| 「女性ファンの姿も戦前のスタンドには数えるほどしかみ当たらなかった。・・しかし皆無だったわけではない。洲崎球場には場所柄玄人筋の女性の顔がみえた。そんな中で現在でも語り草になっている女性ファンが三人いる。井上現コミッショナーの令嬢と音楽評論家太田黒元雄氏の双生児の令嬢二人」 |
| 断髪すがた美しく ひときわ目立つ令嬢の 父なる紳士とたずさえて いと朗らかに微笑めり 『あれこそここのジャンヌ・ダルク I大審院判事のお嬢さん ・・・ |
| なお、彼女は井上登大審院(今の最高裁)判事の娘である。同判事が、のちにプロ野球機構のコミッショナーになったことも・・ |
| しかし、洲崎球場、上井草球場などは、ほんとうにひとがあつまらない。 |
| 1919(大8)年 | 娘鈴子、鞠子誕生。 |
| 1933(昭8)年 | 大森山王より杉並区東荻町20(現杉並区荻窪3丁目33)に転居。(38歳) |