ぎうと
    かんけりのかんのおとする日永かな
    初燕上目遣いの仁王かな
    雨の音も色も匂いも四月かな
    長々と並ぶ列あり薄暑かな
    葉桜や上着抱えし人の行く
    雨蛙破れ網戸の破れより
    あじさゐやわけありさうなひとのいえ
    ほうたるの唄くちついてでる夜かな
    これよりは鎖場とあり登山径
    夏風邪や隣家の気配感じをり
    梅雨寒の寒さ残さず梅雨往けり
    端居せる下に踏石下駄ひとつ
    遠花火備前徳利に唐津盃
    滝風やザックの中の握り飯
    露わなる肩先で知る梅雨の明け
    秋風の触るものすべて変わりをり
    星流る音すると云ふ子愛おし
    残像はゆらり揺れをる鶏頭花

わらし
    永日の無音の終わり辻地蔵
    燕来て検地の如く飛び回り
    大空の焦点絞れぬ雲雀かな
    母の日や魚料理のあってこそ
    高層のベランダ幟暮らし継ぐ
    芽吹く里十色の香り放ちけり
    全景に白光跳ねる薄暑かな
    葉桜の木漏れ日さらに下へ落ち
    手にとりてついとくすぐる麦の秋
    庭の隅真青に染める「集真藍(あづさあい)」
    恋蛍命紡ぐや宙(そら)の舞い
    梅雨寒や林道閉ざす鎖かな
    夏風邪や遠く遠くと夢は発ち
    梅雨冷えの美術の館一人なり
    踏み登る下草刈りや蒸暑し
    カヤックも汗噴き出して潮目出づ
    夕焼けのドン真ん中に舳先着け
    睡魔ありパドル止まるや青岬
    夏休花虫水樹地図天気
    民宿の谷に突き出て浴衣干す
    島畑ホットトマトをもぎ取りて
    見とれても星よ花火よ所詮消ゆ
    滝壺やマイナスイオンの戯れよ
    梅雨明や解語の花に巡り会い
    茗荷畑尖りの列の秋の風
    流星や黒洞洞の田圃かな
    朝有線隠る響きや残る蝉
    柿食えば富有のうまさ鐘聞こゆ
    見つけしは小さき秋の山の美味
    秋の海微かな風の音色見え
    名月を背負ひて購ふ雌がざみ
    雨吸いて穂先ばらける初尾花
    焼きサンマ解体腑分け猪口一つ
    坂をつめ一夜の露天秋思増す
    影のびるその先にいる秋の蝶
    眼鏡拭き改めて見る彼岸花
    網の目の安曇野堰や水澄めり
    栗おこは商い札を横に見て
    ゴッホ観る秋の空畑カラス群れ
    日常を土に練り込む文化の日
    独り身の無聊をかこち大根(おおね)炊き
    デジカメと針穴写真機鴨に向け

泰山麓
    母の日や遙けし卒寿前祝ひ
    大漁ぞ満艦飾の鯉幟
    飛び魚や濡れた翼を羽ばたけり
    紫陽花や色し褪せずば妻かなし
    老いの夢蛍火のごと潰えけむ
    夏草や老い痴る母の鎖絶つ
    夏の風邪咳も分け合う夫婦かな
    梅雨寒や小魚跳ねる朝ぼらけ
    菖蒲田に踏み入りて嗅ぐ濃紫
    祖父祖母の笑み蘇る夏休み
    藍浴衣裾あしらひに色こぼる
    サングラス妻は麗し夜目遠目
    隅田川人混みに酔ふ花火かな
    那智滝の情死哀れや花一輪
    梅雨明けの木陰にむせる熱気かな
    秋風や母ひとり食ふ膳の魚
    焦がれしも一炊の夢か流れ星
    初潮や残光に立つ澪標
    十五夜に老いばむ母の乳想ふ
    暮れてなほ金の尾花の光かな
    秋刀魚喰ひ苦味嫌はしと妻の言ふ
    天仰ぎ肥肉を嘆く愁思かな
    黄昏にゆらゆら白き秋の蝶
    小鰯の目にちりばめり万華鏡
    水澄むも魚棲みをりしふる里や
    魚沼と競ひてうまし栗の飯
    紅葉を写して鏡花やげり
    文化の日勲章授与の老木かな
    黒土に埋もれて大根(だいこ)白くなり
    短日に針路危ぶむ余生かな

甲斐
    浴衣さえ箪笥のこやしになる昨今