「最近、調子が良いのですか?」



 テーブルに置かれたカップが小さく音を立てる

 立ち上る湯気と共に香るカカオが、
 長らく忘れていた疲労感を思い出させた



「あ、悪いな」

「仕事に精を出すのは良い事ですが、
 ちゃんと休憩も取らないと体調を崩しますよ」


 やれやれ、と苦笑いの恋人の表情が、
 故郷の懐かしい先輩と重なる

 部活動中、いつも言われていた言葉だ

 彼も差し入れと共に、
 体調を気遣う言葉を掛けながら休息を促してくれた


 …………あれから何年も経ったが、自分は変わっていないらしい




「ちょっとインスピレーションが湧いて……
 昔から製作に取り掛かると作業に没頭して、時間を忘れることが良くあったんだ」


 注意はしていたんだ、と
 表面上の言い訳をしながらココアに口付ける

 窓の外は既に茜に染まりかけていた



「一体、何を作っているのです?
 随分と大きな物のようですが……」

「ああ、これは武器なんだ
 今までは騎士達の補助になるようなアクセサリー類が多かったけど、
 攻撃は最大の防御だって言うし、武器に魔石の力を取り入れられないかって」

「ああ、それで鋭利なデザインをしているのですね」


 テーブルに置かれたパーツ類は、
 無数の金属製の棘が生えた物騒なデザインだ

 何を作っているのかと疑問に思っていたゴールドだったが、武器と聞いて納得する




「先日、カイザルさん達と一緒に中庭でバーベキューしたんだ」

「それはそれは
 実に若者らしい夏の行楽ですね」

「ナスと塩サバを焼いたんだ」


 渋い




 無数の棘が生えたパーツを掴むと、
 ジュンはそれをゴールドに差し出す


「久しぶりに楽しかったから、思い出に残したくて……
 だから、それを今回の武器に取り入れてみたんだ」

「バーベキューの思い出を武器に?」

「ああ
 網の上でバラバラになった塩サバの残骸からインスピレーションを」


 何故それを選んだ


 ナスを選ばれても、それはそれでシュールだが





「えっと……あ、それでは、このトゲトゲは……」

「勿論、サバの骨のつもりだ」


 ですよね



「今回作っているのは杖なんだ
 ラナンキュラスさんとローゼルさんからアドバイスを貰ったから、
 それなりの威力はあると思うが……とりあえず騎士たちに試して貰うつもりだ
 実際に遣って貰う事で改善点が見えてくるだろうし……」

「そ、そうですか……その塩鯖の杖を……」

「ちなみに杖の名前は『おさかなパワー』だ」


 真っ先に改善すべきは、その絶望的センスの杖名ではなかろうか



「この尖った骨を敵に突き刺して、そこに魔法を放つ仕組みだ
 大抵の魔法は敵の装甲で軽減されるが、
 体内に直接魔法を流す事で大ダメージを期待できる」

「それはそれは……」


 名前に似合わず、何ともエグい武器を

 このエグさ……間違いない
 ローゼルの仕業だ




「つ、つまり
 その武器のこだわりは、骨のトゲによる直接的な――……」

「あ、一番のこだわりは真ん中の装飾」

「………装飾?」

「これなんだが」


 ちょっと自慢げな表情で差し出されたのは、
 丁寧に磨き細工を施された、青く輝く魔石だ

 丸く大きなその魔石は、
 まるで瞳のように真っ直ぐにゴールドを見つめてくる

 と言うか―――……



「…………この魔石、目玉っぽくないですか………?」

「ああ、リアルな目玉感を表現するのに凄く苦労したぞ
 ラナンキュラスさんのアドバイスで、あえて人の眼球っぽくしてみた」


 そのアドバイスの意図を問い詰めたい





「あとは、こうやってパーツを組み立てれば――……よし、これで完成だ」

「そ、そうですか……
 それは、おめでとうございます」


 完成した『おさかなパワー』は、
 何とも言えぬ禍々しさを放っている


 その姿から楽しいバーベキューの思い出を連想する事など不可能だろう



「さて……じゃあ、早速騎士団に持って行くか
 ほらゴールド、お前も支度しろ」

「え、えええっ!?
 ボクも行くのですか!?」

「お前だって一応、魔法が扱えるだろう
 一人でも多くの人から情報を得たいんだ、協力してくれ」

「………………。」



 気持ちはわかる
 言っている事もわかる


 しかし



「ボクに扱えと言うのですか……この、おさかなパワーを………」


 かなり具体的なアドバイスをしていたローゼルとラナンキュラスの事だ
 恐らく、この杖の名前も既に知っているだろう

 そして

 その武器を自分が使った事も、
 程なくして彼らの耳に入る事を思うと―――………




「……絶対、弄られる……」

 ニヤニヤと笑う部下達の姿を想像して、
 思わず頭を抱えたくなるゴールド

 お茶請けに塩鯖を出して心理攻撃を仕掛けてくる可能性だって否めない



「おい、どうした?
 暗くなる前に行くぞ」

「……………。」


 ジュンは容赦なく
 ぐいぐいと服の裾を引っ張ってくる

 その催促する仕草が、ちょっと可愛い

 思わず頬を緩めてしまった自分に気が付いて、
 その時点でゴールドは全てを諦めた


 これが惚れた弱みと言う奴なのか



「……ゴールド?」

「はいはい、わかりました
 ジュンには負けましたよ」

「え、何が?」

「…………いいえ、何でもありません」


 揶揄りたいのなら、そうすればいい
 自分はそれを思う存分、惚気で返してやれば良いだけだ

 ゴールドはそう自らに言い聞かせると、
 騎士団訓練所を目指して歩くジュンの後を付いて行った




 後日


 手塩にかけた部下達から『塩鯖の精』と命名され、
 ゴールドが無言で肩を振るわせたのはまた別の話である







バーベキューでナスと塩鯖を焼いた拙者の実話
なかなか異様な光景にござりました……

それはさておき


久々のゴールドとジュンの遣り取りにござります

時々故郷を懐かしく思いながらも、
仲間と楽しく過ごし、仕事も頑張る

そんなジュンの日常を書いてみたのじゃよ