「…いや、あの…さぁ…
 本当に無理はしなくて良いんだから」


 ここは、とある田舎町
 宿の一室で…更に厳密に言えばベッドの上
 そこでは両手を硬く握り締めたメルキゼが鬼気迫る表情で正座していた

「…だって…欲求不満なのだろう!?
 我慢すると身体にも良くないって言っていたし…!!」


 …勘弁してくれよ…

 カーマインは痛む頭を軽く押さえる
 後悔先に立たず、とは良く言ったものだ

 確かに自分はそう言った
 それは紛れも無い事実だ

 偶然立ち寄った酒場で、歳の近そうな若者と相席になったのだ
 その際に交わした話の内容が―――まぁ、そういう内容だったのだ


 …まさか、メルキゼが聞いてるなんて思わなかったんだよな…

 あの時、彼は店のマスターから色々とレシピを教わっていた
 料理好きのメルキゼは熱心な様子でそれをメモにとっていた
 だから自分たちの会話を聞いてるなどとは思わなかったのだ

 …メルキゼの聴力を失念していたカーマインのミスだ



「カーマイン、私が何とかするから!!」

「いや…そう言われても…」

 そう簡単にじゃあ、お願いします≠ニ言えるものではない
 戸惑いと困惑、そして罪悪感の方が圧倒的に強いのだ

「俺はお前にそういう事は望んでないからさ
 お前が気に病む必要なんて全然無いんだぞ」

 こんな事の為に恋人同士になったんじゃない
 一緒に行動するだけで満ち足りて幸せを感じることが出来る

 カーマインはそれで充分なのだ
 身体まで求めるつもりなんて微塵も無い


 しかしメルキゼはこう見えて意外と頑固な所もある

 上手い事を言って何とか穏便に説得しなければ、
 意地になって不貞腐れるか、とことんマイナス思考に陥る可能性があった



「えっと…ほら、何て言うか…
 お前の場合はもっと勉強してからでも良いと思うんだ」

「適当な事言って先延ばしにして、誤魔化そうとしていないか?」

 …うっ…
 こいつ、学習しやがった!!

 そうだよな…決して頭が悪いわけじゃないんだよな
 仕方が無い、ここは少し手荒だが実力行使で諦めてもらおう

 良心は痛むが、これに耐えられないようなら道のりは遠い


「メルキゼ…はい、タッチ☆」

 ぽふ

 カーマインは軽く手で押してみた――…メルキゼの股間部分を
 まぁ、ズボンの上にドレスを着ていて、更にローブを着ているから感触は殆ど伝わらない
 それはメルキゼの方も同じだと思うが―――…


「……………。」

 唖然とカーマインの手を見つめるメルキゼ
 突然の事に、何が起こったか良く理解出来ていないらしい

「まぁ、これ位で放心しているようじゃとてもじゃないが―――…」


「ひぃぎゃぁぁぁぁ―――――……っ!!!」



 カーマインの言葉を遮って響き渡る絶叫

 まぁ、これくらいの反応は予測していた
 大して驚くことも無く、カーマインはメルキゼの肩を叩く


「はっはっは…どうだ、お前には無理だろう?」

「……か、カーマイン……っ…」

「ん?」

 真っ赤になっているかと思った彼の顔は、血の気が引いて真っ青になっていた
 どうやら相当ショックだったらしい

 それでも微かに震える手を伸ばし、俺の腕を掴んだ


「ダメだ…そこは触っちゃダメなんだっ!!
 あぁどうしよう、カーマインが汚れてしまった!!
 消毒をしなければ…熱湯で今すぐに消毒しなければっ!!」

「―――って、ちょっと待てやコラっ!!
 お前、人の手に対して何て恐ろしい事をっ!!」

 そんな事をしたら殺菌どころか、俺の皮膚組織まで死ぬ
 しかもメルキゼの場合、自力で湯が沸かせるからシャレにならない


「とにかく綺麗にしなければっ!!
 早く手を出してくれ、洗うからっ!!」

「こら、落ち着けっ!!
 それは台所用クレンザーだっ!!」

 メルキゼの手にはクレンザーと漂白剤、そして何故かクッキングシート
 この三つで一体何をどうしようというのか果てしなく謎だ

 …ダメだ、完璧に混乱してるな…



「そこまで取り乱す事は無いだろ
 別に、直に握ったわけでも無いんだし…」

「そっ…そんな事をしてはダメだっ!!」

 うーん、メルキゼらしい反応だ
 潔癖症&恥かしがり屋だからなぁ


「…でも、そんなんで良く俺の欲求不満解消の相手するだなんて言ったな
 相手をするって言うからには、それなりの事をするつもりなのかと思ってたけど」

「だって、欲求不満を解消をする事と股間に触れる事に何の接点があるというのだ!?
 そんなの全然関係ないだろう…それなのに、私にこんな破廉恥な事をするなんて酷過ぎる…っ!!」

 両手で顔を覆って、さめざめと泣き始めるメルキゼ
 その姿は一見すると悲劇のヒロインのようだ―――…ゴツいけど

 いや、そんなことよりも…


「お前…意味もわからずに言ってたんだな…」

 その位は知ってると思っていたのだが、甘かったらしい
 所詮メルキゼはメルキゼだったというわけだ
 まぁ、それもまた彼の個性なのだけれど――…

 そこで、ふと恐ろしい考えが脳裏を横切る


「…ちょっと聞くけど、自分でした事くらいは…あるよな…?」

「何を?」

 素で聞き返すなっ!!
 お前も男なら察しろっ!!

「えっと、だからな…?」



 しぶしぶ説明を始めるカーマイン
 もしかすると、という場合を考えて出来るだけ細かく表現する

 そして、10分後―――…



「……そっか…本気で知らなかったのか……」

 がっくりと脱力する俺の横で、メルキゼは真っ赤になって固まっていた
 今まで想像もつかなかった事を知らされて、相当ショックを受けているらしい

 でもな…俺も相当ショックだったんだぞ…?


「お前、歳幾つだったっけ…?」

「だ、だって…そんな事、誰も教えてくれなかった…」

 まぁ、そりゃそうだろう
 性教育の欠片すら受けてなかったし

「で、でも…そんな事をして何か良い事があるのだろうか…」

 何か良い事って言われても…つか、お前なぁ…
 いや、メルキゼだから仕方が無いか


「えーっと…まぁ、要するにトイレに行くのと同じなんだ
 身体に溜まったものを排泄するんだから、自然現象だと思えば良いって」

 我ながらナイス説明
 これで彼も納得してくれただろう

 しかしメルキゼは再び青ざめる

「ど…どうしよう、カーマイン…
 つまり、私の身体の中には物凄く大漁に溜まっているという事に…」

 普通に考えると、相当溜まってるんだろうなぁ…
 でも、メルキゼの場合はその事にすら気付いてなかったから、たぶん大丈夫


「あぁ…どうしよう、どうしよう…
 このまま破裂するような事にでもなったら…」

「いや、破裂はしないからっ!!」

 凄い発想だな、オイ
 普通はそんな事考えつかないぞ


「ある一定量溜まると、身体に吸収されるらしいから大丈夫だって」

「本当に大丈夫なのか?
 このまま放置しておいても、病気になったりしない?」

 病気以前に、既に生殖器官に異常がある可能性も否定できないような…
 27年間、ナチュラルに禁欲生活できるってのも凄過ぎる

「お前さぁ…普通に生活しててムラムラ来た事とかって無いのか?」

「無いな」

 それで良いのか、成人男性
 男の本能は何処行った!?


「私の場合は、毎日を生き延びるだけで精一杯だったから…
 それに寂しくて哀しくて…とてもそんな心理状況ではなかったと思う」

「あぁ、成程な…
 確かに心理状況も影響するからな」

 当時のメルキゼなら、そんな事に構っていられるような余裕も無かっただろう
 しかし、現在は当時と状況がまるで違う

 今なら普通に出来るんじゃないかな…
 そんな考えがカーマインの脳裏を過ぎる


 よし、試してみるかな…
 カーマインは密かに黒い笑みを浮かべた



「…でもな、そういう病気もあるからな…安心は出来ないぞ?」

「ええっ!?
 私は病気なのか!?
 どっ…どうしよう…」

 再びオロオロと挙動不審になるメルキゼ
 普段健康で強い男ほど、病気と言う言葉には敏感に反応するものらしい

 見る間に青くなって行くメルキゼに、カーマインは笑顔で肩を叩いた


「心配するな、俺が病気かどうか確かめてやるよ
 もし病気だったら、早く病院に行って治さなきゃならないもんな?」

 コクコクと首を縦に振るメルキゼ
 うん、可愛いくらい単純な奴だ

「でも…どうやって調べる?
 カーマインは医療の知識があるのか?」

「別に、医療知識なんか必要ないだろ
 要はちゃんと出来るかどうか、やってみれば良いだけなんだからさ
 大丈夫だ、安心しろ―――…こう見えてもテクには自信があるんだ」

「―――――…☆」

 ようやく、話の流れが理解できてきたらしい
 青白かった顔が一瞬にして真っ赤に茹で上がった


「ほら、下半身だけで良いから脱いで」

「むっ…無茶を言うなっ!!
 そんな恥かしい姿など出来る筈がないだろう…!!」

 まぁ、そりゃそうだろうな
 しかし相手は所詮メルキゼだ
 力では絶対に無理だが、口でなら彼に勝つ自信がある


「そんな事言って、もし病気だったらどうするのかな〜?
 メルキゼが病気で死んじゃったら、俺は速攻でモンスターに食べられちゃうなぁ…?」

「うっ…」

「今のうちに病気が見つかれば、まだ治るかも知れないのに…
 手遅れになる前に検査してあげるって言ってるのに、メルキゼは嫌だって言うんだ?」

「ううぅ〜…」

 反論できずに唸るしかないメルキゼ
 やがて、断念したかのように項垂れた

 ふっ…勝った…!!
 心の中で、ガッツポーズ



「…あ、あまり酷い事はしないでくれ…」

「大丈夫だって、安心して身を任せて良いからな」

 メルキゼをベッドの上に寝かせる
 彼は恐怖と羞恥からガタガタ震えながら一心に何かを呟いていた

「…大丈夫、大丈夫…怖くない、恥かしくない…
 これは検査だから、私の為なのだから…大丈夫…」

 本気でそう思ってるのはメルキゼだけだろう
 ちょっと良心が痛むカーマイン

 これで更に服まで脱がしたら可哀想かも知れない
 まるでこれから生体実験をされる動物のような被虐っぷりだ

 …もう、さっさと済ませて早く解放してやった方が良いな…


「ちょっと、失礼…」

 ドレスの裾から手を忍ばせる
 シチュエーション的には、まるで何処かの姫を襲っているような感じだ
 …俺よりも、身長30cm以上もデカくてゴツい姫だけど…

 でも、中身はその辺の娘よりもずっと繊細だ
 優しく扱って、とにかく傷付けないようにしなければ…

「大丈夫だからな」

 震えるメルキゼを慰めながら、
 カーマインは彼のズボンの中に手を忍び込ませた