ジューンブライドと大安

 それは2014年のことだった。架純さんは付き合っていた彼からついに求婚された。もちろん、否やはない。両親そして友人知人にも祝福され、もうしあわせ一杯!
 挙式の準備が始まった。架純さんはジューンブライドというのがいいと思った。彼も賛成してくれた。また「大安」という日が縁起がいいとも聞いていた。カレンダーを見ると、6月の大安の日は4日、10日、16日、22日ということがわかった。
「この中から選べばいいんだわ」架純さんは思った。
 でも、ちょっとひっかかった。大安は4日から6日目ごとにあるように見える。そうすると22日の6日後の28日も大安なんじゃないか?なのにそうはなってない。
「きっとこのカレンダー、間違ってるんだわ」
 日曜日。街に出たついでに本屋を覗いてみた。『神宮館なんとか暦』という本が目に留まった。大安のことが気になっていたので立ち読みしてみた。この本なら間違いはないだろう。
 しかし、28日は大安じゃなくて「先勝」となっていた。
 もう少し詳しく見ていくと、大安の後は赤口、先勝、友引、先負、仏滅と続き、また大安に戻る、ようだ。ところが、26日の先負まではこのとおりなのに、翌27日は仏滅じゃなくて赤口。つまりここで仏滅と大安が飛んでる。次の大安は7月2日。つまり6月22日から10日も後なのだ。
「これ、どーゆーこと?」架純さん、狐につままれた気分。
 月曜日。出勤した架純さん、社員食堂で「小父さん」を見かけた。定年退職後も「嘱託」とかで残っている、たいして仕事をしてなさそうだけど、どーでもいーことをやたらよく知っている「変な小父さん」として社内ではちょっと有名な人だ。
「あの人に聞けば何かわかるかもしれない」。架純さん、「隠居部屋」と呼ばれている小父さんたちの部屋を訪ねてみた。

架純「こんにちわ」
変な小父さん「はい、なんでしょうか?」
架純「実は私、今度結婚するんですが・・」
変小父「それはおめでとさん」
架純「ありがとうございます。それで、ジューンブライドで大安の日がいいと思ったんですが、かくかくしかじか・・・」
変小父「ああ、そうゆうことか。ちょっと待ちなはれや」
 小父さん、パソコンに向かうと、ある文書を表示した。「これが去年(2013年)2月1日の官報。今年の日本の暦の大本や」
架純「じゃあ、『神宮館なんとか暦』とかも、これをもとにしてるんですか?」
変小父「そや。ちょっと待ちぃや・・。なるほど、6月27日がさくやから、これで飛ぶんやな。」
架純「『さく』って何ですか?」
変小父「新月や。お月さんの新月。」
架純「お月様が新月だと、大安とかが飛ぶんですか?」
変小父「簡単に言うとそうなるな。これは『旧暦』の話やけど、朔つまり新月の日が毎月の一日ついたちなんや。」
架純「旧暦・・・」
変小父「明治の初めまで使われてた暦のことや」
架純「じゃあ、大安とかは旧暦なんですね」
変小父「ま、今はそう考えとこか」
架純「???」
変小父「『大安とか』ゆうのは正しくは『六曜』ゆうんやけどな。これは
  先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口
という順番でくるくる回るのが基本や。大安から始めたら架純さんが見たとおりになる」
架純「はぁ」
変小父「ところがもうひとつ。(旧暦の)毎月の一日の六曜が決まってるんや。
 今年(2014年)の6月27日朔の日は旧暦の六月一日になる。この日は赤口と決まってるんや。一方でその前日までは、6月21日が夏至やから、ここは旧暦の五月になる。その一日は大安と決まってる。その五月朔は新暦の5月29日やな。そこを大安として、さっきの順番で回していったら、6月26日は先負になる。ところが翌27日は赤口と決まってるから、仏滅と大安が飛ぶわけや」

正月朔先勝
二月朔友引
三月朔先負
四月朔仏滅
五月朔大安
六月朔赤口
七月朔先勝
八月朔友引
九月朔先負
十月朔仏滅
十一月朔大安
十二月朔赤口

架純「そうなんですか。ふつうの『曜日』は、5月31日が土曜日なら6月1日は日曜日だけど、『六曜』はちょっと違うんですね」
変小父「そやな。そやからこんな妙な規則のもんは江戸時代までの暦には載ってなかったんや。明治になって旧暦が廃止されてから載るようになった。皮肉な話や」
架純「じゃあ、大安が縁起がいいなんて話も・・・」
変小父「明治以後に流行りだしたんやな」
架純「そんな・・・あ、でもひとつわからないんですが・・」
変小父「はい、なんでっしゃろ」
架純「さっき、『6月21日が夏至やから、ここは旧暦の五月』とおっしゃいましたが、6月27日が旧暦六月一日なら、その前は旧暦五月に決まってますよね?」
変小父「ところが、そうやないんです」
架純「えっ!?」
変小父「閏月、ゆうのがある」
架純「う・る・う・月・・・」
変小父「旧暦では朔(新月)が毎月一日と言いましたな。ところが朔から朔までは平均で29.5日ほどなんです。それで旧暦の1ヶ月は29日または30日なんやけど(31日の月はない)、そうすると12ヶ月では354日ほどにしかならない。一方、1年は365日ほどですから・・・」
架純「あっ、11日足りない・・・」
変小父「そうでんな。そやからこれをずっと続けて行ったら、季節がだんだんずれて来る。3年も経ったら、正月が1ヶ月も早くなる。18年も経ったら・・・」
架純「真夏にお正月が来ますね」
変小父「それを防ぐために旧暦には『閏月』がありまんねん。そやから、旧暦六月の前は旧暦五月とは限らん。閏月の可能性もある。現に今年(2014年)の10月24日からは旧暦では閏九月なんです。閏月は、さっき言うたことからわかるように、3年弱で1回、もっと正確には、19年に7回ほどやな」
架純「じゃぁ、閏月かどうかはどうやってわかるんですか?」
変小父「そこや、『6月21日が夏至やから、ここは旧暦の五月』言うたんは。つまり、『夏至のある月は五月』ゆう規則があるんです」
架純「そうなんですか!」
変小父「だから、夏至は『五月中気』と言うんですが、同じように、毎月の中気が決まってる。『二十四節気』は、夏至の次が『小暑(2014年は7月7日)』、その次が『大暑(7月23日)』やけど、この大暑が『六月中気』で、6月27日からの月の内に入るので、これが旧暦六月なわけです。夏至より後に始まって大暑が入らない月があったら、それは六月じゃなくて閏五月になる」
架純「おもしろい!」

小寒 1月5日
大寒十二月中1月20日
立春 2月4日
雨水正月中2月19日
啓蟄 3月6日
春分二月中3月21日
清明 4月5日
穀雨三月中4月20日
立夏 5月5日
小満四月中5月21日
芒種 6月6日
夏至五月中6月21日
小暑 7月7日
大暑六月中7月23日
立秋 8月7日
処暑七月中8月23日
白露 9月8日
秋分八月中9月23日
寒露 10月8日
霜降九月中10月23日
立冬 11月7日
小雪十月中11月22日
大雪 12月7日
冬至十一月中12月22日
(日付は2014年の場合)

変小父「さっき言うた2014年10月24日朔からは、前日の23日が霜降でこれが九月中気だが、これが入らないので旧暦九月ではない。また11月22日が小雪で十月中気だが、当日がまた朔なので、これ以後が旧暦十月になるため、10月24日からは旧暦十月でもない。旧暦九月と十月の間に入る閏九月になるわけです」
架純「そっかぁ。つまり、こうですね。中気?二十四節気?そのどれが入るか入らないかで月の名前が変わる。」
変小父「そうそう。ちなみに中気ゆうのは二十四節気の一部(ひとつとばし)です」
架純「でも、(旧暦の)月が変わる時には六曜が飛ぶんですよね?」
変小父「さいでんな」
架純「そうすると、大安がいつか、は旧暦がわかれば決まるわけですね。」
変小父「そのとおり、なんやけど・・・」
架純「なにか、問題でも?」
変小父「いや、これはちょっと先の話なんやけど、2033年には、その旧暦が決まらへんという問題があるねんな」
架純「えっ、どーゆーこと?」
変小父「つまりや、今までの旧暦のルールではどこに閏月を置くかを決められへんのや。そうすると大安も仏滅も決まらんことになるなあ」
架純「ま、どうしましょ?」
変小父「やっと近頃、 暦文協 ゆう団体で新しい規則を作ろうゆう動きが始まってる」
架純「是非、決めてもらわないと・・」
変小父「ま、それはともかく、とりあえず架純さんの疑問は解けたわけや。つまり、旧暦五月は大安から始まり、旧暦六月は赤口から始まる。ところで旧暦の1ヶ月は29日または30日やから、五月から六月に変わる時、大安(時には仏滅も)が飛ぶと、こうゆうことやな」
架純「はい、わかりました。でも、よりによってジューンブライドの月に大安が飛ぶなんて・・・」
変小父「でも、これが新暦6月に起こるのはあまり頻繁じゃないな。何故かというと、夏至が五月中気やから、旧暦六月が始まるのは夏至より後になる。大抵のばあい、旧暦六月朔は新暦7月やから、ジューンブライドとは関係ないな」
架純「でも、今年(2014年)はそれが起こるんですよね」
変小父「そやけど、今度これが6月に起こるんは2022年や。8年も先やな」
架純「じゃぁ、私は随分運が悪かったんですね」
変小父「そんなことゆうても、6月の大安は4回もあるねんから、そこから選んだらええやん」
架純「はい、そうします」
変小父「ところで、ジューンブライドやけどな」
架純「はい?」
変小父「あれは6月Juneがローマの女神ジュノーの月、ゆうとこから来てるねん。主神ジュピターの嫁はんやな。そやからこの月に結婚した女性は幸せになる、と欧米では言われてるんやけど・・」
架純「そうなんですか」
変小父「日本では梅雨どきやからなあ、お招きいただいても暑苦しいて・・・」
架純「あら、お招きするなんて言ってませんけど?」
変小父「へえ、さいでっか」

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