ギリギリまで照明を落とした部屋

 当然ながらメルキゼを気遣っての事だ
 しかし、これではまるで怪談話をするかのような雰囲気だ

 そして―――…


「うぅ…カーマイン…」

 怪談をするまでも無く、ベッドの上で怯え切っている大男
 まだ何もしていないのに瞳には既に涙が浮かんでいる

 太腿に手を這わせると、彼の身体は大袈裟なほどに飛び上がった


「…恥ずかしい?
 それとも怖い?」

「……両方…あと、緊張している…」

 当然と言えば当然の答えが返ってきた
 ぺっとりと伏せて震える猫の耳が彼の心情を語っている

「大丈夫だからな
 痛い事とかしないし…」

 何とか安心させようと声をかける
 けれど、ここまでガチガチに緊張されては何をしても無駄な気がする

 この緊張を解く為には―――…


「…よし、ちょっと口開けろ」

「……え…?」

 ぽかーん
 言葉に従ったというよりは、『何で?』という疑問から口が開かれる

 …まぁ、良いんだけどさ…
 どうも色気に欠けるんだよな


 彼の唇を舐めて潤してやると、ようやく意図が飲み込めたらしい
 恥ずかしそうに瞳を伏せながら指先で唇を覆う

「待って、私…まだ歯磨きしていない…」

「そんな事はどうだっていいから」

「で、でも私…ホヤ食べていたから生臭い…」

「…………。」

 何でそんなに水を注したがる?

 もしかして、わざとか?
 天然に見せかけて実はわざとなんじゃないだろうな?


「…まぁ、どっちでも良いか
 緊張は解けたみたいだしな
 ――…なあ、それ脱がないか?」

「えっ…?」

「やっぱり汚すとマズいだろうしさ
 洗濯に出すのもちょっと抵抗あるだろ?」

 ぐい、とドレスの裾をひっぱる
 せっかく綺麗なドレスなんだから汚したくない

 欲を言えば全部脱いでくれた方がありがたい
 その方がこっちも色々とやり易いし…

 一枚脱がせたら、上手い事言って全部脱がしてやろうか――…


 しかし―――…


「そんな事をしたら私、恥ずかしくて死んでしまう…」

 両手でしっかりとガードされてしまう
 俺の腕力でその手を引き剥がすのは不可能だ

「…今までだって何度か下着姿で俺の前にいた事あっただろ?
 何で改めて恥ずかしがる必要があるんだよ…意識し過ぎだぞ」

「だ、だって…一枚脱いだら全部脱げって言われそうな予感…」

「…何で、こんな時に限って勘が鋭いんだ…」

 やっぱり学習しているのか?
 俺の行動パターン把握されつつあるのか?


「…じゃあ、少し行動パターン変えるか」

「え?」

 メルキゼのドレスを捲り上げると、彼の下着に手を伸ばす
 固定している紐を解くと隙間から手を差し込んだ

 ぴきっ…

 凍り付いたように固まるメルキゼ
 ショックのあまり、現状が認識出来ていないらしい

 まぁ、暴れたり叫ばれたりするよりはマシだ
 これ幸いにと遠慮無く下着を脱がしにかかる



「…うん、ちゃんと付いてるな
 別に性別疑ってたわけじゃないけどさ」

 ただ、メルキゼの場合は身体の構造上に一抹の不安を抱かざるを得ない
 具体的に云えばつまり、耳以外にも猫化している場所があるのではないかと…

「でも、ちゃんと人仕様の構造で良かった…
 何か圧倒的なサイズだけど…っていうかさ、
 これ、明らかに俺の手首よりも太いよな!?」

「知らないっ!!
 どうだって良い、そんな事っ!!」

 我に返るなり錯乱

 ぎゃあぎゃあ叫びながらベッドの上で悶絶し始める
 靴を履いたままの両足はシーツにくっきりと足跡を残した

 内股になって股間を押さえるその姿はまるで―――…


「…トイレ我慢してる?」

「してないっ!!」

「本当かどうか見せて?」

「うん――…って、言う訳ないっ!!
 酷いよ、カーマインの馬鹿ぁ!!」

 叫びながらも、ちゃんと突っ込んでる辺りが律儀だ

「大丈夫だ、暗くて良く見えてないから」

 実はもう目が慣れてハッキリ見えてるけど…
 でもそれをここで言ったら全身から発火しそうな予感

 ちなみに当の本人は発火こそしていないものの目には涙が浮かんでいる


「ねえ、カーマイン…もう止めにしよう?
 恥ずかしくてこれ以上は耐えられない…」

「いや、まだ全然何もしてないから
 …恥ずかしさなんて、すぐに吹っ飛ぶし大丈夫だって」

「吹っ飛ばないよ…!!
 だって、こんなに恥ずかしい…」

「気持ち良くなれば、羞恥心なんか感じる余裕も無くなるって」

 何だかメルキゼの説得だけで一晩費やしそうだ
 このままだと本当に泣き出しそうだし、無理強いしても良い事は無い

 でも、この機会に少しでも関係を深めておきたいというのが本音だ
 自分が行動を起こさない限り、今の関係が進展する事も無いだろうし――…

 ここはひとつ、メルキゼには泣いて貰う事にしよう


「なあ、メルキゼ」

「な、何…?」

「潔く諦めろ」

「はあっ!?」

 そりゃないよ
 メルキゼの表情がそう訴えていた

「とにかく、やるだけやってみよう
 限界感じたら物理的手段に訴えて良いからさ」

「まっ…待って!!
 まだ心の準備が――…ひゃぁっ!!」


 突然の刺激に飛び上がるメルキゼ
 敏感な箇所を握られたショックで涙が滲む

 この手を一刻も早く払い除けたい衝動に駆られる
 でも彼を通じて伝わる温もりは想像以上に心地良くて、どうしたら良いのかわからない

 行動に迷う腕は行き場を無くして宙を彷徨う

「ぅ…っ…ふぇ…」

「これ位の事で泣くなって
 ほら、別に痛くないだろう?
 このまま気持ち良くしてやるから、もう少しだけ我慢してろよ」

「で、でも…私はどうしたら良いか…っ」

「何もしなくて良いよ
 そのまま横になって楽にしててくれればいいから」

 それが一番難しいのだけれど…
 メルキゼは心の中でそう呟いた
 それでもカーマインの身体が密着しているのが嬉しくて大人しく横たわる

 その様子にカーマインは笑みを浮かべてメルキゼの頭を撫ぜた


「…素直で良い子だな」

「こっ…子供扱いは止めてくれ…
 私はもう28歳になる大人なのだからな…っ!!」

「その辺の子供よりずっと純情な大人だけどな
 安心しろ、ちゃんと大人扱いしてやるから―――…こうやって」

「ひゃあっ!!」

 びくっ
 メルキゼの巨体が軽く数センチは飛び上がった

「ちょっと強く握り過ぎたか…?
 ごめん、ちゃんと優しくしてやるからな」

 痛い思いをさせたいわけじゃない
 壊れ物のように力を抜いて撫ぜるように扱く

 慣れていない身体は想像以上に敏感だったらしい


「ふひゃっ」

「………。」

「ひゃわぅっ」

 笑い声とも喘ぎ声ともつかない、犬のクシャミのような声が上がる
 どうやったらこの場面で、ここまで色気の無い声が出せるのか


「………おい……」

「ひゃん…っ……な、なに…?」

「その声、もう少し何とかならないか?」

「な、何とかと言われても……あっ…あひゃ」

 …いや、あひゃ≠チて…おい…

 女優張りの嬌声を上げろとは言わない
 しかし、頼むから笑いを誘うような声は出すな

 何かのコントをしているような気分になってくるじゃないか


「…一応、感じてはいるんだよな?」

 手の中のものは多少の反応は示している
 まだ緊張や羞恥心が邪魔しているみたいだけれど…

「もっと気持ちよくさせてやるからな」

「だっ…駄目!!
 これ以上されたら私…手負いの獣のようになる」

「……………。」

 それはまた、何と言うか…
 切羽詰るというか手が付けられない状態が如実に伝わるというか…

「どっちにしろ、こういう場面で使う表現じゃないと思うような…」

「だって…本当に理性が飛びそうで…」

「別にそれでも構わないぞ
 余計な事考えてたら気持ち良くないだろ」

「でっ…でも、私…そうなったら何をするかわからない」

「いや、それは今に限った事じゃないから
 とりあえず手始めに一度イっておこうな」

 このまま話を続けても仕方が無い
 まずは当初の目的を果たしてからだ

 理性が飛ぼうが獣になろうが、この際構わない
 もしかすると、本能剥き出しの姿になったメルキゼの姿を見たかったのかも知れない


 両手でメルキゼのものを刺激しながら肌に唇を落とす
 白い肌は軽く吸い上げるだけで赤い痕が散った

「…ああ…っ……ぁ…ん…!!」

「何だ、可愛い声も出せるんじゃないか」

 正直言って男の声で『ああんv』とか喘がれても萎えそうな気がしていたけど…
 相手が恋人だからだろうか、意外と抵抗無く聞けるのが不思議だ
 むしろ、この声を上げさせてるのが自分だと思うと妙な満足感が湧き上がってきた

 気を良くした途端に行動も大胆になってくる
 メルキゼのものを強く握り締めた手を小刻みに動かして更に追い上げて行く

「あっ…あぁ―――…っ…!!」

「凄いな…わかるか?
 お前の、こんなに大きくなってるぞ
 本当は口でもしてやるつもりだったけど…これは口に入らないな」

 外国人―――…いや、異世界人サイズか
 とにかく日本人の常識を打ち負かす質量だ

 まぁ、彼の場合身長からして2メートル近いんだから、この位のサイズが妥当なのかも知れないけど

「お前に抱かれるのだけは勘弁だな…内臓破裂しそうだ」

 だからと言って、他の相手に抱かれる気は無い
 結局、自分を抱く可能性のある男はメルキゼだけなのだけれど

 まぁ…メルキゼはこの通りの性格だし、恐らく事に及ぶ事は無いだろう
 もしあるとするならば、それはカーマイン自身が襲い受けという強硬手段に出た時だ

「…俺は別に受け願望は無いんだけどな…
 でも、お前みたいな大男を抱けるだけの自信も体力もないからな」

 客観的に見ても大木とセミ状態になって切ないだろうし
 …いや、客観的に見物しているような人物はいないけれどさ


「なぁ、メルキゼ…
 お前とそこまでの関係になれるのって、いつだろうな…?」

「んぁ…っ…あぁ…っ…」

「…駄目か…聞こえてないな、お前…」

 既に意識は飛んでいるらしい
 名前を呼んでもメルキゼは硬く目を閉じたまま甘い悲鳴を上げるだけだった

 全身から滝のように流れる汗がシーツを湿めらせる

「…暑いだろ?
 これ、脱がせるからな…?」

 ファスナーを下ろせば簡単にドレスは脱げる
 メルキゼが身体を捩らせた隙にカーマインは彼の衣服を剥ぎ取った
 下着にも手を掛けて一糸纏わぬ姿にすると、白い肌が薄暗い室内に浮かび上がる

 普段からあまり露出させていないせいか、本当に色白だ


「…後で、元通り着せておかないとな…」

 彼が正気を取り戻した時、全裸だと錯乱するのは目に見えている
 それに、まだ不慣れな彼を必要以上に羞恥心を与えるのも可哀想だ

 …まぁ、いつかはそう行った趣向のプレイも挑戦してみたい気もするけれど…

「今夜はお前をイかせるのが目的だからな…それ以上はしないよ」

 快楽を知らない身体に、まずそれを覚えさせる事
 彼の場合はまずそれから始めなければならない

 自分の手で彼を育てる――…まるでマニアックな育成ゲームのようだ
 ゲームではないので失敗したからと言ってリセットするわけにはいかないのだけれど

「…でも、これだけ感じてるなら上手く行きそうだな…?」

 彼の表情が、声が、それを物語っている
 激しく捩じらせる肢体は微かな痙攣を繰り返した

「あっ…あぁ…!!」

「…ん…もう限界だな…あふれて来てるぞ…?」

 メルキゼのものを握る指までもがベトベトに濡れている
 痛々しいほどに充血して、これ以上耐えるのは困難そうだ


「…辛いだろう…?
 今、楽にしてやるからな」

 両手で優しく扱きながら舌を絡ませる
 当然ながらこんな事は初めての経験だ

 生理的に拒絶反応が起きるかと思ったけれど、意外なほどに平気だ

 ゆっくりと舐め上げてやると彼の声が一際高くなった
 先端を口に含んで吸い上げるとその身体が反射的に跳ね上がる

「っ…あぁ―――…っく…ぅ…!!」

 メルキゼは震えながら悲鳴を上げる
 その瞬間、微かな塩気と苦味のある独特の味が口内に広がった


「――…っ…!!」

 メルキゼのものを口から引き出す
 白濁した液体が唇から溢れて顎を伝った

 流石にそれを飲み込む勇気は出ず、一度口の中のものをシーツに吐き出した
 吐き出した後で、少し勿体無かったという気持ちが込み上げて来る

「…俺もさ、客観的には何度も見たシーンだけど、
 実践に移すのは初めてだからさ…経験積ませてくれな」

 もっと慣れてきたら飲み干す事も出来るようになるかも知れない
 ただ、今はまだ――…せめてこの味に慣れるまでは無理だろうけど

 まぁ、メルキゼは飲まれることなんて微塵も望んでいないだろうが


「…どうだ…気持ち良かったか?」

 一応は、ちゃんとイけた事に一安心だ
 しかしこれで全て終わったわけじゃない

 今後もっと行為をエスカレートして行きたいというのが本音だ
 その為にも、優しく扱ってこの行為に対する恐怖心を取り除かなければ

 荒い呼吸のまま未だ震えているメルキゼ
 頬に張り付いた長い髪を掃って唇を寄せた

 熱いほどの体温が伝わる


「…カーマイン…」

 メルキゼの両腕に身体を強く抱き締められる
 熱を帯びた彼の唇が俺の唇に重なった

 ――…って、お前…いいのか?
 俺の口の中には、まだお前の風味が残ってるんだけど…

 その辺は特に気にはならないらしい
 お世辞にも上手いとは言えない口付け

 でも燃えるように熱い彼の唇が俺を酔わせる

「…メルキゼ――――……ぐえぇっ!!」


 ぷちっ

 覆い被さって来た巨体に俺の身体は潰された
 何せ90sはあるだろう全体重が圧し掛かったのだ

「おっ…重い――…っ!!
 メルキゼ、どけよっ!!」

 身体をしっかりと抱き締められているせいで上手く引き剥がせない
 仕方無く、彼の髪の毛を掴んで強く引っ張る

 抗議の態度を示せば彼の事だからすぐに離れると思った
 しかし―――…次の瞬間メルキゼの口から発せられたのは盛大なイビキだった


「…ね、寝てんのっ…!?」

 しかも、よりによってこの体勢で!!
 …いや、色々と疲れてる事はわかるけど…

 でもこのままの状態で朝を迎えると、非常にヤバい事になる

 何せメルキゼは今、全裸なのだ
 目覚めた時にパニック状態に陥る事は目に見えている

 何とか起こそうと声をかけたり身体を揺さぶったが効果は無かった


「ど、どうしよう…」

 過去の悪夢が脳裏に蘇る
 しかも今回は鼻血程度じゃ済みそうにない

「…この宿…倒壊しなきゃいいけどな…」

 白み始める空を見上げながら俺は諦めモードで呟いた



 翌朝

 ニワトリの声よりも早く男の悲鳴が夜明けの空に響き渡った
 そして半壊した宿から全力ダッシュで逃げ出す二つの人影があったそうな―――…


 ― END ―


 これも元々のネタは同人誌にござりました
 同人誌では他のカップルの話だったのじゃが、
 せっかくなのでカーマイン×メルキゼ版にアレンジ致しました
 同人誌のメルキゼはここまで奥手じゃないからのぅ…むしろ、ゴールドと良い勝負(笑)