そもそもディサ国自体がかなり偏狭の地にある


 一番近隣にある陸地は大半がジャングル
 ジャングルの中央に火山が貫くように聳えているだけの地味な島

 その他は何も見えない
 寂れるにも程があるぞ―――…というか、まさに孤島そのものだ


 国なのに孤島
 当然ながら他の町なんかとの交流は殆ど無い

 つまり、俺が何を言いたいのかといえば――――…




「……目的地が遠いっ!!」


 まず船に乗って適度な大きさの港へ向かう
 そこから船に乗り継いで大きな町へ向かう

 そして更に船を乗り継いで目的地へ向かってくれる船を探す
 最後にその船に乗り込んで、やっと目的地へ到達できるというわけだ


「…どれだけかかるんだよ…」


 そんなに船ばっかり乗ってられるか

 というかこれは何の懲罰
 遠征という名の島流しなんじゃ?



「…あーあ…
 やってらんねぇー…」

 こんだけ苦労しても、
 待ち受けているのはトカゲだし…


 この時点で俺のやる気ゲージは五割を下回っていた



 そして――――…



 長い月日を経て、ようやく目的地へ到着したとき
 俺のやる気ゲージは二割を切っていた

 正直言って意欲は危険信号を発している
 これがゼロになった時、俺は何もかもを投げ出して雲隠れすることだろう





「騎士様、ここがワイバーンが住むという島です」

「…ありがとう、ご苦労だったね
 無事に戻れそうだったら、またお願いするよ」

「はい、お気をつけて」


 船員に挨拶して船を下りる
 久々の陸地は砂だらけで歩きにくかった

 ここは無人の港と聞いている
 確かに見渡す限りでは人の気配はしない


「…まずは情報収集をしないと…」


 何でもいい
 ワイバーンに関する情報を得たい

 何の知識も無いままワイバーンに会いに行くのは無謀過ぎる




「どこかに集落の一つくらい…」


 人の住んでいそうな場所を勘を頼りに進んで行く

 泥と砂の混ざった足場が行く手を阻む
 更に見た事もない巨大な植物が生い茂っていて視界も悪い


 …こんな所、本当に人が住んでいるのだろうか…

 自信がなくなってきた
 そもそもワイバーンが住むといわれている島だ

 そんな危険な所にあえて住み着くような輩は存在するのだろうか



「………もしかして俺、物凄く孤独なんじゃ……」


 色々な意味で淋しくなってくる
 気分を切り替えようと俺は天を仰いだ

 差し込む陽の光
 日差しで透ける木々の葉

 そして視界を横切る年季の入ったモップ―――……



 …………。

 …………………。


 ちょっと待て

 今のモップは何!?
 何でこんなところにモップが!?


「というかモップが空飛んでる…!?」



 物珍しさから俺は思わずモップを追いかけた

 モップを追って走るなんて、そうそう出来る体験じゃない
 島に来て早々珍しい体験をした―――…全く嬉しくないが


「…よし、捕まえたっ!!」


 タイミングを見計らってダイビングジャンプ
 俺は両手で抱え込むようにモップを捕らえた

 思ったより柔らかい毛の感触
 そして激しい鼓動と暖かさが手に伝わってくる


 ぎゅっ、と指先に力をこめるとモップはピクピクと身を震わせた



「…………。」


 …どうしよう…
 このモップ、生きてる…

 というか、これ…本当にモップ?
 もしかしてモップに良く似た現地の生物なんじゃ…


 …もしかしなくても、そう考えるほうが自然だな、うん



「へぇ…珍しい生き物がいるもんだな…」


 モップ状の生命体
 ペットとして飼うだけで部屋の中が綺麗になりそうだ

 この様子だと他の掃除用具も存在するかも知れない


「意思を持つモップか…
 自主的に掃除してくれるなら便利そうだな
 ちょっと持ち帰りたいかも――…
 正式には何ていう名前の生き物なのかな?」

「自分…モップで結構っスよ」

「……………。」


 どうしよう…モップが喋った…
 しかも口調が体育会系だ……!!




 俺、モップと会話しちゃったよ…
 それよりモップと言葉が通じるって凄いよな…


 ……待てよ?


 うん、この際モップ相手でも構わない
 コイツから集落の有無を聞いてみよう

 …ついでにワイバーンの巣への道も教えてもらおうかな…
 闇雲に動き回っても絶対に道に迷うだろうし


 …こうして俺は世界初、
 モップに道を尋ねた男となった





「あ、あの、モップ君…
 この辺に人が住んでるところはないかな…?」

「この島に人はいねぇっス
 おサルなら時々見かけるっスけど、
 恐らく旦那が求めてるものとは違うっスよね…」


「…うん…サルはちょっと…ねぇ…」

「旦那、気を落とさないで!!
 人はいねぇっスが、モップならここにいるっス!!」


 …うん、いるね

 モップが『ある』んじゃなくて、『いる』んだよね
 掃除用具相手にこの表現を使えるのは恐らくこの島だけだろう



「ところで旦那はどうしてこの島に?」

「あぁ――――…うん、そうだった
 実はワイバーンを探しに来たんだけど…
 モップ君、彼らがどこに住んでいるか知らないかな?」

「知ってるっス
 あっちに大きな山があるんスけど…
 その山全体がワイバーンの巣みたいなものっスよ」


 そう言うとモップは柄の部分を傾ける
 恐らくその方向に山があるということなのだろう

 良かった…
 これでようやくワイバーンに会える


 …正直言って、気は全く進まないけど





「ワイバーンに会いに行きたいんだけど…
 やっぱり嗜みとして手土産くらい持って行きたいんだ
 モップ君、ワイバーンの好きなものって知らないかな?」

「それなら知ってるっスよ
 ワイバーンはおサルの肉が大好物っス!!」

「いやだぁああああああああああ――――…っ!!!!!」


 それだけは聞きたくなかったぁ!!

 つまり俺、捕食される可能性絶大ってこと?
 もしかして俺…一刻も早くこの島を出るべきなんじゃないか!?



「あっ…だ、旦那、大丈夫っス!!
 あくまでもおサルっスから、人は大丈夫な気がするっス
 この島にはそもそも人がいないから断言は出来ないっスけど!!」


 そんな言葉で安心できるかぁ!!

 人だって元を辿ればサル
 出会った瞬間に飲み込まれて終わり――…とか洒落にならない



「帰るっ!!
 俺は家に帰るっ!!」

「ちょっ…旦那ぁ!!
 せっかく来たんスから、
 せめて一目だけでも会ってみたらどうっスか!?
 だめもとで、気楽に行けばもしかすると――――…」


「それで本当にダメだったら取り返し付かないだろうが!!」

「大丈夫っス!!
 このモップも一緒に付いて行くっスから!!」


 全然頼もしくない



「モップが一体、何の役に立つんだよ…?
 言っとくけど俺はワイバーンの巣を掃除しに行くわけじゃないぞ」

「旦那が飲み込まれそうになったら、
 このモップがつっかえ棒になってワイバーンの口を――…」


食われること前提で話を進めるなぁ!!
 しかも使い方が妙にリアルなのも嫌過ぎるっ!!」

「頑張れば武器にもなるっス!!」

「俺、はがねの剣装備してるから!!
 というかモップなんかでワイバーンに挑みたくない!!」


 ビジュアル的にも泣けてくるし




「あぁぁ〜…
 何でこんな目に…」

「そ、そんなに肩を落とさなくても…
 それ以前に、どうしてワイバーンに会いに?」


「そういう任務なんだ!!
 あぁ…手柄を立てて昇給してもらって、
 家族と裕福に暮らす俺の計画がぁ……」

「結構したたかなんスね、旦那…」


 うるさい





「あ――…どうするかな―――…」


 選択肢は二つ
 このまま任務を遂行するか、それとも逃げ帰るか

 さて、どっちを選ぶべきか…


『俺、この任務が終わったら家族と裕福に暮らすんだ―――…』

 もしくは

『こんな危険な島にいられるか!!
 俺は先に帰らせてもらうからな!!』


 …………。


 やべぇ…
 どっちも死亡フラグだ!!




「…どうしよう…絶望的な二択だ…」

「旦那…迷ってるなら、
 とりあえずワイバーンに会いに行くっス」


「そ…そ、そうした方がいいかな…?」

「男なら前に進むっス!!
 …どうせ死ぬんスから」


 ……………。

 ねぇモップ君……


 今、何て言った?




「…さて、火打石はどこにしまったかな…」

「うわーっ!!
 冗談で言ったっス!!
 待つっス、早まっちゃダメっス!!」


「お前なぁ…
 モップだからって言って良い事と悪い事があるぞ!?」

 そもそもモップが喋るな
 散々話しておいて今更だけど



「今度、不吉なこと言ったら燃やすからな」

「悪かったっス…
 お詫びに、例の山の入り口付近までお供するっス」


 えらく微妙な距離の道案内だな

 …どうせなら最後まで道案内しろや
 シケてるな…所詮はモップか――…

 …というか、流れが既にワイバーン訪問モードに行ってる…



「…仕方が無いな…行っとくか…」

 俺はモップに道案内をされるという、
 世にも珍しい経験に半ば諦めを感じながら森の中を進んで行った