「静振決定の新方法」(海と空Vol16.3 1936年、海洋気象台彙報第六十号 1936年)


 日高はここで、「Christal の微分方程式」に「Ritzの方法」を適用している。  「Christal の静振論」というのは、微分方程式
u=0              (1)
を境界条件
    u(0)=u(a)=0                (2)
のもとに解くものである。ここにvは湖の一端からある任意の断面に至る表面積、aは湖の全表面積、uは時刻tまでに断面vを通過した水量、Tは静振の周期、gは重力加速度である。σ(v)はvなる断面の幅と断面積との積で、
    σ(0)=σ(a)=0              (3)
なる性質がある。断面vにおける水位上昇は
ζ=−                      (4)
で与えられる。
z=
とすると、0≦z≦1。また
    σ(z)=hγ(z)               (5)
とする。ここにhは[L3]のディメンジョンの定数、γ(z)はzの関数で無次元である。このとき(1)および(2)は次のようになる。
u=0               (6)
    u(0)=u(1)=0              (7)
ただし
λ=                    (8)
 これについて、日高は以前に"A Practical Method of Integrating Chrystal's Seiche-Equation"(Geophysical Magazine Vol.5 1932) において以下のような解法を提示している。
 方程式(6)を2つの1階方程式に分ける。
=w
 そして、これらの方程式をz=0から正方向に Runge-Kutta法で数値的に積分し、w=0になる点をz0とする。同様にz=1から負方向に積分してw=0になる点をz0'とする。λが正しいならz0とz0'は一致しなければならない。λの近似値をなんらかの簡単な方法で見つければ、3回程度の試行で充分精度の良いλを求めることができる。
 そして"Theory of Uninodal Longitudinal Seiche in Lake Yamanaka"(Geophysical Magazine Vol.5 1932)において日高はこれを山中湖の縦式単節静振に適用し、その周期を15.47分とした。これは実測値15.61分と良く一致している。

 「静振決定の新方法」では、日高はこれと同じ問題に「Ritzの方法」を適用したわけである。
 以下では「Ritzの方法」なるものを理解するために、非常に簡単な場合についてこの方法を適用してみる。
 考えるのは1次元の長さa、水深hの「湖」である。波動方程式は
                (9)
 今、時間に関しては振動型の解sin(σt)を考えるから、方程式は
+k2ζ=0                 (10)
ここで
2                       (11)
である。
 境界条件は
x=a=0      (12)
 Ritz法では、これに「変分法」を適用する。
 「変分法」というのは、初め古典力学で発展したもので、現在では他の多くの分野に拡張されている。「運動方程式」の見通しを良くする(?)という効用は広く知られているが、その概念の理解はなかなかしんどい。
 ここでは、ブレビア(前掲書)にしたがって、Galerkin法によってこれを導いておく。
 方程式(10)に適当な「重み関数」w(x)を掛けて定義領域(0,a)で積分したものを考える。
=0         (13)
 「重み関数」w(x)は一般に任意で良いが、特に方程式の解ζ自体の「変分」δζを用いるものをGalerkin法と言う。
=0       (14)
 「変分」δζとは、関数ζ(x)をいたる所で任意の微少量だけずらせたものである。ただし両端では
  δζ(0)=δζ(a)=0             (15)
とする。
 これが何を意味するかを説明することは筆者の手に余る(日高も「この証明は変分法の教科書に譲る」としている)。ただ、この形式を認めてしまえば、あとは機械的に計算を進めるだけである。
 まず、式(14)の左辺第1項に部分積分を適用し、境界条件(12)を用いれば
 ここで、微分と変分は独立なので順序を入れ替えることができて、
  ∂δζ/∂x=δ(∂ζ/∂x)
 さらに、
2
 式(6)の左辺第2項についても
ζδζ= δζ2
 したがって、
δ[ ]=0  (16)
 つまり、問題は
F(ζ,   (17)
という汎関数(関数の関数)の変分を0にする(Fの極小または極大を求める)ことに帰着する。
 この問題を解くために、ζを次のように展開する。
ζ=              (18)
これが境界条件(12)を満たすことは明らかである。
 このとき汎関数F(ζ,∂ζ/∂x)の変分は
δF= )δAm
 と書けるが、δAmは任意に取れるので、δFを0にする条件は
=0,(m=1,2,・・・)
である。これは、式(17)(18)より
]=0  (19)
 ここで
[f(x),g(x)]=
である。
 ところで、
[sin
[sin ]=0  (m≠n)
であるから、式(19)は
)Am=0
のようにAmごとに分離し、これから
k=                       (20)
 または式(11)から

σ=
                  (21)
が得られる。

 以上、「Ritzの方法」を簡単な場合に適用した例を示したが、この例はあまり適切とは言えない。何故なら、この例の場合は式(18)のζを方程式(10)に代入するだけで解(20)が得られるのである。
 しかしながら、そのように簡単な解関数を方程式に代入するだけで解が得られるのは、1次元の場合や2次元でも矩形でかつ水深hが一定のような簡単な場合に限られる。ある程度複雑な問題になると、様々な工夫を要するが、その中で「Ritzの方法」は、力学で有効性を知られている変分法を基礎としている点できわめてオーソドックスであり、合理的かつ自然な拡張と言えよう。