大圏コース

・・横須賀の緯度は北緯三十五度十七分、桑港は北緯三十七度四十六分。ほとんど変わらない
 途中、右舷側には内南洋の島々があり、ミッドウェーがあり、ハワイ諸島があるがどれもあまりに遠い。左舷側にはカムチャツカ半島やアラスカがあるはずだが南の島々より更に遠い。すなわち今回の進路の周辺にはまったく陸地はない。
 従って航海は来る日も来る日もただ青い海原ばかりだった。鳥の姿を見るのも稀で、鮪を釣ろうと艦尾から延縄を流したが一尾も掛からなかったという話をガンルームの噂で聞いた。水面下は空っぽなのか。陸が遠いと魚もいないのか。
 この時の航海でわたしたちは太平洋という海の呆れるばかりの広さを思い知った。二十日間ひたすら舳先は波頭を割りつづけた。十ノットの巡航速度で大圏距離四千四百七十八海里を渡るには二十日かかる。
池澤夏樹『また会う日まで』 練習艦隊18 (朝日新聞2020.10.19)

 上記では、横須賀から桑港までほぼ同じ緯度(35°N〜37°N)を航走したと考えているようである。しかし、「大圏距離四千四百七十八海里」というのはそうではない。それは(48°.5N,169°.1W)を通る「大圏コース」である。アレウト列島にはかなり近く、カムチャツカ(やアラスカ)も比較的近い。一方ハワイはかなり遠くなる。
 大圏コースというのは、地球を真球と考えた場合に任意の2点を通る大円のことである。大円というのは、地球をまっぷたつに割ったときの切り口である。そんな大円はなんぼでもある。地球の中心を通る面で割れば良いのだから。その中で、ある2点を通るものがその両点の大圏コースなのである。
 大圏コース上の2点の(緯度,経度)を(δ1,α1)および(δ2,α2)とすると、その大円の中心角Θは、球面余弦定理により
  cosΘ=sinδ1sinδ2+cosδ1cosδ2cos(α1−α2
である。
 今、


 横須賀〜桑港を通る大圏コース(メルカトル図法)


 横須賀〜桑港を通る大圏コース

 ところで、大圏コースはどのような経路を辿るだろうか?
 球面上の大円は、緯度δと経度αの間に
という関係がある。ここでα0は大円が赤道(δ=0°)と交差する場所の経度、δMaxは大円の最高緯度である。これらは大圏コース上の2点によって決まる。横須賀と桑港についてこれを求めると、
  α0=100.88°E
  δMax=48.48°N
となる。δが最高点となるのは、
  α=α0+90°=190.88°E=169.12°W
 メルカトル図法でこれを見ると、横須賀、桑港よりかなり北方を迂回するように見える(図−1)。
 しかし、大圏コースの真上から見ると(図−2)、大圏コースは直線となる(球面上の大円は平面上の直線に相当する)。一方、37°N に沿った黄色の線は明らかに遠回りしていることがわかる。

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(以下は理解できる方だけ読んで下さい。)


(tanδ1(sinα1 cosα1)(A)
(tanδ2(sinα2 cosα2)(B)


(cosβcosλ)(1  )(cosδcos(α−α0))
(cosβsinλ)(0 cosδMax sinδMax)(cosδsin(α−α0))
(sinβ)(0 −sinδMax cosδMax)(sinδ)


  tanδ=tanδMaxsin(α−α0), for β=0

桑港


(x’)(cosα1 sinα1 )(x)
(y’)(−sinα1 cosα1 )(y)
(z’)(0 0 )(z)
 where α1=α0−180°

(x’’)(1 0 )(x’)
(y’’)(0 sinδMax cosδMax)(y’)
(z’’)(0 −cosδMax sinδMax)(z’)

  (cosα1 sinα1 )(x)
  (−sinδMaxsinα1 sinδMaxcosα1 cosδMax)(y)
  (cosδMaxsinα1 −cosδMaxcosα1 sinδMax)(z)