「―――ジュン、起きて下さい」

 ぺし、と少し強く頬を叩かれる
 沈みかけていた意識が浮上した

「……あ……?」

「酷いです…途中で眠るなんて」

 ―――やっぱり眠ってしまったらしい
 ゴールドは怒りを露にしていた

「……ボクが相手では退屈ですか……?」

「いや、退屈って訳じゃないんだが…ごめん」

 男としてのプライドを傷つけてしまったらしい
 少しの間、落ち込んだように俯いていた
 しかしすぐにゴールドは何かが切れたような表情で笑い出した

「………………。
 いいですよ、絶対に眠れないようにします
 居眠り出来るものならやってみるといいです」

 ゴールドは俺をベッドから引き摺り下ろすと、壁に強く押し付けた
 背中に硬く冷たい感触を感じて思わず身震いする

「お、おい…ゴールド…?」

 想像以上に怒らせてしまったらしい
 一変した恋人を前に、俺は今更ながらに深い後悔をしていた
 パンツ一枚という情けない姿だが、酷い目に遭わされそうになったら逃げるしかない

「ジュン、全部脱いで下さいね。汚したくないでしょう?」

「……う……」

 という事は、逃げる際には全裸で…?
 流石にそこまでする勇気は俺には無い
 しかしゴールドの事だから大して酷いことはしないだろう
 俺は下着を脱ぐと、ベッドの上に放り投げた
 蒸し暑いはずの部屋が、やたらと寒く感じる

「脱いだぞ。…続きするか?」

「そうですね…麻酔を用意していましたが、痛みを和らげるとまた寝られそうですし
 痛い方が眠気も吹き飛んで良いでしょう……防音は完備されていますから悲鳴を上げても大丈夫ですよ」

 ―――思いっきり酷い目に遭わされそうな予感……
 どんなに普段笑顔でも悪魔は悪魔だ
 好戦的で残虐で腹黒い一面があることは以前からわかっていた筈なのに

「俺、痛いのは…かなり苦手なんだが」

「それは、お気の毒としか言い様がないです
 いつかは痛みにも慣れるのです。それまでは我慢して下さい」

 我慢したくない
 麻酔を持っているなら使って欲しい
 ―――それよりも、そんなに痛いものなのだろうか

「……別に、そんなに痛くないだろ?」

「絶対に痛いですよ。初めてですし、血も出ますよ」

 ……絶対って…もう少しフォローしてくれても…
 何だか俺が脅えているのを楽しんでいるような気さえしてくる

「悪いが俺、痛かったら遠慮無く殴って逃げるぞ」

「でしょうね…ジュンも決して非力というわけではなさそうですし」

 そういうとゴールドは俺の傍に来ると、いきなり抱きついてきた
 突然の展開に飛び上がりそうになる
 しかしゴールドが優しく背を擦ってくれるので、俺は緊張を解いて息をついた

 ―――もしかして、慰めてくれているのだろうか
 ゴールドが俺の首筋に顔を埋めるので、俺は彼の背中に腕を回して軽く引き寄せた
 人肌の温もりに癒されて、うっとりと目を閉じる

 その次の瞬間――――


「痛―――…っ!!」

 首に激しい痛みを感じて俺は悲鳴を上げた
 ゴールドの歯が首筋に食い込んで、紅い流れを作っている
 どくどくと頭の中にまで脈打ち、痛みとショックで眩暈を起こす










「そんなに深く噛んでません。 傷付いたのも皮一枚ですから大丈夫です
 ……でも、首って痛いでしょう? 逃げようとしたら、また噛みますから覚悟していて下さい」

 にっこりと微笑むゴールドの唇が鮮血に濡れていた
 狂気じみたゴールドを前に痛みと恐怖で身体が動かない

「痛い…」

「人間の血は美味しいものです
 このまま食べてしまいたいくらいです―――」

 ゴールドは仰向けに俺を押し倒すと、その上に覆い被さって来る
 ここで跳ね除けなければ更に痛い思いをすることになるだろう
 しかし彼を拒絶する勇気も無い

「そんな顔をしないで下さい…傷付ける事が目的ではないのです
 ただジュンとひとつになりたいのです…少しだけ我慢していて下さい」

 本当に少しだけの我慢でいいのだろうか
 そんな甘いものではないと本能的に感じている
 それに自分との体格差を考えても無謀だと思った

「はい、リラックスして力を抜いて―――と言っても無理そうですね
 せめて深呼吸くらいはしていて下さい。あと、舌を噛まないように気をつけて下さい」

 深呼吸をしたくらいで痛みが消えるとは思えない
 しかしゴールドの言う通り力を抜くことも出来ない
 俺は泣きながら必死で息を吐く

 しかし、当然ながらそんなことで楽になるはずも無く


「ぎゃぁぁぁ―――――……っ!!」

 俺は断末魔のような悲鳴を上げて泣き喚いた
 引きつられて裂ける感触がはっきりと伝わる
 傷口から血が滲んで、じくじくと湿った音を立てている

「痛い…っ!! 頼む…麻酔を、かけてくれ…っ!!」

 麻酔薬を打たずに手術を受けるとこんな感じなのだろうか
 いや、鋭利な刃物で傷付けられるならまだ救いようがある
 しかし今の自分は無理矢理引き裂かれた裂傷を更に抉られているのだ
 こんなの、暴力行為以外の何物でもない

「今から麻酔をかけても効いて来る頃には終わっていますよ
 あと数十分ほどですから我慢して下さい。爪を立てても良いですから」

 麻酔が効くのに数十分もかかるものなのだろうか
 注射ではないのだから、そうなのかもしれない
 しかし気休めでもいいから何か欲しかった

 自分の血液だけでなく、他にも何か潤滑剤となるものがあれば、まだ楽だろう
 擦れる痛みが無いだけでも救われるように思われる
 しかしそんな願いも、あっさりと跳ね除けられた

「出来るだけ早く終わらせますから、気を散らせないで下さい」

 激しく揺すられて強く腰を打ち付けられる
 しかしそれは傷を更に深め、広げることにもなった
 大理石の床に紅い痕が飛び散る

「ひぃ…ぃ…」

 あまりの痛みに視界が白く濁る
 焦点が合わず、意識も薄れてきた

「…もう、無理…だ…頼むから、もう止めてくれ…本当に痛いんだ…」

 このままでは気を失う
 しかしこんな姿で意識を手放したくない
 ゴールドの背を強く抱いて縋ると、少し間を置いて彼が果てたのがわかった




「――――ごめんなさい……」

 汚れた身体を拭いて傷の手当てを済ませた後、ゴールドは部屋の隅で小さくなっていた
 正座をして深々と頭を下げているその姿は座敷童子の洋風バージョン
 俺は痛む身体を抱えながらも思わず笑ってしまった

「怒りに我を忘れていたと言うよりは…己の欲望に突っ走りました…」

 そしてついでに本性が出たのだろう
 何となくゴールドがサディストだということは気づいていた
 愛嬌のある口調と穏やかな笑みでカムフラージュされているだけなのだ

「で、俺をいたぶって楽しかったか?」

「はい。……あ、いや…べつに、いたぶって楽しんでいたわけでは……」

 思いっきり即答したな、お前……
 きっとそれが本音なのだろう

「……ごめんなさい……ボクの悪い癖なのです……
 大切な宝物を手にすると、どうしても傷付けたくなるのです
 好きなのに愛しているのに―――だからこそ、傷付けずにはいられなくなるのです」

 根っからのサディストと言うわけだ
 別に愛が無いわけではない
 むしろ、愛しているからこそ傷付けたくなるらしい

「……愛あっての行為なら百歩譲って許す
 でも俺はマゾじゃない。もう少し加減しろ…麻酔も使ってくれ」

 あと、鞭とか蝋燭も勘弁して欲しい
 縛られたりする趣味も当然ながら無い
 抱かれるのは構わないが、痛みだけしか感じないのなら嫌だ

「傷が治ったら、抱き直させてもらってもいいですか?
 今度こそ大切にします…傷つけないようにしますから…
 勿論、麻酔もして…ちゃんと濡らしてから指で慣らして―――」

「こら、言わなくていいっ!!
 口で言うより実践してくれればいいからっ!!」

 聞いている俺の方が恥ずかしくなる
 一種の言葉責めを食らっているようで落ち着かない

「わかりました。怪我が治ったら実践します…楽しみにしていて下さい」

 ――――不安だ…
 これでまたサドモードで抱かれたら、俺も復讐してやろう
 とりあえずは、早くこの痛みから開放されなければ話にならない

「この傷、どのくらいで治るだろう…」

「痛みを抑えるだけなら、いい薬があるのです
 飲んで眠れば明日の朝は痛みを忘れてすっきり起きれるのです」

 ゴールドは謎の液体の入った小瓶を取り出す

「……本当か?」

 どうも胡散臭い
 しかし痛む身体を引き摺って明日を過ごす気にはなれない

「……飲んでみるかな……」

 俺は手渡されたビンの中身を飲み干した
 成分はわからないが、たぶん痛み止めだろう

 ベッドの上に放置されていた下着を身に着けると俺は布団をかぶる
 ちゃっかりとその横を陣取っているゴールドにはもう突っ込む気にもなれない


 俺は早く薬の効果が現れてくれることを願いながら眠りについた




 ゴールド×ジュン、web版ではこれが初めての夜にござりますな(笑)

 サディストのゴールドはジュンの痛がる姿が好きなのじゃよ
 これが彼流の愛情表現なのじゃが、ジュン自身にはかなり不評…

 でも最終的にはいつも『愛してるから良いの』っていう展開になるのじゃよ