―― プロローグ ―――





 偏狭の島にある小さな国、ディサ国
 大まかな地図には名すら載らない小さな国でも事件は起こる

 その日も朝から慌しかった



「―――…こ、近衛騎士団長殿っ!!
 た、大変でございます…!!」


 職務室の扉を叩く焦りを含んだ声
 入室を許すと部下の騎士が飛び込んでくる
 その尋常ではない形相に俺も思わず席を立った




「朝早くから賑やかだね
 俺を訪ねて来るとは一体何事だい?」

「は、はい!!
 三等騎士のヴェンツィーが魔女の魔法弾の直撃を受けまして…!!」

「魔女の…?
 それは大変じゃないか
 …それで、彼の怪我の具合は?」

「命に別状はありません
 ですが…ですが魔女の魔法のせいで、彼は変わり果てた姿に…!!
 あれは魔女の呪いです、何て痛ましい…あんな事になってしまって、
 私はヴェンツィーの家族に何て説明をすれば…あぁ、何て惨い…!!」


 王都ティルティロからの攻撃を受け、
 ティルティロ国の傷跡も徐々に広がりを見せている

 水面下で反撃態勢を整えてはいるが、
 こうした悲劇の報告は日増しに増えてきていた


 部下の騎士を慰め士気を高める事も、
 近衛騎士団長である自分の仕事だ


 その場に泣き伏せる部下を宥めながら、
 俺は彼に詳しい説明を求める

 今の彼の口から詳細を聞き出すのは辛い
 しかし自分も報告書を作り、上に報告する義務がある




「…それで一体…ヴェンツィーはどんな状態なんだい?」

「は、はい…!!
 ヴェンツィーの頭に…頭にっ…!!」

「…うん…?」


頭にセロリが生えましたっ!!



 ………………。

 ……………………………。



 はい?




「セロリが…セロリがっ!!
 騎士の頭からセロリがぁっ…!!」

「い、いや、ちょっと待って?
 セロリって…あの八百屋で売ってる野菜の…?」

「はい、あのセロリです!!
 頭からマヨネーズをかけて齧って確認しました!!
 シャキシャキしてて…やっぱり直食いは鮮度が違いますね!!」

「………………。」


 ここは笑うところなのか?
 それとも無理矢理にでもシリアスなムードを演出するべきなのか?

 予想だにしていなかった報告を受け混乱する俺をよそに、
 目の前の騎士は硬くコブシを握り熱く語り始める



「しかも店で見かけるような一本二本じゃないんですよっ!!
 株なんです、株ごとごっそりと、どどーんと!!
 しかもセロリの株って物凄くでっかいんです!!
 によきにょきと頭からセロリが…何かもう葉っぱが凄いんです!!

 葉っぱがもっさりと!! 遠目から見たらちょっと個性的なシルクハット!!
 ちょっと首を傾けるだけでばっさばっさと音が!!
 もうボリュームたっぷりに、ぶわーっと!! ぶわーって!! ぶわーぶわーぶわー…!!」



「おっ…落ち着け!!
 とにかく落ち着いてくれ!!」


 両手を振り回してセロリの迫力に熱弁をふるい続ける
 騎士の肩を揺さぶって彼に平静を取り戻させようとする

「いいか騎士は常に戦場に立っているものと考えるんだ
 常に冷静さを忘れないように心がけるように―――…」


「で、でも、あいつは…
 あいつは昔からセロリとピーマンだけはダメだったんですよ!!
 それなのに、よりによって見るのも嫌いなセロリがあんなに…!!」


 その嘆き方は何かが間違ってる


「そ、それで?
 他の騎士達の反応は?」

「はい……!!
 皆、口々に美味かった、と」

 皆で食ったんかい


「不幸中の幸いは、セロリが生えた場所が頭であった事です
 もしこれが股間に生えていたらと思うと……あぁ、想像しただけで恐ろしい!!」

 そんな想像、しなくても宜しい



「…いいから落ち着きなさい
 計算でもして――…5+3は?」

「ご、5と3…え、ええと―――…
 薄塩合点大納言!!


何もかもが違うっ!!



 どうやったらそこまで爽快なまでに吹っ飛んだ答えが返ってくるのか

 …まぁ、彼も混乱しているのだろう
 でも俺もイマイチ自体の実感が湧かない

 しかし現に目の前の騎士は熱弁をふるっている


「当のヴェンツィーも鏡で自分の姿を見るなり
 鏡に向かって顎が外れんばかりの大爆笑で…!!
 確かに一見笑える光景ですが、
 このまま彼の頭がセロリ畑と化してしまったらと思うと…!!
 もう私は彼の先輩として、どうしたらいいのか…っ!!」


 …どうしたら…って聞かれても困る

 むしろ人体に及ぼす影響の方が気になるが、
 騎士が語る内容の焦点から察っするに、それなりに余裕はあるらしい


「………とにかく、ゆっくり休みなさい…疲れてるみたいだから………」




 俺は彼を優しく部屋から退出させると、
 自らの頬を指でつねって、これが夢ではない事を確認した

 朝から意味のわからない事件が起こったみたいだが、
 俺は俺で忙しいし、こう見えて色々と思い悩む事も多い


 もう…セロリが生えようが知った事じゃない
 こんなバカな事に構っている余裕なんて無いんだ

 ある意味、あの騎士よりも自分の方が遥かに心乱している―――…







 俺の名はカルラ



 ディサ国の近衛騎士団長を務める鋼の騎士
 一応、エリートと呼ばれる部類で世の中をそれなりに上手く渡ってきた
 けれど壁にぶつかった事が無いわけじゃない
 むしろ、今の俺の目の前には巨大な壁が聳え立っていた


 俺には年上の恋人がいる

 名前はアニェージという
 職業は俺と同じ騎士で、騎士団長という肩書きだ

 幼馴染の彼とは付き合いも長い
 親兄弟よりも深い絆で繋がっていると俺は信じている


 それでも生真面目な上に晩熟な彼を気遣って、
 特に手を出すわけでもなく彼の成長を見守り続けていた

 兄弟のような健全な付き合いを始めて随分と経つ




 でも、そろそろ―――…関係を進展させても良い頃じゃないか



 俺も彼も、子供と呼べる歳ではなくなった

 仕事だって順調に出世をしたし、
 彼と二人で幸せな家庭を築いて行ける自信もある


 でも、問題が一つある
 …どうやって、この想いを伝えよう――…
 面と向かって言うには恥ずかしいし、
 彼の性格上、面食らって会話どころじゃなくなる可能性がある…


 正直言って、騎士としての任務より恋人の事の方が優先度が高い
 あんな下らない事件なんかよりも、この恋の悩みの方がずっと重要だ
 第一、こんな状態では仕事なんて手に付かない


 さて、どうしたものか―――…



 …そうだ、こういう時は第三者に相談してみよう

 幸い、人生経験も恋愛経験も豊富そうな知り合いがいる
 あの男に助言を貰えれば、上手く行くかも知れない―――…

 俺は報告書を引き出しに押し込むと、
 目当ての姿を探して執務室を後にした





********






「…というわけで、何か良い方法は無いかな?」


 俺が向かった先は、国民たちの憩いの場でもある中庭だ
 ここでは常に季節の花が咲き乱れていて、一息吐くには良い場所だ

 相談相手として白羽の矢を立てられた男は花壇の手入れをしていた
 その手には雑草と思われる細い草が握られている



「…そうですねぇ…」

「ゴールド殿なら、何か良い案を授けてくれると思ってね…
 できるだけ間接的な手法を取りたいとは思っているんだ」

 ゴールド――…その名の通り見事な金髪の男は、
 のんびりと花壇の手入れを続けながら、あまり乗り気では無い返答を返してくる


「うーん…そう言われてもねぇ…
 相手は脳味噌が筋肉で出来ているようなタイプですから…
 あまり遠回しな手段を使っても、伝わらないと思いますよ?」


 そうなのだ

 俺の恋人―――…アニェージは、体力自慢の熱血漢
 多少鈍い神経と空気の読めない性格の持ち主だった


「それでも…彼の性格を思うとね
 あまりストレートに行き過ぎるのも後が恐い気がして」

「言葉より先に手が出るタイプですからねぇ
 ボクも何度、殴られそうになった事か…」

「アニェージがいつも迷惑をかけていて…本当に、申し訳ない」




 彼の代わりに頭を下げる


 俺の恋人アニェージと、
 彼、ゴールドはとにかく仲が悪い

 元々性格が正反対な上に、
 アニェージが妙に彼に攻撃的なのだ


 喧嘩の大半も、アニェージから吹っ掛けているものだった




「…カルラにとっては可愛い恋人でもねぇ…
 ボクにとっては犬猿の仲と言っても良い相手ですからねぇ…」

「そこを何とか…」

 ゴールド自身も一筋縄では行かない
 見た目と反して意外と腹黒くしたたかな性格なのだ


「まぁ、騎士団長はともかく…
 貴方とは茶飲み友達ですからね
 協力してあげないこともないですが――…
 騎士団長に対しては容赦ないですよ、ボクは」

「ははは…まぁ、アニェージは見ての通り頑丈だからねぇ
 多少の事には音を上げたりしないだろうし…大丈夫だろうさ」


「そうですか…まぁ、貴方の許しがあるなら良いです
 それではボクも遠慮なく、策を授けてあげましょう」

「ありがとう、助かるよ
 それで俺はどうすれば―――…」




 するとゴールドは天使のような笑みを浮かべると、
 自信満々に言い放った


一服盛りなさい


 本気で容赦ない



「ああいう鈍感な筋肉ダルマはね、
 既成事実を作ってしまうのが一番手っ取り早いのですよ」

 ゴールドはそう言うと、
 俺の手の上に摘み立ての雑草を乗せた


「…あ、あの…?」

「それを煎じて飲ませなさい
 一見雑草に見えますが立派な毒草です」


 憩いの場で何を栽培してるんだ

 …というか、毒草って…毒草って…!!
 もしかしなくてもそれは犯罪に手を染める行為なんじゃ…!?





「さ、流石に毒草はっ…!!
 アニェージでも毒を盛られれば死ぬよ!?」

「この程度の量なら死にませんよ、たぶん


 アバウトだね



「あ、あの…それでだね?
 仮にこの草を飲ませたとして…どんな効果が?」

苦しみます

………。


 それだけ?





「あの…」

「苦しんでますから、抵抗できません
 悶絶している間に既成事実を作って下さい」


 もっと平和に行こうよ



「そんな犯罪ギリギリの事をさせないで…
 というかね、一応俺も恋人が苦しむ姿は見たくないんで…」

「じゃあ媚薬でも作りましょうか?
 とても強力で処方量が過ぎると人格崩壊もありますが」


 んなもん作るな





「く、薬に頼るのはちょっと…騎士としても抵抗が…」

「そうですか?
 手っ取り早くて良いのに残念です
 薬を使わないなら、多少手間は掛かりますが…」


「うん?」

「まず彼の髪の毛を用意して…
 藁人形の中に植え込んでから、上から釘を打ちます」



 それ、呪いだよね?
 一線越えるどころか、三途の川まで越えちゃうよね?

 というより既に、
 間接的な殺人を企んでない?



「…あの、ゴールド殿…
 命の危険が無い手段を教えてくれないかな?」

「…ちっ…つまらないですねぇ…」


 今、何か言ったかな!?







「…あれ…近衛騎士団長さん?
 ゴールドと何を話してるんですか?」

 振り返るとそこには栗色の髪をした青年
 赤いジャケットが彼のトレードマークだ


「あぁ…ボクの愛しいハニー…!!
 今ね、カルラに毒殺法を教えていたのですよ」


 最初から殺意100パーセント



 もういい
 ゴールドは役に立たない

 というよりこのままではアニェージが危ない


 俺は彼の恋人―――…ジュンに望みをかける事にした




「ジュン殿、折り入って相談が――…」

「ち、ちょとカルラ!!
 ボクのジュンに変な知識を吹き込んだら怒りますよ!?」


 お前にだけは言われたくない
 俺に毒殺術を吹き込もうとしたお前にだけは…っ…!!



「…で、何の話してたんだ?」

「近衛騎士団長が騎士団長をモノにしたいそうです」


 モノ…って…
 他に言い方無いの!?




「ふぅん…」

「そ、それで…ね
 良かったらジュン殿にも意見を聞きたいなぁ、って…」

「そっか
 近衛騎士団長さん、こういうのはどうですか?」

「うん…?」


「ゴールドが後ろから騎士団長さんを羽交い絞めにして、
 俺が下の方で足を押さえますから、その間に――…」


 大却下

 というか

 ふざけんな





「あ、あの…ね、ジュン殿…
 出来ればもっと平和的に行きたいんだよ…」

「でも、俺って騎士団長さんの事あまり良く知らないし…
 だからどんな方法が効果的なのかも一概には言えなくて…」


「…ちなみにアニェージについてはどんな認識があるのかな?」

ゴールドに喧嘩を吹っ掛ける嫌な奴
 …って事くらいしか知らないんですよ、本当に」


 そっか…
 とりあえず嫌な奴だと思ってる事だけはわかったよ…



「でも、当のゴールドが協力してることだし…
 俺も多少なら真面目に協力しますよ」


 多少かい

 でも、今は藁にも縋りたい気持ちだし、
 他にこんな事相談できる相手もいない…


 悩んでいる一方で、ゴールドとジュンは勝手に話を進めてゆく






「相手の部屋には出入りしてるんですよね?
 じゃあ騎士団長さんの枕元に手紙を忍ばせるってのはどうですか?」

「うん、まぁね…
 そっか…手紙か…」

「つまり置き手紙ですか?
 ラブレターというガラでもありませんが…」


「でも、騎士団長って言うからには体育会系なんだろ?
 ああいうタイプは意外と純情なシチュエーションに弱いんだ
 身体と似合わず乙女チックな思考っていうか、ドリーマーっていうか」


「確かにゴツい身体つきをしていますが…
 ビン底メガネに劣悪センスイモ男ですよ?
 とにかく見た目からして田舎っぽいダサ男で―…」



 言いたい放題ありがとう
 でもそのイモ男が俺の恋人です



「あー…じゃあ、メガネ外すと美形っていうタイプ?」

それほどでもないです

「そっか」


 悪かったね





「…でも…手紙は効果的かも知れないね…」


 間接的な手法だし

 アニェージ自身も手紙を読みながら、
 落ち着いて考えることもできるだろうし――…


「…手紙、書いてみようかな…
 でも相手は鈍いアニェージだし、何て書けば伝わるか…」

「あまり堅苦しい文面は避けた方がいいと思います
 騎士団長さんを変に緊張させてしまうかも知れないし…
 フレンドリーな感じで、少し冗談交じりの方がすんなり受け入れてくれるかも」

「それなら相手の呼び名を崩してみてはどうですか?
 例えば『アニェージ君』とか『カルラちゃん』とか…
 親近感も湧きますし、警戒心も解けるし…一石二鳥なのです」



 なるほど
 これは為になる

 俺は早速、彼らの言った事をメモした



「あぁ、でも…彼のようなタイプは長々とした文面を読むのは苦手そうですね
 ですから中身はシンプルに、出来るだけ短くまとめた方が良さそうだと思うのです
 相手のことをどう思っているのか、どうしたいのかを的確に伝えるのが効果的なのです」

「でもストレート過ぎると、逆に退かれますよ
 少しオブラートに包んで…擬音語とか使ったらどうでしょう?
 例えば『ドキドキ』とか『ワクワク』とか…文面も明るくなりますし

 俺がいた世界…いや、故郷では『顔文字』というのがありまして…
 まぁ、要するにイラストなんですけど――…
 文中にイラストを組み込む事で、感情を的確に表すことが出来るんです」



 良い事を聞いた


 最近は仕事がらみの書類ばかり書いていたから、
 そういう発想は思いもつかなかった

 さすが、若い子は発想が柔軟だ

 ゴールドの事は置いといて




「ありがとう、凄く参考になったよ」

「いえいえ…
 ただし何が起きても責任は取りませんよ」

「………う、うん…もちろん…」


 ちょっと不安

 それでも俺は二人へ礼をすると、
 早速手紙を書く為に部屋へと戻った






********






 一方、騎士団長室では――――…




「ふむ…困ったものだ
 例の調査の件、誰が適任だろう
 今回の任務は剣の腕より内面が重視されると思われるが…」


 騎士団長のアニェージは、
 書類を片手に眉間に皺を寄せていた

 傍らに控えた副騎士団長が、おずおずと口を開く



「恐れながら騎士団長殿
 それならば打って付けの者がおります」

「そうか、ならば話が早い
 詳しい話を聞こう…何という者だ?」

「はっ…セオフィラスという騎士でして…
 剣と魔法の腕は今ひとつでございますが、
 心の豊かさでは騎士団の中でも一目置かれております」


 心の豊かさ―――…

 人として生きるには必要不可欠なものだが、
 騎士として生きる為には時として重荷となることもある


 優しいだけでは、戦地では生きては行けないのだ




「…だが、これも天の巡り会わせなのかも知れん
 適任かどうか…彼についてもう少し知りたいものだ
 後でセオフィラスについての資料を纏めて持ってくるように」

「はっ、畏まりました」


「…ところで副騎士団長
 お前はその騎士に会ったことがあるのか?」

「ええ、何度か…
 特に才も無く地味で目立たない男ですが、
 その優しさから友人は多いようでして…」


「…成程、人望も才能の内だ
 その騎士について少し興味があるな
 優しい男との事だが…具体的にどのような優しさなんだ?」

「ええ、簡単に申し上げますと―――…」

「ああ」




おとっつぁん、おカユができたわよ
 …を、素で行くタイプでございます」


 凄くわかりやすい説明をありがとう



「多くを語らずとも、何となく全てを想像出来てしまうな…」

「はい…まぁ、厳密に言えば彼は父親を亡くしておりますが…
 そのかわり目の見えない母と病床の妹を一人で養っているそうで…」

「…で、薬代や生活費で借金…とかいうオチか?」

「先日も給料を前借りに来ました
 そのうち借金のカタに売り飛ばされやしないかと、
 騎士団の仲間内で密かに心配されております…」



 お約束過ぎる男だ

 ますます興味が湧いてくる
 というか、是非とも一度見てみたい



「…よし、採用決定

「えっ?」


「あ、いや…その――…
 私は立場上、騎士一人を特別扱いする事は出来ない
 しかし今回の任務を無事に成し遂げた暁には――…
 その功績を称えて昇給してやる事も可能ではないか」

「騎士団長殿…その恩情、胸に染入ります…」



「それに、何だか面白そうだし

「……そっちが本音でございますか?」

「気にするな」


 所詮、そんなものだ






「よし、一先ずこの方向で行く
 セオフィラスの資料は後で自室に届けるように」

「…は、はい…」

「それでは失礼する」

「お、お疲れ様でした…」



 これで今日の仕事は終わりだ
 久しぶりに部屋でゆっくりしよう

 騎士団長になった事で、城内に自分の部屋が貰えた
 おかげで長い帰路を辿らなくても身体を休める事ができる


 アニェージは足取りも軽く自室へと戻った



「コーヒーでも淹れて、読みかけの本でも片付けるか…」

 重い騎士の鎧を脱ぎ捨てると、
 疲れた体をベッドに横たえる


「…はぁ…ようやく身体が軽くなった…」

 ゴロリと寝返りを打つ
 その時、微かな音が耳を掠めた



「………?」

 枕の下からだ
 書類でも落としていただろうか――…


 枕をどかしてみる
 その下からは綺麗に折り畳まれた紙が出てきた

 字のようなものが書かれているのが見て取れる



「…手紙…か…?」

 しかし、何故こんな所に?
 それに…一体誰が?


 首をかしげているだけでは、どうしようもない
 アニェージは手紙を摘み上げると中を開いてみる



 そこには―――…何ともいえない光景が広がっていた





  






「………………。」


 何これ



 ぽて

 アニェージの手から手紙が落ちる
 その手はプルプルと震えていた


「……ふざけるにも程があるぞ……っ…!!」




 そのまま自室を後にすると、アニェージはカルラの部屋へと向かう

 乱暴にそのドアを叩くと、
 満面の笑みのカルラが出迎えた



「やあアニェージ、思ったより早く来てくれたね」

「カルラ…あの手紙は何の冗談だ?」

「確かに冗談めかした手紙だったけど、俺は真剣だよ
 そろそろ俺たちも仲を深めてもいい頃合だと思うんだ
 両親にもアニェージの事は話してあるし…健全な付き合いは卒業しないか?」


 何度も鏡を見て練習した勝負用の笑顔を浮かべ、
 両手でアニェージの手を包み込む

 その手が微かに震えている気がして俺は彼への愛しさを噛み締めた


 俯くアニェージの顔を除きこむと、
 厚い眼鏡のレンズ越しの瞳は―――…この上なく不機嫌そうだった




「…あ、アニェージ…?」

「貴様…冗談にも限度があるぞ…
 私はその手の冗談が大嫌いだ!!
 今度そのような事を口にしてみろ、殴り倒すからな!!」


 アニェージは手を振り払うと、
 そのまま踵を返して立ち去ろうとする

 それを慌てて引き止める俺


「ま、ま、待って!!
 冗談でそんな事は言わないよ!?
 俺は本気でお前との事を――――…っぐ…!!」


 最後まで話し終える前に、
 アニェージの拳が飛んできた

 力自慢の彼の一撃を頬に受け、絨毯の上に倒れ込む

 頬に走る激痛に目の前がくらくらするが、
 それ以上にアニェージの態度にショックを受ける自分がいた




「…アニェージ…酷いよ…」

「自業自得だ!!
 大体、いつお前と私が恋仲になった!?」


「……ええぇっ!?
 か、かなり前から俺たち、付き合ってなかった!?」

「戯言を抜かすなっ!!
 私にそんな趣味はないっ!!」


 予想していなかった答えに今度こそ頭が混乱する



「う、嘘だろ!?
 だって…俺たち、あんなに長い時間を過ごしたじゃないか!!」

「私は良きライバルとして、そして親友としてお前と接していた!!
 恋愛感情など抱いているはずがないだろうっ!!」


「そ…そんな!!
 じ、じゃあお前…あの態度は何だったんだ!?
 俺に向ける、あの熱っぽい視線は!?
 お前がいつも俺を見つめていることは知っているんだぞ!?」

「…そ、それは……!!」



 途端に勢いを無くして言い淀むアニェージ

 その頬が微かに赤い
 もしかして、ただ単に照れていただけだったのだろうか―――…

 しかしそんな淡い期待も、あっさりと打ち砕かれる




「……お前が…ヤロスラヴァ殿に似ているから……」

「――――…は?」

「…美しい人だと、常々思っていた
 お前の中に彼女の面影を探していたんだ
 私のような無骨者は女性と上手く話せないが、
 お前と過ごしていると彼女が傍らに居る気がして――…」


「ち、ちょっと!!
 ちょっと待ってよ!!
 それって…あんまりじゃないか!!」

「誤解しないでくれ、お前を蔑ろにしていたわけではない
 お前の事は大切な親友の一人として接していたんだ、本当だ」


「親友…って、アニェージ…!!
 今の俺に『友』っていう言葉ほど残酷なものはないよ!?
 俺はずっとお前と付き合っているつもりで生きてきたんだ!!」

「それはお前の勘違いだ」



 一刀両断

 アニェージ…どうしてお前、
 自分に惚れている男相手にそんな冷たいことが言えるんだ…

 肉体的にも精神的にも大ダメージを受けて、
 その場に倒れこんだまま起き上がれない



「…とにかく、そういうわけだ
 お前もくだらない思い違いは忘れろ」

「く、くだらないって…」


「もう一度言うが私にその手の趣味はない
 非常に不愉快に感じている…お前が考えを改めないのなら、
 今後のお前との付き合い方も考えさせてもらうぞ」

「そ…そんな…っ!!」


 失意のどん底に突き落とされた俺には目もくれず、
 アニェージはそのまま自分の部屋へと帰ってしまう

 慌ててその後を追うが―――…


 バタン

 俺の目の前でアニェージはドアを閉めた
 しかもカチリ、と内側から鍵を閉める音まで聞こえてきた




「…ひ、酷いよ…あんまりだよアニェージ…」


 ぐすぐす
 べそべそ

 涙が止まらない




「うわああああああん!!
 どうしてだよアニェージぃ!!
 子供の頃から愛してるのに!!
 一途にお前だけを、こんなに愛してるのにぃぃぃ!!」


 俺はアニェージの部屋のドアに縋り付き、
 力の限り泣きわめき続けた

 …アニェージに殴られて気を失うまで



 翌日、俺はアニェージから容赦なく絶交を言い渡されたのであった






*********





 後日の近衛騎士団長室では、


「なっ…なぜ…
 なぜなんだ、アニェージ…」

 突っ伏して咽び泣くカルラの姿

 フラれただけでなく絶交までされて、
 失意のドン底を這いずり回っていた




 一方、騎士団長室では――…


「…かっ…カルラめ…見損なったぞ!!
 私の事を一体、何だと思っているのだ…!!」

 カルラへの怒りが憎悪へと変化してしまったアニェージ
 彼らの関係は坂道を転がるように、今後も悪化して行く




 その頃の中庭


「…あ、ボクたちは一切関係ないですから」

「責任は取らないって言っておいたもんな」

 所詮は他人事…と達観し、
 今日ものんびりとデートを楽しむゴールド&ジュンのカップル

 他人の恋路より自分たちの愛を育む事の方が優先なのだ




 そして――――…


 城下町の一角
 貧しい小屋の中から響く溜息混じりの声


「あー…今月も赤字だよ
 質屋にナベでも売ろうかな…」

 これから待ち受ける己の運命など露知らず、
 のんびりとナベを磨くセオフィラスの姿があった



 そして時は流れ―――…

 個性的過ぎる連中が集うディサ国にて、
 彼らの物語は、それぞれ勝手に幕を開けるのである



 そして物語は『ワイバーンを求めて・外伝 花咲く竜の夜想曲』へと続く――…





はい、新連載スタートにござりまする(笑)
一応これは表ページの小説『ワイバーンを求めて』の外伝にござります

なので最初に表ページの小説に目を通してから
こちらをご覧になった方が楽しめると思われまする

表ページでは出来ないような、色々とギリギリなネタを書いて行きたいと思っておりまする



戻る