「…はぁ…少し羽目を外し過ぎたな」


 異世界にあるディサ国にもクリスマスはあるらしい
 厳密に言えば『降臨祭』と呼ぶらしいが――…本質は何も変わらない

 ケーキや丸鳥を焼いてシャンパンで乾杯
 そしてキャンドルに炎をともして歌いながら大切な人に贈り物をする

 クリスマスツリーやイルミネーションは無かったが、空には満天の星々が瞬いていた
 いつものメンバーで開いたパーティーは決して豪華ではないが、楽しむには申し分ない


 ゴールドはいつもと変わらない笑顔を湛えながらグラスを傾け、
 お祭り好きのレン、レグルス、カイザルの三人組は期待を裏切らないハイテンションっぷりを発揮
 普段は小言の一つや二つ飛びそうなリノライも、今日ばかりはそんな彼らを黙って見守っていた

 それぞれが思い思いの時間を過ごし、やっと解散した時にはもう日付が変わっていた




「…眩暈がする…」

 大して強くないくせに、ついつい周囲に合わせて飲んでしまった
 普段は綺麗さっぱり忘れているが、彼らは人間ではなく悪魔なのだ

 同じ酒量でも酔い方は雲泥の差
 しかも、どうやら彼らは平均よりも強い方らしい

「…何で俺の知り合いって皆、酒豪なんだ…」

 自室に戻るなりベッドに突っ伏
 かなり酔いが回っているのか、室内が地震のように揺れて感じた


「…大丈夫ですか?
 辛いようなら薬を用意しますよ」

「頭痛も吐き気も無いから大丈夫
 少しだけ眩暈が…でも、辛いわけじゃない」

「じゃあ着替えていて下さい
 今、水を持ってきますから」

「んー…」

 曖昧に返事を返す
 正直言って着替えるのが面倒臭い

 ジャケットとズボンを脱ぐと放り投げる
 体温が上昇した身体に触れる冷たいシーツが気持ち良い


「あー…涼しい…」

「…何て姿をしているのですか…
 冬真っ只中ですよ、風邪を引きたいのですか?」

 散乱する脱ぎ散らかした服の中、シャツ一枚で寝転がる酔っ払い丸出しの姿
 水を汲んで戻ってきたゴールドは呆れ顔を隠そうともしない



「…布団かぶれば大丈夫…」

「素足では冷えますよ
 ズボンを穿いて下さい」

「靴下穿いてるから平気…」

「…全く…困った子ですね」

 ゴールドの上着が肩にかけられる
 火照った体には少し熱く感じられた

 でも、上着から漂う彼の香りが心地良い


「…ゴールドの匂いがするな…」

「ボクの服ですからね、当然です」

「俺…この匂い、大好きだ
 凄く安心して…幸せな気分になる
 永遠に…この香りに包まれていたい…」

 柔らかいシルクの肌触り
 頬を摺り寄せて胸いっぱいに幸せを吸い込む


「こうしていると、お前に抱かれている気になる…」

「ジュン、貴方は天才ですね」

「…んー…?」

「まさか自分の上着に嫉妬する日が来るとは思いませんでした
 本物がいるのに、わざわざ上着に頬擦りする必要は無いでしょう?
 ボクがいくらでも抱き締めてあげますから、今すぐそれを脱いで下さい」


「…嫉妬深い男は嫌われるぞ」

「ふふふ…嫌う…?
 まさか、惚れ直させて見せますよ」

 言うなりゴールドはジュンのシャツを脱がし始める
 先程まであれほど風邪云々言っていたくせに…と、ジュンは苦笑が止まらない


「…何を笑っているのですか…
 さあ、縛りますよ…腕を上げて下さい」

「縛る…?」

 聞き捨てならない
 酔っ払い相手に一体何をする気なのか


「両腕と、両足をベッドに固定します
 暴れると危ないですからね…ジュンの為なのですよ
 でも安心して下さい、今夜は色々と趣向を凝らして愉しませてあげますから」

「…俺、縛られるの嫌なの知ってるだろ
 暴れて抵抗されるような酷い事するつもりなのか?」

「ええ、まあ…ね」

「そう…か…」


 いつもなら、ここで危機感を抱いて逃げ出していただろう
 今も間違いなく、そうするべきだった

 しかし、今夜はいつもと違った

 自分で思う以上に酔いが回っていた
 正常な思考を保てていない頭は当然ながら判断能力も鈍っていて

 縄が手首に巻きつけられるのを、他人事のように傍観していた






 ――…ああ、綺麗だ…


 揺らめくキャンドルの炎
 ゴールドが用意してくれた、深紅のキャンドル

 暗い室内で、それは淡く幻想的な空間を生み出している
 ジュンはサイドテーブルに置かれた小さな光に見入っていた

 …その意味もわからずに


「溶けてきましたね」

 ゴールドがキャンドルを手に取る
 溢れんばかりに溜まった、溶けた蝋が泉のように揺れていた

「…炎を反射して…綺麗だ…」

 キラキラと光る蝋

 それはまるで光の雫のように転がった
 雨のように降り注いで、弾け飛ぶ


 綺麗だ、と感じる事が出来たのはそこまでだった


「あっ…熱っ…!!」

 顔に、胸に、灼熱の雨が降り掛かる
 蝋は瞬時に冷え固まって、ジュンの身体を赤く彩った


「熱いって…止めろっ…!!」

「…ああ…ジュンは本当に赤が良く似合いますね…
 実は金色にするか迷っていたのですが…この色を選んで正解でした」

「人の話、聞け!!
 火傷するって…!!」

「ふふふ…綺麗ですよ、ジュン…
 まるで赤い花弁を全身に散らせたかのようで…」

 会話が噛み合わない
 ジュンの声など最初から聞こえていないかのように



「…ゴールド…っ…!!」

「心配しなくても大丈夫ですよ
 ちゃんと、ジュンの気持ち良い所にも飾りをあげますから」

 彼の手が股間に伸ばされる
 この先の展開があまりにも予想出来過ぎて、逆に恐怖を煽られた

「止めろ…止めろって…っ…!!」

 ゴールドの手が敏感な箇所をしっかりと握り込む
 ゆっくりと扱き上げて快感を与えようとしてくれている

 しかしキャンドルを握ったもう片方の手が近付いて来る状態で快感に酔える筈が無い


「…さあ、綺麗な花を咲かせてあげましょうね」

 ぽたぽたと滴る雫は赤い流れを描く
 それは花弁というよりも血痕と表現した方が近いかも知れない

「ああ…真っ赤になってしまいましたね
 まるでキャンドルが二本に増えたみたいです」

「止め…っ…熱いぃ――…っ…!!」


 皮膚が焼け爛れるような苦痛
 実際は身体に降り注がれる時点である程度冷えている

 たとえ火傷をしたとしても、痕も残らないような軽度のものだ
 しかし寒い室内で冷え切った身体には、赤い蝋が火の粉のようにさえ感じられた



「うぁ…熱っ……熱いって…!!」

「もう我慢出来ませんか?
 せっかく綺麗な飾りを付けてあげているのに…」

「あっ…熱いの、嫌だ…っ…」

 冷えた蝋が全身にこびり付いている
 身動ぎするとパリパリとひび割れて剥がれ落ちた

 白いシーツに散らばる蝋の欠片
 そのひとつを摘み上げながらゴールドは微かな笑みを浮かべる


「…そうですね…蝋は簡単に剥がれ落ちてしまいますものね
 どうせ赤く飾り付けるなら、もっと長持ちする物の方が良いです」

 キャンドルをサイドテーブルに戻すのを確認してから、ジュンは安堵の息を吐く

 これで蝋責めは終わった筈だ
 いつ再開するかはわからないが…そう思いたい





「…はぁ…はぁ…ぁ…」

 乱れた呼吸を整えている内に、少しずつ酔いが醒め始めてきた
 冷静に現状を理解すると同時に激しい後悔の念が押し寄せる

 無防備な全裸の自分
 縄でガチガチに拘束された両手足

 …毎度の事ながら、何故こうなる前に逃げ出さなかったのか…


「ゴールド、そろそろ止めないか…?」

「そう簡単には止めませんよ
 まだ始めたばかりじゃないですか」

 カチャ、カチャと金属音が響く
 もう聞き慣れたベルトを外す音

 全身が緊張に強張る
 そのまま服を脱いで、覆い被さって来るのだろうと思った


 しかし予想に反して彼はズボンからベルトを引き抜いただけだった

 向けられる不自然に明るい笑顔
 それが何を意味しているかわからない



「……?」

「ふふふ…貴方の身体に花を咲かせてあげますよ
 鮮やかな赤に色付いた、とても美しい花を――…ね」

 ベルトを握ったゴールドの腕
 躊躇い無く、それは獲物に向かって振り下ろされた



 乾いた音が響く

 最初、何が起こったかわからなかった

 じわりと広がる痛みと熱
 少しだけ間を置いてから浮き出てくる鬱血の痕


「…あ……あ、あ……!!」

 胸に刻まれた一本の赤い傷
 今、自分がされた事が信じられない

「……嘘、だろ…?」

「ほら、綺麗でしょう?
 こんなに真っ赤に咲きましたよ
 もっとたくさん咲かせてあげましょうね」


 再び腕が振り下ろされる

 最初に聞こえたのは、ひゅ、と風を切る音
 次に革のベルトが立てる破裂音に似た音


「ぎゃあぁ――――…っ…!!」

 最後に、ジュンの悲鳴が響き渡った



「…ああ、素敵ですよ…
 ジュンは赤い服が良く似合う子ですからね
 きっと鞭の赤い傷も似合うだろうと…常々思っていました…!!」

 ゴールドの声が荒々しく上ずる
 興奮と感動に打ち震え、狂気の笑みを浮かべていた

 滾る欲望に目を輝かせながら何度も無防備な身体を打ち据え続ける


「うあぁ―――…っ…!!」

「いい声ですね…まるで天使の歌声です
 賛美歌というより鎮魂歌に近いですが…その方が好みですよ
 ふふふ…ボクの為に歌ってくれたのですよね…ありがとうございます」

 幾筋にも走る赤い傷跡
 優しく指先で撫ぜながら、満足そうに微笑む


「…素晴らしいです…」

「うぅ…ぅ…っ…
 …痛い…ゴールド、酷い…」

 精一杯の抵抗として向ける非難の眼差し
 しかしゴールドは笑顔でそれを受け流した


「ふふふ…お気に召しませんでしたか?
 ボクの恋人は我侭で困ります――…まあ、そこも愛しいのですけれど」

 重ねられる温かな唇
 ちゅ、と微かな音を立てて啄まれた

 ゴールドからのキスは嬉しいけど、素直に喜べない

 こんなに傷を付けられて許せる筈が無い
 ジュンはもう一度彼を睨み付けた後、徐に顔を背けた



「随分と…ご機嫌斜めですね…」

「…当たり前だろう…
 こんなの、ただの暴力だ」

 火傷の上から更に鞭打たれた身体は赤く腫れ上がっている
 傷は熱く脈打ち激痛を齎していた


「御免なさい…痛かったですね
 でも、ジュンを愛するが故なのですよ」

「…だからって…やり過ぎだろう…」


 込み上げる怒りは止め処無い
 かなり趣味に偏って入るが、それでもゴールドはこの行為を愛情表現だと思っているのだ

 それがわかっているからこそ辛い

 彼からの愛情表現をはっきりと拒絶する事も出来ないし、
 だからと言って手放しで受け入れるには身体の負担が大き過ぎる

 愛される度に一々傷を増やしてなどいられない


 …腹が立つ

 酷い事をするゴールドに
 そして、結局は彼を拒み切れない自分自身に



「…最悪な気分だ…」

「それでは少し、ご機嫌取りをしましょうか
 ジュンの為にプレゼントを用意したのですよ」

 ゴールドはズボンのポケットから小さな箱を取り出した

 物で釣られるような単純な性格はしていない
 けれど、彼が自分の為に選んだプレゼントが何なのか気になった


「…何…だ…?」

「純金製のピアスですよ…綺麗でしょう?
 店員にお願いして、ボクの名前を彫って貰いました」

 箱の中から言葉通り、金色の装飾が顔を覗かせる
 リング状のピアスは彼の手の上でコロコロと光を反射させながら転がった


「お詫びの印に受け取ってくれますね?」

「…それ、片方しかないけど…?」

 どう見ても彼の手にはピアスがひとつしか乗っていない
 眉を顰めるジュンを傍目に、ゴールドは上機嫌で金色の装飾を弄んでいた


「これで良いのですよ
 ひとつ付ければ充分です
 ねえジュン…早速、付けてみても良いですか?」

「…まあ…別に良いけど…」

 顔を背けて耳を出す
 本当は自分で付けたい所だが、拘束されている状態では仕方が無い

 どうせ、最後まで済ませるまで縄を解く気は無いのだろうから



「…ほら…早くしろよ」

「それではピアスホールを作りますね
 少し痛みますが…一瞬ですから我慢して下さい」

「…えっ…もう開いてるだろ…?」

「ふふふ…」

 ゴールドは引き出しを掻き混ぜた後、一本の針を取り出した
 鋭いけれど太くて、刺されば見るからに痛そうな針


「…おい…?」

「耳には付けませんよ
 もっと感じる所に付けて貰おうと思って…」

 不意に与えられる強い刺激
 ゴールドの手がジュンの股間に伸びていた

 敏感な箇所をしっかりと捕らえられる


「…まだ蝋が残っていますよ…取ってあげます
 見た感じでは少し赤くなっている程度で…傷は無さそうですね
 ふふふ…大切な所にベルトが当たらなくて良かったですね…?」

 当たり前だ

 こんな所を鞭打たれていたら今も尚、痛みに悶絶していただろう
 打たれたのが胸や足だったからこそ、こうして話すだけの余裕があるのだ

 やっと引き始めた痛み
 それでもまだ、ひりひりとした不快感が残る




「せっかく無傷だったのに…可哀想に
 でも、きっと似合いますよ――…喜んで下さいね」

「…おい…お前、まさか…!!」

 ジュン自身の先端に鋭い針が向けられる
 全身の血の気が引いて行った


「…ゴールド…っ…!!」

「危ないですから、じっとしていて下さいね
 拘束はしてありますけど…完全に動きを封じたわけではないのですから」

 キャンドルの炎で針の先端を炙る
 続いてジュン自身に濡れた脱脂綿が押し当てられた


「黴菌が入ると大変ですからね
 消毒は念入りにしておかないと――…」

「馬鹿っ…!!
 お前、何考えてんだ!!」

 消毒薬の冷たい感触
 全身の熱が全て奪われて行くようだった


「皮の所よりも先端の方が良いですよね
 尿道口から針を入れて貫けば上手く行きそうです」

「冗談じゃないっ!!
 何でそんな事されなきゃいけないんだ!!」

 以前カイザルから、焼いた釘をそこに打ち付ける拷問があるという話を聞いた
 けれど、それは罪を犯した者が罰として受けるものだ

 何もしていない自分が受ける仕打ちとしてはあんまりだ…!!



「…嫌だ……嫌だあ―――っ…!!」

 ゆっくりと迫ってくる針

 どんなナイフよりも剣よりも恐ろしい凶器に感じる
 たかが針一本にここまで恐怖を感じる日が来るなんて想像だにしなかった

 押し当てられた金属の冷たさに全身が凍りつく


「ひいぃ…っ…!!」

 ゴールドが指先に力を込めるのがわかった
 食い込んだ針の先がプツッ、と皮膚を突き破る

 焼け付くような鋭い痛みが全身を駆け巡った


「ぎゃああああ―――…っ!!」

「あっ…暴れないで下さい、危ないですよ」

 ゴールドの咎める声も耳に入らない

 自由の利かない手足で必死に足掻く
 声を張り上げて泣き叫んで痛みから逃れようとするが、何の救いにもならなかった


「うあ…ああぁ…!!」

「ふふふ…悪い子ですね、ジュンは…
 ほら、言う事を聞かないで暴れるから、穴がズレてしまいましたよ」

 意図しない方向に貫通した針は即座に引き抜かれる
 引き攣る痛みにジュンは何度も悲鳴を上げた


「…さあ、もう一度いきますよ
 今度は動かないで下さいね」

「い…嫌だ…っ…!!
 頼むから…もう止めてくれ…っ」

「成功するまで何度でも刺しますよ
 蜂の巣になりたくなければ大人しくしていて下さい」

 今度は馬乗りになって、全体重で身体を押さえ付けられる
 天使のような笑顔を浮かべながら、その手は躊躇い無く針を突き立てられた



「ぎゃあぁ――…っ…!!
 痛い…痛いぃ――…っ…!!」

「あぁ、やっぱり蝋とは比べ物になりませんね
 この深い色合い…ジュンは血の色まで美しいですよ…」

 引き抜かれた針を目前に突き付けられる
 赤く濡れたそれを見た瞬間、眩暈に襲われた


「ぅ…あぁ…あ…」

「ふふふ…綺麗でしょう?」

 パチン、と響く金属音
 体温を奪う冷たい感触


「さあ、ピアスが付きましたよ
 定着したらチェーンを通しましょうね」

「くっ…う…ぁ……痛…」

 冷たいものが押し当てられる
 消毒液を浸した脱脂綿で血を拭いてくれているらしい

 普段は沁みて痛い筈の消毒液が、開けられた傷の痛みで感じない


「…く…っ……うぅ…」

「ふふ…お利口でしたね
 ご褒美に、良い事をしてあげましょうか…」

 ゴールドの手が縄の結び目を解く
 両足の戒めを解くとジュンは両足を深く折り曲げられた


「さあ…いい物をあげましょうね」

 ここまで来れば後は何をするつもりなのか嫌でも理解できる

 生暖かい湿った感触
 彼の舌がねっとりと押し当てられた

 固い蕾がじっくりと舐めて解き解されて行く



「…ジュン…さあ、ご褒美をあげますよ…」

 ゴールドのものが押し当てられた
 そのまま力を込められ割り開かれて行く

「ぐあぁ…ぁ…!!」

「力を抜いて…ゆっくり息を吐いて下さい
 初めてではないのですから…出来るでしょう?」

 無理矢理進めてくる腰に息が詰まる
 呼吸を整える余裕なんかある筈が無い


「痛い…痛い痛い痛いぃ――…!!」

 声の続く限りに泣き叫ぶ
 息が上手く出来ない

「ひぃ…っぅ…痛ぁ……あぁ…!!」

 酸素の薄れた頭は、やがて霞が掛かったように白んできた


 遠のく意識に全身が弛緩し始める
 意識を手放す事でようやく痛みから解放される

 意識が途切れる間際、ジュンはようやく安堵の息を吐いた






 …暖かい…

 立ち込める温もりに意識を呼び覚まされた


「…んぁ…あ…?」

「おや、起こしてしまいましたか?」

 まず視界に飛び込んできたのは黄金色の瞳
 そして重厚な石造りの壁、天井、そして床―――…


「…ここ…風呂…?」

「ええ、気絶していたのですね
 呼びかけても返事が無いから心配しましたよ」

 肩にかけられる暖かい湯
 湯気が辺り一面に立ち込める


「…俺の事、洗ってくれてたんだな…」

「ええ…まあ…厳密に言えば、これから洗うのですけどね…
 今夜のジュンはいつもに増して綺麗でしたから…我慢出来ませんでした」

「…何が――…っ…!?」

 ゆっくりと伸ばされた指が、何の前触れも無く突然滑り込んでくる
 ジュンは反射的に全身を強張らせた――…が、指はすぐに引き抜かれた


「ほら、こんなにたくさん…」

 差し出された彼の指には白濁したもので濡れていた
 微かに混ざった赤いものが痛々しい

 ジュンは思わず顔を顰めた


「…中出しするなって…いつも言ってるのに…」

「御免なさい、ジュンがあまりにも素敵過ぎて、つい…
 責任持って隅々まで綺麗に洗い清めますから…許して下さいね…?」

 再び差し込まれた指が体内で蠢く
 爪の先が敏感な箇所を掠める度にジュンの身体は大きく跳ね上がった



「…くっ…ぅ……うぅ…っん…!!」

「ふふ…感じているのですか?
 綺麗にしてあげているだけなのに…」

「だって…お前、そこばっかり…っ!!」

 絶対に意図的だと確信出来る
 彼の指はジュンの弱い所を集中的に掻き毟っていた


「はぁ…ぅ……やっ…あぁ…!!」

 ゴールドの指を引き抜こうと手を伸ばす
 しかし空いた方の手であっさりと、ジュンの手は戒められた

「…さあ、綺麗にしてあげますから…大人しくしていて下さいね」

 両腕にタオルが巻きつけられる
 それは縄のように食い込んで簡単にジュンから自由を奪った


「な…何で縛るんだ…っ…!!」

「少しだけ、我慢してもらいますからね…
 ふふふ…大丈夫ですよ、綺麗になりますから」

 ぐい、と背中を押される
 後ろ手に縛られたまま、土下座をするような姿勢になった

 頬に当たる床は冷たくは無いけれど、硬くて痛い



「…失礼しますよ…?」

 彼の手が腰を高く持ち上げた
 土下座よりも更に屈辱的な姿勢に涙が滲む

 ジュンの視点からはゴールドが何をしているのか見えない
 見えない恐怖に緊張して全身が硬直する


「…ぅ…うぅ…っ…」

「…少し、息を吐いて下さい…挿れますよ…」

 硬い何かが押し当てられた
 人の温もりが感じられない、器具のようなもの

 その中から冷たいものが流れ込んでくる


「なっ…何……!?」

「心配しなくても、ただのグリセリンですよ
 ジュンの身体を綺麗にしてくれる液体です」

 ホースのようなものを使って流し込んでいるのだろう
 冷たいグリセリン液が、じわじわと下腹部を満たして行く


「ふふ…どんどん流れて行きますよ
 ほら、もう100cc…ああ、150ccまで行きましたね」

 メモリのようなものが付いているのか、やたらと厳密な数字を告げられる
 しかし、そんな事がわかったからと言って何の救いにもならない



 ごろごろと音を立て始める下腹部
 続いて差し込むような鈍痛がジュンを襲った

「ほっ…解け…!!
 早く手、解けよ…っ…!!」

「おやおや…そんなに焦ってどうしたのですか?
 まだ半分も残っていますよ…全部流し込むまで待って下さい」

「やっ…止めろ…っ…!!」

 制止の声は当然の如く聞き流される
 己の欲望に忠実な悪魔は無常にも残りの液体を流し込んだ


「…はい、300cc…これで全部です」

 言葉と共に、深く差し込まれていた管が引き抜かれる
 その拍子に体温で温まった液が一筋、太腿を伝って流れて行った

「…解け…っ…!!
 くっ…は、早く…っ…!!」

「ふふっ…苦しそうですね
 もう我慢出来ないのですか?」

 全身が、じっとりと汗ばんできた
 下腹部が立てる音はゴールドにも聞こえているだろう

 少しでも力を抜くと堪え切れない
 唇を噛んで気を紛らわしながら細く浅い呼吸を繰り返す



「…くっ…頼むから……手、解いて…」

「唇が青くなっていますよ
 汗もこんなにかいて…可哀想にねぇ…?」

 向けられる笑顔に殺意を覚える
 恨み言のひとつでも浴びせてやりたい

 しかし今は戒めを解いてもらう方が先だ


「…辛いんだ…早く解いてくれ…っ…」

「これ以上、我慢できませんか?」

「もう無理っ…!!
 早く…限界なんだ…!!」

 全身が痙攣してきた
 噛み締め過ぎた唇や奥歯にはもう感覚が残っていない



「うぅ…早く……トイレ、行かせて…」

 頭の中がグラグラしてきた
 全身の血管が千切れそうな錯覚さえしてくる

 ゴールドの手が汗で張り付いた髪を掃ってくれた

 優しい手つき
 優しい笑顔

 そして、優しい声色で彼は言ったのだ



「駄目です」

「………えっ……」

 ここで否定の言葉が出るとは予想しなかった
 唖然と彼を見上げると、笑顔で頭を撫ぜられた

 表情も仕草も手つきも優しい
 唯一優しくないのは―――…彼の性格そのものだった


「ここで出来るでしょう?
 さあ、我慢しなくて良いですよ」

「ふっ…ふざけるなっ…!!
 そんな事、出来る筈無い…!!」

「ふふふ…そうですか?
 身体はもう限界のようですよ
 この状態で、あとどれだけ持つか…見ものですね」

 余裕綽々
 完全に楽しんでいるゴールドが憎い

 憎いけれど…憎んでいる余裕すらない



「…くぅ…うぅ―――…っ…!!」

「苦しいのなら我慢しなくて良いのに…
 ふふふ…でもジュンは素直になれないようですね」

 ごろごろと音を立てる箇所に彼の手が伸びる
 痛むそこを慰めるように何度も撫ぜ上げられた


「辛そうですね…楽になりたいでしょう?
 ジュンひとりでは出来なさそうですから…手伝ってあげますよ」

 両脇から腕を差し込まれて、上体を起こされる
 無理矢理膝立ちの姿勢にさせられた


「ひっ…ひぃ……!!」

 今はこの体勢を保つのさえ辛い
 堪らずに身体を折り曲げようとするが、彼の手に阻まれて叶わなかった

「大丈夫です、今…楽にしてあげますから」

 ゴールドはジュンの正面に回り込むと視線を合わせるように膝を折る

「…手荒な真似をしてしまいますが…
 それ程痛くありませんから安心して下さい
 一瞬だけ息が詰まる程度の衝撃ですからね」


 頬に唇が落とされる
 舌先が涙の跡を拭ってくれた

 彼の両手がしっかりと両脇を支えて固定する

「さあ…思いっ切りどうぞ…!!」

 浴室に響く鈍い音
 ゴールドの膝蹴りがジュンの下腹部に決まった






「…ジュン…そろそろ機嫌を直してくれませんか?」


 返事は無い
 ベッドの上でゴールドに背を向けながらジュンは不貞寝していた

 もうプライドはボロボロ
 情けないやら腹立たしいやらで、どうしたら良いのかわからない


「ジュン、こっちを向いて下さい」

 そう言われても困る

 顔を合わせるのが辛い
 どんな顔でゴールドと向き合えば良いか…


「…ねえ、ジュン……起きているのでしょう?
 ボクは別に怒っていませんから…こっちを向いて下さい」

「―――…って、怒ってるのは俺の方だろっ!!」

 思わず突っ込み&裏拳
 勢いで彼に向かい合って―――…策に嵌った事に気が付いた


「…ノリが良い所も好きですよ
 やっとこっちを向いてくれましたね」

「お前なぁ…っ!!」

 怒りに震えるこぶしを振り上げた
 今日の自分は彼を殴っても許されるだろう


「その顔、殴らせろっ!!
 俺の気が済むまで殴らせろっ…!!」

「そんなに頬を赤くして…
 恥ずかしがらなくていいですよ」

「違うっ!!
 怒ってるんだ!!」

「いやん」


 …………。

 いや、お前…『いやん』って…おい…

 空気読めてるか?
 というか、さっきまで鬼畜行為繰り広げてた奴の言うセリフか?

 ゴールドのあまりの馬鹿馬鹿しさに力が抜けた
 何だか、ひとりで怒り狂っている自分が可哀想になってくる


「…もう…いい……
 お前の相手しているのが馬鹿らしく思えてきた」

 …いや、わかってるさ

 きっとこれもゴールドの計算の内なんだよな
 こうやって脱力させる事で俺の怒りを鎮めてるんだろ?

 ああ、嫌って程わかってるさ
 その策に毎回見事に嵌ってる自分の事も理解出来てるさ




「…もう疲れた…俺、寝るからな
 これ以上、変な事するんじゃないぞ」

 念の為に釘を刺してから横になる
 布団をしっかりかぶると再びゴールドに背を向けた


「…ジュン、おやすみのキス…」

 逞しい腕が布団ごと抱き締めてくる

 さっきとは打って変わって、優しくて甘々なモード全開
 ここまで豹変されると二重人格疑惑を抱かざるを得ない

 頬の上に、一瞬だけ落とされる唇
 流石にそれ以上は何もしてこなかった


「…愛していますよ」

 対照的な二つの性格に翻弄される
 鬼畜な性格は嫌いだけれど、その後は普段にも増して優しくしてくれる

 飴と鞭って…こういうのを言うのだろうか



「…なあ、俺ってさ…
 お前の手の上で踊らされてないか?」

「さあ…どうでしょうね?」

 否定も肯定もしない
 その曖昧な態度が真実を如実に物語っている


「ボクだってジュンにはいつも翻弄されてますよ
 人生の中で思い通りに行く事なんて、ほんの一握りですから」

「……どうだか…」

 ゴールドの場合は全て計算している様な気がする
 何せ、ジュン自身の感情までもが大方コントロールされているのだから

 いいように操られている感が否めないジュンは、どうも素直になれない


「…お前ばかり…ずるい…」

「はい…?」

「お前さ…今日、楽しんだか?」

「ええ、ジュンの綺麗な姿も堪能できましたし…
 凄く充実して楽しい降臨祭でしたよ…?」

 嬉しそうなゴールドの笑顔
 一体、ジュンのどんな姿を思い描いているのだろう

 締まりの無いその顔にジュンは不機嫌さを露にする
 しかし、怒りとは別の物も体の奥底から湧き上がってきていた

 居心地悪そうにジュンは身体を捩らせた



「俺、今日はまだ…イかせてもらってないんだけど?
 お前一人でいい思いして、不公平だと思わないか…?」

「…えーっと……」

「落とし前、ちゃんと…つけろよ?」

 空けられたピアスが疼く
 微かな重みが敏感な箇所を絶えず刺激し続けている

 痛みと快感が渦巻いて、静かな熱がじわじわと生まれていた


「…そうですね…
 それでは責任を取らせていただきましょうか…」

 ぎしっ、とベッドが音を立てる
 獲物を捕らえた肉食獣のような表情を浮かべながらゴールドが圧し掛かってきた

 …何か…我侭を言ったつもりが、逆に喜ばせる結果になってるかも…


「随分と酷い事をしてしまいましたからね
 お詫びも兼ねて…天にも昇る気分にさせてあげますよ…」

 ……本気でそのまま昇天とかしないだろうな……

 …………………。


 …まあ、いっか…
 せいぜいお手並み拝見と行こう

 体重を預けてくるゴールドの身体に両腕を回すと、ジュンは静かに目を閉じた



― END ―



 クリスマスネタにござりまする
 いや、パーティー用のキャンドルを眺めていたら唐突にネタが浮かんだもので…

 キャンドル→鞭→縄…とのコンボを炸裂してしまいました

 聖夜にあるまじきSM妄想、万歳
 そしてそれを小説にして書いてしまった自分、更に万歳(笑)

 本当は三角木馬を使用しようかと思ったのじゃが…
 流石にそれは無理があるかと思い、今回は見送りに致しました


 ピアスは…ええ、クリスマスプレゼントに貰った物を見て…つい…ははは…
 拙者もピアスは空けておりまするが、痛いのは最初のうちだけなので大丈夫じゃろうて…

 微妙にスカ○ロも入っておりまするな…
 同人誌版では日常茶飯事だったのじゃが、こっちでの評価はどうじゃろう…

 一応、ソフトにしたつもりなのじゃが…


 まあ、降臨祭という事で…拙者に何かが降りてきたと思って許して下さりませ…