条里区画は、東西〜南北の正方位が理想であるとされ、現に大平野では正方位地割が今でも残っている。 中国や朝鮮から暦や天文書が伝わったのは6世紀ごろのことである。そのうち、『周礼』に地上に表(測量用の竿)を立て、これを中心とした円を描き、日出・日入の影が同一周上に交わる点を記し、その2点を結んで正東西線を得、これを2等分して表と結んで正南北線を得る方法(日き法)がある。また、『周髀算経』には冬至の日の卯之時(6時)と酉之時(18時)に北極周辺の大星を望み、これらと地上に立てた表の先端とを結んで地上に2点を印し、両点を結んで正東西線、その2等分点と表を結んで正南北線を得る方法(極星法)がある。 |
オレンジの線は過去の天の北極の軌跡。数字は年数。 赤は1300年前の天の北極。 |
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出典:「地球の歩き方」西安・敦煌・ウルムチ(ダイヤモンド社) | 出典:世界大百科事典(平凡社) |