国立民族博物館漏刻シミュレーションについて
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 日本書記、「天智天皇十年夏4月丁卯朔辛卯(グレゴリオ暦671年6月10日)、始めて漏剋を用う」。これに因んで『時の記念日』が制定された。2021年はちょうど1350年に当たる。
 この漏刻は、唐の呂才によるものを原型とするらしい。そして、 が掲載されている。 近年(2018)になって Shinobu Takesako氏はこれの再現を試みている 。しかしながら、同氏は
 この条件でやってみたところ、内径3mmでは流量が多すぎてすぐに空になってしまうことが判明。
 ということで、一段目のパイプの内径を半分の1.5mmとし、二段目、三段目はそれより若干大きい1.6mmとして実行した。
と、条件を変えてしまっている。つまり上記の「民博モデル」を再現できていないのである。

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 実際、同氏の方法で1段目の水位を計算してみると、200分ほどで1段目の底(h1=100cm)に達してしまう。民博の結果では4時間(240分)でも110〜120cm だからかなり速い。

流体力学的考察
 Takesako氏の計算は、水槽の穴から吹き出す流速vと水頭hの関係式
 v=√2gh_____
に基づいている(gは重力加速度)。氏は「これをトリチェリの定理と呼びます。ベルヌーイの定理の特殊形です」としているが、以下では「ベルヌーイ・モデル Bernoulli model」と呼ぶ。なおこれは、
 流量≒√管半径4×水頭___________−管長×動粘性係数  (山田慶児『古代の水時計』、自然 1983.3)
と基本的には同じものであるが、Takesako氏は 管長×動粘性係数 の替わりに“流量係数R”を用いて
 v=R√2gh_____   (B.1)
とする。
 1段目の水頭hは、連続条件(質量保存則)から、
 ただし S:水槽の底面積, s:穴の断面積
 これの右辺に(B.1)を用いれば
 Takesako氏はこれを0.2分刻みで数値積分しているが、実はこれには解析解がある。
  h0はhの初期値
 したがって、
において h=0 となり、それ以降は計算できない。

 Takesako氏は以上の Bernoulli model によって「民博モデル」の再現を試みたが計算諸元を変更せざるを得なかった。つまり再現できなかった。ということは、この Bernoulli model 自体に疑念を抱かせる。
 では他にどのようなモデルが考えられるか?ひとつの候補が Hagen-Poiseiulle model である。
 u:流速(vはνと紛らわしいので以下ではuを用いる)
 a:管半径
 l:管長
 ν:動粘性係数

 Bernoulli model は h∝u2なのに対し、Hagen-Poiseiulle model は h∝u1
 これは層流の場合に実現する。
 層流の条件
 (飛鳥の漏刻の場合、ビミョーであるが、ともかくこれで考えてみる。)
 1段目の連続条件は
 これの解析解は
  h=h0exp(−bHPt)  (HP.3)
 これはt→∞ においてh→0。(B.3)のように0になることはない。また2段目以降についても容易に解析解が得られる。
 詳細は別稿を予定しているが、ここでは結果だけを示す。

(ただし、パイプの長さはすべて80cmとしている)。
上段中段下段受水槽
台の高さ 100 70 40 0
水槽の水位 30 30 30 0
水槽の底面積 3600 3600 3600 5400
パイプの長さ 80 65 80 -

 この結果は民博モデルときわめて近い(今回は4時間しか計算していないが、民博モデルでは4時間ごとに上段に給水するので、その後の経過も同様となるのは明白である)。明らかに民博モデルは Hagen Poiseiulle を用いていると考えられる。
 もっともこれは民博モデルを再現しただけであって、そのモデルが実際の漏刻をどの程度再現しているのかは全くわからない。実際の漏刻(少なくとも模型)による実測との比較が次の課題である。


Jun. 2021
ishihara@y.email.ne.jp