エルテル「不規則な形状の湖沼の自由振動を計算する新法」

 日高のこの論文(海洋時報第六巻第二号、1934)は

量子力学を湖沼の静振に応用したものである。

という文章で始まっている。内容は H. Ertel という人の 1933年の論文の紹介である。原タイトルにも "Eine neue Methode" と、これが新方法であることが謳われている。

 さて、その内容であるが、湖の「標準曲線φ(ξ)」を用いた微分方程式
  2n
∂ξ2
νn2 
φ(ξ)
n=0     (6)

について、φ(ξ)を平均値φmで置き換えた方程式
  2n0
∂ξ2
(νn02
φm
n0=0     (10)

を考え、この解Xn0およびνn0の近傍に(6)の解を求めるというもので、要するにこれは「摂動」である。
 境界条件Xn0(0)=Xn0(1)=0に対して(6)の解は
  Xn0=(2)1/2sin(πnξ)   (11)
それに相当したMerianの式による振動数は

  νn0=πn√
__   
φm =

πn
2

   
gh      (12)
 ただしLは湖の長さである。
 固有関数Xn0は既に法化(規格化)されている。
  ∫01(Xn02dξ=1        (13)
 これに対して、(6)の解を
    Xn=Xn0+ΔXn      (14)
と置き、またνnについても、
  νn2  
φ(ξ)
(νn02
φm
+Δ(νn2  
φ(ξ)
)     (15)

とおいて、近似解(Δの付いた項の1次の)を求める。

 「摂動法」自体は量子力学以前の古典力学でも用いられるものである。ただそこでは、天体の3体問題などでの使用が多く、波動の問題への適用は量子力学以後のことかも知れない。
 シッフ「量子力学 上」)井上健訳、吉岡書店)pp282 の脚注によると、量子力学における摂動法の最初の例は E. Schroedinger, Ann. Physik 80, 437 (1926) のようである。これは Schroendinger 方程式が最初に現れた Ann. Physik 79 (1926) の直後で、同じ年である。それから7年後の1933年になって、Ertel の "Eine Neue Methode" となって湖海の問題へも波及したのであろうか。

 さて日高は、「この式の或る特別な場合は本多、寺田、吉田、石谷四氏の論文にあって、外国で Japanische Methode として知られてゐる方法となる」と指摘している。あるいは、「黒体放射」のような19世紀から知られていた法則が量子力学によってようやく根拠付けられたこととの類似を、ここに見ていたのではなかろうか。